横幹連合ニュースレター
No.014, July 2008
<<目次>>
■巻頭メッセージ■
追い風を はらむ帆を
木村 英紀 横幹連合会長
理化学研究所
■活動紹介■
【参加レポート】
●2008年度定時総会
■参加学会の横顔■
●日本リアルオプション学会
■イベント紹介■
●第2回横幹連合シンポジウム
●これまでのイベント開催記録
■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
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横幹連合ニュースレター
No.014 July 2008
◆参加学会の横顔
毎回、横幹連合に加盟する学会をご紹介していくコーナーです。
今回は、日本リアルオプション学会をご紹介します。
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日本リアルオプション学会
ホームページ: http://www.realopn.jp/
会長 川口有一郎 氏
(早稲田大学大学院 教授)
【不確実な未来に挑戦する価値創造の戦略】 現代社会は、物中心から「情報・知識」中心の社会へと移行するなかで、不確実性や種々のリスクを扱う新しい契約のデザインや商品の開発、そしてそれらを取引できる競争市場の創出と発展を待っています。このような市場では、企業経営の諸資源が有効に還流でき、豊かな価値創造が促進されるような競争のルールづくりや、新しい資産価値概念の共有などの革新が、会計や監査の制度にも待たれているのです。
リアルオプションの視点と手法は、不確実な将来の可能性に新しい価値認識をもたらし、有用な行動指針を与えています。これまでの伝統的な経済論理では、不確実な投資には小さな価値しか認められませんでした。しかし、リスクに直面しての意思決定に正しい価値づけの仕方を示すことで、価値創造の戦略形成には新しい力が与えられます。
企業間の提携や M&Aの評価、更には公共レベルでのインフラストラクチャーの構築や、そのための PFI事業(民間の資金やノウハウによる、効率的で高質な行政サービス)の策定と遂行などにも、創造活力のある契約組織とガバナンスのデザイン(内部統制の仕組みや不正行為の防止機能)は重要なものとなっています。
また、技術開発の投資、ライセンス、契約や権利など、当面はなんら便益をもたらさないけれど、なにかのきっかけで将来において価値をもたらすかも知れない「知的財産」や「無形資産」の価値評価にも、リアルオプションは適正なモデルと手法を提示します。
日本リアルオプション学会は、理工学、経済学、経営・ファイナンスなどの知識と知恵を持ち寄り、また、研究者と実務家が、ともに啓発し相乗していく専門領域横断的な集まり(association)として、2006年に設立されました。
この学会について、会長の川口有一郎先生にお話を伺いました。
Q 私は、第17回横幹技術フォーラム(08年3月13日)に参加して、リアルオプションが、「企業の基礎研究やベンチャー的な開発など、将来の価値創造に賭けての投資戦略やリスクの判断に、柔軟な経営判断の根拠を与えるメリット」を持つことなどを学びました。特に今後の日本で、成長する可能性が高い企業の経営判断などに活用すれば、非常に有用であると強く感じています。
さて、リアルオプション学会には、多岐にわたる分野と領域の研究者、投資家、経営実務者などの方々が会員として参加しておられるようなのですが、研究発表大会のご様子などを、お聞かせ下さい。
川口会長 「リアルオプション」というのは、リスクを回避するための金融工学のオプション理論を、実物資産やプロジェクトの評価に適応させたものです。例えば、ベンチャー企業での経営戦略に活用すれば、来年度の開発や研究投資をどう進めるかといった問いに具体的な方向を指し示して、投資家や経営者を支援することができます。
当学会の会員は、ベンチャー企業ばかりではなく、大企業の経営やシンクタンクの立場からの行政サービスへの関わりなどでも、リアルオプションという視点から、価値の評価や創造、リスクへの対応と挑戦、そして戦略などの多くの問題に取り組んでおられます。
学会の大会には200名くらいの研究者、投資家、経営実務者の方々が参加されますが、企業やプロジェクトのファイナンスやリスク管理、資産価値の評価や投資戦略、更には、環境政策やスポーツファイナンスなど、非常に領域の広い研究を発表しておられます。参加者の数に比較して、発表論文は多いですね。
また、公開研究会にも毎回20名から50名の方々が参加され、今日的な面白いテーマについて活発な研究をしておられます。
Q
現在の日本経済は、サブプライム住宅ローンの影響などによって意気消沈している状況ですが、リアルオプションの観点からは、こうした状況をどのように分析していらっしゃいますでしょう。
川口会長
今の日本の経済状況についてお話してみますと、日本は、明治以来の「脱亜入欧」の思想からか、欧米の一員であるかのように勘違いしていて、被害が僅少なのにサブプライムローンの影響におびえて、元気がありません。
しかし、鏡を見れば、自分がアジアの一員であることは明らかですし、我が歴史を省みても、敗戦で何もかも失ったとき、トヨタ、ソニーのようなベンチャー企業、つまり、将来の大企業が、織物の業界や通信機の業界から生まれてきました。ベンチャー企業は、オプション(将来に何かの権利を行使して利得があること)の「かたまり」であることに着目して下さい。
