No.069 May 2022
TOPICS
〇 会誌「横幹」16巻1号が発行されました。
ご執筆は、(所属、敬称略、掲載順に) 椿広計、河又貴洋、倉橋節也、伊藤誠、ベントン・キャロライン、高木真人、櫻井成一朗の諸氏です。
詳しくは こちら。
COLUMN
プレナリー講演『NHK新型コロナ報道におけるオープンデータの活用』について
(第12回横幹連合コンファレンス参加報告)
報告 武田博直 ( 横幹ニュースレター編集室長、日本バーチャルリアリティ学会 )
2021年10月に「第12回横幹連合コンファレンス」が盛会に行なわれた。本Columnでは、そのプレナリー講演である『NHK新型コロナ報道におけるオープンデータの活用』についてご紹介する。なお、文責は編集室である。この報告記事の企画理由は、本ご講演で「最新の AIテクノロジーを使ったOSINT(後述する)という報道手法についての的確な解説」がされていたこと、そして「横幹連合参加学会にAI分野に関心を持つ会員が多い」ことからである。ご講演は、大変に分かりやすく印象的だった。
具体的な講演内容は、NHKスペシャル『新型コロナ全論文解読』(初回:2020年11月)や『謎の感染拡大~新型ウイルス起源を追う~』(初回:2020年12月)などの番組制作に携わった方々による「AIを駆使した取材活動」についての報告である。講演者は、日本放送協会の佐藤匠氏と仁木島健一氏。後にご関係を記すが、第12回コンファレンスのプログラム委員長である倉橋節也氏(筑波大学教授)から直々の依頼があったことで、ここでの講演が実現したのだという。
【OSINTとは何か】
「OSINT」(Open Source Intelligence)と呼ばれるのは、インターネット上のオープンデータやソーシャルメディアの投稿を分析し、「事件の真相」や「新事実」を明らかにするジャーナリズムの手法であるという。コロナ禍によって現地に出向いての取材活動が厳しく制限されている中で、世界中の報道機関もOSINTによる取り組みを強化しているそうだ。NHKの新型コロナ報道においても、国内外の研究者たちと連携してOSINTを活用した番組がいくつか制作されていると講演の初めに紹介がされた。
なお、ジャーナリズムにおいてOSINTが国際的に有名になった理由は、オランダに拠点を置く調査報道ウェブサイトBellingcat(ベリングキャット、猫に鈴を着けるの意)の存在が大きいそうだ。
(追記:本講演ではベリングキャットの名前のみが紹介されたが、NHKの別の番組でも詳細に解説されているので編集室で調べた内容をここでは追記しておきたい。この組織はネットゲーマーの協力者たちの横のつながりから発達し、創始者である英国人の Eliot Higgins氏が 2012年に、ネットに公開されているSNSや 衛星画像などの情報を適宜組み合わせることにより、戦場でのクラスター爆弾や化学兵器の使用など国際法に違反した行動が特定できることに気づいたことがその起源とされているようだ。2014年のマレーシア航空17便のミサイル誤射による撃墜、これはオランダ人193名を含む乗員乗客298名の全員死亡という痛ましい事件だが、そのときに使用されたミサイルを撃った発射台の番号をOSINTによる調査で特定したことなどからベリングキャットは広く知られるようになったという。その調査手法を伝授された協力者たちは「英国BBC放送」や「米国ニューヨークタイムズ紙」などに引き抜かれ、英米豪などで夫々のOSINTチームが現在大きな成果を挙げているそうだ。NHKはこの内容をOSINTの紹介番組としてまとめ、BS1スペシャル『デジタルハンター〜謎のネット調査集団を追う〜』として2020年5月に放送したという。ちなみに、その番組は、2020年の日本の科学ジャーナリスト賞とギャラクシー選奨を受賞しているそうだ。)
