横幹連合ニュースレター
No.022 Aug 2010
<<目次>>
■巻頭メッセージ■
ソーシャル・メディアと社会規範型の横断的研究
太田敏澄
横幹連合理事
電気通信大学
■活動紹介■
●第26回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔■
●日本シミュレーション学会
■イベント紹介■
●第3回横幹連合シンポジウム
●これまでのイベント開催記録
■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
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横幹連合ニュースレター
No.022 Aug 2010
◆参加学会の横顔
毎回、横幹連合に加盟する学会をご紹介していくコーナーです。
今回は、日本シミュレーション学会をご紹介します。
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日本シミュレーション学会
ホームページ: http://www.jsst.jp/j/
会長 小山田耕二 氏
(京都大学 教授)
【すべてはシミュレーションから始まる】
日本シミュレーション学会(JSST)は、自然科学、理工学、および産業生産技術などの多くの専門分野において、また生体システムや、社会システムなどの人文社会科学を含む非常に広い分野にわたって、シミュレーションの手法と応用、および科学技術に関する研究討論と情報交換を行う、我が国唯一の学術団体です。シミュレーション技術は、あらためて述べるまでもなく、工学技術領域においては最も重要で、普遍的な技術です。シミュレーションの技法や、応用に関する研究諸分野におけるその実施に関心を持ち、研究発表や討論、グループ研究などを行いたい方、そして、シミュレーションの手法や実例を勉強して知識を深めたい方の本学会への入会を、お勧めしています。
本学会は、日本の計算技術創世記の1954年に、東大、電気試験所(後の電子技術総合研究所)(注1)、電機メーカ(東芝、日立製作所、三菱電機など)のメンバーが設立したアナログ計算機研究会として、計算用演算増幅器の研究などを中心に始まりました。1970年の国際学会を機に、茅陽一先生(東大名誉教授)らを中核とした「シミュレーション技術研究会」に改組され、そうした20年余りの活動実績をふまえて、1981年6月に「日本シミュレーション学会」と名称を変更しました。本学会の初代会長は、電子技術総合研究所の電子計算機部長を経て東京理科大学教授(当時)の黒川一夫先生、そして副会長は、元横河メディカルシステム社長の杉山卓氏(米国IEEE学会Life Fellow)でした。発足して以来、すでに29年になり、2011年に30周年を迎えようとしています。
この学会につきまして、会長の小山田耕二先生にお話を伺いました。
(注1)通産省工業技術院「電子技術総合研究所」は、2001年の中央省庁再編に伴って「産業技術総合研究所」に統合。(注釈の文責は編集室。以下同じ)
Q 小山田会長は、貴学会を非会員にご紹介されますときに、どんな風に説明をしておられますでしょうか。
小山田会長 電気(と磁気)や機械(構造解析など)、物理(流体力学、電子など)のような領域には、夫々の領域に固有のシミュレーション技術があります。しかし、固有の領域を持たない一般学会としての「日本シミュレーション学会」の役割がどういうものであるかについて、私たちが普段議論している内容は、次の二つです。
1) まず、問題の解決にあたって、すでに手法の確立しているシミュレーション技術がある場合は、その手法をご紹介できます。製品の最適な仕様の設計や、現象の的確な解明において、それらを理論と実験(検証)に直接つなぐものとして、シミュレーションの担う領域は、ますます拡大しております。このような問題の解決にあたっては、まずは、会誌「シミュレーション」や「日本シミュレーション学会論文誌」、日本シミュレーション学会編の出版書籍などをご参照いただきたいと思います。もちろん、年次大会やInternational Conference JSST(国際会議)にご参加いただければ、最先端の研究成果を知ることができます。
