横幹連合ニュースレター
No.030 Aug 2012
<<目次>>
■巻頭メッセージ■
「横幹連合会員の相互理解への期待」
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横幹連合理事
日本大学 教授
青木 和夫
■活動紹介■
●第34回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔■
◆日本生体医工学会
■イベント紹介■
◆「第4回横幹連合総合シンポジウム」
●これまでのイベント開催記録
■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
E-mail:
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横幹連合ニュースレター
No.030 Aug 2012
◆参加学会の横顔
毎回、横幹連合に加盟する学会をご紹介していくコーナーです。
今回は、日本生体医工学会をご紹介します。
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社団法人日本生体医工学会
ホームページ: http://jsmbe.org/
前会長 田村 俊世 氏
(大阪電気通信大学 教授)
【医工連携によるイノベーションを創造する「日本生体医工学会」】
医学・生物学に工学諸分野の技術をいかに取り入れるかという境界領域の問題には、両者の緊密な連繋が必要です。工学側においては、単に電子工学のみならず、広く機械工学、精密工学、応用物理学の協力を必要とします。医学・生物学においても、生体工学的な概念を具体的に進展させる必要が痛感されます。諸外国においては、この領域に何等かの学協会が早くから設立されており、1958年以来3年毎に開催されているInternational Federation for Medical Electronics(IFME、医療用電子機器国際連盟)も、1962年から、この種の学協会の連合体としての国際的団体として再編成されました。
こうした観点から、社団法人日本生体医工学会(旧、日本エム・イー学会)は、医学・生物学と工学との学際領域に考えられる広い範囲の諸問題に興味を持つ研究者、技術者、実務者の連携の場として、1962年(昭和37年)に設立されました。英文名は、Japan Society of Medical Electronics and Biological Engineering です。研究の発展、知識の交流、および社会における生体医工に関する事業の振興を、国内的にも、また国際的にも進めることが、その設立の目的です。本学会は、現在、約3000名の会員を擁し、学会の主な事業として、機関誌の発行、定期大会の開催、専門別研究会および委員会の開催、IFMBE(国際医用生体工学連合)などとの国際協力、国内他団体との協力、支部総会の開催、さらに優れた研究業績のある者の表彰、または奨励、などの活発な活動を行っております。
学会設立以来、いわゆる ME(medical electronics and biological engineering、生体医工)の意味する範囲は非常に拡大され、MEは、今日では、広く医療・保健に役立つ工学技術の全般に関して、その開発のための医学・生物学からの貢献を目標とするものになっています。また、科学も、生命科学を中心とする総合科学の時代へと移行し、社会においても、情報化、社会福祉優先、国民生活と社会の変容などの大きな変化が顕れています。旧、日本ME学会は、このような科学の進展と時代の要請を充分に認識し、その社会的地位を確立して活動のいっそうの飛躍的発展をはかるために、1974年(昭和49年)に社団法人日本生体医工学会としての設立総会を行い、翌年文部省より認可されました。
国際的にも、本学会は、国際医用生体工学連合(IFMBE)に加盟し、米国につぐ規模の有力加盟団体として、国際組織において指導的役割を果たしています。すでに、1965年、1991年にそれぞれ「第6回国際ME会議」「第16回国際ME会議」を主催し、1976年には「第5回国際心臓ペースメーカーシンポジウム」を共催するなど、多数の国際的学術会合への協力活動を行なって参りました。とりわけIFMBEの活動のうち、開発途上国援助、ME安全対策、MBE教育などについては、本学会が、その指導的役割を果たすことが期待されています。2013年には、関連国際学会の共催も計画しています。
本学会につきまして、前会長の田村俊世氏にお話を伺いました。
Q1:田村先生は、本学会を非会員にご紹介されますとき、どんな風に説明をしておられますか。
本学会は、医工融合の基になる学会、ME(生体医工)機器を本当に使える専門家の学会です。いわゆる ME機器には、医療用MRI、CTスキャン、人工心臓、心臓ペースメーカー、超音波診断装置、パルスオキシメータ(注)などの多くの種類があります。このうち、超音波診断装置やパルスオキシメータなどは、日本人による発明です。最近では、医学の中に占める医工学機器の比率も大変高くなってきました。
