No.77 May 2024
TOPICS
〇 会誌「横幹」17巻3号 (20周年記念特集号) が発行されました。
巻頭言:創立20周年を迎えてのご挨拶 / 過去10年の歩み-概観- / 横幹連合創立20周年記念式典報告 / 科学と社会-Interdisciplinaryを超えてTransdisciplinaryへ- / 横断型基幹科学技術研究団体連合創立20周年記念式典パネル討論「横幹のこれまでとこれから~横幹知の社会実装を目指して~」/ 新横幹宣言とロードマップ改訂に向けて / コトつくり,昨今 / コトつくり至宝発掘事業 / 次なる10年に向けた横幹連合・産学連携活動の新たな展開 / 過去10年の歩み / 編集後記(附 横幹技術協議会案内)
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COLUMN
【解説記事】イノベーションの秘訣(横幹ニュースレター 2013-23年「この10年」セレクション)
横幹ニュースレター編集室 武田博直(日本バーチャルリアリティ学会)小山慎哉(日本バーチャルリアリティ学会)
(1)残間光太郎氏講演「オープンイノベーション活動『豊洲の港から』」からイノベーションを読み解く(第56回横幹技術フォーラム)
横幹ニュースレター(横幹連合 広報・出版委員会発行) にはこれまでに社会の第一線の企業、研究室で取り組まれた大変に貴重な「イノベーション」の実績が、多数紹介されている。本稿では、そこから「イノベーションの秘訣」を探ろうと企画した。ここでは、最初に残間光太郎氏の著作『オープンイノベーション21の秘密』(2019年)から引用する。(残間氏のご紹介は、後述する。)同書には、日本企業になぜイノベーションが必要なのか、なぜ残間氏らがイノベーションに取り組み、どのように成果を挙げたかなどが整理され述べられている。
ここでは同書のコラム「日本企業になぜ、オープンイノベーションが必要なのか」から引用する。
経済産業省は、産業政策としてオープンイノベーションを推進しなければならない理由として、日本企業の多くが抱える、次のような課題を指摘しています。
〇グローバル化の進展や市場の成熟による顧客ニーズの多様化への対応
〇研究開発の自前主義
〇企業収益に結び付く研究開発の乏しさ
〇研究開発に短期的な成果を求める傾向
〇研究人材の流動性の低さ
〇研究成果・人材のグローバルネットワークからの孤立
( 資料:経済産業省 産業構造審議会 産業技術環境分科会「イノベーションを推進するための取り組みについて」2016年5月 )
旧来、日本の企業はこうした問題を自助努力によって解决してきました。しかし、それだけでは、今日のような猛烈な変化の時代においては競争優位を維持するのは困難な状況になっています。
自分たちの持つ技術や価値をまったく新しい角度からとらえ、新しい市場、新しい事業、新しい価値を創出しようとするならば、オープンイノベーションの手法を採用することが一つの手段と言えます。
新しい事業は、社内の誰にも経験がないビジネスです。それを展開するうえでは、過去の成功体験は通用しません。そのような事業をスピーディに立ち上げるには、自分たちとは異なる世界で活躍し、異なる体験や価値観、アイデアを持つ組織や人との共創・協業が有効な一つのやり方と言えるのではないでしょうか。(残間 2019年 pp.102-103)
(編集室による追記。「イノベーションの定義」:経産省は2007年に閣議決定された長期戦略指針で、イノベーションの定義を「技術の革新にとどまらず、これまでとは全く違った新たな考え方、仕組みを取り入れて、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすこと」と定義している。)
次も、残間氏 上掲書から引用する。
〇 オープンイノベーションの起源
オープンイノベーションという言葉が生まれたきっかけは、2003年に当時の米国ハーバード大学経営大学院教授であったヘンリーW.チェスブロウ博士が『OPEN INNOVATION ハーバード流イノベーション戦略のすべて』という論文を発表したことにあります。
