横幹連合ニュースレター
No.040 Feb 2015

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
お茶とコーヒー -日常生活から横幹的アプローチへのヒント
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庄司 裕子 横幹連合理事
中央大学理工学部 教授
■活動紹介■
●第42回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔 ■
「第5回横幹連合シンポジウム」 開催のご報告
■イベント紹介■
◆2015年定時総会
●第6回横幹連合コンファレンス

■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
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横幹連合ニュースレター
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横幹連合ニュースレター

No.040 Feb 2015

◆活動紹介


【活動紹介】  第42回横幹技術フォーラム
総合テーマ:「数学と産業の協働、データサイエンティストの育成 ~イノベーションの創出と促進に向けた先進的取組み~」
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第42回横幹技術フォーラム

総合テーマ:「数学と産業の協働、データサイエンティストの育成 ~イノベーションの創出と促進に向けた先進的取組み~」
【企画趣旨】 本フォーラムでは、最初に、背景情報として、イノベーションの創出と促進に関連する二つの文部科学省委託事業(※)の成果を俯瞰する。
  次に 、イノベーション促進の担い手として期待が高まっているデータサイエンティストに焦点を当て、ビジネスの第一線で活躍されている諸氏から、ビジネスの現場から見た「データサイエンティストのあるべき姿」についてご提示頂く。その上で、我が国におけるデータサイエンティストの持続的な育成と、効果的な活用を達成するための方策についての議論を進める。
  (※)数学・数理科学と諸科学・産業との協働によるイノベーション創出のため研究促進プログラム「数学協働プログラム」、および、ビッグデータを利活用したイノベーションの促進に貢献する「データサイエンティスト育成ネットワークの形成」の二つについての成果報告である。

日時: 2014年6月12日
会場: 統計数理研究所 大会議室(多摩モノレール、高松駅)
主催: 横幹技術協議会、統計数理研究所、横幹連合

◆総合司会 丸山宏(統計数理研究所)
◆開会あいさつ 樋口知之(統計数理研究所 所長)
        大場允晶(横幹技術協議会 副会長)

◆講演1「文部科学省委託事業 成果報告」
 ‐「数学協働プログラム」成果報告
   伊藤聡(統計数理研究所)
 ‐「アリにおける意思決定と失敗戦略」講演
   西森拓(広島大学大学院理学研究科)
 ‐「データサイエンティスト育成ネットワークの形成」成果報告
   丸山宏(統計数理研究所)
 休憩 (統計数理研究所オープンハウスポスター閲覧可能)

◆講演2「普通の企業におけるデータ分析人材のやりがいと苦悩」
 河本薫(大阪ガス株式会社)
◆講演3「ビッグデータによるサ-ビスの改善」
 平手勇宇(楽天株式会社)
◆鼎談「データサイエンティストの未来」
 河本薫
 平手勇宇
 丸山宏

◆閉会あいさつ 出口光一郎(横幹連合 会長)

(敬称略)

プログラム詳細のページは こちら

【活動紹介】

  2014年6月12日、統計数理研究所(統数研)大会議室において、第42回横幹技術フォーラム「数学と産業の協働、データサイエンティストの育成 ~イノベーションの創出と促進に向けた先進的取組み~」が開催された。この日は、統数研のオープンハウスの前日でもあり、初めに所長の樋口知之氏から「統計数理研究所」の簡潔な紹介が行なわれた。
   統計数理研究所 は、1944年に設立され 70年以上の歴史を有する、わが国の「統計数理」の中核拠点である。5年前に立川に移転した。世界最大の共有メモリを持つスパコンを保有する。約50名の常勤の教官は、所内の基幹的研究組織のどれかに必ず属しているという。大学共同利用機関として全国の大学・研究機関や民間研究所など極めて広い分野の研究者に開かれた組織で、国内はもとより国際的にも多種多様な共同研究を飛躍的に発展させている。そして、わが国唯一の統計科学に関する専門の総合研究大学院大学を有しており、若手研究者の育成に、特に力を入れている。統数研の概要について、樋口所長は簡潔にこのように紹介した。
  ところで、今回の横幹技術フォーラムは、イノベーションの創出と促進に関連する二つの文部科学省委託事業の成果報告会も併せるという形で開催された。それで、樋口所長による統数研の紹介に続いて、「数学協働プログラム」と「データサイエンティスト育成ネットワークの形成」という委託事業の概要が、統数研の各担当者から説明された。また、この機会に「アリにおける意思決定と失敗戦略」という非常に興味深い講演を聞くことができた。しかし、本活動紹介ではその順序を入れ替えて、これらは本稿の最後に掲載することとしたい。

