横幹連合ニュースレター
No.033 June 2013

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
〈歌う天使〉と機械人形 --シミュレーション技術の意味--
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遠藤 薫 横幹連合副会長
学習院大学 教授
■活動紹介■
●第36回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔■
◆日本経営工学会
■イベント紹介■
◆「第5回横幹連合コンファレンス」
●これまでのイベント開催記録

■ご意見・ご感想■
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横幹連合ニュースレター
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横幹連合ニュースレター

No.033 June 2013

◆参加学会の横顔

毎回、横幹連合に加盟する学会をご紹介していくコーナーです。
今回は、日本経営工学会をご紹介します。
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日本経営工学会

ホームページ: http://www.jimanet.jp/

会長 河野 宏和氏

(慶應義塾大学大学院経営管理研究科委員長・教授、慶應義塾大学ビジネス・スクール校長)

 
【工学と経営の融合による価値創造】

  経営工学(Management Engineering)は、経営における諸課題を発見、解決するための工学的なマネジメント技術です。古くは、工業経営(Industrial Management)と呼ばれていたこともあります。製品やサービスの効果的な設計技術、生産技術、それらを顧客に提供するシステムの効率的な運用技術などを中心に、その研究は発展を続けています。経営工学は、最適な問題解決を行うために、会計学、マーケティング、情報科学、システム工学、人間工学、生産工学、品質管理、機械工学など、関連分野の知見を幅広く取り込み、これまでに様々な理論と手法を提供して来ました。
   日本経営工学会( JIMA、Japan Industrial Management Association )は、太平洋戦争終結後間もない1950年に「日本工業経営学会」として創立され、1974年の法人化と同時に、現在の日本語学会名に改められました。実証主義を基本としながらも、理論研究、応用研究、事例研究を幅広く対象とし、経営の要素である 5M、つまり、Man、Machine、Material、Money、Method を総合的に取り上げる工学領域であることが強く意識され、設立の当初から文理横断的学術としての意義が強調されています。本学会は、日本の産業復興と発展の歴史とともに歩み、日本経済の発展に寄与して来ました(注1)。日本で生み出され世界で広く知られている、TQC、JIT、TPMなどの管理技術(注2)とも、深い関わりがあります。
   学会の主要な活動は、年に2回行われる研究大会、年6回の論文誌発行、そして、年4回の「経営システム」誌の発行です。また、日本OR学会、日本インダストリアル・エンジニアリング協会、日本技術士会と提携し、学界と産業界との交流にも取り組んでいます。国際的には、当該分野で最も歴史のある国際会議ICPR(International Conference on Production Research)と密接に連携しており、第4回ICPRを東京で1977年に開催し、さらに1997年に大阪で第14回ICPRを開催して、大きな成果を挙げました。その後も、ICPRの2年に1度開催されるコンファレンスには、毎回多数の学会員が参加しています。

本学会につきまして、河野宏和会長にお話を伺いました。

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Q1:河野会長は、貴学会を非会員に紹介されるとき、どのように説明しておられますか。

  経営工学は、企業や組織が直面する経営課題を発見するための工学的アプローチです。生産性などの経営資源の有効活用について研究し、製品・サービスといったアウトプットについては Q・C・D(品質・コスト・納期)面の価値を向上させるための方法を考えます。一般に、電気や機械といった固有技術を扱う研究と管理技術を区分する場合には、後者に属しますが、経営に貢献するという実務的な側面が重視されていること、および、経営資源の一要素として人間を対象に含むことにその特徴があります。Industrial Engineering(IE)を主要な源流としていることから、その起源は、フレデリック・テイラーらの「科学的管理法」(「作業分割」を行い、要素作業ごとに「時間研究」を行うマネジメント技術)ということになります。
  日本経営工学会(JIMA)は、経営工学に関する学理及び技術の進歩発達に関連する事業を促進する目的で、1950年に創立され、1974年に法人化されています。本学会の創立には、当時学界の第一線で活躍されていた先生方が尽力されました。以来、本学会は、日本の産業の復興とともに活動を強化し、日本経済の発展に少なからず寄与して来ました。
  全国に10か所の支部があり、地域固有の問題の解決に取り組んでいます。そして、企業との共同研究や、講演会、見学会、交流会などの様々な活動を活発に行っています。JIMAにおいては、文理融合、産学連携、理論と実務のバランスが活動の基本となり、対象となる専門領域も広範囲にわたることから、一昨年から研究領域別の研究部門を立ち上げて活動を始めています。また、この分野で最も歴史のある国際会議 ICPRに積極的に参画し、活発な研究発表や交流が行われていますが、これについては後述したいと思います。

