No.061 June 2020
TOPICS
1)防災学術連携体より緊急メッセージが発表されました。
新型コロナウィルスの感染について予断を許さない状況が続いています。 この感染症への対策を進めると同時に、例年起きている自然災害の発生による複合災害( コロナ感染などへの医療対応と自然災害が同時に起きた場合の被害の拡大 )にも警戒が必要です。 本格的な雨季を迎える前に「緊急メッセージ」として複合災害への心構えを市民の皆様に お伝えするため、防災学術連携体幹事会からの発表がありました。詳しくは、 こちら をご覧ください。
2)安岡善文 第6代横幹連合会長の あいさつ 「2つのTransdisciplinary」が掲載されました。詳しくは、こちら をご覧ください。
3) 会誌 「横幹」14-1号が発行されました。「Insights of Society 5.0 Powered by Data」「ディジタリゼーションにおけるシステムイノベーション」の二つを特集しています。詳しくは、こちら をご覧ください。
4)第11回横幹連合コンファレンスは、2020年10月8日(木)、9日(金)に統計数理研究所(東京都立川市)にて開催されます。大会テーマは、「サステナブル・イノベーションに向けて -横幹知による深化と創発-」です。 開催案内は、こちら をご覧ください。
5) コトつくりコレクション第2回目選出内容を公開しました。詳しくは、こちら をご覧ください。
COLUMN
第56回横幹技術フォーラム 「オープンイノベーション活動 『豊洲の港から』」のご紹介
採録・構成 武田博直 ( 横幹ニュースレター編集室長、日本バーチャルリアリティ学会 )
総合司会 板倉宏昭 (産業技術大学院大学・横幹技術協議会 副会長)
開会あいさつ 桑原洋 (横幹技術協議会 会長)
◆講演
「オープンイノベーション活動『豊洲の港から』」
残間光太郎 (株式会社NTTデータ オープンイノベーション事業創設室 室長) =講演当時=
◆討論
司会:板倉宏昭
閉会あいさつ 本多敏 (横幹連合 副会長) (以上敬称略)
日時:2020年1月15日
会場:日本大学経済学部7号館講堂
主催:横幹技術協議会、横幹連合
プログラム詳細のページは こちら
2020年1月15日、日本大学経済学部7号館講堂において、第56回横幹技術フォーラム「オープンイノベーション活動 『豊洲の港から』」が行なわれた。総合司会は、板倉宏昭氏(産業技術大学院大学・横幹技術協議会 副会長)が務めた。はじめに桑原洋氏(横幹技術協議会 会長)から、本日の講演に大いに期待する旨の開会あいさつが行なわれた。このフォーラムでは、株式会社NTTデータ、オープンイノベーション事業創発室が行なってきた事業創発支援に関わる貴重な事例が多数報告された。本稿では、「オープンイノベーション」という創業手法が 今後の産業界・学術界にとって大変重要なビジネスモデルだと考える立場から、この講演を紹介してみたい。
さて、NTTデータにおけるオープンイノベーションの主要な取り組みは、講演者の残間光太郎氏(同社 オープンイノベーション事業創設室 室長=講演当時=)によれば 以下の (a) と (b) の二つであるという。
(a) 「Open Innovation Contest」(世界各地に展開する NTTデータグループ各社の事業部が提示する具体的なビジネステーマへの協業提案を募集する選考会。連携12都市、イノベーション先進地域8都市の計20都市で開催されている。)
(b) 「『豊洲の港から』 というフォーラムによるベンチャーコミュニティ創造」
そして、その (a) と (b) のどちらについても 主要な活動主体は、 国内外の【スタートアップ企業】 ・ 国内の【事業主体の大企業】 ・ NTTデータ【アクセラレータ担当者】 であるそうだ。
講演では、新しいビジネスを創出するためのプロセスが具体的に説明された。ここでは、2017年の (a) Open Innovation Contest 最優秀賞に選ばれた「地域課題発見ラボ」について紹介を試みる。