企業の中では、さまざまなかたちで研究開発が行われ、その成果として新しい技術が生まれていきます。ただし、それらの技術のすべてが商業的な成功を収めているわけではなく、まったく日の目を見ずに、あたかも”不良資産”のように扱われている”不遇”の技術も数多く存在するはずです。チェスブロウ博士の考え方は、そうした不遇の技術でも、外部のアイデアやリソースの注入によって改めて価値が高まり、商業的に成功する可能性があるというものです。また、外部との連携によって、新技術開発のスピードアップやコストの低減、販路開拓の効率性も高められるとしています。(略)
博士が提唱したオープンイノベーションは、技術の価値を高めるために、自分たちの限界を打ち破るための方法論と見なすこともできるかもしれません。(略)つまり、自社の技術の価値向上のために、内部のアイデアだけではなく、外部のアイデアを積極的に取り入れるというのが、博士が提唱したオープンイノベーションの基本的な考え方です。また、博士は論文の中で、研究開発の段階で外部の叡智を取り入れるだけではなく、技術を開発して市場に投入する際も、内部の経路だけではなく、外部の経路も積極的に活用すべきだと提唱しています。(残間 2019年 pp.97-99)
残間氏は、第56回横幹技術フォーラム「オープンイノベーション活動 『豊洲の港から』」の中で、NTTデータにおけるオープンイノベーションの主要な取り組みを以下の(a)と(b)の二つの側面から詳細に報告された。なお、残間氏の講演当時の役職は(株)NTTデータ、オープンイノベーション事業創発室室長である。
本講演は、2020年1月15日に日本大学経済学部講堂で行なわれた。主催は、横幹技術協議会、横幹連合である。横幹ニュースレター No.061 2020には、編集室の採録・構成により掲載された。
(a) 「Open Innovation Contest」
世界各地に展開するNTTデータグループ各社の事業部が今後に提示する新しい具体的なビジネステーマへの協業提案を社外から広く募集する選考会を Open Innovation Contestと呼ぶ。イノベーション先進地域の多くの都市で開催されているという。(事例をすぐ下に述べる。)
(b) 「『豊洲の港から』 というフォーラムによるベンチャーコミュニティの創造」
スタートアップ企業、およびNTTデータの顧客である大手企業、NTTデータの3者が互いに「Win-Win-Win」の関係となるような、大企業向け「オープンイノベーション事業創発支援プログラム」 (ここでは説明しない) をコミュニティの創造という形で提供しているという。
本稿では(a)「Open Innovation Contest」の新規ビジネスを創出する具体的なプロセス、を短くご紹介する。2017年のNTTデータの同コンテスト最優秀賞には「地域課題発見ラボ」が選ばれたそうだ。その選抜のプロセスは、次の (1)~(3) のように進められたとのことであった。
(1) スペイン・バルセロナに本社を置くスタートアップ企業である Social Coin社は、画期的な技術を持っていた。それは、市民のSNSを独自のAIによるクラスタリング技術で分析して、そこに記された市民の「意識・感情の表現」を抜き出し、そこからその地域の「課題」を抽出して把握できる、という技術であった。
(2) Social Coin社はこの技術をNTTデータの主宰する Open Innovation Contest に応募した。アクセラレータ(推進役)として「NTTデータ、オープンイノベーション事業創設室」の担当者がこの外部の優れたアイデアをNTTデータ社内の既存の技術とマッチングさせることを試みたという。そのマッチングの結果、顧客(事業主体)となったのは、NTTデータ社内のある事業部門で、従来から全世界の Twitter(現 X)のデータおよび言語を解析できる技術を保有していた部門だそうだ。
(3) その技術マッチングによって、NTTデータは「大企業」(自社)が 従来から有していた解析技術に、スタートアップ企業の Social Coin社が開発した AIエンジンの技術を新たに組み合わせることができた。すると、その結果として、新しいソリューション、すなわち、一般企業や官公庁、自治体などに向けての「地域課題を発見できる」という新しい開発・提供が可能になったそうだ。
ここでは、何が起きていたのだろう。
