横幹連合ニュースレター
No.023 Oct 2010

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
経営高度化再考
椿 広計
横幹連合理事
統計数理研究所副所長・同リスク解析戦略研究センター長、
応用統計学会長

■活動紹介■
●第27回横幹技術フォーラム

■参加学会の横顔■
●日本計算工学会

■イベント紹介■
●第29回横幹技術フォーラム
●これまでのイベント開催記録

■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
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横幹連合ニュースレター
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横幹連合ニュースレター

No.023 Oct 2010

◆参加学会の横顔

毎回、横幹連合に加盟する学会をご紹介していくコーナーです。
今回は、日本計算工学会をご紹介します。
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日本計算工学会

ホームページ: http://www.jsces.org/

会長 大富浩一

(東芝 研究開発センター 参事)

 
【理論と実験のギャップをうめる】

 理論と実験のギャップをうめる計算科学の分野は、情報科学、および、計算機とその周辺関連技術の発達に支えられて、顕著な発展を遂げつつあります。この計算科学の中でも、特に「計算力学」は、21世紀における技術革新のキーテクノロジーとして注目され、次世代の社会的・経済的活動の基盤技術の一つとなることが予想されます。これは、米国のゴア元副大統領により提唱された情報スーパーハイウェイ構想、および、超並列科学技術計算機システムの構築計画、更には、フランス国立情報学自動制御研究所(INRIA)の諸活動などからも明らかです。
 こうした、コンピュータの発達は、学界においては、自然科学から、社会、人文科学を含む学問分野の再編成を促しつつあります。特に、理工学教育については、従来の縦割方式から横割方式への移行が避けられない状況です。また、「社会人教育」、あるいは「生涯教育」を推進し得る機関の必要性も、強く望まれています。産業界においては、基幹産業の大手メーカーを始め、中小の企業に至るまで、経営改革やリエンジニアリングが進行中であります。このように、コンピュータの発達は、産業界のみならず社会構造に一大変革をもたらしているのです。
 さらに、経済大国になった我が国に対して、世界の人々、特にアジア地域の人々は、米ソの宇宙開発に続く科学技術上の我が国の貢献を期待しています。工業立国を推進し、ものづくりで世界一となり、経済大国になった我が国には、知を世界に発信して、世界の平和と繁栄に貢献する義務と責任があると思います。
 我々の行く手には、計算力学の基礎から計算技法、材料構成則、(巨視的と微視的の中間領域を対象とする)メゾスコピック破壊力学、(固体・液体・気体などの)多成分系の移動現象、計算トライボロジー(摩擦を科学する学問技術領域)などなど、計算機のなかった時代に碩学フォン・カルマンが指摘した複雑系の非線形問題が、無限に広がっています。大容量高速計算の方向にのみ活路を見い出そうとする欧米主導の体制から速やかに脱却し、計算工学の第二の飛躍を我々の頭脳により推進すべき時期が到来したと思います。つまり、学術研究と技術開発の両面で世界水準にある「計算工学」の分野においては、我が国が産官学協力のもとで、大いなる遺産を人類の歴史に残す時期が到来したと認識できるのです。
 このような状況のもと、1994年8月に我が国で開催されたWCCM Ⅲ(注1)は、「計算工学」という新しい分野が、理工学の専門分野を越え、国境を越えて、人類共通の諸問題、地球環境問題、エネルギー開発、人工物の設計・開発・保守、新材料の開発、災害の予知と防御、さらには、安全性などの課題解決に資する、学際的な科学技術であることを立証しました。こうした認識にもとづき、職業、専門分野や国籍を越え、21世紀における科学の進歩や技術革新の鍵を握る計算工学の振興を目的として、世界に例のないユニークで従来の学会の枠を越えた横型の機関である「日本計算工学会」(JSCES、Japan Society for Computational Engineering and Science)が、1995年に設立されました。
 本学会につきまして、会長の大富浩一氏にお話を伺いました。

