横幹連合ニュースレター
No.024 Jan 2011

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
モノつくり、コトつくり、
そしてヒトつくり
本多 敏
横幹連合理事
慶應義塾大学 教授

■活動紹介■
●第28回横幹技術フォーラム

■参加学会の横顔■
●日本応用数理学会

■イベント紹介■
●第29回横幹技術フォーラム

■ご意見・ご感想■
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No.024 Jan 2011

◆活動紹介


【活動紹介】  第28回横幹技術フォーラム
    テーマ:「将来社会創造アプローチの展開(2)〜市民との対話による構想立案〜」
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第28回横幹技術フォーラム

テーマ:「将来社会創造アプローチの展開(2)〜市民との対話による構想立案〜」
日時:2010年10月4日
会場:文京シビックセンター、スカイホール(東京・春日駅、後楽園駅)
主催:横幹技術協議会、横幹連合
総合司会:山本修一郎氏(名古屋大学教授)
講演:高橋真吾氏(早稲田大学)、田原敬一郎氏(未来工研)、佐々木良一氏(東京電機大学)、菱山玲子氏(早稲田大学)、守屋学氏(経済産業省)
プログラム詳細のページはこちら

【活動紹介】

 10月4日、文京シビックセンターにおいて、第28回横幹技術フォーラム「将来社会創造アプローチの展開(2)〜市民との対話による構想立案〜」が行われた。シリーズとしては、第27回フォーラムに続く企画である。そして、21世紀の日本において、「将来社会」のしっかりとしたイメージを自ら考え、社会に提案し、日本の存在感を世界に示して行こうとする大切な試みでもある。

 最初に、「対話のシステム方法論‐状況とステークホルダーの多様性への多元的アプローチ」と題して、高橋真吾氏と田原敬一郎氏の講演が行われた。
 これまでの日本の「政策決定」においては、既存の選択肢のうちで一番望ましいものを過去の実践例に照らして(政治家や官僚が)選択するという、「ハードシステム思考」的な方法が行われてきた。これは、場当たり的な対症療法の手法に比べると確かに好ましく、市場原理の働かない公共部門では効率性が確保されるなどのメリットも、あったという。
 しかし、近年の政策形成においては、目の前の課題について、解決の「目標」が明確でないという場合も多く、またその課題に関与している参加者(ステークホルダー=利害関係者)の立場や考え方によって、その着地点が事前に予想できない結論に至ることも多い。こうした場合に、利害関係者たち自らが「対話」(ディベート)を繰り返すことで、望ましい未来像の「シナリオ」を将来需要の多様な可能性の中から見つけ出す、という手法がある。そうした手法、「ソフトシステム・アプローチ」の有効性が、ここでは論じられた。
 参加者の多様な意見を集約するためのこの手法は、デンマーク技術委員会が「シナリオワークショップ」として開発し、1992年の参加型テクノロジーアセスメント「都市のエコロジーへの障害」で始めて活用されて成功したもので、参加者全員の共有できる「未来像」を描くことができたことから、それ以降、欧州では多くの政策形成の場で活用されてきた。実施事例が多いことから、欧州シナリオワークショップ運営マニュアルも存在する。
 「ソフトシステム・アプローチ」は、
 1) 「コンフリクトの生じている状況」(関係者の利害や考え方が衝突して動きがとれない状況)を、明確化することができる、
 2) 「未来における不確実性」を受け入れ、将来の代案を確保する、
 3) 「ボトムアップ」により計画が促進される、
などの特徴を持つ。参加者の構成が異なると、違うシナリオの描かれる場合もある。国内でも、例えば、東京湾の奥にある自然の干拓地「三番瀬」(さんばんぜ)の埋め立てを中止して環境を修復し、かつての自然を取り戻そうとする試みなどに「ソフトシステム・アプローチ」の手法が活用され、利害関係の異なる市民・専門家・産業界・NPOの共有することができる複数のシナリオから、対話を繰り返して、問題解決への行動プランが立案されたという。