もともと、この AIエンジンは、抽出するキーワードを自由に設定できたという。地域交通、観光、教育、文化、住環境から特定の商品名まで、テキストデータでさえあれば言語によらずに分析することが可能だったそうだ。そこで、仮にある自治体などの依頼を受け「その地域固有の問題点の抽出を NTTデータの当該事業部が請け負った」という場合に、このAIエンジンは目覚ましい威力を発揮するという。つまり、ここでは「地域課題発見ラボ」としての独自のソリューションが提供され、役立っていたというのだ。これは、なぜだろう。そして、この提案が最優秀賞に選ばれたポイントは、どこにあったのだろう。
ここからは、編集室による考察である。
この分野で広く知られているビジネス書に、クレイトン・クリステンセン著『イノベーションのジレンマ』がある。
同書は残間氏の上掲書においても参考にされているのだが、顧客が「次世代技術」を購入する背後にあるメカニズムが、的確に指摘されている。巨大企業では、自社の売れ筋の製品の性能を高める方向に(のみ)イノベーションに注力することが多く、その結果、技術的な成長を鈍化させているという。そこでは「主力製品が実績ある市場で売れていること」のみに気を取られているので、顧客が既存の製品を「時代遅れ」に感じる「破壊的技術(disruptive technology)」の登場を予見することができないそうだ。そのため、顧客の状況の変化への対抗に完全に失敗して、巨大企業が覇権を失う可能性が高い、と同書は指摘した。そこには、DEC社、IBM社などの名だたる大企業が ハードディスク・ドライブ分野での性能向上などに乗り遅れたことで、その市場を 完全に失ったなどの事例が、多く掲載されている。大ベストセラーの『イノベーションのジレンマ』は大きなビジネスブック賞を2つ受賞しており、米国では「ビジネスのやり方を革命的に変革させた」と評されているそうだ。
原著は1997年に出版され、2000年に増補改訂され、日本語訳は2001年の発売だった。繰り返すが、同書が全米でビジネスマンに注目された理由は、有名な大企業ですら、顧客が新商品を必要としている特定の状況(コンテキスト)を全く誤解していたこと、を明るみに出したためだ とされている。
次の図には、新しい技術(1)が市場に投入されてから、改良を重ね、斯界の標準技術と見做される頃には技術進歩がすでに鈍化している、ということを示すSカーブが示されている。別の(将来の)破壊的技術(2)は、やがてそれまでの技術を時代遅れに感じさせることになるのだが、登場した時は既存の市場では「売り物にならない」性能でしかなく販売担当者も無視する程度の実力である。しかし、改良を重ね、別の市場を見つけて成長することによってやがて斯界でも品質・価格ともに歓迎される技術となり、それまでの標準技術を衰退させることになるという。
編集室では、独自にクリステンセン氏の著書を読んで考察を進めた結果、今回の解説記事については過去の横幹ニュースレターの掲載記事からの引用のみで執筆することを決めた。その理由は、クリステンセン氏の著書をふまえると(もちろん もしも の話なのだが)巨大企業に関しても、仮に「破壊的イノベーション」となる技術が登場した場合に、企業の(危機的な)状況が「決して起きない」とは言い切れないことを指摘する必要に気付いたためだった。あるいは、次のような言い方が正確かもしれない。残間氏ら「オープンイノベーション事業創設室」の方々は、仮に別の企業が先に気がついて、製品化されてしまった場合には「自社の提供するソリューション」を時代遅れにさせる「破壊的イノベーション技術」を、他社より先に、効率良く見つけ続けておられる とも考えられる。その技術については、自社にいわば「接ぎ木」させる工夫を行ない、斯界で先行優位にある自社の持続的な成長を維持させておられるのかも知れない。
「地域課題発見ラボ」が上記の最優秀賞に選ばれた理由を、編集室はこのように読み解いた。
ともあれ、残間氏の横幹技術フォーラムの講演は非常に行き届いた内容に感じられた。
是非「横幹ニュースレター No.061」をご参照頂きたい。ご講演に、編集室からも感謝申し上げたい。
