横幹連合ニュースレター
No.035 Nov 2013

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
第5回横幹連合コンファレンス-瀬戸内の風を感じるエクスカーション-によせて
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第5回横幹連合コンファレンス実行委員長 板倉 宏昭
香川大学大学院地域マネジメント研究科教授・研究科長
■活動紹介■
●第38回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔 ■
◆【横幹連合10周年企画】
「参加学会の横顔」掲載頁一覧
■イベント紹介■
◆「第5回横幹連合コンファレンス」
●これまでのイベント開催記録

■ご意見・ご感想■
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横幹連合ニュースレター

No.035 Nov 2013

◆活動紹介


第38回横幹技術フォーラム
総合テーマ:「サービス学の成立 〜サービス科学・サービス工学の発展を受けて〜」
日時:2013年 7月8日(月)
会場:文京シビックセンター(都営地下鉄 春日駅)
主催:横幹技術協議会、横幹連合
◆総合司会 新井 民夫(サービス学会 会長、芝浦工業大学 教授)
◆講演1「サービス学として学会を創る」
新井 民夫
◆講演2「サービス科学の基盤を構築する」
澤谷 由里子(JST、早稲田大学 教授)
◆講演3「サービス研究の方法論を追及する」
竹中 毅(産業技術総合研究所)
◆講演4「サービス学における研究動向を観る」
戸谷 圭子(同志社大学 教授)
◆総合討論  司会:新井 民夫
講演者の皆様             (敬称略)
プログラム詳細のページはこちら

【活動紹介】

  7月8日、文京シビックセンターにおいて、第38回横幹技術フォーラムが行われた。テーマは、「サービス学の成立 〜サービス科学・サービス工学の発展を受けて〜」について、である。フォーラムに先立って、桑原洋横幹技術協議会会長から開会のあいさつが行われた。「これまでは、日本が実績のあるシステム分野の輸出においても、フリー・オン・ボード(FOB)、製品が日本の港で船積みされたら、代金を貰って終わりというやり方で、長年やってきた。しかし、例えば日立の、英国における車両販売・運営事業のように、現地で車両工場を作って、保守もやり、全体システムの運営もして、料金徴収まで取り扱うという、非常に幅の広い業務・サービスシステムに新しい需要が生まれている。ところが、多くの企業は、まだそうした事業運営に慣れていない。そこで、『サービス』という、金融・保険業界から原子力発電所の保守運営に至るまで、はば広い分野で重要とされている得体の知れないものに挑戦して学問にしてゆこうという空気が生まれ、それが背景となって、サービス学会が設立されたと聞いている。いろいろ刺激のあるお話が、今日は聞けるのではないか。そして、この分野は、政府の成長戦略の中でも注目されているのだが、まだその仕組みがきちんと確立されていない分野でもある。そういうことで、今回の講演を非常に楽しみにしている。」