(注): | 指先にセンサを挟んで、心拍数、血液酸素濃度などを計測する装置。 |
学会としましては、医学と工学の境界領域を扱っています。ME機器が発明された経緯に関しても、医学者の側にニーズがあるのですが、しかし、工学的な問題に関しては、どう解決すれば良いのかが分からない。そこで、工学者に相談が持ちかけられて開発が始まる、ということが多くありました。心臓ペースメーカーの開発などは、その顕著な例でしょう。
しかし、医学者と工学者は双方向に交流して、対等の立場で協力すべきことが、当初から本学会のポリシーとして定められています。学会の役職についても、「医/工」から一名ずつの担当者が選ばれています。この考え方は国際的にも範とされて、他国の学会に影響を与えているのですが、最近の「工学」が「計測制御」のように広い範囲を扱うものになって来ていることから、「工」の役職者の比率が多くなっていることも事実です。
さらに、本学会は医工融合の全領域をカバーしているために、その扱う領域が非常に広範囲です。本年5月に行われました、第51回大会のプログラムを見ていただければ、扱っているテーマの幅広さがご理解いただけるのではないかと思います。
このため、本学会では、多数の専門別研究会が大変活発に活動して成果を発表しています。また、全国に9箇所ある支部も、支部大会、シンポジウム、研究会、若手研究者の発表会などの精力的な活動を行っています。
また、ME技術実力検定試験を実施し、臨床ME専門認定士の登録を行っています。第1種ME技術実力検定試験の合格者は、累計で約1000名に達しました。
さて、本学会は昨年、2011年に設立50周年を迎えました。機関誌「生体医工学」の49巻第2号が「50周年記念号」です。昨年の東日本大震災のために、記念シンポジウムの実施は見送りましたが、この記念号に本学会の創設期から将来までの歴史が集約されておりますので、是非ご参照いただければと思います。本号には、設立の経緯に関しましても、斎藤正男先生など当時を良くご存知の先生方が多く寄稿されています。国内では当初、電子情報通信学会や日本生理学会などが活発に研究集会を開催しており、国際学会でも日本の ME機器に関する論文が高く評価されておりました。1961年に米国からの呼びかけで、公式な国際学会として IFME(国際医用生体工学連合 IFMBEの前身)の再編成が提案されたことを受けて、本学会の設立メンバーが IFMEの運営にも深く係わっていたことなどから、日本の正式学会として、国内の研究集会をまとめる形で本学会が設立されたと聞いております。設立間もない 1965年には、「第6回国際ME会議」(東京)を招聘して主催しております。現在は、IFMBEに加盟し、米国につぐ規模の加盟団体として国際的にも活発な活動を続けております。さらに、来年2013年の7月の第52回日本生体医工学大会(大阪)は、IEEE EMBC2013(Engineering in Medicine and Biology Society)の国際会議と同時併催されることが決まっています。
Q2:田村先生のご研究の概要を、ご説明下さい。また、先生はどんなきっかけで、この学会に入会されたのでしょう。
私は、慶應義塾大学工学部の学部生のときから、計測工学の応用分野として「生体計測」を研究していました。無拘束・無侵襲という考え方で、日常の自然な動作のうちに必要なデータを健康管理のために収集する、という研究です。境界領域であることから、その当時は医療に計測工学を活用しようとする研究室の数も少なく、まだまだ未知の分野でした。
当時、東京医科歯科大学に、早稲田大学工学部から来られた戸川達男先生がおられました。日本製の優秀な心臓ペースメーカーは、東京大学の医用電子の研究室が中心になって開発されたのですが、戸川先生もその開発メンバーのお一人です。私は医科歯科大の大学院に進み、ここで戸川先生から多くを学びながら、高齢社会を支援するための機器の研究に励みました。そうした経歴があって、本学会には学生のときに、ごく自然に入会しました。
2004年から、千葉大学工学部メディカルシステム工学科に教授として転任し、生体計測、生体信号処理、福祉工学、高齢者支援工学などを研究してきました。2012年3月に、大阪電気通信大学に転任しました。
日常行動の中では、例えばマグネット式センサのような簡単な装置でも、健康状態の確認に使うことができます。お年寄りが湯沸しポットでお茶を淹れると、離れた家族の携帯電話にそれが通知される「通信機能付きポット」は、既に製品化がされています。また、お年寄りが健康であれば、いつもテレビの同じニュース番組を見ている。体調が悪くなると、見なくなるといったことも、無拘束・無侵襲の健康診断に活用できます。このような考え方で私たちは、患者さんが無意識のうちに計測ができてしまう臨床検査を、「ヘルスインフォマティックス」(健康情報科学)の観点から目指して研究しています。