(1) スペイン・バルセロナに本社を置くスタートアップ企業である Social Coin社は、市民のSNSを独自のAIによるクラスタリング技術で分析し、そこに記された市民の意識・感情の表現から その地域の「課題」を抽出して把握できる技術を持っていたという。
(2) 同社が この技術をNTTデータの主宰する Open Innovation Contest に応募したことで、「アクセラレータ」としての役割を担う「NTTデータ、オープンイノベーション事業創設室」担当者は、この技術を活用できる顧客(事業主体)と相談して技術のマッチングを行なった。顧客となったのは、同じNTTデータ社内の ある事業部門で、従来から全世界のTwitterデータおよび言語を解析できる技術を保有していた部門であったという。
(3) その技術マッチングによって、NTTデータは従来から(NTTデータという)「大企業」が有していた解析技術に加え、スタートアップ企業であるSocial Coin社が開発したAIエンジンの技術を新たに組み合わせることができ、その結果として、一般企業や官公庁、自治体などに向けての地域課題を発見できる新しいソリューションを開発・提供することが可能になったそうだ。
このAIエンジンは抽出キーワードを自由に設定できるので、地域交通、観光、教育、文化、住環境から特定の商品名まで、テキストデータであれば言語によらず分析が可能であるという。そこで、NTTデータの当該事業部が、ある自治体などから依頼を受けてその地域固有の問題点の抽出を請け負ったという場合には 「地域課題発見ラボ」の独自のソリューションが提供され、役立っているという。
ここで、「オープンイノベーション事業創発室」は事業主体にならず、あくまで「オープンイノベーション」のための「アクセラレータ」役に徹して、将来性のあるスタートアップと、それを「自分の仕事」として協業に取り組む大企業の熱意のある担当者のマッチングを行なうことが重要であるという。そのため、この「地域課題発見ラボ」についての売上も 事業主体のNTTデータの当該事業部のものになるのだそうだ。なお、このコンテストは、NTTデータグループの支店がある各国や イノベーション先進地域を選んで世界の各地で実施されているという。また、シリコンバレーなどでの高額な賞金を競う起業コンテストとは異なり、あくまでも他の大企業と組んで「自分たちのソリューションを生かした新しいビジネスを実現する」という意欲を持った企業が選ばれているということだ。
【参考資料】 NTTデータ「地域課題発見ラボ」ホームページ
また、 (b) 「『豊洲の港から』によるベンチャーコミュニティ創造」では、スタートアップ企業、NTTデータの顧客(大手)企業、NTTデータの3者が互いに 「Win-Win-Win」の関係となるような、大企業向けオープンイノベーション事業創発支援プログラムDCAP(Digital Corporate Accelerate Program)を提供しているという。
具体的には、NTTデータ本社において「豊洲の港から」という定例会をほぼ毎月実施しており、各回のテーマに沿ったスタートアップ数社が登壇して「名刺代わりの事業紹介」を行なう。それを(趣旨に賛同する)大企業から参加したオープンイノベーション担当者が聴講しており、引き続いてのパネルディスカッションで、スタートアップ企業と大企業の協業の可能性が検討されるのだという。パネルには、NTTデータのアクセラレータ担当者が必ず参加しており、パネルの後には参加者全員の懇親会も行なわれるそうだ。現在 約4千名規模のコミュニティとなっているこの定例会をきっかけとして「POC」に進むプロジェクトも多いという。この POC( Proof of Concept )では、大企業などが資金を提供して起業されるビジネスモデルを検証するためにスタートアップ企業がプロトタイプを開発し、有用性の評価と改善のサイクルを回して、その事業性を評価するということが行なわれているという。
なお、NTTデータの オープンイノベーションフォーラム「豊洲の港から」を紹介するWeb頁には、同フォーラムの最新のスケジュールと これまでの主要な実績が公開されているということだ。