(注1)WCCM Ⅲ「第3回計算力学国際会議、The Third World Congress on Computational Mechanics」は、International Association for Computational Mechanics(IACM)が4年毎(現在は隔年)に開催している大規模な国際会議の第3回で、1994年8月1~5日に千葉市幕張 Oversea Vocational Training Association(OVTA)国際能力開発支援センターで開催された。有限要素法の研究でリーダーシップを取ってきた国内外の研究者を始めとして、総参加者数は約800名(海外からの参加者は全体の3分の1)。それまでの開催地は、米国オースティンとドイツ・シュトゥットガルトであった。
学術講演会の予稿論文集(1件あたり2頁)は、1冊約1000頁の2分冊に製本されて配布された。その実行プログラムは、39のトピックスに分類されており、14室でのパラレルセッションが行われた。キーノート講演を行った著名な研究者は、52名にのぼった。組織委員長は、川井忠彦東京大学名誉教授。実行委員長は、山田善一京都大学名誉教授。通常の学術講演会をメインに、産業応用フォーラムと計算機応用国際協力に関するシンポジウム(EICA)が同時に開催されている。
 この国際会議を契機に、我が国において、職業、専門分野や国籍を越えて、「計算工学」というキーワードで既存の学会を横断的に結合した新しい学会を作ろうという動きが生まれ、本国際会議の喜ばしい成果として「日本計算工学会」が誕生した。 (信州大学田中正隆先生の報告記事「応用数理」Vol.5, No.1, Mar. 1995, pp.58-60 などを要約。注釈文責は編集室。以下同じ)


Q 大富会長は、本学会を非会員にご紹介されますときに、どんな風に説明をしておられますでしょうか。

大富会長 「計算力学」は、理論力学、実験力学に次ぐ第三の学問分野と呼ばれ、発展を遂げてきました。1960年代に、有限要素法(注2)、境界要素法、差分法といった計算力学を支える解析手段の研究が日本でも盛んになり、1965年に計算力学の理論と応用を研究する拠点として、日本鋼構造協会に構造解析小委員会が設置されました。ここには日本の計算力学をリードしてこられた先生方も参集され、この頃には、有限要素法の訳本の出版や、日本鋼構造協会編の構造工学の書籍の出版などが盛んに行われました。日米セミナーなども、行われております。  さて、1994年に日本で開催されたWCCM Ⅲ(注1)が母体となって、既存の学会を横断的に結合した新しい学会を作ろうという動きが起こり、初代会長である川井忠彦先生が中心となって、翌年に「日本計算工学会」が設立されました。本学会は、職業、国籍の枠を超え、専門分野の枠を越えて、人類共通の課題である、地球環境問題、エネルギー開発、人工物の設計・開発・保守、新材料の開発、災害の予知と防御、さらには、安全性を解決するための学際的な科学技術などを対象として活動を続けております。横断型の稀有な学会として、ものづくり業界、機械・土木・建築などの各分野の学界、構造解析プログラム業界が結集しています。ちなみに、60社を越える企業が、本学会の事業を後援する特別会員として入会しております。特別会員の会費は、全会費収入の約半分にあたります。そして、個人会員の3割程度が企業の方になりますので、本学会の会員収入の約6割は、企業関係からの支援によるものとなっています。
 本学会の大きな活動としましては、講演会の主催、会誌の発行、論文集の発行が行われています。他学会における大会に相当する「計算工学講演会」(注3)は、当初、日本鋼構造協会の「構造工学における数値解析法シンポジウム」を引き継いで開催されましたが、大変に盛会な講演会が毎年行われています。2010年5月に九州大学で行われた第15回計算工学講演会では、400名を越える参加登録者、300件を超える講演がありました。会員千名に満たない学会としては驚異的な参加者数です。これは会員諸氏の専門性と、本学会への愛着の深さを物語ると言えるでしょう。また、会誌も年4回ではありますが毎回タイムリーな特集記事で構成され、好評をいただいています。これは会誌を保存され、後々活用されている方々が多いことからも分かります。日本計算工学会の論文集は、電子媒体で発行された日本で初めてのものです。時代を先取りし、投稿者の利便性も狙った画期的なものであると思います。論文の質の高さも、自他の認めるところです。
 さらに、「計算工学で、ものづくりを変える」道筋をつけるために、学際的な本学会ならではの研究会活動として、「ものづくりのための計算工学」研究会を昨年発足致しました。本研究会とHQC(High Quality Computing、シミュレーションの品質・信頼性にかかわる調査・研究)研究分科会などにつきましては、本学会の今後に係わる重要な活動でありますので、後ほど改めてお話致します。
 ところで、WCCM ⅢのBanquet(懇親会)で、計算力学の発展に長年にわたり貢献された先生方の表彰が行われました。これを継承して本学会では、計算工学に関わる学問、および技術向上の発展に貢献された会員や関係者を称えるために、学会賞が授与されています。学会賞には、計算工学大賞、功績賞、川井メダル、庄子メダル、論文賞、技術賞、論文奨励賞、功労賞があります。計算工学大賞は、平成19年度から設けられた賞で、計算工学の学術的な発展に対して世界的に顕著な貢献のあった方に(その方が会員でなくとも)授与されます。川井メダルは、初代会長川井忠彦先生の功績を記念して設けられた賞で、計算工学分野において顕著な成果を挙げた若い会員に、また、庄子メダルは、民間出身者で初の会長を務めた庄子幹雄氏の功績を記念して、産業界における計算工学の発展に特別の貢献のあった若い会員に授与されています。また、功績賞は、計算工学の発展に著しい貢献のあった会員を表彰し、その功績を称えることを目的としています。