より具体的なOSINTの事例として、プレナリー講演では次のような事例が紹介された。「カメルーンの兵士たちが2015年3月下旬頃に行なった無抵抗の黒人女性たちの虐殺」を捉えたSNSの動画についてである。これは 2018年7月にネットに拡散された、どこで、いつ起きた、とも分からない虐殺動画だったという。しかし、BBCが公開捜査を呼びかけて世界のネット調査協力者から寄せられた大量の写真をAIに判別させたところ、虐殺の背景として写り込んでいた山の稜線が特定され、また人物の影から季節も断定されて「2015年3月20日から4月5日の間」に起きたことが分かったそうだ。さらに兵士の持つ特殊な武器から、カメルーン軍であることも確定されたという。BBCは調査開始から約3か月後に詳細にこれを報道して、間もなくカメルーン政府が関与した軍人7名を逮捕し、氏名、階級を公表したそうだ。BBCの調査報道の中心は若いオーストラリア人だったそうだが、彼も Higgins氏に伝授を受けた一人であったという。以上で講演者によるOSINTの解説を終え、本題が始まった。
【『新型コロナ全論文解読』について】
NHKスペシャル『新型コロナ全論文解読』や『謎の感染拡大~新型ウイルス起源を追う~』の制作にあたっては、多くの医師や研究者が協力したという。このときAIの活用方法について暖かく助言したのが、上記の倉橋節也氏だったそうだ。たまたまではあるが、倉橋氏らのご研究の内容が会誌『横幹』の最新号に掲載されている。本稿では、少し話が余談になるのだが、AIの活用方法についての理解を深めるためこの記事についても少しだけ、ここで紹介しておきたい。【参考文献】倉橋節也「新型コロナと感染シミュレーション&ゲーミング」(「横幹」第16巻第1号 2022年4月所載)
この記事には、「社会シミュレーション」の専門家が行なった感染予防策の提言などが述べられている。私たちにとって「おなじみ」になった新型コロナ下の感染予防策、「飲食店の夜8時制限」「会食は不特定とではなく、いつもの4人に制限すること」などの(接触率低減策の)要請については、最初に27種類の感染予防策を策定し、その上で住民一人ひとりの感染現象を捉えるエージェントモデル(ここでは解説しない)を構築して効果推定実験を(コンピュータ上で)行なったのであるという。その結果、感染予防の基本予防策を個別に実施したのみではほとんど効果が見られず、それに併せて接触率の低減策を(地域の特性に沿って)組み合わせた場合に限って、新型コロナ罹患者の「実効再生産数」(何人にうつすか)を目標値まで下げられたそうだ。政策はこのように推計されたデータをもとに、慎重に実施されたという。また、2国間の協調によって感染を抑え込む「国際協力」を促すための(医療政策リーダーの)意思決定に至るゲーミングモデルを開発して「協調学習」についての実験を行なったそうだ。詳しくは本稿を、是非ご一読頂きたい。
プレナリー講演に戻る。さて、NHKでは番組を通して新型コロナの初期の流行についての経緯を報じ、その予防の対策や、そして今後、医療の専門家たちが新型コロナにどのように立ち向かおうとしており、それはどのように収束するのかなどについての予想を報じたのだという。
『謎の感染拡大〜新型ウイルスの起源を追う〜』では、放送された2020年12月の時点でのOSINTによる調査を報じているそうだ。その結果、「これまで各国が発表してきた時期よりも早くヒトへの感染が始まった可能性」を指摘したという。そして2020年11月放送の『新型コロナ全論文解読』については、その後2021年4月に『新型コロナ全論文解読2』が放送されているので、この二つの内容を以下にまとめて紹介する。問題とされたテーマは、次の通りだったという。
1.2021年冬に、日本における感染者は急増するのか?
2.新型コロナの収束はいつ? その決定打は?