  桑原会長の発言を受けて、新井民夫氏(芝浦工業大学教授)による「サービス学として学会を創る」と題する講演が行われた。ちなみに、新井氏は、2012年10月に設立されたサービス学会の初代会長である。サービス学会の URL.は、こちら である。
  まず、「サービスの定義とは?」ということから、新井氏は講演を始めた。「従来の経済学やマーケティングの観点からの定義については、現在では、あてはまらない事象も多く見つかっていることから、私たちは別の定義を採用しています。しかし、比較する意味で、以前の定義にも触れておきますと、① 無形性(実物を見たり触れることができない)、② 同時性(生産と消費が同時)、③ 異質性(非均質性と訳したほうが分かりやすい。サービスの質が、人などの関数として具体化され、生産者と消費者の相互作用に依存すること。米国では弁護士に当たりはずれのある事などが、良く知られているその例である)、④ 消滅性(貯蔵できない)といったことが、サービスの定義として挙げられていました。この中では、異質性(非均質性)が最も大切です。最近では、これまでの定義に代わって、S3FIRE(スフィアと読む。後述)の村上輝康氏が考えられた、提供者と顧客との相互インターラクションによる価値共創、という言葉が、サービスの基本定義として、良く使われるようになっています。」
  ここで、後者の村上氏による定義に注釈を付けたいと考えたのだが、これに関しては、米国の Stephen Vargo と Robert Lusch が 2004年に発表した「サービス・ドミナント(S-D)ロジック」におけるサービスの定義について、ここで先に解説してしまったほうが、読者の理解が早まることだろう。この S-Dロジックについては、本フォーラムの講演2の中で、澤谷由里子 早稲田大学教授が詳しく紹介された。
  近年注目されているS-Dロジックとは、次のような考え方であるという。2004年、Journal of Marketing 誌に「Evolving to a New Dominant Logic for Marketing」と題する論文が掲載された。執筆したのは、当時 Maryland大学にいた Vargo特任教授と Arizona大学の Lusch教授の二人であった。これまで、「経済学」的なマーケティングとしては、モノ(製品)が主要な分析対象である Goods-Dominant(G-D)マーケティングが行われてきたのであったが、彼らは、マーケティング学の専門家として、それを、サービス中心(S-D)のロジックによるマーケティングに転換するべきだ、ということを、この論文で提唱したのだという。このときに強調されたのが、「顧客の価値創造プロセスを、サービスの提供者が支援することによって、サービス価値が共創される」とする S-Dロジックであったそうだ。
  講演2の澤谷氏の講演資料から、S-Dロジックの基本前提を転載すると、次のようになる。
 ① サービスは、交換における重要な基礎である。
 ② 間接的な交換は、交換の基礎を覆い隠す。
 ③ 物はサービス提供のための流通手段である。
 ④ オペラント資源(人に蓄積されたナレッジやスキル)は、競争優位の基本的な資源である。
 ⑤ すべての経済は、サービス経済である。
 ⑥ 顧客は常に、価値の共創者である。
 ⑦ 企業は(単独で)価値を提供することはできず、価値提案を提供するのみである。(価値提案が顧客に受け入れられた後に、顧客と共に価値創造することができる。)
 ⑧ サービス中心視点は元来、顧客志向的であり、関係的である。
 ⑨ すべての社会的・経済的アクターは、資源統合者である。
 ⑩ 価値は常に、受益者によって、同時に現象学的に決定される。(従って、価値は個別的で、経験的で、コンテキスト=文脈依存的で、意味的である。)
  澤谷氏は、S-Dロジックのまとめとして、世界をモノとして見るのではなくて、世界をサービスとして見る見方である、ということを強調した。ここで ⑦ として、モノの提供者は、価値提案を提供するのみで、その提案が顧客に受け入れられて初めて、サービス提供者と顧客に価値の共創ができると指摘されていることを理解すれば、先に記した、村上輝康氏の「提供者と顧客との相互インターラクションによる価値共創」という定義は理解し易くなるだろう。