(注2)「有限要素法」の分かりやすい解説については、例えば、「有限要素法 ABAQUS Student Edition付」(Jacob Fish・Ted Belytschko著、山田貴博監訳、丸善、2008年)のShop頁で、内容の一部を読むことができる。
http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/view/9784621079966.html
http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/view/7996/l15.html

(注3)「計算工学講演会」の第1回は、1年余りの準備期間をかけて、1996年5月29~31日、東京御茶ノ水の中央大学駿河台記念館で開催された。延べ参加者数は、約400名。74のセッションが設けられて、投稿論文は286編におよび、重厚な装丁の論文集2分冊(総ページ数1032)にまとめられた。日本鋼構造協会の「構造工学における数値解析法シンポジウム」を引き継いで開催されたが、その範囲は構造工学にとどまらず、固体力学(材料力学、構造力学、地盤力学など)、流体力学、移動現象論、電磁気学、音響学などやCGをはじめとする周辺技術など計算機利用を中心に展開している各分野を取り込み、幅広い計算工学のための情報交換の場として位置づけられた。文字通り産学一体になった、今までにない形態の学術講演会で、従来は既存の個別学会の中でのみ発表されていたテーマも聴講することができた。これは、講演会の趣旨に賛同された「計算工学」に関連する学会・協会・工業会など、25団体の協賛を得て実現されたことを忘れてはならない。協賛団体は、順不同で、日本建築学会、土木学会、日本機械学会、日本造船学会、日本航空宇宙学会、日本鉄鋼協会、日本鋼構造協会、日本塑性加工学会、情報処理学会、自動車技術会、精密工学会、日本鉄道車輌工業会、日本原子力学会、日本高圧力技術協会、日本流体力学会、可視化情報学会、日本数値流体力学会、応用物理学会、日本応用数理学会、日本伝熱学会、日本シミュレーション学会、電気学会、溶接学会、日本溶接協会、地盤工学会、である。(学術講演会報告「第1回計算工学講演会」竹内則雄・寺田賢二郎、「計算工学」Vol.1、No.3、1996を要約。)
 なお、「計算工学」を共通のキーワードとするこれらの協賛団体のうち、いくつかを統合するという検討が行われたが、各学会の歴史、専門的背景、財政事情などの考慮から断念され、このうち「日本シミュレーション学会」「日本応用数理学会」「日本計算工学会」の緩やかな3学会連絡会が、現在設けられている。