 続いて、「IT分野におけるリスクコミュニケーション支援ツールの開発とその展開」と題して、佐々木良一氏の講演が行われた。佐々木氏は、日立製作所システム開発研究所で「システム高信頼化技術、セキュリティ技術、ネットワーク管理技術」などの研究開発に従事して以来の、25年以上のITセキュリティに関する研究実績をもち、「インターネットセキュリティ入門」「ITリスクの考え方」(共に岩波新書)を含む数冊の入門書も上梓している。
 佐々木氏は、まず、9.11のテロの際に「こんなことが繰り返されてはならない。あらゆる手段を講じて再発を防止しなければならない」と多く発言された事に対して、米国の有名な暗号学者でセキュリティコンサルタントのブルース・シュナイアーの語った「恐怖にとらわれた者の典型的なナンセンスな言葉に耳を傾けてはならない。賢明なトレードオフとは何かを考えなければならない」という言葉を引用した。現在の社会ではITシステムへの依存度が増大しており、ゼロリスクは存在しない。このため、意思決定関与者の間で「のぞましい対策案の組み合わせ」に関しての合意形成ができるように、種々のリスクやコストの定量的な評価ができる効率的な支援ツールの必要性が高まっている、と氏は指摘する。
 氏は、この目的のために「多重リスクコミュニケータ(MRC、Multiple Risk Communicator)」というシステムを開発して、多くの組織内合意形成問題に役立ててきた。このMRCを、例えば、青少年が安全にインターネットを利用できる環境を整備するための「情報フィルタリング対策」という課題に適用する場合には、まず始めに、その場合のリスクについて、最も危険だと思われる場合の代表事例と、最も安全だと思われる代表事例、そして、その中間の例などについて、まとめる。最も危険な場合には、自殺サイトに影響を受けて青少年が自殺することなども考えられる。そして、個々の対策案の目的関数を、「青少年にかかわるリスク(自殺などによる損失額を円で換算)+対策コストの合計(円換算)」の最小化であると定める。その上で、規制に「賛成する、あるいは、反対する」立場からの対策案を列挙する。具体的には、
・ 規制に賛成する立場からは、「サイト管理者に有害情報の削除を義務付ける(罰則あり)」「インターネットカフェにフィルタリングソフトの導入を義務付ける(罰則あり)」などの対策案、また、
・ 規制に反対する立場からは、「携帯電話会社にフィルタリングサービスを義務付けるが、保護者の申し出で利用しないことも出来る」「青少年の保護者に対して、インターネットの危険性やフィルタリングソフトの必要性を訴える」などの対策案が、挙げられるだろう。
 それぞれの対策案については、上述した目的関数値(損失額と対策コストの合計)が計算できるはずである。ここから、対策案についての合意形成を行うために、こうした規制に「賛成する、あるいは反対する」オピニオンリーダたちの意見を、予め集約する。すなわち、こうした対策案(と目的関数値)をいくつも列挙しておき、その上で、賛成のオピニオンリーダ同士、反対のオピニオンリーダ同士が協議して、夫々の立場で望ましいと考える「対策案の組合わせ」を選んで決める。それらの「対策案の組合わせ」については、目標関数値の合計金額も円で表示されている。一般関与者は、その目標関数値(円)を参考にしながら「賛成・反対」についての投票を行い、暫定的な合意案を得る。これがMRCの手法であるという。
 一般関与者が多数いる場合には、オピニオンリーダ達の意見集約と「対策案の組合わせ」の公示をネット上で行い、電話のプッシュフォンで、「賛成0、反対1」などの投票を行う、といった方法も可能だそうで、これは一般の公聴会や事業仕分けの場合などにも活用できるだろう、とのことであった。(注)

(注)佐々木良一氏の講演に関しては、次の資料がネット上に公開されている。セキュリティー・マネジメント学会「ITリスク学研究会」第一回(2008年6月) より、佐々木良一氏の資料 「ITリスク学とITリスク学研究会の進め方の構想

 続いて、「専門家と市民の協同による21世紀問題解決デザイン:科学技術コミュニケーションのための参加型シミュレーション」と題して、菱山玲子氏の講演が行われた。ここでは、複雑化する社会・経済・産業システムの中で、例えば、地球温暖化や口蹄疫(こうていえき)、政治経済システムの制度疲労といった「多元的な課題やリスク」を含む問題について、どうすればステークホルダー(利害関係者)の一般の人々に複雑な内容を認知してもらうかという難しい問題に関して、専門家や公共機関が現場出張型サービスを行う「参加型アウトリーチ」の手法が報告された。
 例えば、「サイエンスカフェ」のような科学技術イベントでは、一般の参加者が、専門家の指導の下に夫々の利害関係者の立場に立ったロールプレイ(なりきり)ゲームを行うことで、参加者が自らの目線を通して問題の本質に接近できるということが、実証されている。氏は、ドイツ環境省の製作した環境教育ツール「地球温暖化防止国際交渉ゲーム KEEP COOL」を使用したイベントについて報告し、参加者に好評を得たと述べた。
 そこで、ネットを活用したサイエンスカフェ (参加型ゲーミングの融合型コミュニケーション環境)をネット上に実験室として立ち上げておけば、専門家の専門知を一般参加者への指導(参加型アウトリーチ)として提供することができ、一般参加者もグローバルで大局的な問題に対応できるかもしれない。これは、21世紀型の新しい問題解決パラダイムになるのではないか。また、情報通信研究機構(NICT)で開発されている「言語グリット」などの仕組みを活用すれば、複数の外国人がリアルタイムの機械翻訳を通して対話し合うことも可能である。現在は、留学生による多言語利用が実験されている段階ではあるが、諸外国の参加者も含めたマイノリティの意見も取り込める未来を語るフィールドとして、活用できる可能性があることなどが論じられた。