なお、追記するが、電気自動車の開発者は『イノベーションのジレンマ』p.271「破壊的イノベーションのマネジメント‐事例研究」のご一読もお薦めしたい。そこには「技術が破壊的かどうかをどうやって知るのか」についての正面からの検証が行なわれており、まだ市場の顧客にすら意識されていない将来の状況の変化が予見されていた。一例だが、東南アジアのタクシーや小荷物配達車に電気自動車を使えば、渋滞時のアイドリングにバッテリーの消費がなく効率的であることなどが同書内で指摘されている。
※ 残間光太郎氏講演 第56回横幹技術フォーラム 「オープンイノベーション活動 『豊洲の港から』」は、横幹ニュースレター No.061 June 2020に紹介。
※『イノベーションのジレンマ技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』2001年、玉田俊平太監修、伊豆原弓訳、翔泳社。
※『イノベーションへの解利益ある成長に向けて』2003年、玉田俊平太監修、櫻井裕子訳、翔泳社。
ここでも破壊的イノベーション技術は、技術の性能カーブから分析されているようだ。クリステンセン氏は続刊の『イノベーションへの解』でも真正面からこれを考察している。破壊的イノベーションの存在が明らかにしたのは、消費者にあるのが「ニーズ」ではなく、顧客が特定の状況(コンテクスト)で成し遂げたい進歩のための「片付けるべきこと(ジョブ)」(Job-to-be-done)だということだ。そして消費とは、ジョブを片付けようとして、特定の製品やサービスを「雇う」ことであるそうだ。本稿では、この議論に深くは立ち入らない。ところで、それが顧客の片付けたい「ジョブ」であれマーケティング上の顧客のニーズであれ、そこに進歩や解決を与えようと誰かが何かを試みた場合にはその決定的瞬間に必要とされるのが「アブダクション」なのである。
次の節では「アブダクション」を、第47回横幹技術フォーラムから学んでみたい。
(2)阪井和男氏 講演「人・組織・社会の情報学・経営学・死生学」からアブダクションを学ぶ(第47回横幹技術フォーラム)
「アブダクション」は、遡及推論(リトロダクション)あるいは 仮説的推論とも呼ばれるそうだ。観察可能な「結果」から遡って(容易には)観察できない原因を推測する推論であるという。前節の最後に紹介した「東南アジアの交通渋滞時に電気自動車を投入する」というアイデアでは、おそらくクリステンセン氏に観察できたのは東南アジアの渋滞の映像だっただろうと思われる。アイドリングの、もうもうたる排気があたりに漂っている現地のニュース映像などが記憶にあったのではないだろうか。彼は、製品の将来の顧客が「片づけたいジョブ」の解決策として「アブダクション」で道路を電気自動車が走る未来を想像したのだろう。以下に詳しく解説したい。
第47回横幹技術フォーラムの「第4次産業革命に向けたサービス科学の役割とビジネス応用に向けた課題」講演3 「人・組織・社会の情報学・経営学・死生学」では、「アブダクション」について阪井和男氏(講演当時、明治大学教授・明治大学サービス創新研究所所長)が明快に説明をされた。下の図を ご参照頂きたい。
アブダクションでは、「煮詰まった状態」での大前提(クリステンセン氏の言葉では「ジョブ」)が目の前に存在しているそうだ。関係者の全員が「困った、困った」と壁にぶち当たっているという。正にそのとき、① 誰か ひとりが、② 議論の場からちょっとだけ離れたところで、③ モヤモヤとした(外部にある)情報群(カオスの縁)から、ふっと明確な解決策をつかみ出すことができるという。
まことに なにげなく、その解決策は訪れるという。「ああ。そうか!」と。
その人は、みんなの議論の場に急いで戻るという。一緒に悩んでいた人たちの全員が、「ああっ そうだね」とその解決策に納得するそうだ。このように、いきなり誰かが【結論】を思いつくことが「アブダクションなのです」と阪井氏は明快にそのプロセスを説明された。具体的に、説明を試みてみたい。
まず、そこには【大前提】があったとされる。
そして、議論の場からすこし離れたところに場所を変えることが効果的であるようだ。連載小説のつづきに行き詰った作家は、喫茶店に出かけたり、トイレに長時間籠ると聞いたことがある。いずれの場合でも、頭の中で何かの推論が行なわれて、正しい結論が導かれたようだ。【大前提】から、いきなり誰かが【結論】を思い付くのだという。その人の頭の中では、今思い付いた解決策についての検証があわただしく進められるそうだ。このとき思考が遡って、結論の正しさを確証させる【小前提】が想起され、ふと思いついた結論の正しかったことが推論できた、ということだそうだ。言葉の通り、遡及推論、仮説的推論ではないだろうか。