Q  大富会長のご研究の概要を、ご説明下さい。また、会長はどんなきっかけで、この学会に入会されたのでしょうか。

大富会長 私は、東北大学の工学研究科機械工学専攻博士課程を修了した後に、東芝に就職し、原子力発電所や宇宙ステーションの機械システム機器の開発などに従事して、主に、設計、振動の解析を行ってきました。また、設計支援技術の研究開発では、CAEやCADも、当初は自作していました。専門は、機械工学、機械力学、ダイナミクス系の計算工学、設計工学、音のデザインなどになります。
 一般論として申し上げますが、計算力学の数理モデルを作り、最適化を考えるところはアイデアの世界ですので、経費としては、ほとんど掛かりません。しかし、このモデルが有効か否かの「検証」には、安全性を考慮したときに莫大な費用が掛かる場合もあります。NASAの仕事を受託したときに、数億円という規模でモデルの検証を行うことができた事などは、非常に良い経験となりました。
 さて、2000年に東芝が本学会の特別会員となった際に、私のそれまでの学会活動などでの経験が勘案されて、日本計算工学会の担当をすることとなりました。私の学会活動は、本学会の理事になる以前には日本機械学会などが中心で、日本機械学会では設計工学・システム部門の部門長を努めました(2000~01年)。本学会では2000年に理事を拝命し、2008年に副会長を経て、本年、会長を仰せつかりました。
 ところで、本学会は、この4月に一般社団法人として再出発しました。社会に対する責任も、いっそう自覚するところとなり、この時期の会長として、大いにやりがいも感じております。本学会の法人化、ものづくり現場(産業界)への対応、(学界の)深い専門性をふまえて、今後の本学会の運営方針には、
 「開かれた日本計算工学会」= 組織のオープン化+活動のオープン化
を掲げました。前者のためには、組織としての体制、規則、財政を透明化すること。後者のためには、従来の活動に加えて、「ものづくりのための計算工学」を目指した活動を始めております(次節に詳述します)。世の中が多様化、複雑化する現代において、本学会は、時代の推移を反映した活動をすべき、まさにその時期に来ていると考えております。

Q  今後の本学会の向かわれる方向について、お尋ねしたいのですが。

大富会長 学界、構造解析プログラム業界で保有するCAE技術、最適化技術は、大変豊かになってきました。また、NASTRAN(注4)のような優れた汎用構造解析プログラムも多くの種類が普及してきており、こうしたプログラムを活用することで、「構造設計」(注5)の段階での作業が、簡単にできてしまうと考える初心者の方も、出てこられるかもしれません。
 しかし、
1)欧米の防衛、宇宙航空技術を背景に出てきたCAEや最適化技術は、摺り合わせ型の日本のものづくり(設計・製造)に必ずしも合致しませんし、すべての技術分野を網羅しても、おりません。さらに、
2)日本のものづくりに計算工学を活かすという視点に立って、設計環境の現実的なあるべき姿を考えてみますと、設計者にとっては、構造設計を「3D-CAE」(注6)のソフトウェアを使って行うこと以前に、機能設計や配置設計といった「ものづくりの上流」での適切なモデリングを行うことができて、製品の価値の創り込みが行えること、言い換えれば、その設計全体の目的が分かって全体最適のためにCAEを使うことが、はるかに重要です。それが分からないまま、闇雲に CAEを使う場合に比べて、設計に要する時間もその中身も変わってきますし、品質問題は「システムの抜け」の見落としに起因する場合が多いので、それを未然に防止するためにも重要なことだと思います。そのためには、「1D-CAE」(注7)のソフトウェアの使い方を学ぶことが、非常に大切だと思われます。そして、
3)このような、ものづくりの視点で計算工学を考える場として、本学会以上に適切な場はないように思えます。ものづくり業界、学界、構造解析プログラム業界を、Needs、アイデアの提供、Solution(ソフトシステムの開発)によって結ぶことができるからです。
 そこで、本学会では、日本のものづくりの強みを計算工学によって更に強くする事を目的として、産学官の知恵を結集した「ものづくりのための計算工学」研究会(注8)を、発足いたしました。

(注4)NASTRAN:有限要素法を用いた汎用構造解析プログラム。世界で圧倒的なシェアを有している。60年代にNASAで行われた有限要素法プログラム作成プロジェクト(航空機の機体強度をコンピュータ上で解析することをテーマとしていた)を起源として、1971年から一般商業用にリリースされた。NASA Structural Analysis Program から「NASTRAN」と命名された。以来、数多くの研究機関や企業において、航空宇宙、自動車、造船、建築、土木、機械などの様々な分野の構造解析に広く利用されており、また各分野からの高度な技術的要求とコンピュータの発展に対応して、常にプログラムの改善と機能拡張が続けられている。(以上は、MSC Nastran の紹介記事を要約。)
 販売価格は高額だが、ある製品の2010年9月発売のデスクトップ版については、リースで年間100万円、買取で250万円という比較的安価な価格が発表されている。また、機能の制限された学生版のソフトが各社から無償で公開されており、「1990年代にスーパーコンピュータを使って解いていたものと同規模の有限要素法の問題」を現在はパソコンで解くことができる。

