No.74 Aug 2023
TOPICS
〇 第14回横幹連合コンファレンスは、2023年12月16日(土)、17日(日)に東京大学本郷キャンパス(東京都文京区)を拠点としてハイブリッド形式(対面+オンライン)で開催される予定です。
企画セッション募集中( 締切:9月1日(金))詳細は、こちらをご覧ください。
〇 会誌 『横幹』 第17巻第1号が発行されました。 詳細は、こちらをご覧ください。
〇 2023年度 定時総会 および 創立20周年記念式典が2023年6月13日、東京大学 山上会館にて開催されました。概要は、こちらをご覧下さい。本号のColumnに定時総会報告と、木村賞第11回講演(廣井悠 東京大学教授)の要旨を掲載しました。
COLUMN
「定時総会」報告 および 木村賞講演「大都市混雑シミュレーションの提案と展開」要旨
文責:横幹ニュースレター編集室 武田博直(日本バーチャルリアリティ学会)
□「2023年度定時総会」報告
「2023年度定時総会」が行なわれたので、報告する。正式名称は 「横断型基幹科学技術研究団体連合 2023年度定時総会 および 創立20周年記念式典」である。会場は、東京大学(本郷キャンパス)の山上会館で、対面とオンラインのハイブリッドで行なわれた。
プログラムは、次の通りであった。
2023年 6月13日:
13:30~14:35 「2023年度 定時総会」
15:00~18:00 「創立20周年 記念式典」
18:15~19:45 「懇親会」
( 本Columnでは「2023年度 定時総会」について記述する )
定時総会の内容については、次の通りであった。
・ 以下に挙げる「第1号から第4号までの議案」
・ 「木村賞・ベストポスター賞 表彰」
・ 「木村賞受賞者による講演」(論文紹介)
以下に、時間の順に概要を記す。 なお、本会場での総合司会は、早川有氏(理事)が担当した。
先ず各議案の審議が行なわれ、安岡善文会長が司会を担当された。
第 1 号議案:新役員の選任
第 2 号議案:代表理事(副会長)の選任
第 3 号議案:2022年度 事業報告 および 2023年度 事業計画案
第 4 号議案:2022年度 収支決算報告 および 2023年度予算案
以上が例年の通りに審議され、会場とオンラインの代議員により議案が承認された。なお、「組織・役員2023」 はホームページに掲載。会場以外の代議員による賛否をオンラインで確認することは今回が初めての試みだったが、事務局の活躍によって間違いのない結果が記録に残された。
議案の承認に続いて、以下の報告があった。
報告事項1:横幹連合 20周年記念事業について
議事進行の安岡善文会長からは、本記念事業への意気込みがここまで何度も言及された。
ここでは椿広計氏(担当理事)が、概要を報告した。同事業の準備組織は鈴木久敏顧問を委員長に発足しており、現在の組織名称は「20周年記念事業実行委員会」となっているという。本日の「創立20周年 記念式典」を計画・準備されたのもこの委員会だそうだ。なお、第14回横幹連合コンファレンスに「記念事業」の企画セッションを立てるかどうかについては現時点で未定、そして、会誌『横幹』20周年特集号を(来年1月頃)発行する予定、と発表された。関連する予算は、先ほど承認されている。
木村賞・ベストポスター賞発表、木村賞受賞論文紹介
短い休息の後、会場では木村賞・ベストポスター賞の発表が行なわれた。木村賞第11回の選考経緯が 高木真人 前副会長(審査委員会委員長)より説明され、安岡会長より表彰された。引き続き、木村賞受賞者である廣井悠氏による講演が行なわれた。
〇 各賞発表
・ 木村賞第11回受賞者 廣井悠氏(東京大学)
「大都市混雑シミュレーションの提案と展開」
(予稿: J-Stage 第13回横幹連合コンファレンス C-1-4)
・ 第13回横幹連合コンファレンスベストポスター賞受賞者 別府啓至氏(青山学院大学)
「Shapley値メカニズムの特性関数がデータ提供者の振舞いと予測モデルの性能に与える影響の評価」
□ 木村賞第11回講演 「大都市混雑シミュレーションの提案と展開」要旨(文責:武田)
2011年の3.11「東日本大震災」で、廣井悠氏は(すぐ外が本郷通りの)東京大学工学部14号館の10階から 眼下の通りの大渋滞を見ていたそうだ。夕暮れに救急車や消防車がサイレンをけたたましく鳴らしながら「全く動けない」状況に、「なんとかしなくてはいけない」と強い印象を持ったという。
3.11の東京での震度は、「5強」と報じられた。
首都圏には515万人もの帰宅困難者がいたと伝えられるが、その移動に伴う2次災害や、死者などの大きな問題は生じていなかったそうだ。しかし、これがもしも「都市の建物が崩壊する」震度6以上の大震災ならここで何が起きているだろう、と考えたことが廣井氏の本研究の起点だったという。本研究は、首都圏をモデルにした大都市混雑シミュレーション(「社会シミュレーション」)で、政策評価につなげるために帰宅困難者(車と人)の定量的評価などを試みたものだそうだ。