じつは、糖尿病や高血圧などの疾病を抱えた高齢者であれば、自分の健康状態を計測するモチベーションは高いのですが、自覚症状が無ければ人間ドックに行きたがらない方々も多いのです。個人商店の奥さん方などが、そうですね。2011年に日本人女性の平均余命が第2位に落ちましたが、こうしたことも関係があるのではないかと私は考えています。
ちなみに、顕著な病気も無く、人間ドックにも行かないという方でも、歩数計でしたら抵抗無く着けていただけます。例えば、そこに何かのセンサを組み込んでおくといったことも、私たちは研究しています。こうした研究が進展することで、例えば、在宅介護の患者の QOL(Quality Of Life、生活の質)も、もっと向上させられるのではないかと考えています。在宅患者の健康管理に関心を持つメーカーも、最近では出てきました。
福祉や高齢者支援の機器に関して言えば、(介護保険が利用できそうだということで)多くの研究が行われるようになりました。しかし、介護ロボットの開発に絶対の安全性が要求されたり、利便性のエビデンス(統計上有意な効用)が過度に求められたりする現状は、逆に開発の足かせにならないかと心配もしています。産総研の柴田崇徳氏が開発されたアザラシ型メンタルコミットロボット「パロ」についても、評価のためには、例えば、パターン認識で、利用者の表情の何割に笑顔が増加したといったエビデンスでも、福祉機器に関しては良いのではないでしょうか。「パロ」については、その癒し効果がギネス世界記録に認定されたり、北欧で実際に介護に活用されたりしています。せっかくの有望な日本の得意分野なのに、医療機器としての認可がすぐに下りる海外での臨床研究に追い抜かれてしまっては元も子もありません。
それから、認知症患者のための支援機器の開発も、大きな社会問題であるだけに大変に重要な研究なのですが困難もきわめて大きい状況です。近年、MR(磁気共鳴装置)の性能が向上したことから、患者が MRの中で、脳の断層写真を撮りながら医師の質問に応えて、脳内の異常な部位を探るという診断手法が発達してきました。ところが、認知症の患者の場合には、医師の質問に正しく答えることができません。疾病に固有の特徴を回避するための、何らかのアイデアが必要です。
こうした問題は、福祉工学で高齢者支援機器を開発する際には、大なり小なり生じることです。例えば、高齢者を支援するはずなのに、被験者が健常者の、しかも元気な大学院生ばかりといった論文のデータでは、ほとんど役に立ちません。特に、「工学」は、歴史的には「大量生産」を志向してきたものですが、福祉の分野では、患者さん個人の疾病(ニーズ)に合わせて個別に機器が開発される必要があります。福祉の分野は、超高齢社会の到来で近年とみにクローズアップされてきましたが、最先端の工学技術ですからと言っても医療の現場では意味を持たないことも多いのです。
そうした観点から、バーチャルリアリティの技術を活用して、半身が麻痺している患者のモデルを作ってみて、健常者たちがそれを体験するといった実験を行ったこともありました。いずれにしても、介護や高齢者支援の機器の開発に際して重要なことは、あれやこれやの多様な機能を一つの機械に盛り込みすぎないこと。人間の介助のほうが効率的なことは、人間がすれば良い。機械には、重いものを持たせるなどの得意な作業だけしてもらう、といった切り分けも必要でしょう。そして何よりも、この分野では、更なるヒューマンインタフェースの研究が重要になるだろうと考えて、研究を進めています。
Q3:今後の本学会の向かわれる方向について、お尋ねしたいのですが。
今回の東日本大震災では、電源喪失のために、多くの ME機器が使えなくなりました。ICUなどには非常用電源の設備があるのですが、一般病室には電気が来なかった。それで、一般病室内の機器が全く使えませんでした。一方で、多数の患者さんが病院から仮設の施設に移送された際に、例えば、自発呼吸の難しい患者のための(在宅療法用の)酸素濃縮装置が大量に必要になったのですが、メーカーである帝人が直ちに全国から装置を集めて、見事な対応を見せました。今回の経験は、不幸な出来事ではありましたが、「災害時における医療機器のあり方」という新しいテーマを見出す機会にもなりました。
来年7月の第52回大会(大阪)では、IEEE EMBC2013の国際会議との同時併催が決まっています。私は、プログラムチェアをしていますので、今述べた新しいテーマについては、IEEEの「ヘルスケアテクノロジー」のセッションの中で、東北大学の先生方に講演をお願いすることにしています。余談ですが、IEEEの予稿は長いので皆さん苦労されるのですが、医学者の皆さんは短くても良いことにしています(笑)。