  さて、話を、新井氏によるサービス学の講演に戻したい。新井氏は、先に紹介された「村上氏のサービスの定義」に関して、それはまた、「サービスの提供者が顧客に提供するサービスによって、受給者(顧客)の望む状態変化を引き起こす行為である」ということも指摘した。ここでは、サービスの「Contents」(内容)が「Channel」を通じて提供されている( Contentsと Channelが「Context」を構成している)のである。こうした分析を通じて、新井氏は、次のように話を展開した。すなわち、サービス学については、「情報学におけるビットの単位のような、普遍的な法則性を、サービス学に関して見つけることができれば、仮説定義から具体的なサービスの設計論理を組み立てることができるだろう。いや、あるいは、そうした探求を、やらねばならぬ。そこで、帰納的な手法と、理屈からの演繹的な手法を、両方使わなくてはならないのが、サービス工学、サービス学の現状です。」新井氏は、そう強調した。ちなみに、「サービス学、Serviceology」は新しい造語で、サービス学会の正式英語名称は、Society for Serviceologyであるのだという。
  そして、サービス学の目指すところは、エネルギーや環境をはじめとする地球規模の問題を解決すること、および社会価値の創出であり、これらに向けての、サービスに関わるステークホルダー(利害関係者)間の共創的意思決定を促す制度設計を志向して行くつもりだ、と述べた。また、サービスはグローバルに展開されている一方で、その国の文化や社会的背景に強く影響されている。さらに、狭義のサービス業のみならず、製造業等におけるサービス化なども含めた、包括的なサービスに対する学術的理解の確立が、学のみならず行政の立場からも求められていることを氏は強調し、顧客と一緒になって高い顧客満足を共創できる体系が必要とされていることを指摘した。そこで、各国の文化、言語におけるコンテクストを尊重しながら、インターナショナル、トランスナショナルを志向した活動を行いたい、と氏は述べた。
  それゆえに、サービス学会は、社会のための学術を目指しており、他分野との積極的な融合を志向しているという。具体的に、どう進めてゆくかと言うと、そこには、特効薬は無いと考えて、一歩一歩、進めて行きたいのだという。そして、産と学がつねに融合すること。business academia を考えているのだという。
  続けて、新井氏はこの講演の中で、サービス学の研究領域と、その取り扱うテーマを、概括的に紹介した。新井氏のこれまでの研究の中心は、東京大学人工物工学研究センター長などの時期を含めて、ロボットの群制御など、製造業における部品組み立ての研究が主要な分野であったという。その新井氏の経験から見ても、例えば、ツアー会社(サービス提供者)が、顧客に良質のサービスを提供しようとして事前に準備をしている内容などについては、サービス工学的に見て、製造業とほとんど変わらないのだという(図1)。仮に、「朝一番の八幡平散策と十和田・奥入瀬・角館。平泉中尊寺は『新御本尊』も。秋色の みちのく縦断 3日間」といったバス・ツアーが、ツアー会社によって企画されたとすると、ツアー会社では、地元の観光バスを予約してツアーの足を確保し、団体で泊まれる旅館を探し、旅館とは食事の内容についても細かく打ち合わせておく。観光地点では、バスをどこに停め、参加者をどこで何分くらい散策させて、どこの駐車場で彼らを待って発車するかを、予め決めておく。バスツアーの顧客に対して、このようにツアーの計画を組み立てている過程は、製造業において部品を組み立てている際の管理と、まったくその内容において変わらない、と新井氏は指摘した。

図1
 
図1

  新井氏は、今回の講演内容を最後にまとめて、次のように述べた。「まず、サービスの体系とは何か。これは、多様な、受け手を含む価値共創の論理である、と定義した。そして、サービス科学とサービス工学には、その内容に特段の違いは無い。xx科学、xx工学における『xx』とは何か。それは、通常は、研究の対象のことであるが、ここでは、価値共創の行為の論理である。さらに、サービス学は、社会科学なのか自然科学なのか、という問いかけがある。マクロの視点では、社会科学であり、ミクロには自然科学である。サービス学は、認識科学と設計科学のどちらなのか。現状では、認識科学中心であるが、社会的に役に立つのは、設計科学としてのサービス学である」と、このように氏は講演全体をまとめた。