現在、本学会では、システム技法からソフトウェア、ハードウェアおよび諸分野への応用にいたる多くの問題を対象に発表が行われています。その分野は、システムの分析とモデリング、シミュレーションの技法、計算力学(注2)、画像・音声処理、現象の可視化、環境エネルギー、社会経済システム、また脳機能解析などの新分野、シミュレーション言語とその応用、シミュレーション用ハードウェア、リアルタイムシミュレーション、プロセスシステムや、交通運輸システムへの応用など、多岐にわたっています。
2) また、問題の解決にあたって、モデリングやシミュレーションの手法が全く分からないものに関しては、その領域の専門の方々と、例えば新しい支配方程式の発見を試みるなどの「連成」を分野横断的に行うことによって、問題の解決を図ることができます。本学会には研究委員会(注3)が8つあり、先端的な研究を活発に行っておりますが、このような面からも、研究会活動への積極的な参加をお考えいただいて宜しいのではないでしょうか。
ところで、このようにして発見された真新しいシミュレーションのモデルは、必ず、現実(リアル)とつきあわせて修正をしてゆく必要があります。
最近では、多くの問題に、大規模化や高度化(高精度・高信頼性)への対応が求められるようになっており、例えば、より詳しい天気予報や地球環境の精査のためには、地球シミュレーション技術といった「大規模化」への対応が必要です。また、医療シミュレーション分野などには、「高精度化」「高信頼性」がモデルの背景に是非とも必要であることが明らかです。このような、モデルの大規模化や高精度化によって、その結果に関して、直感的な理解が難しくなる場合も生じてくるのですが、こうした難点を解決するための一つの方法として、(私が専門としております)可視化技術を用いれば、視覚を通じて、現実(リアル)とのつきあわせが可能になります。このように、リアルとつきあわせた観察結果によって脳に気づきを与え、現実との誤差に注目をすることで、その仮説やモデルを更にブラッシュアップできるのです。 このような、人にプラスになる、良い影響を与えてこその「シミュレーション技術」ではないかと、私は考えています。
なお、会誌「横幹」Vol.3 No.1には、山崎憲先生(日本大学)による日本シミュレーション学会の紹介記事(注4)が掲載されております。こちらにも、シミュレーションに係わる興味深い話が紹介されており、ご参照いただければ幸いです。
(注2)「計算力学」:構造力学・流体力学のような自然現象の力学的挙動を計算機を用いて解くための解析手法の提案、有限要素法などの解析手法、さらにそれらを支援する人工知能・並列計算などを含めた、計算機シミュレーション。
(注3)「精度保証付シミュレーション技術研究委員会」「多次元移動通信網研究委員会」「シミュレーションソフトウェア分野別調査研究委員会」「安全安心シミュレーション研究委員会」「電磁界解析プログラムの並列化技術研究委員会」「可視化・シミュレーション技術研究委員会」「脳の機能とメカニズム研究委員会」「ナチュラルバイオコンピューティング技術研究委員会」の8委員会。
(注4)「横幹型科学技術の基盤を成すシミュレーション技術-日本シミュレーション学会の活動-」(「横幹」Vol.3 No.1、2009 )
Q 小山田会長のご研究の概要を、ご説明下さい。また、会長はどんなきっかけで、この学会に入会されたのでしょう。
小山田会長 私は電気工学科の出身でしたが、1985年に日本IBMに就職したとき、PCチップの熱伝導(電磁界シミュレーション)や、PCを製造するクリーンルームの中での熱流体のシミュレーションなどのプログラムを、家電メーカのクライアントと一緒に開発するという仕事に就きました。この頃に社内で、立体視での「計測器ベースの可視化」についての議論をしていました。具体的には、例えば「風洞実験」の際に、風洞内のオブジェクトに直接、計測器を持ち込んで、その箇所についての数値データを取りたいといったことが良くあるのですが、もちろん風洞内に計測器を持ち込んだりしたら、その時点で流れに影響を与えてしまいます。これをシミュレーション技術によって、数学的に可視化するということを議論して、いくつかの試みを行いました。これが、今日の京大での研究に反映されていることは、後にお話します。