ところで、2022年10月29日に韓国、ソウルの繁華街、梨泰院(イテウォン)でハロウィーンの群衆が転倒して158人が死亡するという大惨事(「ソウル梨泰院雑踏事故」)が起きた。このとき、坂の中ほどから少し上の約18㎡で「300人以上」が折り重なって倒れた、と伝えられている。
中央防災会議などの発表では1㎡あたり 6人以上の混雑が歩道に生じると、身動きがとれず、歩行できないと想定されているそうだ。それでは、東京で「帰宅困難者が圧死する」といった悲劇は起こり得るのだろうか。同時に、それが効果的に回避できる対策は考えられるのだろうか。
ここで、廣井氏の予稿からAbstract、Index termsを(拙訳で)引いておきたい。
要旨 – 本研究は、首都圏を中心としたメガシティにおける渋滞シミュレーションに関する研究である。このシミュレーションは、帰宅困難者対策の定量的評価のみならず、このシミュレーションで想定した都市の火災避難と重ね合わせて、都市火災における避難評価についても活用することができる。
用語 – 帰宅困難者、都市火災、避難、シミュレーション、ビッグデータ
ところで、・・・。読者を驚かすつもりはないが、東京でも歩行者の圧死は「起こり得る」そうだ。
3.11では東京に「大火災」は起きなかった。また、勤務時間中で「一斉帰宅」が生じず、滞留できる施設も多いことから(首都圏で)515万人も生じた帰宅困難者には大きな問題が生じなかったとされている。しかし、震度6以上なら、火災や建物倒壊の被害も十分考えられるため、倒壊や火災の避難者と徒歩帰宅者は細街路で重なり、韓国の雑踏事故と同じような事態が起こり得るのだそうだ。実際に、100年前の関東大震災には同様の記録があるという。そうした不幸な災害を可能な限り回避するために、行政などでは避難の計画を立てていると伝えられている。
本研究は、大混雑が「群衆事故」や「帰宅困難者にもたらす影響」を 社会シミュレーションにより可視化し、そのリスクを定量的に「混雑して歩けない道路延長〔km〕」などの数値で表現したもので、これによって初めて「政策の定量的な評価につなげることが可能になった」と紹介された。氏は講演を、こう続けた。
首都圏を想定したこの混雑シミュレーションは、「技術的に高いチャレンジを要するもの」になったと氏は述べた。それは
①広域スケール を対象としたこと
② 震災に複合して火災などの別災害が重なるマルチハザードのモデルであること
③ 車と人の両方をエージェントとして扱う構造にしたこと
が理由となっているそうだ。このため、従来考慮されなかったファクターを検討する必要が生じ、レベルが異なる研究になったという。
なお、シミュレーションの領域は、1都3県(東京、神奈川、千葉、埼玉)かつ東京駅から40㎞圏内に設定されているそうだ。
また、マルチハザードをモデルにするため、別の災害を「入れ子構造」に重ね合わせられるという。これは、従来の津波などによる避難シミュレーションが単一災害発生後の経過のみを対象としていたことと大きく異なるそうだ。
ちなみに、エージェントの帰宅意思モデルは、震災から2週間後に廣井氏が2千人を対象に行なった大規模調査の結果から抽出されたそうだ。本研究では、このうち いくつかが想定されているという。例えば、以下のようなケースである。
・就業者(通勤の人)の全員が一斉に帰宅行動(車と歩行による帰宅)を始めた場合
・就業者の半数がその場所で滞留することを決めた場合
・私用外出者の半数が滞留することを決めた場合
・私用外出者の全員が一斉に帰宅行動を始めた場合…これらに「車両による送迎の有無」などが組み合わされている
このようなケースの夫々について、「混雑して歩けない道路延長 km(発生10時間後までの平均)」や 「のろのろの渋滞道路の延長 km」などが細かく計算されたという。そして、3.11当日のモバイル空間統計などを使用して行なわれたそのシミュレーションの結果からは、顕著な知見が得られたそうだ。
廣井氏は、演壇に俯瞰で港区などを撮影した「首都圏の地図」を示した。
「地図で色のついている線は、幹線道路の歩道上の”人の密度”を表します。3.11では密集がありませんでした(一人2~5㎡程度の空間が確保できていた)ので、このようにブルーでした」と氏は述べた。
「ところで、今後震度6以上の震災が首都を襲い、就業者(通勤者)の方の全員が一斉に帰宅した場合 は、こう予想されます。」
地図には、1時間後の状態として、幹線道路の全域で「1㎡ 6人前後」(電話ボックスに6人が詰め込まれた混雑)になることが表示されていた。ピンクや赤の歩道が威圧的に示されている。
「しかし」と廣井氏は、これに続けて、
「もし就業者の『半分』に、現在地での滞留を(行政などから)要請できますと、歩道のピンク・赤の混雑、そして車道の渋滞ともに大きく軽減できて混雑防止の効果が大きい、という大事なことが分かりました」と述べ、図を示した。幹線道路の広い範囲に、ブルーが戻った。
(但し、「徒歩帰宅者の滞留」を促す備蓄物資、施設の準備などが必要になるという。後述する。)
(注)なお、本稿では、これらのシミュレーション写真の掲載が「公的機関によるハザードマップ」と混同されて独り歩きする事態を避けるため、写真を掲載せずにこのような紹介記事にすることとした。諒解を頂きたい。