  そこで、ここからは、後半に講演された「データサイエンティスト」と「ビッグデータ」についての、実際の作業現場からの報告を先にお知らせする。その一社は「大阪ガス(株)」、もう一社は「楽天(株)」である。

  さて、米国では、ホワイトハウスの科学技術政策局(OSTP)が「ビッグデータ研究発展イニシアティブ」を 2012年3月29日に発表した。総額 2億ドルという予算を米国政府がこの分野に投じて、ビッグデータへのアクセス、体系化、知見を集める技術を改善、強化することなどが決定されたという。このようなビッグデータに関する研究助成は、欧州、中国、東南アジアなどでも目立っているそうだ。なお、「big data」という言葉の起源はあいまいだが、2010年に英国エコノミスト誌に掲載された紹介記事が、「data deluge データの大洪水」という言葉を用いて今日の「big data」の内容を論じたことを嚆矢と考える研究者が多い。そして、この言葉は、2011年のマッキンゼーレポート「Big data: The next frontier for innovation, competition, and productivity」(ビッグデータ:イノベーション創出、競争優位、生産性向上のための次なるフロンティア)の中で体系的に論じられた。このレポートの一節「600ドルで世界中の音楽を保存できるディスクドライブが購入できる」という言葉は、特に有名である。その後、2012年の米国フォーブス誌に「データサイエンティスト」についての連載が掲載されたことや、2013年に日本で統計学を「最強の学問」と紹介する書籍がベストセラーになったこと。また、Google、Amazon などの注目企業が、社内に蓄積されたビッグデータの活用方法を「公表していない」ことなどから急速に国内で関心が高まり、2013年には経済産業省の肝いりで一般社団法人データサイエンティスト協会が設立されている。なお、文部科学省委託事業「データサイエンティスト育成ネットワーク」は、同協会には特別会員として参加しているという。(注1)

  それでは、最近、とみに関心が高まっている「データサイエンティスト」たちは、企業の中で、どのような活動をしているのだろう。大阪ガス「ビジネスアナリシスセンター」所長の河本薫氏は、「日経情報ストラテジー」誌が選定する 2013年度 第一回データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤーに選ばれた、日本を代表するデータサイエンティストであるが、ビッグデータの分析結果を、作業現場の経験豊富な技術者たちに実際に使って貰うまでの道のりは、それはそれは長いものだったと述べた。
  「普通の企業におけるデータ分析人材のやりがいと苦悩」と題したこの講演で、河本氏は穏やかな口調で、とても興味深いこんな逸話を披露した。「私たちの一緒に仕事をしている仲間が、仮に、米国の技術者たちだったら、明日からこのデータを使え。イエス、サー、で、すぐに仕事の仕方を変えて貰えたのかもしれません。しかし、現場にいる技術者が誇る KKD、つまり『勘』と『経験』と、現場の『度胸』は、実は日本の企業を長く支えてきた強みでもあったのです。この人たちが、私たちのことをビジネスパートナーだと認めてくれて、徐々に、勘と経験と(私たちが提供する)データ力を使いこなしてくれるようになったのは、ごくごく最近のことでした。」河本氏は、言葉を選びながら、語り始めた。
  「お客様から、例えば給湯器が故障した、といった修理依頼が入ると、現場のメンテナンスマンは、経験から予想して交換部品を持参します。ところが、その部品では修理できない時があります。在庫を調べて、3日後にもう一度来ます、となったら、その間、お風呂にも入れない。お客様には不便をおかけするし、それを機会にオール電化に替えようと思ってしまうかも知れない。ところが、10年分 400万件の修理データを、私たちが 5か月掛けて分析したところ、機器の使用年数ごとに交換部品に特徴が見られ、(私たちは、お客様の家庭のガス器具を使用年数を含めて把握していますから)可能性ベスト5 の修理個所を、こうしたデータの処理によって指摘できるようになりました。そこで、メンテナンスマンがお客様のところに出かける前に確認しているコンピュータの『修理傾向部品予測システム』という画面に、携行すべき可能性ベスト5 の修理部品とその在庫状況を表示することができたのです。現在では、依頼を受け付けた当日のうちに修理までを完了する『即日完了率』を 20%以上改善することに成功しました。この 20%というのは、常識では考えられない驚異的な数字です。しかし」と、河本氏は話を続けた。「私たちがこのお話をするのは、自慢するためでは無いんです。実は、データ分析が終わってからが大変でした。現場の方たちは、このシステムの完成報告会で、良いものを作ってくれた。有難う、と褒めてくれたのですけれど、直ぐには誰も使ってくれない。今考えると、それは当たり前のことなんです。経験のある人たちは、ベスト3 くらいまでは勘と経験で分かっていたんです。だから直ぐには、これまでのやり方を改めようとは思わない。結局、システムの画面を使いやすく改善して、何人かのベテランの人に頼みこんで使い始めて貰い、新人が便利に使いこなして成績を上げ始めてから、2年間掛かってやっと、大阪ガス百数十名のメンテナンスマン全員が必ず使って下さる、というところまで漕ぎ着けました。」
  こうした経験から、大阪ガスのような「普通の企業」がデータ分析の結果を活用するためには、社内のデータサイエンティストには、ビジネス課題を「見つける力」、分析問題を「解く力」、そしてデータ分析結果を「使わせる力」、この 3つの力が必要なのだと河本氏は強調した。