横幹技術フォーラムの講演で、阪井氏は「創発へのプロセスでは、アブダクションの連鎖が決定的に重要な役割を果たしている」と強調された。それは、零細・中小企業の目標達成だけではなく、大企業が次の世代の主力ビジネスになる新規事業を立ち上げる、といった時にも決定的に重要であるそうだ。上の図は、実に多くのことを教えてくれるようだ。
イノベーションやブレークスルーの「種」が必要な時には、企業では往々にして既存の製品の延長線上に解決策を見つけようとするそうだ。(前節のクリステンセン氏もそう指摘していた。)しかし、上図の左側に垂直軸で表現されている「対処療法」のところに沿って、いくら推論を上下に往復したとしても、それは根本的な解決には至らない、と阪井氏は強調した。「演繹による具体化(上)」「帰納による抽象化(下)」ばかりだからである。このことを別の講演で阪井氏は「PDCAをいくら回してもイノベーションにはつながりません」と表現されている。クリステンセン氏も阪井氏も、企業が既存のリソースの中でいくらあがいてみても根本の治療方法には決して至らないことを指摘している。編集室の追記だが、新商品の開発という「創発性」で顧客の心を掴んできた企業の場合には、業績の悪化を大規模なリストラで修復しようとすると 例外なく株価が急落することの理由も、この図は併せて示しているようだ。
※ 阪井和男氏講演 第47回横幹技術フォーラム 「人・組織・社会の情報学・経営学・死生学」は、横幹ニュースレター No.046 Aug 2016に紹介。
※ 米盛裕二著『アブダクション 仮説と発見の論理』勁草書房、2007年。
なお米盛裕二氏の名著『アブダクション』には アリストテレス、パース、ケプラーなどの興味深い逸話が多数紹介されている。
(3)既刊「商品開発・管理入門」(2007年)を通して見る新商品開発・管理」の秘訣 (横幹ニュースレターNo.070 Aug 2022「商品開発・管理学会の横顔」)
〇 工学の社会実装における「開発とシステム管理」
ところで、本稿執筆者の一人は、テーマパーク・アトラクションの開発に関わっていた。このことから、特に現場での社会実装時に使える、「この知識は もっと前に知りたかった」と感じたイノベーションの秘訣を横幹ニュースレター掲載記事から再掲しておきたい。No.070 Aug 2022からの引用である。
テーマパーク・アトラクションは、メカトロニクスの社会実装現場である。メカトロニクスとは工学の様々な領域を付加価値創造的に組み合わせる技術で、新製品ではどのような故障を生じるかが不明である場合も多く工学的な専門能力が必要とされている。なお、テーマパークの安全学については著書が一冊必要になるテーマなのでここでは話を控えておきたい。
ところで、No.070 Aug 2022の編集を進めているとき、『商品開発・管理入門』(2007年、中央経済社)の第Ⅰ部「商品開発のフレームワーク」巻頭に記された(故)横田澄司氏の論考を読み進めて一驚した。メカトロニクスの現場で必要とされる知識が、満載されていたからである。ちなみに、横田氏は 商品開発・管理学会の初代会長であった。
話を少し飛ばして、『商品開発・管理入門』巻頭で、横田氏が執筆された章「商品開発の基本」から「ソニーで開発担当者に尊重され精神的支柱になっている『研究5原則』」を引用する。これは、ソニー総合研究所 宮岡千里氏の定めた原則であるという。
第1原則:その研究は、新しいビジネス領域を開拓できるか。
第2原則:その研究は、ソニーのどのビジネスに、いつ役立つか。
第3原則:その研究は、どこにオリジナリティがあるか。
第4原則:その研究は、世界のトップ・レベルにあるか。
第5原則:その研究は、事業部が剥ぎ取りに来るほど魅力的か。
執筆者の理解であるが、おそらく横田氏は、新商品の開発という「創発性」で顧客の心を掴もうと試みる企業の「新規事業開発」のセクション、あるいは 担当者の「心構え」をこの短い原則の中に発見されたと考えられる。講演や 現場のコンサルテーションでも、当然この5原則を紹介されたことだろう。