また、就業者の 一斉帰宅が起きてしまった場合には、「車」の平均移動速度についても1時間3㎞未満の超のろのろ渋滞という個所が地図の全域に示された。「一度起きた渋滞は、数時間続きます」と氏は述べた。
「このように就業者が一斉帰宅することは、何より、発災直後の緊急車両の走行障害を招きます。
(火事を)消せない・(けが人を)救えない、という理由から、都は企業に就業者の滞留を要請しています」と付け加えた。
そして、「迎えの車」に関しても重要な知見が得られたという。
「ところで、3.11では車両の約5%が迎えの車でした。ここに示したケースでは、発災直後に就業者の一斉帰宅が起きていますから、直後の渋滞はひどくて、おそらく緊急車両も動けません。しかし、その後の混雑状況については、仮に、この 『迎えの車』の全台数 に対して、無しにできたと仮定します。すると、そこを抑制すれば広域で、”道路の渋滞が3.11の混雑記録以下に緩和できる可能性がある”という知見が、このシミュレーションから得られました」と氏は述べた。
(下表は 予稿Table 2 ケース5、「3㎞/h未満となる道路延長(車道、km)」)
しかし、ここに記した「むやみに移動を開始しない・迎えに来て貰わない」という対策については、併せて様々な配慮が必要になるそうだ。
例えば、迎えの車が来ないのであれば、一部の私用外出者が「滞留できる場所を探す必要に迫られる」ことになるからだ。行政が大きな費用をかけて、備蓄物資や「災害時帰宅支援ステーション」などの準備を進めている理由には、こうした背景もあったという。
ちなみに、この大都市混雑シミュレーションを廣井氏が最初に発表されたのは 2015年であったそうだ。その後、東京都や内閣府でも同様の帰宅シミュレーションが(氏を委員長に)作成されており、「災害対応 DX」が目標とされているという。ここでDXとは、Digital Transformation デジタル変革のことで、リアルタイムのデータの使用なども構想した精度の高い避災計画であるそうだ。例えば、「現在ここに大群衆が集まっている」というモバイルキャリアからのビッグデータが得られれば、その歩道の混雑の時間経過を予測して事故を予防する対策を打つことなども可能になるかも知れないという。
更に、廣井氏が取り組んでおられるのは「市街地火災」シミュレーションであるそうだ。
それは、倒壊や火災の避難者と徒歩帰宅者が細街路で重なるリスクである。
そして、延焼危険性が高い(火の燃え広がる可能性が高い)とかねがね言われているのが墨田区だそうだ。
そこで、墨田区を対象に、普段であれば99%の住民が30分以内に、自宅から「指定の避難場所」まで移動することのできた時間(下表 予稿Table 6、CASE A)が、幹線道路が徒歩移動者で埋め尽くされることなどによってどう変化するかをシミュレーションしてみたという。
講演では、「錯綜して大混雑が起きる」状態を確認するため、① 「従業員の一斉帰宅」が起き、これに併せて ② 「地域住民が発災2時間後に一斉に移動を開始した」というケース(予稿Table 6、CASE D)が紹介された。 この最悪の場合には、「約20%(5万人近く)の住民が2時間経っても避難場所に到着していません」と予想されたという。
氏は、この重要な研究を「622万人シミュレーション」と呼んで、続けておられるそうだ。
ところで、本講演の冒頭で、廣井氏が「本研究の目的とする課題」を「大量の昼間人口・夜間人口がもたらす『大混雑』問題」と紹介されたので解説しておきたい。
従来マスコミ向けに発表されてきた南海トラフ大地震などの予測、「この震度でこれくらいの死傷者の予想です」という行政の被害想定には、ここで講演された「群衆事故のリスク」や「帰宅困難者対策の定量的な評価」は未検証、つまり反映されていなかったという。その予測技術の確立が必要だ、と氏には強く感じられたそうだ。このために試みられたのが本研究の「広域スケール、マルチハザード、車と人」という高いチャレンジにおける分析だったと氏は述べた。
この新しい研究の試みである「群衆事故」「帰宅困難者対策」の政策評価は非常に「横幹性」が高いと判断され、木村賞第11回の授与になったと発表されている。筆者も、大変に共感していることを付記したい。
講演終了時に、帰宅困難者に寄り添い・革新的なこの発表に、会場から暖かい拍手が贈られた。
(予稿: J-Stage 第13回横幹連合コンファレンス C-1-4)
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新しい「横幹図」作成の詳しい経緯は、会誌『横幹』16巻2号 (企画・事業委員会)をご参照下さい。
◎ 横断型基幹科学技術(「横幹科学」)は、科学技術分野を横断する束ねる知として「異分野を俯瞰する事実知」「統合する使用知(構成知)」「社会的期待を発見する意味知」に関わる知見を追究します。
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