ところが残念なことに、会社でのこうしたプロジェクトが解散してしまい、1998年に、先端的な研究活動のできた岩手県立大学のソフトウェア情報学部に奉職しました。ここでは、当時のRSP事業(研究成果育成型の地域研究開発促進拠点支援事業)などを通じて、地元企業にデジタルエンジニアリング(注5)による3次元ものづくりの方法を学習してもらう、などの経験を持ちました。
やがて、2001年のことですが、京都大学の大型計算機センターにスーパーコンピュータが導入されることになり、そのプログラミングに詳しい人間の一人として、こちらに助教授で赴任することになりました。そして、03年に、e-learning を研究する「高等教育研究開発推進センター」の教授になりました。
このように、私自身の研究がシミュレーションという世界から外れなかったということもありまして、本学会との接点は古くからありました。日本IBMに就職して、電磁界シミュレーションをプログラミングしていたとき、この分野での先端的な研究成果、特に米国電気電子学会(IEEE)に関係する研究者の論文が多く紹介されていたことなどから、本学会の会員になりました。こうした論文には、仕事の上で大いに助けられたのです。
現在の私の主要な研究内容は(ホームページの画像を見ていただければ一目瞭然ですが)、大容量ネットワークの上でスーパーコンピュータを共用して研究されたシミュレーションの結果を可視化することなどです。( http://www.viz.media.kyoto-u.ac.jp )
大型計算機センターでは、「CAVE」型の表示装置(注6)を使うことで、複雑で高度なシミュレーション結果の映像が、「その映像の中にもぐりこんで」細部まで明瞭に確認することができます。風洞実験のオブジェクトに計測器を当てて、その箇所の数値データを直接取れないだろうかという議論をしていた、と最初にお話しましたが、適切なプログラムを組みさえすれば、それに極めて近いことのできる環境が、ここで整ったことになります。小山田研究室(高等教育研究開発推進センター情報メディア教育部門)では、こうした研究をメインに、可視化・シミュレーション技術を使った科学教材の開発などに力を入れています。
また、知的人材ネットワークのNPO法人「あいんしゅたいん」(注7)との共同研究である「可視化実験室」も、2010年1月から始まりました。e-learning 教材の分野では、多様化する教育ニーズに応える教材が、まだまだ出遅れていることから、小学校の理科で、すぐに使える実験教材の開発などを当面の目標として、ポストドクターと(即戦力の)中堅技術者を雇用して、開発と普及を試みています。京都府の委託事業ですので、京都から次世代のICT(情報通信技術)教育モデルを発信できるような、新たなビジネスモデルを構築できれば、と考えています。
(注5)「デジタルエンジニアリング」:開発・設計・生産をデジタル情報によって一元管理することや、リアルタイム対応の可能なデータベースを構築することなど。
(注6)「CAVE」:立体映像が、壁だけではなく床や天井からも同期して表示されることで非常に深い没入感が得られる表示装置。
(注7)NPO法人「あいんしゅたいん」:我が国の科学技術分野における知的人材、知的財産活用の活性化を図るための事業等を行うことを目的に、2009年に設立されたNPO。名誉会長は佐藤文隆京都大学名誉教授(元日本物理学会会長)、理事長は、坂東昌子愛知大学名誉教授(元日本物理学会会長)。
Q さて、日本シミュレーション学会は、アカデミックロードマップ作成の幹事学会の一つとして報告書をまとめ、その概要は「横幹」Vol.2 No.2にも掲載されております(注8)。今後のシミュレーション技術の重要な三つの方向として、「大規模化し多様化される方向性」(地球シミュレーション、大型プラントなど)、「高精度化され、高信頼度を得る方向性」(医療シミュレーション、原子力、宇宙工学など)、「可用性、適用性が増大する、人間に優しい技術となる方向性」(「最小環境負荷」を実現する自然科学知など)が、ここには紹介されています。そのことも踏まえて、今後の本学会の向かわれる方向について、お尋ねしたいのですが。