 最後に、「経済産業省におけるオープンガバメントの取り組みについて」と題して、経済産業省の守屋学氏の講演が行われた。
 近年、積極的な政府情報の公開や行政への市民参加を促進する「オープンガバメント」の試みが、進んでいる。有名なものには、米国オバマ政権の「政権移行チーム」が国民の声を聞くために設置した投票型掲示板があり、ここでは12万5千人のユーザが参加して、4万4千のアイデア投稿と140万の投票が行われた。この掲示板では、政府は透明(transparency)でなければならない、政府は国民参加型でなければならない、政府は協業的(collabolative)でなければならない、ということが強調されている。また、英国でも、政府が実施した「景気刺激策」の可視化や「政策コンテスト」が、ネットを利用して行われているという。
 さて、ここでは、2009年度から経済産業省が行った国内のオープンガバメントの活動について説明する。これは、わが国最初の実験サイトで、わが国が持つ統計情報の利活用のための情報提供基盤の開発などを目的にしている。省内の議論では どういうことに役立つのかを疑問視する意見もあったが、試行錯誤的に行って、結果的には上手くいった。データを不用意に公開すると議論をミスリードするとか、衆愚政治になるといった意見は杞憂であったという。「オープン経済産業省twitter」もあり、経産省の組織として行うのではなく官僚個人の意見をアップしたが、一般参加者にとっては、役所が意見を返してきたということが新鮮に感じられたようである。また、国家の政策に関して官僚が直接、これはどうなります、と答える訳にはいかないので、それが事実関係に基づく質問であれば「ここに資料があります」というように、議論のコーディネータ役として参加している。課題としては、ユーザ構成が男性9割 東京近郊在住者が6割と偏りがあったことなどだが、しかしこれは、意見を求めたテーマがIT政策に関するものであったことが影響したのかもしれない。詳しい実験の経緯は「オープンガバメント推進ガイド」 に掲示されており、現在、他の省庁や自治体にもこの試みを普及させるべく、紹介に努めているという。

 続いて、パネルディスカッションが行われた。最初に、総合司会の山本修一郎氏から、「本日の講演はどれも相互に関連があったが、将来社会がどのような姿になろうと、そうした将来社会を選んだということに関しての説明責任が生じるので、その説明に際しての資料や、情報提供の基盤を提供できることが特徴なのではないか」との見解が述べられた。
 守谷氏(経産省)は、これに関して、将来社会の「目標や価値」については、例えば、行政における価値が何なのか(国内総生産GDP値か、国民総幸福度GDH値か、などの)議論が多くある訳だが、国民の合意のあるところに落ちついてゆくのではないか、と感想を述べた。佐々木氏(電機大)は、守谷氏の発言を受けて、ITのメリットは森羅万象にあって、議論の範囲を広げすぎると深さが減るので、デジタル化した本来の合意の成果が得られるかどうかが疑問である。他方、メリットと同時に生じるマイナスのリスクについては、ある程度まで切り出して、対応することができる。従って、そこからやっていこうということになるのかも知れない、との意見を述べた。
 高橋氏(早稲田大)は、利害関係が異なる他人の持つ価値が明確になるので、問題の所在の明瞭化や価値の外在化を行うことができ、それによって課題に関する問題意識が共有できれば良いのではないか、と意見を述べた。菱山氏(早稲田大)は、社会の(政治的な)課題に関する政策形成は、これまでは上から降りてきたが、社会的な合意形成ができる新しいツールの普及によって、新しい形での政策形成の行われるようになる可能性がある。そのプロセスに専門家が参加することで、将来社会をもたらす効果的な技術や方法が開発されるのではないか、と意見を述べた。
 最後に、舘ワ(たち・すすむ)横幹連合理事から、将来社会創造の「知の統合」のアプローチについては、国家的な取り組みが必要で、散発的な意見だけでなく、それらを集約して体系的に行動できることが望ましい。このテーマは引き続き、シリーズとして開催したい。今後も是非ご参加頂きたい、との発言があり、このフォーラムを締めくくった。

 (本文・注釈の文責:編集室)   

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