こう書く理由は、ソニーの総合研究所は「新しいビジネス領域の開拓」(イノベーション)の「種」を見つけるために、量産用実機の「試作1号機」の開発までを担当されていることが良く知られているからだ。執筆者の所属した業務用ゲーム機器の R&D(研究開発部)でも「業務用ゲーム機新製品の企画・シナリオ・(実機である)試作1号機の製作・ロケテスト(完成具合の顧客による検証)」を経て「量産用図面の設計図」「補修部品注文用の部品表」までが責任範囲である。海外輸出に必要な「電波障害回避」「価格に見合った部品表」などのドキュメントの作成でも「研究開発部」の資料だけで作成できた。
以上の知識をふまえれば、『研究5原則』は、非常に完成度の高いことが納得できる。
おそらく、横田氏が新しい学会が必要だと直感されたときにその名称を「商品開発・管理学会」として設立されたことは、極めて重要に感じられる。試作までを行なう「研究開発部」が新商品を開発・設計することだけではなく品質保証までを含めたシステム管理の知識を備えていなくては、世界的レベルの成果や(社内の実績ある)事業部が剥ぎ取りに来るほどの試作モデルが開発できないためである。
そして、同章で横田氏は、次のような 商品開発の「計画書」(仕様書)の作成を提唱された。これは「新しい市場・新産業の育成」の理念を具体化するアプローチで、例えば、SDGsの「まだこの世に存在しない商品のための開発」などもこの計画書の形式に一度書き写してみることで、スケジュールの進捗を的確に管理できる可能性があると考えられる。
「商品名」「開発目的」「用途」「対象(顧客のプロフィール)」
「商品コンセプト(イメージ、キャッチなど)」
「設計図」「素材と部品」「使用する機械設備」「加工手順(PERT)」
/ 「完成図」 /
「原価表、必要経費」「日程計画」「担当者リスト」
「試作品提出日時と検討会日時」
「生産数量」「生産上の留意点」「販売上の留意点」
『商品開発・管理入門』pp.16-18 から要約した。段落分けは、本稿執筆者が内容から考えて行なった。おそらく、研究開発の工程に何かで係わった経験のある人には、大変に腑に落ちる「計画書」であると思われる。また、漏れがないので、現在進行中の新商品開発のスケジュールでもこの表に転記するだけで気づくことは多いだろう。
※ 商品開発・管理学会編『商品開発・管理入門』中央経済社、2007年
※ 新著『商品開発・管理の新展開』(2022年)と 既刊「商品開発・管理入門」(2007年)を通して見る「商品開発・管理学会の横顔」は、横幹ニュースレター No.070 Aug 2022に紹介。
繰り返すが、イノベーションは「技術の革新にとどまらず、これまでとは全く違った新たな考え方、仕組みを取り入れて、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすこと」と定義されている。Social Coin社の、市民の「意識・感情の表現」を抜き出す技術は、大企業とマッチングされたことで「量産化」への途が拓け、「社会的に大きな変化を引き起こすこと」への第一歩を踏み出すことができた。
そこにシステム管理に長けた技術者のアブダクションが介在することで その価値は更に高められ、社会の持続的成長に寄与することになるだろう。
本稿では、横幹技術フォーラムの「イノベーション」の紹介を中心に記した。今後も機会を作り、横幹技術フォーラムや横幹コンファレンスのテーマから「ビッグデータ」「AI」「大規模災害対策」「地域医療による健康管理」「創造のための組織論」「現象学」などなど、バックナンバーの再掲を続けたいと考えている。
<以上>
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◇ 新しい「横幹図」の「横幹イノベーションサイクル」すなわち「横幹知のプラットフォーム」上の「異分野の俯瞰・異分野の構成・社会的期待の発見」についても、次回以降に「横幹ニュースレター、バックナンバーの再考察」の中で記します。新しい「横幹図」については、会誌『横幹』16巻2号 (企画・事業委員会)をご参照下さい。
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