No.064 Feb 2021
目次
TOPICS
〇 日本学術会議主催学術フォーラム・第11回防災学術連携シンポジウム 『東日本大震災からの十年とこれから – 58学会、防災学術連携体の活動 – 』が、2021年1月14日にオンラインで開催されました。
発表別資料・動画が次の URL.に公開されています。
https://janet-dr.com/060_event/20210114.html
「東日本大震災の全容解明と十年間の復旧・復興の総括」セッションに、「災害記録の分野を横断した共有について」と題して、横幹連合元会長の出口光一郎氏の報告が掲載されています。是非、ご参照下さい。
COLUMN
第57回横幹技術フォーラム
「先端医療( 医用生体工学・行動神経経済学・医療経営学 )研究の現状とその活用による北海道の地域・医療イノベーション」のご紹介
執筆・構成 武田博直 ( 横幹ニュースレター編集室長、日本バーチャルリアリティ学会 )
日時:2020年12月3日
会場:横幹技術協議会事務局(東京・神田)を本部とするZOOM開催
主催:横幹技術協議会、横幹連合
開催案内は こちら
総合司会 藤井享 ( 北見工業大学工学部 教授・横幹連合 産学連携委員会副委員長 )
開会あいさつ 桑原洋 ( 横幹技術協議会 会長 )
講演1 「脳機能計測に基づく認知症予知とオンラインコミュニケーションへの提言」
横澤宏一 ( 北海道大学大学院 保健科学研究院 教授(兼)脳科学研究教育センター 基幹教員 )
講演2 「行動神経経済学の医療イノベーションへの応用」
高橋泰城 ( 北海道大学脳科学研究教育センター 准教授 )
講演3 「医療イノベーションの実現に向けた医療モールの展開戦略」
伊藤敦 ( 北見工業大学工学部 准教授 )
パネルディスカッション:
テーマ 「先端医療(医用生体工学・行動神経経済学・医療経営学)研究の現状とその活用による北海道の地域・医療イノベーション」
モデレーター 藤井享 ( 北見工業大学工学部 教授 )
閉会あいさつ 安岡善文 ( 横幹連合 会長 )
2020年12月3日、横幹技術協議会事務局をZOOM基地局とするオンラインにより、第57回横幹技術フォーラム 「先端医療( 医用生体工学・行動神経経済学・医療経営学 )研究の現状とその活用による北海道の地域・医療イノベーション」 が行なわれた。総合司会は、藤井享氏( 北見工業大学工学部 教授、横幹連合 産学連携委員会副委員長 )が務めた。
本稿では、「講演1と2」そして「講演3」の順に内容をご紹介したい。
「講演1と2」は、北海道大学の お二人の講演者による医療イノベーションへの提言である。最初に「脳機能計測学」の分野から、「脳機能計測に基づく認知症予知とオンラインコミュニケーションへの提言」と題して、横澤宏一氏( 北海道大学大学院 保健科学研究院教授、兼、脳科学研究教育センター 基幹教員 )からの講演が行なわれた。
「脳機能計測学」とは、主に 脳磁計(MEG: Magnetoencephalography)という装置を使って脳の機能を計測する研究のことだという。(北海道大学大学院 保健科学研究院 健康科学分野 脳機能計測学研究室のホームページによる。)
ここで、脳磁計とは、脳内の神経活動で自然に生じる「極微細な磁場」を精密に計測する装置で、地球の地磁気を遮断できる特別の部屋で測定され、創造性や文化活動(音楽や言語など)、また、経済活動に伴う衝動や記憶・コミュニケーションなどの局面で、脳のどの部位が働いているかなどを(副作用なく)安全に可視化できる装置であるという。例えば、今後に増加が予想されている「アバター」を用いた相互コミュニケーションの計測においては、実対面の時とは異なる脳応答が見られることも分かったという。こうした実績から、今後の社会的なコミュニケーション・ルールの策定や そのためのツールの開発などに、活用が期待されているそうだ。
そして、これは次の講演2とも共通する別の事例の紹介だが、今日貰える10万円と それを1か月我慢すれば貰える11万円とを比べた場合、誰にとっても11万円のほうが価値が低く感じられるそうだ。しかし、どの程度「その価値が下がった」と感じるかは、その人の「衝動性」によって違いが出るのだという。この衝動性は、その人個有の時間感覚と相関しているのだそうで、「脳磁計」を使うことで脳の活動の違いとして可視化されるのだという。興味深い人間の脳の活動である。また、例えば、この装置を使って記憶についての簡単なテストをすると、その成績から、被験者の将来の「認知症傾向」の高い低いも判別できてしまうのだという。
このように「脳磁計」という装置は、コミュニケーション、経済活動、更には、認知症などの人間のさまざまな側面に新しく「脳の機能の計測」という光を当てる研究であることから、今後の研究の進展が期待されているそうだ。
