No.068 Feb 2022
目次
TOPICS
〇 会誌「横幹」15巻2号が発行されました。 詳しくはこちら。
「トピック: 椿広計副会長 デミング賞受賞」
〇 第58回横幹技術フォーラムを開催します。
今回のテーマは「地域医療の情報化における諸問題とその克服に向けた課題」です。
詳細はこちらをご覧ください。
COLUMN
企画セッション B-2「ポストコロナ禍に向けた新しい防災の模索」について (第12回横幹連合コンファレンスの一考察)
報告 武田博直 ( 横幹ニュースレター編集室長、日本バーチャルリアリティ学会 )
「第12回横幹連合コンファレンス」(ベントン・キャロライン実行委員長、倉橋節也プログラム委員長、伊藤誠現地実行委員長)が、「オンライン開催」により、2021年12月18 – 19日に 筑波大学筑波キャンパスを拠点に行なわれた。
今年も大変内容の充実した「特別講演」と「プレナリー講演」が行なわれたが、こちらについては紙幅の都合で、主にタイトルとご講演者名のみを紹介させて頂く。いずれのご講演も、非常に核心に触れ、同時に課題の全体像を浮かび上がらせる内容だった。
・特別講演「トランスボーダーの先へ」永田恭介氏(筑波大学学長)
(学問の「分野の壁」を超える「大学」の試みの現在と、未来への人材育成の精細な活動計画について講演された。)
・プレナリー講演「NHK 新型コロナ報道における オープンデータの活用」 佐藤匠氏、仁木島健一氏(日本放送協会)
(国内外の研究論文や SNSデータの解析を行なうことにより事件の真相や新事実を明らかにするジャーナリズムの手法は「OSINT」と呼ばれている。NHKスペシャル『新型コロナ全論文解読』や BS1スペシャル『謎の感染拡大~新型ウイルス起源を追う~』を事例にした「OSINT」の実際と AIの活用方法が、丁寧に大変分かりやすく紹介された。)
・プレナリー講演「経団連の考える Society 5.0の姿」吉村隆氏(一般社団法人 日本経済団体連合会 産業技術本部長)
・プレナリー講演「産業競争力懇談会の目指す Society5.0の実現と未来社会への貢献」五十嵐仁一氏(一般社団法人 COCN 産業競争力懇談会 専務理事)
(産学官の総合知を集める「新成長戦略」の実現、そして、Society5.0が実現した7つの社会像からバックキャストされた社会実装の課題から、産業の意義や 未来社会のシステムデザインが考察された。)
そして、ここからは、企画セッションについてご紹介する。
ちなみに、今回の全セッションは、次の Web頁に公開されている。→ セッションテーブル
さて、コンファレンスは「横幹知で拓くポストコロナ社会」という大会テーマを掲げ、多くの講演が発表された。
ここで、セッション B-2「ポストコロナ禍に向けた新しい防災の模索」 を特に取り上げたのは、次の理由からである。
(1)特定地域に発生する「大規模な災害」に際して、現場の行政担当者に求められる役割が明確化され、「学」の立場から「その役割を どのように支援するか」が、具体的なシステムとして提言されていた。通常、「学」は起きた事象を後から分析して、再発防止に資する研究をする場合が多いが、このセッションでは、災害が発生している最中から、生じている事象をリアルタイムに画面に表示して現場に示唆を与える方法について検討されているとのことだった。
(2)この試みが実現すれば、その結果、画面に表示されている「現在進行中」の地域情報から、多くの新しい情報が読み取れるようになるそうだ。例えば、水害の進行状況のリアルタイムの表示は、近隣の避難指示などにも影響を与えるという。
(3)同時に、「現在進行中」の地域情報からは、災害復旧の際に必要な「人的・経済的」な支援も概要が予測できるそうだ。今回、特に、AIを使った過去の新聞記事の自然言語処理などから、産業連関の「因果ネットワーク」が推定できることが発表された。具体的には「当該地域の部品工場が稼働できなくなったとしたら、今後、何か月間にわたって、日本の自動車生産台数に影響が出る」などの影響について、災害の状況が「画面上に現在、表示されている」その途中から、AIなどによって推計できるという。これは「官・学」の連携を促す、全く新しい「システム化」の試みである。
(4)また、被災した地域の住民の「災害対応力」の分析と、その対応力を事前に強化できる方法が検討された。
(5)そして、(非常に興味深い研究であるが)被災地域の住民が「復旧」に踏み出すために大きな影響を持つ「ボランティアと 金銭寄付をする人たち」の感じる幸福感について考察されていた。
このように「特定の被災地で発生する災害」に関する横幹型科学的なアプローチが、ひとつのセッションを例にご紹介できる、ということで B-2 を特に取り上げた。もっと多くの他のセッションと「一般セッション」についても 本稿ではご紹介したかったのだが、他日を期したい。