更に、欧米とBRICsの諸国を比較してみましょう。欧米は、安定している社会ですから、世界的に有名な大企業が多いですけれど、その株価が、これから数百%増加するといったことは、あり得ません。他方、BRICsの諸国は、オプションの「かたまり」です。
ですから、日本は、欧米の一員という勘違いを捨てて、欧米依存の体質から転換し、積極的にアジアに関連するという戦略を、資産管理のためのポートフォリオ(金融商品の組合せ)として、これから考えるべきではないでしょうか。そうすることで、サブプライムローンから派生したデリバティブ(リスク回避のための金融派生商品)の損失も、まったく怖くはなくなるだろうと思います。
リアルオプションは、このように様々のレベルの戦略に適応することができるのです。
Q
先生の研究分野とこの学会の関わりについて、お聞かせ下さい。
川口会長 私は、もとは土木工学の出身ですが、ケンブリッジ大学の土地経済学科客員研究員、京都大学、慶應義塾大学などを経て、2004年4月から早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授として、不動産ファイナンスコースを担当しています。
数年前に、新しい実学としての「不動産金融工学」を創設しました。「いえーい」という「不動産公開検索所の実験システム」も公開しており、不動産の証券化や金融工学が専門分野です。卒業生には、映画製作に出資するベンチャーキャピタルを立ち上げた人物もおります。
学会創設に当たっては、「アカデミズムは、産業のキャッシュフローにどれだけ貢献しているか」という議論が、ひとつのきっかけとなっています。米国のMITやハーバード大学は、国のキャッシュフローに明らかな貢献しています。一方、日本の学術学会は、ドイツ、フランスなどの学会を学んでできたためか、学会と産業界の間に溝があるような気がします。しかし、現在の日本のように国が困っているときには、アカデミズムがキャッシュフローを作っても良いと思うのです。
英国でも、以前のアカデミズムは産業界への貢献に消極的だったのですが、現在ではその意識が変わりました。EUの今日の経済的な強みは、英国の大学からの産業界への貢献が大きいとされています。実は、こうしたことが生じたのは、サッチャー首相の時代に大学の予算が極端にカットされたのがきっかけで、オックスフォードやケンブリッジは自ら、研究予算の獲得に乗り出しました。その流れをブレア首相が後押しした事が、アカデミズムの意識を変えたのだと言われています。
そうしたことから考えて、この国にもアカデミズムと実際の企業経営の風通しが、もっと良い学会があっても良いのではないか、と思うようになりました。そして時代的な要請や多くの方の賛同があって、この学会は設立されたのです。
アカデミズムがキャッシュフローを作ると言っても、大学の先生方が、ベンチャー企業を立ち上げるといったことではありません。アカデミズムは、座標軸を提供すること、座標の原点を作ることがそのポジショニングで、そこから新しいオプションを創り出してゆく事ができれば、と考えています。ただし、今の学会は、その座標軸がまだ点線です。これからも、いろいろな努力が必要になると考えています。
Q
学会の今後の方向について、お聞かせください。
川口会長 リアルオプションには複雑な数理計算が伴うので、経営者の直感的な理解が得がたい、一言で言えば「(内容が)むずかしい」という課題がありますね。
コンサルタントの皆さんは、実務的に、数式なしで解説しようとするのですが、アカデミズムは、どうしてもむずかしい数式の解法に喜びを感じる、という傾向があります。学際的な領域としては、発展途上にあるとも言えるのかも知れません。
しかし、大会の発表や学会機関誌を見て頂ければ、内容の充実した研究が進められていることに気付かれると思います。間もなく、論文誌も発刊されます。そして、本学会の会員は、海外のリアルオプション学会(Annual International Conference on Real Optionsなど)でも研究を発表しています。
こうした中から、日本からの理論が本家米国のリアルオプションに貢献するということも、期待できるのではないでしょうか。国内で、お寺にこもったように修行(研究)に励むのも立派なことですが、やはり海外の学会に出ると非常に刺激を受けて、多くのことに気付くものです。海外との交流は、今後も増やしてゆきたいですね。
最後に、すこしだけ風呂敷を広げさせて頂きますが、世界では、デリバティブで取引されているお金が、5京円以上あると言われています。(国際決済銀行の報告による想定元本ベースの取引額です。)日本のGDP(国内総生産)が500兆円ですから、いかに巨額なお金であるかが、分かります。
ところで、日本が、家電製品以外に海外から高く評価されているコンテンツビジネス(アニメやゲームなど)では、たかだか100億円程度の売上についてリスクヘッジができれば製作は可能です。そこで、日本の経済に活力を取り戻すために、こうした当たりはずれのリスクが高いビジネスの経営にリアルオプションを活用して、世界の5京円と言われる資金をこの分野に呼び込むといったことも試みてはどうでしょうか。リアルオプションは経営判断のテンプレート(雛形、定型図式)を提供しますので、経営陣は安心して開発への投資を判断できることでしょう。
これからの日本を支えるベンチャー企業を、こうした側面から支えることも、リアルオプションの大きな役割ではないかと考えています。
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