横幹連合ニュースレター
No.039 Nov 2014

<<目次>> 

>■巻頭メッセージ■
静かなる平成維新と横幹総合シンポジウム
*
六川 修一 横幹連合理事
東京大学大学院工学系研究科 教授
■活動紹介■
●第41回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔 ■
Future Earth
■イベント紹介■
◆第5回横幹連合総合シンポジウム
●これまでのイベント開催記録

■ご意見・ご感想■
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横幹連合ニュースレター
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横幹連合ニュースレター

No.039 Nov 2014

参加学会の横顔

毎回、横幹連合に加盟する学会をご紹介していくコーナーですが、
今回は、特別に「Future Earth -日本学術会議 国際委員会からの呼びかけ-」をご紹介します。
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 Future Earth -日本学術会議 国際委員会からの呼びかけ-

ホームページ: http://www.futureearth.org/

春日文子氏による特別講演をもとに構成

(日本学術会議副会長 国際活動担当 = 横幹連合2014年定時総会当時 )

 
【Research for global sustainability】

   そもそもの始まりは、2009年のNature誌に掲載された「A safe operating space for humanity」 と題する論文であったという。この論文では、地球環境の容認しがたい悪化に関して「プラネタリー・バウンダリーズ」(地球の限界)という概念が提唱され、問題提起が行なわれた。ストックホルム大学のJohan RockstrOm氏が、筆頭著者となって、この論文はまとめられた。
   この論文に収められた挿図( Figure 1, Nature Vol.461, p.472, 24 September 2009 )には、地球が安全に安定して存在する範囲(boundaries)が図示されているのであるが、そこに書かれた説明によれば、地球の(1)気候変動、(2)窒素循環、および(3)生物多様性の喪失に関しては、地球が維持できる限界(図の真ん中の緑色の部分)を超えてしまっているのだという。
   横幹連合2014年の定時総会で、春日文子氏(当時、日本学術会議副会長 国際活動担当)は、その問題提起について次のように紹介した。つまり、人間がこれまで行なってきた環境の変化が、不可逆的に、地球環境に対して、ぎりぎりのところまでの負荷を与えているのである。そこで、この論文がきっかけになって、「Future Earth」という国際的な取り組みが始まったのだと氏は述べた。
   本稿では、定時総会時の特別講演で春日氏が話された「Future Earth」の内容と、日本におけるその取り組みの概要、そして、これらを推進している日本学術会議 国際委員会の活動などについて、横幹連合の係る「学際的 inter-disciplinary」「分野横断的 trans-disciplinary」の観点などから、整理を試みてみたい。

   さて、上記 Nature誌の論文に続いて、2012年3月に英国ロンドンで、「Planet Under Pressure」と題する会議が開催された。直訳すると「圧力を受ける地球」に関する会議である。人間活動の影響が、地球規模にまで及んだことで、自然環境も人間社会もその影響を「圧迫」として受けている、というのがその趣旨である。主催したのは、国際科学会議(ICSU:International Council for Science)などが推進する、地球環境変動分野の四つの国際研究計画と、それらを連携させる仕組みとしての「地球システム科学パートナーシップ」(ESSP:Earth System Science Partnership)であった。
   この全体会議では、人類が地球に与えている負荷が大きくなりすぎることで、例えば、気候、水環境、生態系などに内在する回復力(Resilience)の限界を超えたときには、取り返しがつかない大きな変化が地球に起こり得ることが指摘されて、そのような限界(臨界点)が、どこにあるかを知ることが重要であるという考え方が示されたという。臨界点を明らかにすることは、同時に、人類が生存できる範囲の限界(地球の限界=Planetary boundaries)を把握することにつながるので、人類の壊滅的な変化が起きることを回避できるのではないか、と考えられたのだ。
   さて、この話題を先に進める前に、この会議を主催した「地球環境変動分野の(先行する)四つの国際研究計画」について列挙しておきたい。それらは、
(1)世界気候研究計画(WCRP:World Climate Research Programme)
(2)生物多様性科学国際協同計画(DIVERSITAS:International Programme on Biodiversity Science)
(3)地球圏・生物圏国際協同研究計画(IGBP:International Geosphere-Biosphere Programme)
(4)地球環境変化の人間的側面国際研究計画(IHDP:International Human Dimension Programme on Global Environmental Change)
であり、1980年代に始動して、さまざまな知見を人類にもたらしていたという。2000年から、それらの活動の共同イニシアティブとして、地球システム科学パートナーシップ、ESSPという枠組みが、国際的に地球環境研究を推進していた。しかし、2010年に行われたESSPの評価で、ESSPという枠組みは、科学としての成果は出しているが地球の環境は良くなっていない、つまり、成功した活動ではない、という評価が出たという。こうした反省からESSPは、2012年に終了することが決まったそうだ。
   そこで、上記の全体会議では、先行する四つの国際研究計画を統合して一つの新たな枠組みを創る、という基本計画が紹介された。それが「Future Earth: Research for global sustainability」(未来の地球: 地球規模の持続可能性についての研究)であったという。