  ところで、横幹連合が分野横断的な科学技術を促進・普及する目的で組織されたように、JIMAの研究内容自体も多分に分野横断的であることを、強調しておきたいと思います。例えば、横幹連合の技術フォーラムでも取り上げられている「企業経営のパフォーマンス」「リスクマネジメント」「経営の高度化」などは、JIMAの活動内容とも重なるテーマです。機械的に活動領域で線引きするのではなく、社会と産業界のニーズに応え、貢献してゆくことがJIMAの本来のあり方です。重要な経営課題について、その研究の方向を示し、グローバル化が進む中での日本の産業発展に貢献していくことが、本学会にとって非常に大切である、と私は考えています。

Q2:河野会長の研究の概要をご説明下さい。また、どんなきっかけで、この学会に入られたのでしょう。

  私は、慶應義塾大学の工学部管理工学科で学び、同大学院工学研究科博士課程を1987年に修了しました。学生時代の研究テーマは、消費地点への運搬を考慮した「多製品ロット生産スケジューリング問題」です。指導教授は、中村善太郎教授(現在、名誉教授)で、中村先生からは、勉強の進め方、研究の仕方の基本を学びました。本学会との出会いは、私が修士課程の時でした。IEが研究の中心テーマであったことから、中村先生からの勧めもあって、JIMAには自然に参加しました。
  経営工学は、先端研究についての論文を書くだけでは合格とは言えない学問です。経営工学の研究成果を現場に活用し、そこで実際に手段の有効性を検証する必要があります。私の学生時代、中村研では年に何回か、工場現場での実習をしていました。私たちは、工場の隣にある寮などに一週間寝泊まりし、人の動き、物流、設備の動きなどの、いろいろな項目でデータを取り、それらを分析・解析し、課題を発見して、可能な限りの改善提案を考えます。そして、それらの成果を、最終日に現場の責任者や部門長の方々に聞いていただき、コメントを受けるのです。良い課題や改善提案が発表できた時には、「そのアイデア、改善のためにすぐにやってみよう。ありがとう」と褒められるのですが、そうとばかりは限りません。評価が悪ければ、君たち一週間遊んでいたんか、という話になるわけです。こうした実習が、毎回とても勉強になりました。
  この方法は、現在、慶應義塾大学ビジネス・スクール(KBS)でも踏襲しています。KBSで私が担当している専門科目でも、工場の現場に出かけて、自分たちでデータを取って分析し、改善案を考える、というフィールド型の授業をしています。工場が稼働しているときに、現場で問題を見つけますから、現場でどんな問題がなぜ発生し、その問題により経営的にどんな影響が生じるのかを、事実に基づいて考えることができるようになります。特に、KBSに来ている社会人学生たちは、企業の幹部候補生であったり、企業コンサルタントを志望している人たちですから、現場を知らないということでは話になりません。私の研究室の修士論文のテーマについても、同じ方針で指導をしています。