【参考資料】 「DCAP お客様のオープンイノベーションによる事業創発サポート」ホームページ
ちなみに、「オープンイノベーション」とは、ハーバード ビジネススクールのヘンリー・チェスブロウ教授が提唱した概念で、「自社技術だけでなく他社が持つ技術やアイデアを組み合わせることで、革新的なビジネスモデルや革新的な研究成果につなげる方法」であると紹介された。
また、この分野で広く参照されているクレイトン・クリステンセン著 『イノベーションのジレンマ』には、巨大企業が自社の主力製品の性能を高める方向でイノベーションに注力した結果として成長を鈍化させ、一方で、顧客が既存の製品を「時代遅れ」だと感じる「破壊的技術(disruptive technology)」が登場することへの対抗に失敗して、巨大企業が覇権を失う経緯が述べられているという。そこで、こうした先行事例を参考に、NTTデータ オープンイノベーション事業創設室では、次のような形で事業推進を行なっているそうだ。(以下にアクセラレータ担当者から見た流れが説明されるが、説明の一部が繰り返しになる事を ご諒解頂きたい。なお、ここでも主要な活動主体が、
国内外の【スタートアップ企業】 ・ 国内の【事業主体の大企業】 ・ NTTデータ【アクセラレータ担当者】 であることに読者は留意頂きたい。)
・ 巨大企業の主力技術の価値をより高める技術、また、破壊する可能性を持つ技術を持ったスタートアップ企業をアクセラレータ担当者が逸早く発見し、マッチングを行なって、NTTデータ、あるいは、大企業の費用で「POC」を行ない、実現可能性を見極める。
・ 大企業の中に自社技術の将来に危機感を持つ部署や担当者を見つけ、上記の技術を大企業の自社技術の拡張、あるいは、主力技術をやがて破壊する技術への先行投資として共同研究開発する受け皿を用意して貰う。
・ 大企業の決裁、意思決定は一般に時間が掛かり、他方、スタートアップ企業は資金に乏しいので、NTTデータのアクセラレータ担当者が親身になって双方の調整をする。実績が出ないことを見極めての「POC」の中止、プロジェクトの解消なども、アクセラレータ担当者がスタートアップ企業を代弁する立場から逸早く提言する。
ということで、残間氏の著書(後述)からも本稿執筆者が大変に興味を引かれたアクセラレータ担当者の留意事項について、そのいくつかを引用しておきたい。
・ 世界の disruptive technology の最先端をいち早く捉える。
・ 世界のイノベータを掛け合わせる。
・ 無茶振りを我慢してまずは課題を特定する。
・ 世界各地の風土や、やり方を尊重する。
・ マユツバなスケジュールとゴールを しつこくリーン(上述のDCAPサイクル)に回す。
以上のことなどが、アクセラレータ担当者の心構えとして必要であるという。これらは、 残間光太郎著『オープンイノベーション21の秘密 豊洲の港から奮闘記』(2019年)という好著に掲載された「オープンイノベーションを大企業で進めるための 21の秘密」から引用した。(引用した事項については、本稿執筆者の文責による。)ちなみに、歴史的な順序としては (b) 「『豊洲の港から』 というフォーラムがNTTデータの社の内外で面白いと評判になり、NTTデータの役員にも理解者が現われて、やがて、世界各地のスタートアップ企業の中に日本の大企業との協業を強く要望する会社が見つかったことに応えて (a) 「Open Innovation Contest」が開始された、という流れであったそうだ。
本技術フォーラムの冒頭で残間氏は、各国がイノベーション技術を国家的な競争力という観点で振興していることを指摘した。例えば、フランスの個人起業家が支援する「Station F」 では、約5千名のIT技術者などを集めてパリ近郊に世界最大のスタートアップ・キャンパスが構築されているという。また、ブラジルでは、大銀行が支援しているクーボ「Cubo」という南米最大のスタートアップ拠点が、大企業とのビジネス創出加速の連携を目的に運営されているそうだ。また、リスボン市では 35000㎡の元の軍需工場に設けられた「Hub Criativo do Beato」という施設がポルトガル政府と市の支援を受けて多くのスタートアップ企業を集めているという。特に「破壊的技術」に関する危機意識がもっと持たれるべきで、大企業が足場にしている市場が将来、破壊的に奪い去られるというリスクに真摯に備えるべきではないかという傾向が世界的に見られるそうだ。