3.風邪とは違う、新型コロナの“真の脅威”とは
4.“究極”のウイルス対策
ところで、この番組(全論文解読)の初回は 2020年11月に放送され、それを再編集した内容が 2021年3月に改めて放送されたそうだ。NHKホームページの「まとめ記事」には、後者の内容が掲載されているという(2022.05.17確認)。ちなみに、AIがこの番組のために分析した全論文数は約20万件。上記4つのテーマの夫々について、論文の数や他の論文への影響などを分析しているそうだ。例えば その収束時期の推定に関しては、研究者の間で「新型コロナ研究で世界のトップを走る研究者たち」と認められた数名を AIが特定した。そして、彼らに番組がインタビューを行なってその収束時期に関する予測を聞いているという。2020年11月の放送時点では、2021年8~9月の収束が4人。その他、2021年以内のどこかが2人、2022年末が3人、収束しないと答えた人が1人、という結果だったという。
(追記:編集室からの注として特記しておきたい。この番組では「2021年8~9月」という回答が最も多かったが、これは2020年11月の放送当時に流行していた新型コロナウイルスに関して かなり正確にその収束時期を予見したものだったと思われる。その後流行した変異株には、ワクチン効果の変化が明らかになったもの、つまりワクチンを投与しても罹患するウイルスが顕著に見つかり、それはワクチン開発に用いられたものとは違うと考えられているためだ。なお、この番組では、流行の収束時期の予測自体をAIにさせたのではないことにもご注意頂きたい。未経験の感染症についての近未来の流行を予想できる法則性が、データベースに含まれていないためだと考えられる。ちなみに(1人だけ回答があった)新型コロナが収束しない、という予測については、インフルエンザなどと同様に季節性の流行として人類と共存するという意味であるそうだ。)
そしてこの番組では、(風邪などと異なる)新型コロナ特有の症状として ”ブレインフォグ”「脳の霧」と呼ばれる症状を指摘したという。めまいや頭痛、激しい倦怠感に襲われる。さらに、頭にモヤがかかったように ボーッとなる症状が報告されているそうだ。
最後に、効果のあるウイルス対策として、この番組では「加湿」の大切さを挙げたという。体に侵入したウイルスなどの異物は、鼻から肺に至る気道の表面を覆う「線毛」という毛のような組織が、細かく動くことで体外に押し出しているそうだ。この線毛は、乾燥によって動きが悪くなるという。また、軽いせきなどで飛び散った飛沫も、加湿することによって床に落ちやすくなることがスーパーコンピュータの解析で明らかになったそうだ。室内については、加湿と掃除を丁寧にすることが勧められるという。
また、冬場の対策の一つとして「鼻を冷やさない」ことを指摘する研究者もいたそうだ。
これらはいずれも、AIによる「冬の新型コロナ対策」というキーワードからすくい上げられた内容であったという。
ともあれ、改めて考えれば、約20万件という膨大な論文の数は人間がいちいち目を通すことのできない数であることに間違いは無い。そして(本稿筆者の私見であるが)自然言語処理をAIのアシストで行なう、といったAIの使われ方は「当たり前の日常」になってきていると思われる。(その限界を理解した上で)パソコンで表計算ソフトを使うようにAIが日常の仕事に生かされる時代になったことを、この講演を通して筆者は感じていた。NHKの番組制作の裏側でAIがどのように使われていたかを分かりやすく解説し、大変に貴重なご講演を頂いたNHKのお二人の講師に編集室からも心から感謝を申し上げたい。
なお、「第12回コンファレンス」についての記事を、横幹ニュースレターではこれまでのColumnに2回掲載している。ご参照頂ければ幸甚です。
【No.067 Nov 2021】「参加の呼びかけ」
【No.068 Feb 2022】「企画セッション B-2 ポストコロナ禍に向けた新しい防災の模索 について」
また、今回取り上げた「プレナリー講演」の他に、「第12回コンファレンス」では特別講演『トランスボーダーの先へ』(筑波大学学長 永田恭介氏)、特別企画『産業界が考えるSociety5.0』(一般社団法人日本経済団体連合会 産業技術本部長 吉村隆氏)『産業競争力懇談会の目指すSociety5.0の実現と未来社会への貢献』(一般社団法人産業競争力懇談会 専務理事 実行委員長 五十嵐仁一氏)が講演されている。
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