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横幹連合ニュースレター
<<目次>> No.028 Feb 2012 |
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「Giorgio Quazza メダル受賞の報告」 * 横幹連合監事 (独) 理化学研究所 BSI- トヨタ連携センター センター長 木村 英紀 |
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巻頭メッセージ
Giorgio Quazza メダル受賞の報告
木村 英紀 横幹連合監事 (談)
(独) 理化学研究所 BSI-トヨタ連携センター センター長
2011年の8月に、私は IFAC(国際自動制御連盟、注1)から、Giorgio Quazzaメダルを授与されました。その受賞理由である「多変数制御、および、ロバスト制御の理論的な研究」について、その概要を説明するよう、本ニュースレターの編集室から求められましたので、ここでは、それらについて記したいと思います。
その受賞を、私が知ったのは、今から1年ばかり前のことで、IFACの理事会に出席していた時のことでした。会議室からの短時間の退席を丁寧に促され、再び招き入れられたとき、(どうやらその間に、理事会による最終の議決が行われたようでしたが)理事全員が拍手をして私を迎えて下さいました。議長から「おめでとうございます。あなたに決まりました」と握手を求められて、Giorgio Quazzaメダルの受賞を知りました。表彰式は、2011年8月、ミラノの国際会議場における IFACの第18回世界大会の会場で、大勢の出席者に祝福されながら行われました。これまでの受賞者は、欧米と豪州の制御工学者です。私で 11人目となりますが、とりわけアジアでは初めての受賞ということで、とても嬉しく感じております。
さて、この受賞は、どの業績に対して、という賞ではありませんが、やはり、IEEE学会賞を受けた84年の論文(多変数制御系に関する理論)の業績が大きく評価されたのではないかと思います。「H∞制御」(エイチインフィニティ制御、後述)は、現時点で最も包括的な制御系の設計理論ですが、この理論の元になる考え方を、初めて(マギール大学の)G.Zames教授らが提案したのは 1970年代末のことでした。以来、多くの研究者が、その設計法の実現に努力を重ねましたが、背後にある数学の問題が、制御理論家にとってだけではなく数学者にとっても未解決の問題であったために、それが実務に使われるようになったのは、80年代末のことです。この期間の、制御理論家たちの悪戦苦闘の中に、私の論文(「Robust stabilizability for a class of transfer functions」IEEE Trans. Automatic Control, Vol.29, pp.788-793, 1984)も含まれており、(自賛するのは気が引けるのですが)H∞制御のブレークスルーの一つになりました。
1960年以前に集大成された「古典制御理論」では、制御システムを入出力関係と捉えて、比例・積分・微分に基づいた(線形の)伝達関数で記述することを基本としていました。例えば、ワットの蒸気機関に付けられた調速器では、排水ポンプの回転数を一定にするために、蒸気供給の流量を出力側から入力側にフィードバックする技術が工夫されています。これは、18世紀の第4四半期のことでした。20世紀に入って、電話交換システムの中継増幅器といった「電気回路の制御」の分野などに、実用的な工学技術として線形の伝達関数による古典制御理論が活用され、大きな成果を上げました。しかしながら、高度に抽象化された理論の一方に、泥臭い作業の現場が存在するという互いに無関係な二重構造が共存することにもなり、理論が現実に合わないというギャップもまた、70年代を通じて存在していたのです。そうした状況に転機をもたらしたのが、「現代制御理論」です。