そして、技術フォーラムの後半で、氏は「コトラーの戦略的マーケティング手法」であるPEST分析(ここでは説明しない)という4つの象限による環境分析を参考にしたイノベーションの将来価値や破壊性を見極める手法が有用であることを説明した。ここでは、2018年の第8回Open Innovation Contest最優秀賞であるGlobal Mobility Service(GMS)社(日本)の技術が下記のPESTのSocial分野の事例として紹介され、同時に、アクセラレータ担当者がフォーラムやコンテストでスタートアップ企業の技術評価をする際のポイントが詳細に解説された。(PESTは、ここでは下の4つの頭文字であり、括弧内は、その象限における創発可能性のあるビジネスである。)
Politics (NEOビッグデータビジネス) Economy (超分散化ビジネス)
Social (社会課題解決ビジネス) Technology (組み合わせ創発ビジネス)
GMS社の技術は、ローンやリース車両を利用する運転者の運転実績がIT技術によって可視化できる、というもので、例えば、「日々この運転手は真面目仕事に取り組んでいる」という運行実績がこのデータから読み取れるのだという。こうした「仕事に取り組む姿勢」などの実績は、その人がローンを組んでいる金融機関に連絡されて個人の信用情報になる。すると、次の融資が認められやすくなったり、金利が下がったりする仕組みであるそうだ。この仕組みによって、銀行ローンなどにおけるデフォルト(支払い不履行)率は、従来の20%から 0.9%まで驚異的に下がったそうだ。こうした IT技術によるその人の「信用情報」は、最貧国などで金融時の担保として活用され、デフォルト率の低下という現実の効果を生んでいるという。組み合わせ創発ビジネスが「社会的課題」を解決しつつある事例として、注目されているそうだ。
ところで、質疑応答の中で、残間氏はこのようなビジネスモデルで「アクセラレータ」を務める担当者の資質について言及し、「担当した仕事で経験を積み、起業家と共感して誰と誰とを結びつけるかというマッチングに実績を出すこと」、つまり、適性のある人を実践で伸ばすことが重要ではないかと指摘した。その指摘を受けて、本多敏 横幹連合副会長は「閉会あいさつ」で、横幹連合の活動では これまでに新しいビジネスモデルに対応できる横幹型の人材育成(ビジネススクールなどでの授業内容)について議論が行なわれていることに言及した。そして、今後も横幹連合でこれについての議論が継続される必要性を指摘した。
ここでの本多氏のご発言は、来場者の帰り支度の中で十分に注意を引かなかったかも知れないが 大変に重要だと本稿の筆者は考えている。例えば、本多氏が監修した 横幹〈知の統合〉シリーズ 3 『価値創出をになう人材の育成 コトつくりとヒトつくり』(2016年)には、イノベーションを含む新業態ビジネスの工程の把握と管理のできる人材育成についての議論が掲載されているからだ。今回の講演は、(大企業内の新規プロジェクトとして考えれば) 従来であれば拒絶されたとクリステンセンが 『イノベーションのジレンマ』で分析している新業態創業に対して、起業家とアクセラレータがそれを育成して成功させ、その成果が大企業の新規事業に埋め戻された貴重な実例であると考えられるので、このことを「人材育成」の観点から捉えることが必要かも知れないためである。横幹連合の今後の活動にも大変裨益する内容であった残間氏の今回の講演に対して本多氏は深く謝意を表し、技術フォーラムは今回も盛況のうちに終了した。
※ 追記: 講師の残間光太郎氏は独立され、2020年4月より 株式会社InnoProviZation CEO として活躍を続けておられます。
EVENT
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