ぜひ、コンファレンス予稿の J-Stage公開時に、興味を引かれたタイトルについてアクセスされることをお勧めしたい。
それでは、早速、B-2 の内容を紹介しよう。
B-2 「ポストコロナ禍に向けた新しい防災の模索」
B-2-1「場所を選ぶ(特定の災害が発生しやすい地域で発生する)自然災害への防災対策の検討」
有馬昌宏 (兵庫県立大学)川向肇 (兵庫県立大学)
【要約】
自然災害は、
(1) 場所に関係なく発生する (可能性のある) 災害 (地震、台風や 火災) と、
(2) 特定の災害が発生しやすい地域の災害、に分けられるという。
日本では、
新築の構造物に「耐震、耐火構造」を厳格に設定することによって、
(1) 場所に関係なく発生する(可能性のある) 災害への「防災対策」に、おおむね 成功しているそうだ。
(例えば、公共の建築物の耐震化率は 8割以上であるなど。)
(2) 一方、特定の災害が発生しやすい地域で発生する災害の基本防災対策は、まだ「真剣に議論されていない」という。
ここで、「特定の被災地で発生する災害」とは、例えば、東京の江戸川区に巨大台風が接近してきたことなどにより「全区民に水没に備えた避難指示」が出るような場合、つまり、洪水、津波、土砂災害、火山噴火などを主に指しているそうだ。
なお、洪水については、外水氾濫(河川堤防の決壊など)と、内水氾濫(市街地の処理能力を超える雨水のため街が水浸しになるなど)とに区別される。
しかし、例えば、江戸川区内にも水没の危険の少ない家屋や多層階の建物は多い。「全区民への勧告だったことで、避難の必要がない高齢者が慌ててけがをした」などの事象が問題視されているという。
ちなみに、発表者は災害の現場情報に連動する「防災・減災」のシステム構築を提言しているそうだ。
B-2-3「広域型属性別浸水被害予測システム構築の試み」
川向肇(兵庫県立大学)有馬昌宏(兵庫県立大学)
【要約】
ここでは、Web上の 兵庫県豊岡市の「地理情報システム」(GIS)の白地図上に一辺500mのメッシュを載せ、例えば、
行政担当者が、メッシュ毎の
浸水深別の広域の「被災人口・世帯総数」「性別・年齢」や
「被災外国人総数」「65歳以上の単身者の被災世帯数」などの属性
を把握して救助・減災に役立てるアイデアが発表された。
https://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/kokudoseisaku_tk1_000041.html#:~:text=%E3%81%99%E3%81%AA%E3%82%8F%E3%81%A1GIS%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E4%BD%8D%E7%BD%AE,%E7%AE%A1%E7%90%86%E3%82%82%E3%81%97%E3%82%84%E3%81%99%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
この次に報告される「B-2-4」の分析(後述する)を本講演の内容に組み合わせれば、
PC画面(GIS)の白地図上の、一辺500mで区切られたメッシュ
の上に、水害の進行状況や水没した領域などが、リアルタイムに可視化できるだろうという。
具体的な方法としては「AIの自然言語処理を用いたリアルタイムの SNSの分析」などが用いられるそうだ。
例えば、ではあるが 「隣町の堤防が決壊・浸水したことによる水没範囲」などが SNSの情報などから得られた場合には、かなり高い精度で、事前の水害深度予測に照らした被害状況が ここに表示できるという。 本講演では、こうした被害情報を確認しながら、行政担当者が GISのメッシュをクリックし、
「被災世帯数」や「被災外国人の人数」
などを把握することが想定された。
おそらく、現場への適切な救助の指示などに、この情報が生かされることになるだろう。
ところで、筆者個人の印象だが、(このシステムは、まだ構想段階ではあるが) こうしたシステムが「速報性の高い」「確実な」情報提供画面として、その完成度が高まってくる近い将来には、その内容が適切な形でアプリなどに 2次利用されて「避難所に向かおうとしている住民」などに示唆を与えることなどが可能になるかもしれない、と想像された。
いずれにせよ、GIS画面がプラットフォームになり、AI分析情報などが分かりやすく表示される近い未来は、聴講者たちに強く予想された。
B-2-4「深層学習を利用した定性的リアルタイム被害予測手法の構築」
廣井悠(東京大学)坂平文博(大阪工業大学)
【要約】
本講演では、新聞記事などから機械学習で因果関係を抽出して「因果ネットワーク」を構築する試みが紹介された。
例えば、地震による津波の発生で停電が生じたことが原因で、(その結果)夜間の冷え込みが被災者を悩ますことが生じたという。また、地震による物流の混乱という原因からは、工場の操業中止という結果を招いたことなどが、新聞記事から確認できたそうだ。