  次の講演者、澤谷由里子氏は、「サービス科学の基盤を構築する」と題して、実際のシステム開発の現場における興味深いエピソードなどを中心に紹介した。澤谷氏は、現在、早稲田大学教授であるが、日本IBMで 2005年からサービス科学研究の立ち上げを行っており、初期の開発での、システム開発者の志向と顧客の関心のずれなどを、多く目にしてきたという。また、2010年からは、JSTの S3FIRE(スフィア)プロジェクト(後述)でフェローを務めている。上に記した「サービス・ドミナント・ロジック」の基本前提については、澤谷氏が講演の中で、分かりやすく解説した。
  澤谷氏は、まず、日本におけるサービス科学の歴史を概観した。
  日本のサービス科学が促進されるきっかけとなったのは、米国で 2004年に発表された「イノベート・アメリカ」(通称バルサミーノ・レポート)と題するレポートの存在であったという。2007年に、米国において「米国競争力法」が制定された。この法律は、中国やインドで急速な経済的発展が見られる中で、米国が競争優位を保つために、研究開発によるイノベーション創出の推進や人材育成への投資促進、及びこれらのための政府予算の大幅増加が必須である、という考えから制定されたものであるという。この法律を制定するために、議会を動かすきっかけとなったのが、2004年のバルサミーノ・レポートで、「教育人材」「研究開発」「社会インフラ」の3つの側面からの政策を提言したという。さらに、イノベーションの新たな在り方に対する研究開発や、GDPや雇用の多くを占めているサービス産業に関する研究開発が不十分であるとの認識から、「サービス・サイエンス」の振興を提案して大きな議論を引き起こしたのだという。
  そして、2004年の Journal of Marketing誌に掲載された、Vargo教授と Lusch教授の「サービス・ドミナント・ロジック」に関する論文について、氏はここで詳しく解説した。サービスについて、ユーザの要望で進めるのか、生産者のアイデアの側を優先するのか、という二項対立ではなく、それらを融合して一緒に価値を作ってゆくという新しいサービス科学の基本前提を提供したのが、この論文であったということだ。  こうした米国における動きを受けて、文部科学省、経済産業省の各プロジェクトが動き始め、まず、2008年に、産業技術総合研究所に「サービス工学研究センター」が設置された。(講演3の講師 竹中毅氏は、ここでの研究に従事されている。)
  そして、2010年に、JST(科学技術振興機構)の RISTEX(社会技術研究開発センター)で、「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」(S3FIRE、スフィア)が公募されている。ここでは、さまざまなサービス分野において応用可能となるような「サービス科学としての研究基盤を構築すること」を目指しているのだという。S3FIRE、スフィアは、Service Science, Solutions and Foundation Integrated REsearch Program の略で、サービス・システムが地球を覆っているイメージを表現した名称であるという。
  S3FIRE では、いくつかの興味深いサービスモデルについて、研究がまとめられている。澤谷氏は、その内から、次の 3つを紹介した。「ITが可能にする新しい社会サービスのデザイン」(中島秀之氏、公立はこだて未来大学学長)、「文脈視点によるサービス価値共創モデルの研究」(藤川佳則氏、一橋大学准教授)、そして、「顧客経験と設計生産活動の解明による顧客参加型のサービス構成支援法〜観光サービスにおけるツアー設計プロセスの高度化を例として〜」(原辰徳氏、東京大学准教授)である。
  これらの研究では、実証シミュレーションのモデルを実データと比較したり、価値共創プロセスの構造化・類型化により、日本のあるサービスを取り出して米国に持って行き、再コンテキスト化する場合を比較する、あるいは、外国人に人気のある日本国内のツアーパッケージのステークホルダーについて分析するなど、さまざまな方面からの「サービス科学」へのアプローチが行われているという。しかし、図2のように階層化して、誰のためのサービス・システムの研究なのかを見てみると、やはり経営システム的に見てどうか、などを分析する研究が多く、社会的提言といった階層で、サービス科学の研究が、ほとんど行われていないことにも気づくという。

図2
図2

  ともあれ、こうした研究の従事者たちは、サービス科学としての分析に必要なデータを、まず自分たちで作るところから作業を始めているそうだ。そして、必然的に、サービス学は multidisciplinary(多くの学問領域にわたる研究)となるので、いろんな分野の人たちに参加してほしい、ということであった。ところで、S3FIRE の研究においては、いろいろなアプローチが試みられているので、ぜひ注目して頂きたいと、澤谷氏は強調した。
  また、サービス学会では、国際会議も計画しているのだという。

  続いて、産業技術総合研究所(産総研)竹中毅氏による、「サービス研究の方法論を追及する」という講演が行われた。産総研では、2008年に「サービス工学研究センター」が設置されている。戦略的重点研究は、図3のような分野について行われたのだそうだ。