さて、講演2では「行動神経経済学の医療イノベーションへの応用」と題して、高橋泰城氏( 北海道大学脳科学研究教育センター 准教授 )より講演が行なわれた。行動経済学については、以前の横幹技術フォーラムでも取り上げられている。経済学の数学モデルに、心理学的に観察された事実を取り入れる研究手法であるという。高橋氏は、その行動経済学に神経科学の知見を融合させた「行動神経経済学」を提唱されているそうだ。
例えば、先述した例に関連するが、「10年後に10万円貰うのと10年と1か月後に11万円貰うのと、どちらが良いですか」と聞かれると多くの人が11万円を選ぶそうだ。しかし、同じ人が、10年経った後に「今日10万円貰うのと来月11万円貰うのと、どちらが良いですか」と聞かれると「10万円」を ほとんどの人が選好してしまうという。このように、これまでの経済学の仮定である「人間は合理的な意思決定で判断する」という前提は、心理学的・行動科学的な現実の社会観察では崩れているのだそうだ。
高橋氏は、こうした古典経済学で説明できないパラドックスについて、神経機構の働きから説明できるという可能性を論じた。「脳磁計」による計測が、その傍証を与えているのだという。例えば、「目先の利益が将来予想される不利益より高くに見積もられる」ということ、つまり「時間選好では利得が損失より早くに割り引かれる」ことや、社会的な(経済)活動における「利己心・利他性」などについても、脳機能計による知見は現象の解明に大きな力を発揮してきたそうだ。こうした実績を活かした研究が、精力的に進められているという。
ところで、行動経済学の分野では、「将来に損失することになる健康価値が現在の自分から見て価値が非常に小さいと感じている人が、薬物依存(ヘビースモーカーなど)になりやすい」とする「ベッカー=マーフィーの合理的中毒理論」が良く知られているそうだ。しかし、これについて高橋氏は批判的であるという。なぜなら、「将来失われる損失」を薬物依存者が意識したからではなく、目先の(気持ちが良いという)利益が将来の不利益より高く選好されたからそうした行動になった、と考えるほうが合理的な説明になるからだという。
こうした行動神経経済学の研究をふまえて、高橋氏は「地中海式の食習慣」を生活に取り入れることを勧めているそうだ。(<注> 「地中海式の食習慣」は、次のようなものとされている。野菜と果物の摂取量が多い。パスタやパンなどを全粒粉で取る。<日本では、お米でも良い。> ナッツ、ベリー、豆、イモの類が多い。牛肉は控え目に、魚介、鶏肉、乳製品を主なタンパク源とする。発酵させた乳製品が多い。オリーブオイルを使う。少量から中等量のワインを食事と一緒に飲む、などである。)なぜなら、そうした食習慣は 脳に適度な満足感を与えることになるので、例えば、多重債務者で目についた商品を衝動的に購入してきた人が、その生活を断ち切ることができるとか、目先のごちそうに流される食生活だった人が、ダイエットに失敗しなくなるなどの効果が見られたからだそうだ。このような生活上の提言も、高橋氏は研究の成果として発表されているのだという。
さて、2020年現在の北海道の人口は 523万人だそうだが、2040年には 現在より100万人の人口減少が見込まれているという。また、札幌市を中心に極点社会が形成され、道内の人口密度が低いことに加えて高齢化率が非常に高いそうだ。それに伴い、将来的には地方都市の公共交通の縮小や学校の廃校だけでなく、医師不足や 診療科の閉鎖などから「医療インフラの維持」が困難になる可能性も、強く懸念されているという。こうした地方都市の多くが抱える問題に対して、講演3の伊藤敦氏 ( 北見工業大学工学部 准教授 )は「医療モール」という医療イノベーションを解決策として提言しているそうだ。ここからは、伊藤氏による 「医療イノベーションの実現に向けた医療モールの展開戦略」 という講演内容を紹介したい。
医療モールは、医療法で定義された医療施設ではなく、一般的に複数の診療所と調剤薬局などが特定の空間の中に集積した開設形態であるという。複数の医師による医療ネットワークを駆使することによって、良質で専門性の高い医療を効率良く提供できる可能性があるそうだ。その運用によって、地域医療の充実、強化が期待できるという。
そこで、医療モールに着目して悉皆調査を実施したところ、病院・診療所の総数が横這い状態であるにも係わらず、医療モールは2005年を1として2018年には8倍以上の増加が見られており、急激な拡大発展があったそうだ。しかし、政府・医師会ともに、その増加傾向を把握していないことが分かったという。具体的な数値として、医療情報センターのデータベースで(2019年11月現在)同一の建物に3軒以上の診療所がある施設は、全国に2501か所存在しているそうだ。
具体的に、医療モールが どのような施設であるかの実例として、本稿の筆者(武田)の個人的な経験を少しだけ紹介させて頂きたい。伊藤氏が医療モールの一例として紹介された「市立芦屋病院」(兵庫県)は、筆者が在宅で介護していた父親の「かかりつけ病院」だった。それで、ここには、筆者は毎月父を連れて検査診療のために伺っていた。