そこで、小さな刺激が段階的に大きな被害を引き起こす「カスケード(連鎖)災害」のこうした因果関係を、新聞記事などの「自然言語処理」の機械学習で事前にデータベース化して抽出しておけば、今後起こる経済的な影響が分かる可能性があるという。
例えば、先に、B-2-3で、「GIS画面に、SNSなどから AIが推測した[水没してしまった領域]などが表示される可能性」について紹介したが、その水没範囲の位置、広さなどを、上記した「これまでの新聞記事」などに照らし合わせることで、
「地域にある部品工場が稼働できなくなったことにより、今後、何か月間にわたって、自動車生産台数に支障が出る」のような経済的な影響結果が、災害が発生してる途中に予測できる、のだそうだ。
筆者は、この講演をオンラインで聞いていて、驚いたのでコーヒーをこぼしそうになった。注目すべき研究である。
さて、下の二つの発表(B-2-2、B-2-5)は、政府統計の地理情報システム(GIS)と直接には、関係していないが、被災や復旧の関係者における示唆に富んだ研究として紹介したい。
B-2-2「住民の災害対応力における自己評価とその要因」
齋藤美絵子 (岡山県立大学) 佐藤ゆかり (岡山県立大学)
【要約】
大雨や台風に際して予想される災害に備えるため、住民には、
(1) 関連情報を理解(分析)し、
(2) それに基づいてタイムリーな判断を下し、
(3) それらを避難のための適切な行動に結びつけることが、要請されているそうだ。
今回の「災害対応力の要因」に関する調査では、2018年7月に岡山県中南部に位置する総社市(人口7万人弱)で起きた豪雨の被災地住民を対象に、244名からの回答を得たという。(回答の約3分の2はWeb回答、残りは紙面回答である。)この豪雨による家屋の被害は、全壊84棟、大規模半壊171棟、半壊373棟、一部損壊523棟の合計1151棟に及ぶ大規模なもので、人的被害は、死亡7人、重症2人、軽傷36人であった。調査からは、「普段から災害リスクの情報に触れている」ことがタイムリーな判断力につながり、「自分の体力を客観的に自覚していること」で適切な行動が取れた、などが分かり、これを「住民の災害対応力」と名付けたという。
本講演では、被災者自身に災害対応力(逃げ切る力)のあることが明瞭に分析された。また、その災害対応力を事前に強化するための方法も存在する、と結論づけられている。
B-2-5「災害ボランティア活動や金銭寄付は 支援者自身の幸福感をどの程度高めるのか:東日本大震災後の意識調査を用いた実証分析」
川脇康生(関西国際大学)
【要約】
大規模な災害の後、そうした危機に対応する行政の能力には限界があり、災害後のボランティア活動と支援者からの財政的寄付は、被災者のリハビリテーションにおいて重要な役割を果たすそうだ。しかし、そうした支援活動は、参加している人々自身の主観的な幸福をどれだけ高めているのだろうか。
この講演では、東日本大震災から1年4か月後に行なわれた詳細な調査から、因果関係(内生性)を考慮した操作変数法によって構築された「計量経済モデル」が紹介された。ちなみに、川脇氏は「災害リスク認知、ソーシャル・キャピタル、国際防災、地区防災計画」などがご専門の研究者で、1995年の阪神淡路大震災では尼崎市の消防士長として勤務されていたと Web上の経歴から読み取れた。本講演の結論として、災害時の「一定の幸福感を得るためのコスト」は ボランティアと金銭寄付において、ほぼ(金額に換算して)同じくらいではないか、という非常に興味深い結論が述べられた。
つまり、B-2-5では、ステークホルダー(当事者の一員)としての「ボランティア」「金銭寄付をする人たち」が考察されたことになる。このことは(映画『七人の侍』に、勝ったのは あの農民たちだ、というセリフがあったが)当事者としての被災地の住民たちの周りに、すばらしい善意がひきよせられていた、と考えることができるかも知れない。
最後に「横幹コンファレンス」のセッションの特徴を(私見だが)整理しておきたい。
・聴講者の幅の広さ:「文理にまたがる」「産官学にまたがる」「専門家、非専門家の混在」
・発表内容の多彩さ:「各所属学会の最新の知見が、規範的な分析を例に講演される」
・講演者の充実度 :「第一線の研究者による講演を聴くことができる」
筆者は、本稿執筆のため全予稿に改めて目を通した。日本の最前線の研究成果を興味深く読むことができ、そして過日のコンファレンスで優れた講演と発表に感銘を受けたことを改めて思い出した。読者の皆さまで、横幹コンファレンスをまだ体験しておられない方がおられましたら、次の機会にぜひ、聴講されることをお勧めしておきます。
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