第1回横幹連合コンファレンスが2005年11月25日と26日の2日間、長野市(JA長野県ビル)において開催された。筆者は、両日ともに参加できたが、ここでは2日目についての参加報告を記したい。
長野駅に降り立つと、東京とは全く異なった空気の清涼感、清冽さをまず感じた。筆者は山登りも趣味とするから、かもしれないが、このコンファレンスが、長野の清冽な空気に囲まれて開かれることの不思議に爽やかな感覚を感じていた。清潔で美しい大きなパネルに7年前の冬季五輪のシンボルである花の意匠が、この日も長野駅のコンコースを彩っていた。
横幹連合は43の学会により構成されているが、この第1回コンファレンスでは、友好団体である横幹技術協議会からも会長の桑原洋氏をはじめ主だった方々が出席されてパネル討論などに登壇しておられ、わが国の科学技術への横断的な視座が、幅広く立体的なものとなった。
2日目の午後に、横幹技術協議会副会長で内閣府総合科学技術会議議員の柘植綾夫氏が、「科学技術創造を国創りに結実させる技術融合戦略」というタイトルでの特別講演を行われた。今後のわが国の科学技術の発展において横幹技術が果たすべき役割を指摘され、横幹連合はわが国の科学技術創造におけるリーダーたれ、と激励されたことが大変印象的であった。通常の学会ではあまり伺う機会のない、第三期科学技術基本計画の進捗状況や、今後のわが国に必要なイノベーション構造論等に、聴衆の関心は極めて高かったようだ。
柘植氏の講演で、特に関心を引いたのは、今後の課題の分析である。わが国が、現在大きな変革期にあるとの認識の下に、政策目標の一つとして、科学創造と技術革新に投資し、フロントランナー型のイノベーションを連続して創出することで、世界が直面する課題を解決し、財政再建にも貢献できる国に向かうべきだとする、総合科学技術の方針が策定されつつある。価値創造型の「もの創り力」を保持する構造への転換を狙って、基礎研究のキーテクノロジを、開発研究と実用化という産業力(国力)に確実に結びつけるべく、これまでのいわゆる「死の谷」の期間(わが国では投資が減少して基礎研究が産業化に至ることができなかった期間。欧米等ではここに国家的な支援が行われているという)を克服する政策の充実が、第三期科学技術基本計画では重視されるという。横断型基幹科学技術は、この観点を充実させるために位置づけられるのだ。
講演は、このような流れに沿って多数の図とともにわかりやすく進められたが、図のいくつかには、横幹連合会長の吉川弘之氏や内閣府の有本健男氏の手になるものです、と敬意を込めて紹介されるものもあり、横幹的な取り組みに対する理解は一層深まったと思う。聴衆が引き込まれていくのも、もっともだろう。
また、イノベーション構造論において、価値創造型の「もの創り力」を、技術進化の基本思想から分析的に見るとき、フェノタイプ能力(IT、VRなどを活用した目に見える生産システムの革新)とゲノタイプ能力(目に見えない遺伝的能力)の二つの分類軸を持つことが有効である可能性を示唆され、これはたいへん実際的で有用性に富むと思われた。さらに、モジュラー型アーキテクチャ(インタフェースを予め設定することで部分部分の設計の独立性と各部の組み合わせの自由度を確保する考え方に基づく構成物)とインテグラル型アーキテクチャ(部分部分のすり合わせによって全体の最適化を図る考え方に基づく構成物)という藤本隆宏氏により提案された枠組みとの関連性と活用性も示唆されて、横幹技術はこの両方のアーキテクチャ構築能力を育む新しい技術パラダイムたるべきではないか、と論じられたことは、研究に直ぐに役立つ実際的なお話であると感じられ、このような視座を与えて頂いたことに感謝したいと思った。
第三期科学技術基本計画の中には、横幹連合のミッションの重要性の文言が盛り込まれるとのトピックもあって、これには総合科学技術会議の気迫が感じられた。
ほがらかで穏やかな語り口の中にも、知的刺激を豊かに含む柘植氏のご講演は、あっと言う間に時間が過ぎてしまった。長い時間、もっとお話を伺いたかった、という気持ちの聴講者も多かったのではないだろうか。最後に「横幹連合は未来のわが国の科学技術創造の、真のリーダたれ」という言葉で締めくくられたことに、筆者は感激してしまった。科学技術創造の困難に正面から向き合わなければわが国も立ち行かないとの認識の中で、そのための激励を我々に向けて言って頂いたことは、真に幸いなことでなかっただろうか。
また、午前中には、横幹技術協議会の企画によるパネル討論「これからの横幹技術の発展と活用」が行われ、大変盛り上がったことも、是非、ご報告しておきたい。
桑原洋氏(横幹技術協議会会長)、柘植綾夫氏(総合科学技術会議議員、横幹技術協議会副会長)、有本建男氏(内閣府経済社会総合研究所)、藤井真理子氏(東京大学)、原辰次氏(東京大学)、林利弘氏(日立製作所)、福士啓吾氏(日産自動車)、そして司会をされた浦嶋将年氏(鹿島建設)というパネリスト陣によるパネル討論は、科学技術政策や横幹技術、またそれらの理論構築で、わが国をリードしてこられた錚々たる顔ぶれによるもので、大変充実していた。
このパネルでは、個別科学技術群を横幹技術を用いて社会システムに創り上げるまでの枠組みの重要性や、3つの科学(自然科学、人文科学、社会科学)を社会規範や倫理といった課題面においても融合させる挑戦が社会の持続的発展に寄与することの意義、経済社会との連関の構造分析の重視、システム論的に予想される局所最適化と大域最適化の干渉等とその解決法、ニーズ把握における文理融合手法の有用性、複数の企業での横幹技術の成功事例報告と提言など、実際的なヒントが次々と豊かに供給される重要な討論が行われた。会場との質疑応答も活発で、第1回コンファレンスの問題意識を共有できたという意味からも、すばらしいものだったと思う。
今後もわが国の科学技術が、世界に通用する形で未来に向けて成長していくために、各自の専門の枠組みを越えて、共通の課題に全力を挙げて挑戦していくことが期待されている。それによってこそ、時にジレンマに苦しみながらも、新たな可能性の萌芽を含んで、わが国の科学技術が発展していくのではないだろうか。充実したコンファレンスの後に、長野の清冽な空気の清涼感と真摯な気持ちを胸に、東京行きの列車に乗車することができたのは、本当に幸いであった。関係者の皆様に、心よりの感謝を申し上げたい。
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