  河本氏の講演と比較をする意味で、それでは、インターネット上の通販ビジネスを主たる業務にしている企業の場合には、「データサイエンティスト」の活動はどのようなものなのだろう。 楽天株式会社は、インターネットを通じて人々と社会に力を与えることを経営理念に掲げている総合サービス企業で、 (国内だけでも) 50種類以上の様々なサービスを提供しているという。ネット通販の出店店舗数は、国内で約 4万を数え、1億 6千万アイテムの商品を扱っているそうだ。そして、ネットショッピングのトランザクション数(ネットによる購買数)も増加していることから、蓄積されるデータは、どんどん増えているのだという。
  楽天技術研究所 リードサイエンティストの平手勇宇(ゆう)氏は、今回の「ビッグデータによるサ-ビスの改善」という講演を、楽天技術研究所(楽天社内の研究開発部門)を構成する 3つの組織の紹介から始めた。それは「大規模なデータを(分散・並列などの処理方法で)効率よく収集する部門」「蓄積したデータを、自然言語処理や機械学習によってマイニング(統計やパターン認識の手法で解析)する部門」「ユーザの現実の世界とコンピュータの提供するリアリティを融合して、ユーザに新しい世界観を提供する部門」の 3部門であるが、いずれもがユーザの現実とネット上の利便性の橋渡しになることを心がけて運営されているという。また、研究所は、インターネットの発展や、技術・サービスの今後の進展を予測して、将来のための研究開発や投資のための判断を行なう中心の組織でもあるそうだ。研究所の中のこれらの 3つの部門は、互いに組織の壁を感じることも無く、楽天タワー本社の(社員無料の)食堂で頻繁に情報交換を行なっているという。
  そして、楽天の社内に日々蓄積される膨大な商品の検索履歴からは、多くの情報が読み取れるという。例えば、商品検索のリクエストは当初はパソコンからが多かったが、スマホからの検索数が 2012年にパソコンを上回ったそうだ。「おせち」の購入動機には、購入者の書きこんだレビューが参考にされているので、ポジティブな魅力的なレビューの掲載に効果があること。また、例えば「ランドセル」の時系列データを見ると、検索には年に 2回のピークがあって、1、2月には両親が入学準備のために、そして秋には祖父母がお正月のお年玉用に検索していることも分かるという。
  そこで、こうしたデータの分析結果を生かして、ユーザが自分の欲しい商品を容易に探し出せる「商品検索アシストシステム」や「商品レコメンド」などのシステムが開発されてきたそうだ。例えば、「神戸」という検索ワードに続いては「レタス」「牛」「居留地」などの言葉が頻度多く検索されているので、ユーザからの「koube」という入力と同時に、上記の言葉を検索候補として表示する、といった工夫である。同様に、検索キーワードを「ジャンルを指定して絞り込む」ことで、ユーザはお目当ての商品に早くたどり着けるので、例えば「ワンピース」という入力に対しては、レディースファッションのワンピース、おもちゃ・ホビー・ゲームのジャンルのワンピース、そして、キッズ・ベビー用子供服や用品などのジャンルを画面上に瞬時に表示して、「こちらのジャンルの『ワンピース』ではありませんか?」とユーザをアシストしているのだという。これらは以前には、リアルタイムに表示できなかったのだが、最近のシステム開発で可能になったそうだ。
  ところで、こうした検索アシストを実現するには、予めキーワードとジャンルの階層づけを行ない、非常に大きなデータの構造体を作っておいて、この構造体についての階層を探るという方法を取っているという。この構造体は、季節によっても「父の日」などのイベントが近づくことによっても、その形状が変化する。データマイニング、データ解析、機械学習などの技術の進化で、こうした探索が可能になったことを平手氏は強調した。
  ちなみに、楽天の関連会社は、南北米大陸、欧州、豪州、東南アジアなど 13か国に展開しているので、商品の情報も、英語・中国語・ドイツ語・インドネシア語などの多岐にわたっているそうだ。ゆくゆくは、各国で個別に運用されている商品データをマージして、商品カテゴリのグローバルな体系化を図って行きたい、と平手氏は将来像を語った。
  それから、ビッグデータの分析から分かった内容には、公表すると社会的に影響があるので公表できないものもいくつか見られるという。例えば、出店店舗が、自社の商品の検索頻度を不正に高く見せるための手法。また、公的な景気動向調査などの経済指標が、社内のいくつかの商品の売り上げをデータマイニングすれば、公表される前に高い相関で分かってしまうことなども、データの公表がはばかられる領域である。しかし、差支えの無いデータについては、大学などの研究機関に公開して広く役立てて頂きたいという。例えば、楽天市場の商品データ、レビュー、レシピ、更には、ゴルフ場の予約など施設関連のデータなどに関心のある研究機関があれば、相談を頂き、契約書を交わせば、データが無償で公開されるとのことであった。
  この後には、パネルディスカッションが行なわれ、「データサイエンティスト」は経営に口を出すのか、「データサイエンティスト」として必要な資質は素質なのか経験か、「データサイエンティスト」として大学教育に望むものは何か、などについて熱い議論が行なわれた。