(注5)構造設計:ある製品の製造を行うための「製造設計」(製品化の最終段階)の一つ手前(上流)の設計段階を「構造設計」と呼び、この段階で、製品の材料や形状などが決定される。宇宙ステーションや大規模な発電施設などにおいては、構造設計段階でのミス、例えば「応力ひずみ」での破損が生じることなどは、人命を危険にさらすので、あってはならない。

(注6)3D-CAE:「CAE」は、Computer Aided Engineering(工業製品の設計・開発工程を支援するコンピュータシステム)の略。設計している構造物が要求された性能を満たしているかどうかを、実際に物を作る前にコンピュータ上でシミュレーションして調べるプログラム。変位場、応力場、温度場、流れ場などが設計物の目的に応じて数理モデル化され、強度や耐熱性などが解析される。また、障害が発生した際には、原因の解明にも利用される。
 CAEを利用することのメリットは、試作や試験のコストを削減できること、実際の試験ではできない極端な条件下での検討ができること、開発期間を短縮して品質の向上が図れることなどである。
 ところで、設計の各段階で、設計情報の次元の推移を考えると、概念設計(0次元=0D)、機能設計(1D)、配置設計(2D)、構造設計(3D)、製造設計(4D)と捉えられ、例えば、配置設計情報は2次元、構造設計情報は3次元の情報としてデータ化しておけば、誤りなく蓄積・伝達することができる。

図表
 
2010年度日本計算工学会通常総会シンポジウム「『ものづくりのための計算工学』を目指して」資料より

 したがって、主に「構造設計」(設計情報の次元は3D)で使用される汎用プログラムが、「3D-CAE」と呼ばれている。

(注7)1D-CAE:工業製品の設計・開発工程のうちで、機能設計・配置設計の段階(設計情報の次元は1Dや2D)の最適なモデリングなどを主に支援するコンピュータシステム。3D-CAEが普及する以前には、設計者自らが設計対象をモデル化・プログラミング・解析・評価していたので、1D-CAEの考え方は、ごく当たり前のものであった。
 3D-CAEが普及した結果、例えば、自動車のエンジン設計においても、まず形を作ってしまってから「振動・重量・振動」などを評価する、という手順になっている。しかし、やり直しが多いので、求められるエンジン性能の目標値をクリアするためには、「ものづくりの上流」の機能設計・配置設計の段階で、統計・物理モデル・制御モデルをシミュレートできる1D-CAEを使うことができて、設計の上流での製品の価値の創り込みを行えることが全体最適の考え方からも本来は望ましい。さらに、メカ・エレキ・ソフト融合製品などの自分の専門以外の領域にも若干の勉強で対応ができ、簡便かつ迅速にモデリングの評価もできる。また、品質問題は「システムの抜け」の見落としに起因する場合が多いので、これを未然に防止できる。1D-CAEは、3D-CAEなどに対抗するものではなく、下流までのCAEを包括的に扱えることから、ものづくり・ひとづくりの新しいパラダイムになることが期待されている(注9「V&V」を参照)。
 なお、「ものづくりのための計算工学」研究会の分科会として「1D-CAE」研究分科会が設置されており、物理モデルシミュレーションの普及における課題が検討されている。トライボロジー、制御・システム、材料、音振動、熱流体のモデリングなどが関係する分野となる。分科会の主査は、澤田浩之氏(産業技術総合研究所)。

(注8)「ものづくりのための計算工学」研究会は、産学官の知恵を結集して、計算工学により日本のものづくり(設計・製造)の強みを更に強くする事を目的として、日本計算工学会の研究会として2009年4月に設立された。立ち上げ発起人は、本学会会長・副会長、日本機械学会会長、及び、トヨタ自動車、東芝、日立製作所、新日本製鐵、産業技術総合研究所などの学会員。  年に数回の研究会を各地で開催し、地域固有の問題を含めて、ものづくりの業界で必要とされるCAE技術・最適化技術についての課題を抽出する。