芦屋病院には、院内に「整形外科・内科・外科・皮膚科・形成外科・小児科・眼科・産婦人科・耳鼻咽喉科など」の外来・入院施設があるのだが、その他に個人診療所の「歯科口腔外科」「泌尿器科」が 外来棟に(テナントとして)開設している。私の父は内科と泌尿器科だったので、予約や会計を病院と診療所で 夫々別に行なっていた。看護師の方も、各診療所の専属だった。芦屋病院のように病院の中に個人診療所が開設しているという形態の他に、大病院のすぐ近くに診療所がある形態、また、駅ビルのテナントとして複数の診療所が開設している形態などが、医療モールの典型的な例であるという。
こうした開設の形態は、病院と診療所の双方にメリットがあるのだという。患者の大病院志向やコンビニ受診が問題視されているが、例えば、プライマリケアは診療所、二次三次医療を病院で、といった診療が普及すれば、大病院への軽症患者の集中が避けられると期待できるそうだ。また、診療所も複数が駅ビルなどの一つの建物に集まることによって、新規の病院建設のための建築費が不要となり、また医療設備も共同で利用できるものが備えられるという。
現在、公的に進められている各地の地域医療のための「情報ネットワーク化」は、投入される費用にばらつきがあり、活用状況もさほど活発であるとは言えないそうだ。そこで、伊藤氏は、医療モールのような形態によりグループ診療(医師間連携)が行なわれることと、情報ネットワーク(患者情報の共有)が効率良く組み合わせられた「ネットワーク診療」の戦略的な展開によって、コンビニ受診などの現状の多くの問題が解決できるのではないか、と考えているという。
北海道は首都圏から離れて独自の都市圏を形成し、寒冷地でもあることから、医療モールの特性や強みを発揮する上では それらの特徴が有利な方法に働くのだそうだ。ちなみに、医療モールは患者の8割が徒歩5分圏内に居住しているという立地にあるという。そうした特徴から、地方都市や地域医療が抱える共通課題に対する解決の糸口になることが期待されているそうだ。
ただしかし、医療モールが成立するためには人口規模が「20-26.5万人」必要で、例えば、北見市は11.6万人なので該当しない。つまり、過疎地やへき地では実現性に乏しい、という問題があるのだという。また、そのマネジメントには「ホロニック・システム」(各診療所が独立性を尊重しながら全体と調和すること)が必要であることを指摘して、伊藤氏は講演を総括された。
最後のパネルディスカッションでは、司会の藤井享氏の質問に答える形で講演者からの補足説明が行なわれた。講演1の横澤氏の研究では、オンライン・コミュニケーションにアバターを用いた場合に「社会的な立場の上下とか、何気ないしぐさが意図せずに相手に与える印象など」が画面から抜け落ちてしまい、コミュニケーションの本質そのものが「削ぎ落された形で」伝達されるようだという興味深い補足があった。また、脳磁計を用いた「認知症傾向」の高い低いの判別テストなどは、認知症予防の訓練などにも応用できるかも知れないので、司会の藤井氏は 関心を持つ方が見つかった場合に横幹連合としての共同研究を強く進言された。
また、講演2で高橋氏が紹介された「地中海式の食習慣」については、北海道の食文化に なじみやすいとも考えられるので「食習慣の提言から地域の健康に貢献できるのではないか」とする藤井氏からの指摘があった。高橋氏も、その可能性に同意された。
ところで、講演3で述べられた医療モールの成否は、使い勝手の良い情報ネットワーク(例えば、電子カルテの共通化)が安価に構築できるかどうかにも関わるという。北海道の人口約500万人というのは人数から言えばフィンランドと ほぼ同数なので、「医療特区」のような形で、例えばフィンランドで行なわれている方法を参考にした患者情報の共有化などが試みられても良いのではないか、という議論が活発に行なわれた。
最後に「閉会のあいさつ」で、安岡善文 横幹連合会長は次のように述べて、講演者と司会者に貴重な講演の労をねぎらいエールを送った。
「桑原洋 横幹技術協議会会長が開会あいさつで言及されたように、横幹連合は産業界からシステム化の提言を視野に含んだ研究を要請されています。3つの講演が夫々、システム化を視野に含んだ研究内容であったことを嬉しく感じておりますが、特に 講演2の 行動神経経済学の知見が 広く世に知られることで、市民や消費者の各々が社会のあるべき姿を想定し、自由意志に流されるのではなく自らの行動変容によってそうした社会を自覚的に作り出して行く未来が訪れれば大変に希望が持てるのではないでしょうか。皆さまの今後のご研究に、期待しております。」
このように、北海道の地域事情を拠点に地方都市や地域医療が抱える共通課題に解決の糸口を探ろうと試みる今回の横幹技術フォーラムは、参加者に大きな可能性を印象付けて成功裏に幕を閉じた。
EVENT
【これから開催されるイベント】
横幹連合ホームページの「会員学会カレンダー」 を ご覧ください。
また、会員学会の皆さまは、開催情報を横幹連合事務局 office@trafst.jpまで お知らせ下さい。