  さて、パネルディスカッションで議論が大いに盛り上がったのは、会場から、次のような質問が講演者に問いかけられた時のことだった。データサイエンティストは、そのデータ分析の結果が会社の経営に反映された場合に得られる利益を予測できる立場でもあるのだから、経営判断に立ち入った提言をすることがあるのか。あるいは、職責として「recommend」に、とどめるべきなのか。
  これについて、河本氏と平手氏は、二人ともが、経営判断には立ち入らないと答えた。河本氏はそれに付け加えて「経営判断を行なうための材料を提供することが自分たちの職責である。平手氏のような自分たちとは業態も、扱っているデータも異なる会社の方が、データサイエンティストの役割として同じ意見を持っておられたことに感動している」と述べた。
  この他の会場からの質問には、「データサイエンティストとして必要な資質は、素質か経験か」というものもあった。河本氏は、それには直接答えず、大学で統計学を専門に学んできたという人が、自分のビジネスアナリシスセンターでもごく一部に留まること。どんな分析ができるか、よりは、見つける力と結果を使って貰える力、つまり、社内でいろんな人と話してビジネス課題を「見つける力」や、そして、データ分析した結果を社内で「使って貰える力」のほうが大切であること。これらの力が無ければ、いくら良いデータ分析を行なっても結果が活用されない、と改めて強調した。それなら、ビジネス課題はどうすれば見つけられるのか、との重ねての質問には、河本氏は社内でのコミュニケーションを強調した。平手氏も、食堂での他部門との情報交換が大きいと述べ、また、楽天では、週に一度、全社員が参加する朝礼(朝会)があるので、この場で自分たちから「今度、こんなデータ分析ができるようになりました」という発表をしておくと、新しいビジネス課題が持ち込まれる場合もあると答えた。
  ここで会場から、大学院での統計学の授業などに対して、ここをこうして欲しいという希望はあるか、と問われて、河本氏は、こう答えた。データ分析の部門は慢性的に人材不足なので、「データ分析ができる人」には企業に来て仕事をして欲しい。しかし、世界初のことを知りたい、世の中の人の役に立ちたいという(広い意味での)価値観を持っているかどうかで、その人の知的な活動のプロセスが変わるようにも思える。それで、統計学の授業などでは「どう使われるかという出口を考えて分析すること。それがどのような形でビジネスに役立つかまでを考えるような習慣が身に付く教育」をして欲しい、と河本氏は その思いを述べた。若いうちから、そうした頭の使い方があることや、そういうことをすれば面白いということに気付くことが大切なのではないか、という。そして、以上を要約して、「素質か経験か」という質問に対しての結論としては、データ分析で重要なのは「シーズよりも、いかにニーズを理解できるか。ニーズを作れるか」の方であること。分析にどんな手法が使えるかではなく、課題を見つけて、結果を(社内の人脈などに働きかけて)使って貰うことの方が重要なのだ、と重ねて強調した。