Q3:今後の貴学会の向かわれる方向について、お尋ねしたいのですが。

  日本の社会の姿が急速に変化しており、日本の中で、今ここで困っているという問題、研究すべき課題が大きく変化して来ています。製造業における各プロセスの高度化といった事柄ばかりでなく、広義のサービス産業、例えば、医療分野などにおいても、経営工学的な研究が、近年はとても重要になっています。こうした分野では、特に、経営情報学など情報系のアプローチの重要性が注目されていますが、JIMAもまた、今まで以上に産学連携を強化して行くことが、有効かつ必要な対応であろうと思われます。
  研究者も、もっと広く、社会や経営の実態に気を配る必要があると思うのです。もちろん、基礎研究には大きな価値があるのですが、重箱のすみを突くような研究ばかりに陥らないためにも、学会の方向性を少し修正していきたいと考えています。例えば、論文の最後には、この論文は将来的にどういう点で実務に役立つかを必ず書いて貰うようにする。そうすると、それを読んだ現場にいる人たちには、ああ、この理論はこんな現場で使えそうだな、というイメージが掴めるようになります。一つ一つの論文に、産学連携の基本が記述されるべきではないだろうか、そう考えています。
  一方、産学連携というと、何か大きな流れに乗って、社会を評論するような活動に注目が集まりがちです。しかし、JIMAとして、安易な流行に乗るつもりは全くありません。これは、私の研究室でも大切にしている方針です。そこで、今後も引き続いて、
(1)あくまでも現場に即した、経営工学の研究成果が生かせるテーマが課題として扱われるべきである。その上で、
(2)サービス産業の比率が増える中で、日本のモノづくりのノウハウを、世界各国(特にアジア)にトランスファー(技術移転)して、これらの地域と日本との関係を強化していくことが、今後、日本にとって極めて重要になる、
従ってJIMAもそうした国際貢献を意識すべきであると、そんな風に思っています。
  研究の国際化には、海外の人に、日本の経営や工学的手法を知ってもらい、その本質を理解してもらうという大切な側面があります。そして、ここで言う海外の人とは、主にアジアの人たちであると考えています。日本企業が経営工学を生かすことで、そのマネジメントの魅力を増し、そのことによって、アジアの研究者に日本の JIMAに注目してもらい、JIMAのプレゼンスを高めていくといった好循環を実現したいと思います。今は、まだ少数ですが、JIMAにはアジアの研究者も参加しています。韓国や台湾の研究者が中心ですが、JIMAとしても国際会議で目立った研究者に声を掛け、参加を勧めています。
  しかし、アジアでは全般に、基礎学力、特に数理モデルの解析方法や、統計的手法についての知識が充分とは言えないケースもあります。また、現地でのマネジメントは、各国の歴史、宗教、価値観など、現地の生活様式や文化と密接に関係しています。従って、TQCなども、日本の方法をそのまま現地で応用すれば良いわけではありません。但し、日本の戦後が正にそうであったように、経営工学で生み出される手法の普及を通じて、アジアの産業が急速に伸びる可能性を感じています。そこにJIMAとして貢献することができないだろうか、と考えているのです。手法を超えて文化に入りこむという点では、研究者にとってチャレンジングな課題ですが、日本の学会の役割として非常に大切な側面です。
  ところで、最も歴史のある国際会議ICPRとJIMAは、特別な関係にあります。実は、そうした国際会議の場での日本の研究発表が、欧米を含めた海外の生産現場に大きな影響を与えてきたことについても、我々がもっとアピールし、もっと注目されて良いのかも知れません。しかし、日本の多くの研究者が、そうした国際貢献の事実をあまり意識していないというのは、残念なことです。発表された研究成果を、国内で検証して評価することはもちろん大切ですが、JIMAとして、日本人が中心となった研究成果を的確に発信し、海外における自分たちの存在感を高めていくことも必要ではないかと思います(注3)。
  このように、日本経営工学会は、これからも実際の現場に即した問題解決方法や経営システムの効率的な運用方法を研究し、その成果を現場に提供することで、産業界から期待される学会であり続けたいと考えています。産学連携、国際化対応、そして学会全体の活性化が、JIMAのこれからを左右する鍵だと言えるでしょう。

(注1)限られた本稿の紙幅で、本学会の半世紀以上の歩みについては、充分にお伝えできない。ところで、CiNiiのデータベース・サービスに、「日本経営工学会誌」(1974-1999)の全文が公開されている。ここで、例えば、創立40周年記念号(Vol.41、No.4B、1990年10月)をご参照頂ければ、そこに本学会の創立当初からの歴史が詳しく掲載されている。産業史としても大変興味深い内容であるので、一読をお勧めしたい(注釈の文責編集室。以下同じ)。
(注2)「TQC」:Total Quality Control。統合的品質管理。「JIT」:ジャストインタイム生産システム(必要なものを必要な時に必要な量だけ生産するシステム)。カンバン方式とも言う。「TPM」:Total Productive Maintenance。生産システムの総合的効率化を極限まで追求する企業体質づくりを目標とした、全員参加の生産保全。
(注3)   日本人による研究の存在感を示したという意味では、第4回ICPR国際会議の成功は象徴的な出来事であった。その内容は、「日本経営工学会誌」の特集号(Vol.28、No.3、1977年12月)
  ところで、この特集号の一つの記事に、1977年当時の欧米諸国でのIE教育の状況が議論・報告されていて、大変に興味深い。その当時の、各国の経営工学に対する期待についての微妙な違いや、経営工学の中でもその時代に何を研究対象とすべきかなどの論点に関しては、今日の日本や東南アジアにおいても、その本質において参考になる議論であるように読めた。「欧米諸国におけるIEの現状と問題点 」

※ なお、本記事の前文の作成に当たって、日本経営工学会元会長、黒田充氏(青山学院大学名誉教授)が書かれた紹介記事(No.003, November 2004)を参考にさせて頂いた。