   Future Earthが、これまでの国際研究計画と大きく違う点として、以下のような内容が強調されたそうだ。
(1)これまでの計画では、自然科学の推進が大きな割合を占めていたが、Future Earthでは、地球環境の持続可能性を向上するための研究を、自然科学と社会科学の全面的な統合に基づいて推進する。
(2)これまで目指してきたのは、実質的には先進国中心の科学の発展であったが、Future Earthでは、地球規模での人材養成や地域ごとのネットワークを重視する。
(3)これまでの研究計画は研究者が立案してきたが、Future Earthでは研究者のみならず、政策担当者やステークホルダー(利害関係者)がその立案に参加する。
   こうした研究計画の考え方の変化について、春日氏は次のように説明をされた。すなわち、これまでの研究計画には、根本的に欠けているものがあった。まず文理融合、本当に重要な研究が対象として選ばれているのか、そして、科学者はその研究が実施されるところまで考えて、研究を見ているのか。
   そこで、これまでのESSPが、基本的には研究者のボトムアップで計画されたのに対し、Future Earthでは、トップダウンで研究計画を立案し、ボトムアップで研究を実施する事が決められたという。そして、重要かつ優先すべき研究テーマに対して、迅速に予算を配分する仕組みが必要であるという考え方から、研究計画の資金助成団体の合同体としてベルモントフォーラムが設立された。ベルモントフォーラムには、主要先進国の研究資金助成機関が参加しており、日本からは文部科学省と科学技術振興機構(JST)が既にメンバーになっているという。

   そして、この種の国際研究には珍しい事であるが、Future Earthの活動には、学術の専門家だけではなく、社会のさまざまな「ステークホルダー」が参加することが強調されているという。具体的には、専門家とステークホルダーが協働して、研究活動の設計Co-designや、研究知見の創出Co-productionを行うことが提案されているという。これは、珍しい(が、本来そうされるべきであった)試みであると言える。
   Future Earthの主要なステークホルダー・グループとしては、次の8つが特定されているという。
   (1)学術研究(Research)、(2)科学と政策のインタフェース(Science-Policy Interface)、(3)研究助成機関(Funders)、(4)各政府機関(Governments)、(5)開発機関(Development organizations)、(6)ビジネス・産業界(Business and Industry)、(7)市民社会(Civil Society、NGOs etc)、(8)メディア(Media)。

   ところで、先行する四つの国際研究計画は、国際科学会議(ICSU)などの主導によって組織されたプログラムであった。ICSUというのは、1931年に設立された非政府、非営利の国際学術機関であり、事務局はパリにある。各国を代表するアカデミーなどの組織や、各学問分野を代表する国際的な学術連合を取りまとめる組織で、世界の科学者の国連のような組織だと言われている。
   このICSUに協力して、国際社会科学評議会(ISSC)、国連教育科学文化機関(UNESCO)、国連環境計画(UNEP)、国連大学(UNU)、世界気象機関(WMO、オブザーバー)、そして上述のベルモントフォーラムが、「Future Earth」を支えることになったという。そして、終了したESSPに変わって、先行する四つの国際研究計画からの移行や新組織によって、新しい体制が2015年からスタートすることが決められたそうだ。第一期の研究計画は、10年間である。
   そこで、新しい組織「Future Earth」の本格事務局をどの国に設置するかという「国際公募」が、2013年に行われたのだという。