  ところで、今回の河本氏と平手氏の講演は、統数研が受託した文部科学省委託事業「データサイエンティスト育成ネットワークの形成」成果報告に関連して行なわれたものである。この委託事業については(総合司会も担当した)丸山宏氏がその概要を紹介したので、ここに要約する。
  (先に紹介した)2011年のビッグデータについてのマッキンゼーレポートの中では、将来の、大量のデータサイエンティストの不足が予測されていた。しかし、「高度の統計教育」を受けた人材の増加割合を各国で見てみると、例えば、中国で 10%増加、米国で 4%増加しているのに対して、日本では 5%の減少が見られたと、同レポートには図示されている(2004年8年の統計値、p.106)。そこで、文科省は、データ分析専門家の持続的な育成と効果的な活用を考え、わが国での専門家育成のための教育システムの在り方や、この人たちが社会人になった後のキャリアパスの形成などについての提言を求めて、この委託事業を行なったのだという。初年度の作業としては、現在のデータサイエンティストに関する調査が行われ、その中で、河本氏のような立場の人材に求められている能力や、今のキャリアパスなどが調査された、と丸山氏は述べた。これについては、報告書も作成されている。本研究は、平成28年3月まで行なわれる予定であるが、今の予定では、統計数理の大学院生に企業インターンシップとして実際の現場を経験させるというところまでを計画しているという。

  それでは、ここからは「アリにおける意思決定と失敗戦略」と題する、極めて興味深い研究の発表をご紹介したい。
  文部科学省委託事業の「数学協働プログラム」というのは、数学・数理科学研究者と、諸科学・産業界の研究者が、例えば約 1週間、一つの部屋に集まって、あるテーマに沿って互いに課題を披露したり知見を述べ合うことで、懸案だった課題が数学的に解決されたり、新たな数学・数理科学の研究テーマが創出できるという新しい試みである。平成24年度から始まったそうだ。ここでは、統数研の伊藤聡氏から、平成25年度の概要が報告された。 ホームページもあるので、ご参照頂きたい。
  さて、「数学協働プログラム」に協力している国内 8つの「数学・数理科学の研究拠点」の一つに、広島大学が含まれる。西森拓氏が、広島大学の代表としてこのプログラムの運営委員会に参加していることから、 このフォーラムでは「アリにおける意思決定と失敗戦略」と題する講演が行なわれた。(注2)最初に、西森氏はこう指摘した。「アリはハチから進化したが、一つ一つの個体の活動が単純化しても、全体としての集団制度(分業制、タイムシェアリングなど)が複雑化している。つまり、個々のアリは局所的なことしか知らず、統率者もいないのだが、全体でかしこいのだ。」「従って、アリの社会では全体設計が不要で、外的な異常が起きても、局所アリが集まるだけで、ロバスト的に元のような組織体に戻ることができる。そして、アリの社会は人間社会と違って制御したり実験することが可能で、計算機モデル・数理モデルも作りやすい。このため、ここで得た生命ダイナミクスの数理的知見は、他の分野にも応用できる可能性がある」と氏は続けた。
  ここで氏が「制御可能である」と述べたのは、こういうことである。アリの社会では、働きアリが餌場を探索する際に、道標フェロモンを置きながらアリが進んでいる。そのフェロモンは人工の「合成フェロモン」でも代替できるという。そして、ある濃度を越したフェロモンはアリにとっての忌避物質となることから、道標フェロモンをある種のスイッチャーとして使用すれば、その組み合わせでアリの行列(トレイル)を制御できることになる。また、アリの行動の変化は、ビデオに収めて画像解析することで発見できるし、餌を食べる前後のアリの脳内物質の変化を化学的に調べることもできるという。
  そこで、西森氏の実験室では、正常アリが 500匹いるアリの集団(コロニー)について、その一部のアリをフェロモンに対して「鈍感」なアリに変えて、その比率によってどのように集団の行動が変わるかを、ビデオによる行動の画像解析などから調べているという。なお、アリを育てているのは数学科の学生たちだそうだ。ここで、正常アリは、整然と行列を作って効率よく餌を巣に運んでいるのだが、鈍感アリは行列からはずれて迷走しているようにも見える。ところが、 コロニーに鈍感アリが混ざっている時の方が、つまり、働かない「働きアリ」が組織に混じっている時のほうが、巣全体の採餌効率が良くなるのだという。これは、一定時間の総採餌量を測定することで証明されているそうだ。
  その事実は、次のような偶然の出来事からも確認することができたという。あるとき、巣と餌場を収めたプラスチックのケースを、学生が誤って蹴ってしまったことがあった。すると、アリたちはショックから、それまではフェロモンの道標に従って整然と、大きく迂回するように歩いていた行列を直ちにやめてしまい(おそらく鈍感アリが別に見つけていたルートに沿って)巣と餌場を直線で結び、大あわてで最短距離を通って餌を巣に運び始めたのだという。働いていない働きアリたちは、非常事態に備えている要員だったのだろうか?
  西森氏は、このようなアリの生命ダイナミクスを汎化するために、今後は、 正常アリの集団の中に超鈍感アリを様々な割合で混ぜる実験や、巣全体を弱鈍感アリの一様集団にしてみる方法などを試してみたいという。これは、例えば、ノイズがひどくて不鮮明な画像に、非一様なノイズをわざと印加して、「確率共鳴」という手法によって鮮明な画像を修復するという技術があるのだが、こうした考え方をアリの集団に応用するものだそうだ。つまり、「多要素系におけるノイズを利用した最適化に関する転移現象」という観点から、組織の最適な組み合わせを探ろうとしているのだという。
  革新的な混合の比率が見つかった場合には、もしかすると、ひいきの野球チーム(注3)に勧めて、その勝率を(もしかするとだが)向上できるかもしれないそうだ。