図3
 
図3

  竹中氏も、先の澤谷氏と同様に、とにかく必要なデータについては、自分たちで集めるしかなかったということを強調した。例えば、兵庫県のある温泉では、顧客も従業員も ICのタグによって位置情報を計測されており、従業員の行動分析などが行われているという。その他に、クレジットカードや、百貨店・スーパーの顧客カードに記録された大量のデータ、そして、アンケートなどから、顧客と購入商品のカテゴリ分析・カテゴリマイニングなどによって、顧客の購入傾向の抽出などを行っているという。
  こうした分析は、大企業では既に実施されているだろう、とも言われているが、サービス工学研究の主目的である、日本の中小企業を活性化・効率化するという観点から考えると、データ取得における中小企業の協力が必須となる。しかし、中小企業には「研究開発」という概念が少ないので、彼らの協力を得るためには、短期的な成果で彼らの信頼を得ながら、研究を進めることが必要となるなど、この分野の研究に特有の難しさが指摘されていた。
  氏の挙げた、サービス研究の難しさには、次のようなものである。
 ① 一口にサービスといっても、さまざまな業態、業種がある。一方では、共通する機能(接客、提供プロセス、会計処理)も、ありそうではあるのだが・・・。
 ② 人間的要素が多く含まれる。顧客の多様性、従業員のスキルレベルに考慮が必要となる。
 ③ サービス評価の指標が、複数存在する。何が目的変数なのか、何が制御変数(説明変数)なのか、明確でない場合も多い。
 ④ 顧客、従業員、プロセス、経営判断、環境変動など様々の要素の影響を受けるため、何が良い状態で、何が悪い状態なのかわからない。
  そこで、サービスに関する指標の整理、問題の構造や複雑さの定義、複数の業種・業態・店舗の比較によるベンチマーク的な課題の発見、などが必要になるということを、竹中氏は指摘した。サービスに関する指標の整理に関連して、氏は、サービス研究のマッピングを試みているという。こうしたことから、ひとつひとつ、必要なデータを造っているというのが、サービス学研究の現状であるという。
  なお、現状でのサービス工学の研究は、地域活性化、地域生活者支援・地域ビジネス支援、オープンデータ、製造業のサービス化、国際競争力強化、国際比較、輸出などへの貢献を、戦略目標として行われている、と説明された。

  ところで、竹中氏の講演後の質疑応答で、興味深い質問があった。「(産総研の戦略的重点研究については、)サービスのコンセプトという側面に関して、意味論的・社会科学的なアプローチが、やや欠けているのではないか。そういった方面の研究は、行われているのか」という質問であった。残念ながら、この質問に関しては、質問者と回答者で若干の意味の取り違いがあり、質問者は「(意味解釈を起点とした)現象学的解釈主義のことです」と補足をしたのだが、すれ違いに終わった。結果として、現象学的解釈主義からのサービス学へのアプローチは、まだ行われていない、という事がこの質問への回答となった。つまり、提供者の行為や発話を、受給者が「サービス」であると解釈したときに、彼らを取り巻く生活世界には、どのような社会規範のルールや合理性の構造があって受給者が満足したのか、といった社会科学的な背景に関する研究は、サービス学では、まだほとんど行われていない、ということのようである。現象学的なアプローチを行うことのメリットは、そのサービスがどのように準備され、どのような材料から組み立てられたか、といった、素材(Channel)に関する考察が、(場合によっては、だが)「括弧に入れる」という操作で考慮の外に置くことのできる場合があることであろう。例えば、扱っている対象は異なるのだが、坂本賢三著「機械の現象学」(岩波書店、1975年)においては、現象学的なアプローチによって、哲学的に「機械」の内包する構造や外延的な構造(機械とは、人間の身体の働きの外化であり、同時に、そうした機械をモデルにした意識世界の対象化であること、など。これらの用語の説明は省略する)が明らかにされている。しかし、機械の材料による区別であるとか、多様な種類の機械の分類については、ほとんど踏み込まずに、この結論が得られているのだ。そうした現象学的アプローチの有効性を示唆する質問であっただけに、ここでの質疑応答で、これに関する議論が深まらなかったことが惜しまれる。