   ここに、日本学術会議が登場する。
   もちろん、日本は衛星による地球観測などの分野で、世界の最先端に位置している。2009年に打ち上げられた地球観測衛星「いぶき」(GOSAT)が、フーリエ分光方式による温室効果ガスなどの大気微量成分の観測という難度の高いセンサ技術によって、世界を完全にリードしている事などは、前々号の横幹ニュースレター でもご紹介した。先行した国際研究計画においても、日本人の多くの研究者がイニシアティブを発揮してきた、という実績があるそうだ。それならば、「Future Earth」の本格事務局をどの国に設置するかという公募に際して、日本が手を上げないで済ませる理由は何一つ無いという事になる。
   そこで、その事務局の公募に対するプレゼンテーションの準備に立ち上がったのが、日本学術会議の国際委員会であったそうだ。入念な準備を行い、(日本政府のオリンピック招致プレゼンのような)シナリオも準備して臨んだという。
   この日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信の下に、行政、産業及び国民生活に科学を反映、浸透させることを目的として、1949年に設立された。内閣総理大臣が所轄し、政府から独立して職務を行っている。その職務は、次の2つである。(1)科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。(2)科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。この目的のために、我が国の人文・社会科学、生命科学、理学・工学の全分野の約84万人の科学者を内外に代表する機関として活動を行っている。職務は、210人の会員と約2000人の連携会員によって担われているという。
   ところで、2013年にパリ郊外で行われた Future Earthの事務局誘致のためのプレゼンの場では、自然発生的に「競争」ではなく「協力」のアイデアが生まれたのだという。その結果、事前の計画とは大きく異なって、次のような国際事務局(多国分散型連携事務局)と地域事務局が組織されることになったそうだ。
   「国際事務局」は、カナダ、フランス、日本、スウェーデン、アメリカが連携して恒久事務局を形成する。Future Earth事務局長が全体の指揮を執るが、各国に一人ずつの事務局長補佐を置いて相互の緊密な連携を図る。このほか「地域事務局」を、アジア、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、中東北アフリカの4地域に置くことになるが、そのうちアジア地域事務局も、日本での設置が決まったそうだ。
   特に日本は、複数の大学において既に特色ある環境教育を実施しているということもあるが、ICSUの World Data System(WDS)の国際プログラムオフィスが日本に置かれている(NICT、独立行政法人 情報通信研究機構にある)ことから、Future Earthの教育と人材育成、データ管理についての役割分担を、国際事務局に提案しているという。純粋な研究者だけでなく、日本にはまだ数少ない「国際的な研究コーディネーター」を育成する場としても期待されるという。
   最新の情報については、Future Earthのホームページ を参照されたい。

   日本では、大西隆日本学術会議会長(都市工学者、東京大学名誉教授)を総責任者として、日本学術会議を中心とするコンソーシアムが国際事務局を担い、東京大学が事務局の設置場所となる。(日本学術会議は、研究コーディネーターという役割になるという。)また、総合地球環境学研究所(京都市)がアジア地域事務局を担うことになったという。各国ともに、2015年1月からの国際事務局の始動に向けて活発に準備を進めているが、日本では、文部科学省の環境エネルギー科学技術委員会の下に設置された「持続可能な地球環境研究に関する検討作業部会」が、日本として Future Earthにどう取り組むかについての論点整理「中間とりまとめ」を、2013年6月にまとめている。

   さて、ここで改めて横幹連合として Future Earthに注目したい点は、関係者がこのテーマに「学際的 inter-disciplinary」「分野横断的 trans-disciplinary」という言葉の最近の再定義(注)をふまえた上で臨んでいる、という所にもある。
   地球環境研究においては、その主要なステークホルダー・グループの一つが市民社会であるとして、NGOなども含めた研究計画が立てられようとしているのは、日本における学際的研究の歴史においても、初めてのことではないだろうか。
   いよいよ、2015年から開始される Future Earthに、大いに注目したい由縁である。

(注)

図1

   文部科学省、科学技術・学術政策研究所報告書「トランスディシプリナリティに関する調査研究(科学者とステークホルダーの超学際協働について)」(2014年)には、次のような解釈が掲載されている。「近年の、EU諸国の共通解釈では、インターディシプリナリティ(あるいは マルチディシプリナリティ)は科学コミュニティの中での学際的連携を言い、他方、現実社会のステークホルダーが関与する協働関係をトランスディシプリナリティとして整理している。/ (それは、)社会問題解決型研究の企画、推進や実務の上でも使い分けるようになっている。社会各層の当事者が有する経験的な知見や価値観を活用する(ための枠組みとしての)『超学際』という性質が、トランスディシプリナリティには、ある。」

(文責:編集室)