このように、ME機器についての新しい課題も、時代や国情や経験と共に変わって行きます。本学会が生体医工学研究者の国際化を推進している理由も、ME機器を使用する上での様々な課題を理解して、この分野でわが国がリーダーシップを発揮できる環境づくりにつながると考えているからです。
ちなみに、2013年の IEEEの EMBCについては、キャッチフレーズを考えました。「工学を通して持続可能な健康社会の実現」というものです。
さて、本学会では、昨年計画していました50周年記念のイベントを大震災のために取りやめました。しかし、各支部では、独自のイベントを行ったところもありました。例えば、関東支部では「アジアの生体工学の現状」と題して、韓国、中国から研究者に来ていただいて、50周年のイベントを行いました。
ところで、これは国際化における日本のリーダーシップの話にも、将来の若手の育成にも関係する話になるのですが、国際学会において、韓国、中国の研究者の発表が、近年、大変に盛んであることには注目しておく必要があります。例えば、生体医工学関連の英文誌への投稿も、わが国に比較して、この両国の伸びには著しいものがあります。
また、日本製の ME機器の優秀さは海外でも認められていますが、昨今の医療現場では多くの機器を海外からの輸入に頼っているのが現状です。その原因の一つが「デバイス・ラグ」、外国では承認されて使用されている日本製の ME機器が、日本の臨床の場では承認が遅れていて使用できないという問題です。日本が、こうした問題を抱えている間にも、例えば、韓国のサムスン、LGといったメーカーでは生体機器の開発に非常に注力しており、活発に研究が進められています。このことは、夫々の国の学生の就職にも影響を与えており、韓国では、生体医工学の研究室の学生の就職は大変に楽なのだそうです。
この問題を逆から見れば、「デバイス・ラグ」一つが改善されることで、波及効果で改善が期待できる領域が非常に増えてゆきます。日本の国際的な発言力、指導力にも重みが増すことでしょう。こうした非常に重要な問題に関して、本学会としては、積極的に係わってゆきたいと考えています。
それと同じ理由で、国内で日本製の ME機器がもっと多く使用されることになれば、生体医工学の若手の育成にも途を拓くことになります。現状では、大学に「生体医工学科」というコースを作っても、まだまだ国内の就職先が限られてしまっているためです。
しかしながら、医工融合というこの大変に魅力的な学問領域には、若い人々にも関心を持っていただきたい。そのための試みとして、「中高生作文コンテスト」を昨年から始めており、大変に好評です。ちなみに、今年度のテーマは「生体医工学と命」となっています。
ところで、大学の授業で生体医工学を教える上での大きな悩みがあります。「工学部」の中のことですから「医学」のことをどこまで教えれば良いのかの判断が、難しい点なのです。IEEEでも、EMB(Engineering in Medicine and Biology)の部会で、どういったカリキュラムが良いのかを 2年前から議論しています。大変に難しい問題です。いずれにしましても、多くの学生が興味をもつことにより、この学問領域の発展が期待されます。
さて、先に、ME技術実力検定試験の合格者が、累計で約1000名に達したことをお話しました。ME技術者の重要性については、医学者の皆さんにも、もっと認識していただきたいと考えています。また、ME技術者のほうも、自分たちが大切な存在だという自覚を充分に持っていただきたい。さらに、医療現場の経営の問題にも参画していただきたいと思っています。
このため、ME技術者の再教育の仕組みを、いろいろと考えているところです。大学院に戻るというのではなく、交通の便の良い場所にサテライト形式の教室などを作って、マスターやドクターの教育をするような環境がもしできれば、再教育の機会も増えるのではないでしょうか。また、日本の得意とする内視鏡手術などでは、実験動物を使った訓練が動物愛護の観点から減る傾向にあるようですが、バーチャルリアリティの技術などを使って、操作を練習する機会を増やすといったことも必要なことだと考えています。このような具体的な方法を、さらに考えてゆきたいと思います。
横幹連合の良いところは、それぞれの分野の専門家の集まりだというところです。上に述べた、バーチャルリアリティの技術を使った訓練などは、横幹連合の関連する学会が協力し合うことで実現が近いかも知れません。また、ME機器に関する医療データのマイニングや分析、医療情報の蓄積なども、統計に関連する学会が協力し合うことで実現されるかも知れません。
生体医工学について、何か分からないことがありましたら、どうぞお気軽にお尋ねいただきたいと思います。ホームページも、新しく致しました。これからも本学会は、生体医工学事業全体の活性化を目指して、努力して行こうと考えています。
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