  最後に、「サービス学における研究動向を観る」と題して、戸谷圭子氏(同志社大学教授)が、同学会の「第1回国内大会」に際して、その場で参加者から得られた「アンケート」を分析した結果を講演された。この国内大会は、学会設立の記念イベント(2012年12月)において急遽決定され、3ヶ月余りという短い準備期間を経て、4月10、11日に、同志社大学で行われた。戸谷氏は、大会長を務められた。
  参加者数230名、発表数86件、特別講演3件、およびパネルディスカッションと、充実した内容で、盛況に行なわれたという。この大会で扱われたテーマは、「医療・介護・生活/小売り・流通・農業/教育/IT・教育/交通・公共サービス/人材/観光・飲食・ホスピタリティ/製造業」と多岐にわたっている。
  特に、「今後の学会への期待」については、 ① 工学系が専門である参加者は「サービス学の確立と、学際研究発表の場の設定」、② 実務系・経営工学系の参加者は「学術・産業界の交流の場の設定」、③ 実務系の参加者は「産業界の役立つ知見の発見、発表」に関心が集まったという。
  ところで、戸谷氏は、このアンケートの解説と共に、サービス学の歴史にも言及されたのであるが、その内容が非常に興味深かった。そこで、そのいくつかを(発言された文脈から切り離してしまって恐縮ではあるが)ご紹介してみたい。
  関心を引いたのは、「サービス・マーケティング」という題名のこの分野の代表的な(誰もが持っている)教科書の著者、クリストファー・ラブロックに関するエピソードであった。彼は、エール大学のビジネス・スクールで、特任教授として MBAコースのサービス・マーケティングを担当したなどの経歴を持つ人物である。ところで、ラブロックたちがこの研究を始めた40年前は、彼らもまだ大学院生で若く、サービス・マーケティングについての論文をいくら論文誌に投稿しても、査読者によって「既存のマーケティング手法の応用に過ぎない」とリジェクト(拒絶)され続けたのだという。結果として、当時のモノのマーケティング偏重だったサービス研究に逆らって、彼らが新しいスタイルを確立させてしまったのであるから、その功績は非常に大きいのではあるが、後年(2002年頃)、ラブロックは、これについて、査読者への対抗意識から、モノかサービス(コト)かに関して、サービスを強調した論文を書いたこと、つまり、行き過ぎた分析を行なったことへの反省を文章に残しているのだという。「しかし、それらを軌道修正するには、私は年をとっているので、若い人に期待する」と言い残して、彼は 2008年に亡くなってしまったのだそうだ。享年67歳。そして、そのラブロックの期待に応えて発表されたのが、2004年のVargoと Luschによる「サービス・ドミナント・ロジック」であったのだそうだ。
  この、モノかサービスかに関しては、シティバンク(シティコーポ)で副社長を務めていた実務家の G. Lynn Shostackが、「有形・無形さまざまなサービスがある中で、たまたま、無形の部分が多いサービスを、サービス業という名称で呼んでいただけだ」と正しく指摘しているのに、サービス・サイエンスを特別扱いするアカデミックな雰囲気の中で、こうした声が、かき消されてしまったのだという。そこで、「新しい視点を強調したいという研究者の都合から、現実を変えた解釈を施してはいけない」ことを氏は指摘した。その点に関しては、この後の総合討論でも、新井氏が、サービス学においては「実務を離れた設計科学は、ありえない。サービス学は、必ず実務に貢献する」という表現で、この意見をフォローされている。ちなみに、戸谷氏は、サービスの古い定義についても、「あてはまる場合には、私は使っています」と述べており、(有形の)モノ(製品)が主要な分析対象である従来の Goods-Dominant(G-D)マーケティング手法も、「有効な場合には、もちろん使っています」とのことであった。
  ともあれ、こうした経緯もふまえて、最近では「私はサービス・マーケティングをやっています」と自称する人が減って、この研究領域は「サービス・マネージメント」と言い換えられることが多くなったのだという。

  最後に、全員が登壇しての総合討論が行なわれた。ここでは、例えば、中国の行政サービスの改良が、サービス科学を取り入れて研究されようとしていることや、また、文理での共通言語を作ることが非常に難しいという話題などが、活発に議論された。
  討論の最後に、新井氏から、「横幹連合とサービス学会は、文理融合を志向する同じ仲間であるように感じている。文理融合の具体的な進め方に関しては、良く分からない部分も多いが、ともあれ、サービス学会を作って走りながら考えようとしてスタートした。横幹連合とは、これからも一緒に進んで行きたい」と挨拶があった。
  これを受けて、出口光一郎 横幹連合会長が閉会にあたっての挨拶を述べた。「後先になりましたが、サービス学会の設立おめでとうございます」と、先ず祝辞が述べられ、「サービス科学の拠りどころであるマルチディシプリナリーは、横幹の言う、横串、トランスディシプリナリーに通じている。共創という言葉には、ステークホルダーの中に、学=アカデミアと行政が同時に含まれるという場合も考えられるので、科学的な期待と社会的な期待の両方を同時に受けて、押しつぶされそうになることの危険も感じた。これは、上から目線で言うつもりでは無いが、そうしたことで何か困ったことがあれば、問題を解決しながら共に歩みたいと考えている」と、このように新しい学会へのエールが送られた。最後に、新井氏と講師の皆様への謝辞が述べられて、大変盛況のうちに今回の技術フォーラムが閉じられた。

<文責:編集室>   



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