「現代制御理論」では、システムの内部に「状態」という変数を考えて、システムを、入力・状態・出力の関係を表す「状態方程式」として記述しています。このことから、システムのモデルのふるまいが曲線や多項式で表現される(つまり非線形の)、しかも多入力・多出力であるようなシステムにも、モデルに基づいた設計の行われる途が拓かれるようになりました。例えばですが、「脳科学と融合したロボット制御技術」を記述する適切な状態空間モデルを定式化することができれば、その解は、ドライバーが雪道で急ブレーキを掛けた時の自動車の安全な車体制御といった複雑な運動の制御にも使える、といったことにもなります。88年から91年にかけて、数人の学者がH∞制御についての論文を発表したことによって、現代制御理論の中でもこの領域は、特に有名になり、それ以降、最も人口密度の高いテーマとなっておりました。
H∞制御は、一般に、「制御入力」「外乱入力」「制御出力」「評価出力」の 4つの入出力を持つ汎用的な制御モデルを対象に、制御出力から制御入力に適切なフィードバックを施すことで、外乱入力から評価出力までの伝達関数のH∞ノルム(ここでの説明は略します)を小さくするという制御系設計手順を取っています。さて、私の84年の論文では、Zames教授たちがやっておられた「感度最適化問題」(注2)について、それまでほとんど注目されてこなかった「J-無損失分解」(無損失分解という解法を拡張して、その中に含まれる J成分に着目する方法)によって、極めて明瞭に、制御のモデルを導出できるように工夫しています。これが同時に、数学者にとっても未解決の問題であった「ハーディ空間」(H∞制御のHが、ハーディ空間を表します。ハーディ空間のここでの説明は、略します)の性質を明らかにした理論であったことから、私の定式化した「感度最適化」という問題の解法が、H∞制御を、制御系として非常に重要な「ロバスト安定制御」(注3)の領域にまで拡張することに貢献したのです。繰り返しての説明になりますが、私の84年の論文では、制御における感度最適化を実現するアプローチとして、ロバスト制御における不安定要因を小さくする、という逆転の発想をとったことから、明快に導かれる解法を見つけることができた、ということになります。
さて、私は今、(独)理化学研究所 BSI-トヨタ連携センターのセンター長を務めております。この施設では、脳の機構の解明による新たな技術の実現を通して社会に貢献するために、 3つの研究領域、「ニューロドライビング」(事故の原因究明)、「ニューロロボティクス」(機械と人との親和性向上)、「脳と健康」(身体やこころの健康および脳との関係等の解明)に取り組んでおり、「こころ・知能・機械系における脳科学と技術の統合」を目指しています。わが国は要素技術は強いものの、システム技術は弱い、と言われている中で、制御工学は理論が牽引する分野であり、最近では、複雑で大規模なシステムを合理的に制御するために、ますます、その重要性が高まっています。それゆえに、私はこうした新しい研究の環境で、横幹型の知の統合の代表の一つである制御工学の知見を生かし、新しい時代の実用的な工学技術を生み出したいと考えております。
(注1) | IFACは、自動制御分野の国際組織で正式名は International Federation of Automatic Control(国際自動制御連盟)。1958年に設立され、現在52カ国が加盟している。日本では、日本学術会議が加盟団体となっている。 |
(注2) | 感度最適化問題:現実のシステムの入力情報の変化を、安定して素早く、しかも、できるだけ誤差が少なくなるように追尾できるような制御モデルの作り方。 |
(注3) | ロバスト制御: そのシステムに「外乱」などの状態変動があっても、それを「抑制」して、安定した状態で制御できるような制御系を構築できる制御理論。設計の際に想定したモデルとは、実際のシステムにかかる負荷や、運転条件の変化などの外乱入力が多少異なっていた場合でも、制御性を余り損なわない安定した制御ができる。 |
<参考図書> | 木村英紀著「H∞制御」(2000年、コロナ社「現代制御シリーズ」):H∞制御理論の、初等的でしかも完全な解説書。著者が80年代の初頭にロバスト制御の研究に用いた古典的な補間理論の手法を、現代的に体系化したもので、ほぼ完全に著者のオリジナルである。「連鎖散乱表現」「共役化」などの多くの概念が重要な役割を演じており、本書の方法はH∞制御の物理的な構造を明らかにするのにもっとも適切なものであり、しかも現状では、もっとも分かりやすいものとなっている。 |