 「ものづくりのための計算工学」研究会は、ものづくりに即した「1D-CAE」の有用さを理解する場であると同時に、日本型のV&V手法(Verification & Validation、注9)を提案する場であり、オープンなCAEの大衆化を進める場でもありたい、と考えています。  本年5月に行われた第15回計算工学講演会では、ワークショップの一つとして「計算工学でものづくりを変える」と題したパネルディスカッションが行われ、トヨタ自動車(自動車業界)、新日本製鐵(鉄鋼業界)、日立製作所(電気業界)の各登壇者から、現場ならではのニーズを伺う貴重な機会がありましたが、ここで新日本製鐵の山村和人氏から、溶鉱炉でとけた鉄が固まる過程では、既存のシミュレーションモデルが使えない。発想の転換や展開が必要である、というご報告がございました。  このように定型の構造解析手段が使えない場合には、もちろんのことですが、過去に類例のある標準的な場合といえども、新しい近似解の方法が必要になることがあります(注10)。そして、新しい解析手順には必ず、計算結果についての工学的妥当性の確認が必要ですし、定型解析の場合でも、過去の計算事例や実験と比較することなどで妥当性を示す必要があります。そこで、V&V手法として、NAFEMSのQSSなどによる「構造解析の品質保証と標準化」の取り組み(注11)も、今後良く研究して行きたいと考えております。このような海外のV&Vについての新しい動向の調査と、日本型のV&V手法を提案してゆく場として、「HQC研究分科会」(「シミュレーションの品質・信頼性にかかわる調査・研究」研究分科会)を、本研究会の分科会として立ち上げました(注12)。なお、NAFEMSやASME(米国機械学会)のV&V関連動向に関心をお持ちの方は、本学会ホームページの「HQC研究分科会」資料(http://www.jsces.org/research/hqc/documents.html)から、最近の資料をご参照下さい。  さらに、本学会(JSCES)認定のオープンCAE 環境の普及を目指して「Green CAE 研究分科会」を設けました(注13)。適切な解析環境を大衆化して、広く製品の品質保証を実現できればと考えております。この分科会は、「HQC研究分科会」とも連携して活動を行います。  本研究会・研究分科会の成果は、講演会や会誌、論文集、そして、WCCMなどの国際会議を通じて発信して行くことになります。こうした活動も含めて、学術研究と技術開発の両面で世界水準にある本学会の計算工学の研究は、着実にその成果を上げております。「産業界から見ると、実際の現場は技術開発テーマや応用の宝庫です。また、どのような優秀な技術でも実際に応用されなければ、国家的な損失になります」という先達(庄子幹雄氏)の言もございました。このように、本学会は時代の推移を反映した活動を、今後も進めて行きたいと考えております。

(注9)V&V:Verification & Validation。ある製品に関して、その使用者が必要としている要件がすべて満足されているかどうかを確認することと、設計仕様の通りに製品が作られているかどうかの妥当性を確認すること。
 CAE使用者の力量不足から「不適切なモデル化」による誤った解析結果を設計に採用してしまった結果として、海外では大規模な構造物が崩壊するなどの大事故が現実に生じている。(第15回計算工学講演会HQC研究分科会企画セッションでの吉田有一郎氏の発表資料による。)これは、3D-CAEの使用に際して、クリックすれば結果が得られ(たように見え)ることの弊害で、CAEを使用した解析の品質を検証する方法論あるいは手段に関して、海外では学界と産業界の連携した活動が行われており、ASME(米国機械学会)とISO 9001(EU)との二つの流れがある。ASMEでは、シミュレーションの信頼性を評価する指針をまとめており、英国のNPOであるNAFEMSでは「有限要素法と関連技術の安全で信頼できる使用を促進するために」構造解析のISO 9001に準拠した品質マネジメントの評価が進められている。NAFEMSは、the National Agency for Finite Element Methods and Standardsの略で、英国通産省が資金提供して開始したプロジェクトが起源で設立された組織。なお、国際標準化に関しては、ASMEとNAFEMSがメンバーを出し合って作業を進めている。
 ところで、今後のV&V指針の策定に際しては、CAE要員の力量管理が重要になるが、これに関しては、日本機械学会が2003年度より計算力学技術者認定試験を行っており、先行している。また、摺り合わせ型の日本のものづくり技術者と、海外の技術者には資質の違いが見られるのではないかとの議論もあることから、国内向けのV&V指針に関しては、これらの点も考慮される必要がある。