小山田会長 会誌「横幹」の記事(注8)にも紹介されておりますが、シミュレーションの基礎となるべき浮動小数点演算が計算機メーカによってばらばらであったという問題については、1985年に「IEEE754 2進浮動小数点数規格」が制定されたことを契機にして、数値計算の誤差が精密に計算できるようになりました。「誤差分析」は、シミュレーション技術の基礎の基礎として非常に重要な問題で、大規模化や高度化などのロードマップの未来展望に挙げた内容に関しても、これに配慮しないモデルを作ることなどは論外です。Verification & Validation(要件満足の確認と妥当性の確認)が、大規模システムのモデルやプロセスの改善において強調されることも多くなりました。研究委員会の一つにも「精度保証付シミュレーション技術研究委員会」がありますが、このような、シミュレーション学会ならではの重要な領域に関しては、更なる深掘りがこれからも要請されます。
ところで、「可用性、適用性が増大する、人間に優しい技術となる方向性」につきましては、いわゆる「一発製造」や「最小環境負荷」、「最適な交通運輸システム」などの工学的な適用については、もちろん重要ですが、文系の問題も避けて通ることができません。本学会の会員は、そのほとんどが理系で、文系の方の数が少ないことから、社会経済システム上の問題解決と言っても一部の経済予測などに実績が限られているのが現状ですが、「われわれはどこから来たのか、何者か、どこへ行くのか」を明らかにするためには、会員の「文化的な立ち位置」も明らかにされる必要があると考えます。例えば、一口に、人間に優しいと言いましても、日本人としても優れた(良い)部分と、改めなくてはいけない部分があって、これらを切り分けた議論が先ず必要です。これらにつきましては、どこから手をつけてよいか悩む位に、未着手の領域が広大ではありますが、一つの試みとしましては、地球シミュレータ技術から明らかにされた歴史的な気候データの推移を、日本の古典文学の文献につきあわせて、新しい解釈を求める試みなども始められています。
そして、今後の顕著な傾向となる国際交流に関しては、会員のEUROSIM(ヨーロッパシミュレーション連盟)への参加と、アジアシミュレーション国際会議から発展した本学会主催のInternational Conference JSST が特筆されます。
EUROSIMは、EURO圏のシミュレーション学会14団体のアンブレラ組織(統合組織)で、1989年以来の活動実績を有しています。さて、中国・東アジアの先生方との交流は、もちろんこれまでにも、頻繁に有りましたが、アジアシミュレーション国際会議2006(本学会の主催)が明治大学で行われた際に、EUROSIM会長Borut Zupančič先生(注9)が来日され、アジアにもEUROSIM同様のアンブレラ組織が必要であることを、矢川元基先生(東京大学名誉教授)に強く進言されました。そこで、小野治先生(明治大学教授、前会長)が尽力されて、本年度からは、International Conference JSST (注10)として、スタート致しました。アジアでは言葉が各国で違うので、大会は英語を公用語として行われています。海外からの講演者、聴講者が多くなりましたので、今後は国内の発表も英語を標準とすることになるかも知れません。
今後も、計算機の性能の指数関数的な向上が予測されており、その中で、「工学的に最適な最終成果物をモデル化でき、環境にも負荷をかけない生産ができる、人間に優しい技術となるシミュレーション」や、「健全な社会システムをモデル化でき、人間に優しい社会を築く技術としてのシミュレーション」の役割が、ますます重要なものになることを確信しております。
(注8)「シミュレーション技術とその未来展望」(「横幹」Vol.2 No.2、2008 )
(注9) Borut Zupančič氏:スロベニア共和国、リュブリャナ大学教授。Slovene Society for Modeling and Simulation会長を経て、EUROSIM会長(当時)。
(注10)本年度の国際会議International Conference JSST 2010は、第29回日本シミュレーション学会大会と併催して山形大学で開催された。 http://www.jsst.jp/e/event/detail/2010/
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