  さて、今回の技術フォーラムでは、横幹技術協議会 副会長の大場允晶氏が開会のあいさつを述べ、 データサイエンティストの育成に期待を示した。そして最後に、横幹連合 会長の出口光一郎氏が、閉会のあいさつを述べた。出口氏は、多くの専門領域にまたがる大量のデータ集積に対して、データサイエンティストたちが大変真摯に取組もうとしている姿勢に、エールを送った。そして、横幹連合でも、既存の方法論では解決がつかなくなった科学・技術への社会からの熱い要請に対して、「横幹科学・技術者たちが専門領域を超えて真摯に取り組もうとしている。そうした姿勢に、データサイエンティストと共通するものを感じる」と述べて、今回の実りの多い技術フォーラムは終了した。

(注1)文中の 斜め字体 は本フォーラムにおける講演内容ではないが、読者の参考のために、文部科学省報道発表「平成25年度戦略目標、ビッグデータ利活用の科学的裏付け」、Wikipedia、城田真琴著「ビッグデータの衝撃」東洋経済新報社 などから引用して要約した。「big data」には明確な定義が存在しないとされるが、構造化されていない多種・大量のデータの存在と、リアルタイム処理のための並列処理ができる大きなデータ蓄積装置の活用を特徴として挙げる研究者が多い。もう一つ指摘しておくと、多くの論者が「Data science」の進展に重要なのは、各国の政府や科学機関による「オープンデータ」への取り組みだと考えている。例えば、米国政府のオープンデータや、NASAのOpenNEXは所定の手続きで誰でも入手でき、ビッグデータとして分析できる。
(注2)働きアリには一定の割合で「働かないアリ」がいるという話題は、北海道大学長谷川英祐氏(進化生物学者)の著書「働かないアリに意義がある」(メディアファクトリー)の発売などで一般に有名になった。しかし、西森拓氏によるアリの研究も長谷川氏と同様に長く、西森氏の 2003年の共著論文(アリの行列が餌場と巣の位置を示すフェロモンの情報伝達によって秩序づけられているという研究)は基本文献として良く引用されている。なお、西森氏は(動物行動学が専門ではなく)日本物理学会に所属する「散逸系の動力学」の専門家で、西森研究室ではアリの他に、砂丘の風紋のモデル構築や、DNAの内部構造・揺らぎ・機能性の関係、などを研究しているという。
  ちなみに、アリに関しては、琉球大学 辻和希氏の研究も最近、注目されている。辻氏の研究からは、アリの複数個体による協調労働の仕組みが「群ロボット」の制御原理の参考になる、ということや、組織に裏切り者がいて仕事に穴が開くとアリの通常個体が不足した穴を埋めるために働きすぎて早死にをする、ことなどが明らかにされた。(メディアが「働かないアリは長生きする」と要約しているのは、自然主義の誤謬であるという。)今後の研究が注目される。
(注3)もちろん「広島東洋カープ」である。

(文責:編集室)



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