(注10)「計算工学」Vol.11、No.1(2006)の巻頭言に「私の願い」と題して、川井忠彦先生が計算力学の発展に関する以下のことを執筆されており興味深い。
 「固体力学の近似解法としては、変位を未知量として近似解を求めてゆく変位法と、応力を未知量とする応力法(平衡法)があり、NASTRANの開発において両者は覇を競ったが、応力法は構造不静定(構造体を支える支点が二つ以上ある場合)の問題が解決できずに敗退して、変位法の圧倒的勝利に終わった。この変位法が、名前を改めて有限要素法となった。ところで、設計の観点からは、前者は構造物の剛性評価が高め、すなわち非安全側となるのに対して、後者の方法は剛性を低め、即ち安全側の評価を与えることが判っている。そこで、両方の解析を行って変位や応力の正解を上限と下限の間で挟む方法がもし確立できれば、高度な非線形問題で、実験が経済的にも技術的にも不可能な場合や、精密な解析ができない場合にも、設計の安全性をチェックできるのではないだろうか。」
 こうした近似解についての新しい考え方や、また、「計算機のなかった時代にフォン・カルマンが指摘した複雑系の非線形問題」について、ものづくりに即した新しい数理モデルが今後も無限に研究されるだろう。

(注11)NAFEMSのQSS:英国の「有限要素法と関連技術の安全で信頼できる使用を促進するための」NPOであるNAFEMSでは、ISO 9001に準拠した構造解析の品質マネジメントの評価などが行われている(注9「V&V」を参照)。
 NAFEMS QSS001は、ISO9001に基づく構造解析の品質保証についてNAFEMSが開発したマニュアル集で、QSSは、Engineering simulation quality management -systems requirements (2007) and Primer(2008)の略称。製品の設計・開発プロセスについての、SAFESA(SAFE Structural Analysis) technical manual to construct qualification supported by finite element analysis と、設計組織のマネジメントプロセスについての、Management of finite element analysis guidelines to best practice の上位に位置する。なお、SAFESAでは、有限要素法によって(実験しなくとも)構造物の製品認定が行えるプロセスなどを記述している。

(注12)「HQC研究分科会」(High Quality Computing「シミュレーションの品質・信頼性にかかわる調査・研究」研究分科会)は、本学会に設置された専門委員会。
 シミュレーションの品質に対する標準化への取り組みは、現状では欧米が大きく先行している感があり、我国においても早期に、これらの情報を分析した上で、実務的な標準やガイドラインを整備していく必要がある。本学会は、計算力学、CAEに取り組む技術者・研究者の産業横断的な学会であり、このような活動の端緒になるべく、本分科会を設置する。本分科会では、シミュレーションの品質・信頼性に関する国内外の動向を調査・分析するとともに、これら方法論や技術を確立するための実務的な活動を行う。主査は、白鳥正樹先生(横浜国立大学)。

(注13)「Green CAE 研究分科会」では、高度な解析環境の大衆化や適切な品質保証の実現のために以下の活動を行う。
 どのような機能のソフト・支援ツールがフリーウェアとしてどこで開発されているかの情報蓄積と、公開に足る条件(品質、ドキュメント、稼働実績などの指針)のガイドラインを策定する。モデル/データの再利用性を高め、ソフトウェアの開発・検証効率を向上させる。CADモデル、メッシュデータ、マトリックスデータや、ベンチマーク例題とそのデータ、複雑な実問題モデル/データを提供する。散在する講義資料の集約や教育用標準プログラムの提供、メッシュ選択の指針等といったノウハウ、参考文献/図書の情報を集約し、知識の共有を図る。要約すると、JSCES(本学会)認定のオープンCAE 環境の普及を目指している。主査は、奥田洋司先生(東京大学)。

 *本稿の執筆にあたり(文中に明記した以外に)以下の文献から引用しました。

・「21世紀の計算工学」川井忠彦、「計算工学」Vol.1、No.1、1996(創刊号巻頭言)。
・「21世紀に向けた計算工学への期待」庄子幹雄、「計算工学」Vol.2、No.2、1997(巻頭言)。
・ 日本計算工学会編、竹内則雄・樫山和男・寺田賢二郎共著「計算力学 有限要素法の基礎」森北出版、2003年。

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