横幹連合ニュースレター
No.026 Jul 2011

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
統計科学の研究者の
横断型科学との関わり
田村 義保
横幹連合副会長
統計数理研究所副所長

■活動紹介■
●第30回横幹技術フォーラム

■参加学会の横顔■
●日本シミュレーション&ゲーミング学会

■イベント紹介■
●横幹連合緊急シンポジウム
●これまでのイベント開催記録

■ご意見・ご感想■
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横幹連合ニュースレター
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横幹連合ニュースレター

No.026 Jul 2011

◆活動紹介


【活動紹介】  第30回横幹技術フォーラム
    テーマ:「知の統合による経営の高度化に向かって~未来経営の構想と技術課題~」
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第30回横幹技術フォーラム

テーマ:「知の統合による経営の高度化に向かって~未来経営の構想と技術課題~」
日時:2011年3月22日
会場:日本教育会館(東京・神保町駅)
主催:横幹技術協議会、横幹連合
総合司会:大場允晶氏(日本大学)
講演:椿広計氏(統計数理研究所、筑波大学)、白井宏明氏(横浜国立大学)、松井正之氏(電気通信大学)
パネルディスカッション司会:舩橋誠壽氏(横幹連合 )

プログラム詳細のページはこちら

【活動紹介】

 第30回横幹技術フォーラムが、東日本大震災発生直後の 3月22日、千代田区の日本教育会館で行われた。司会は、大場允晶氏(日本大学経済学部教授)が務めた。
 まず、桑原洋横幹技術協議会会長から、挨拶があった。「この技術フォーラムのシリーズは、経営の高度化に関して、企業と学との対話を意図して進められている。経営の最終的判断は、経営者の決断に委ねられるとしても、経営判断を支援する高度な分析・予想技術の必要性は急増しており、それを研究するためのこうした技術フォーラムのシリーズは、世界にも類例がない。未来予測の学でもあることから、日本の将来を考え、広く関連するステークホルダー(利害関係者)の意見もネットなどで集約して、日本の優位性が出せるような技術を作り上げてゆきたい。今回も、著名な先生方のご講演を楽しみにしている」と発言された。

 最初に、「シナリオ経営研究計画の概要」と題して、椿広計氏(統計数理研究所副所長)から、これまでの 4回のフォーラムの内容と参考文献(注1)について、簡潔な紹介が行われた。これらの内容は、日本経営工学会を幹事学会とする「調査研究委員会」の研究活動として、継続されているという。
 今回のフォーラムでは、当調査研究委員会 の討議の中から、「シナリオ経営」と、「リアルタイム経営」に焦点を当て、報告が行われる。

(注1)椿広計「横幹技術フォーラム、シリーズ『経営の高度化に向けての知の統合』報告」、会誌「横幹」Vol.4 No.1、2010年には、これまでの 4回の詳細な記録が掲載されている。 「会誌」の頁から、無料ユーザ登録で、閲覧可。
(http://www.trafst.jp/journal/ref_journal/TRAFSTVol.4No.1contents.pdf )

 椿氏は、ここで、経営予測についての二つの考え方を述べた。一つは「予測型フォアキャスティング」で、ある一連のデータから(統計学的に)将来の予測を構想するという方法。もう一つは「バックキャスティング」で、最終的な目標がここにあるので、そこから逆算して、この段階では、ここまでやっておかなくてはならない・・・と、目標を展開してゆく方法論である。これまでの本シリーズで議論してきた、例えば、バランススコアカード(BSC)という企業業績評価システムの場合には、まずゴールの目標と、そこに至る戦略を定めて、企業経営の結果がその目標展開に対して、できるだけ乖離がない状況を作ることを目指していたので、バックキャスティングの予測を志向している。ちなみに、このあとに講演される、松井正之氏の「リアルタイムに仕掛在庫を管理する手法」は、 BSCと非常に親和性のある手法である。
 そうしたことを意識して頂き、今回講演される「シナリオ経営」と「リアルタイム経営」の夫々が、現実の企業の経営をどれだけモデル化、ゲーミング化できているか、数理的、統計学的にシミュレートできているか、ということに関心を持ってお聞き願いたい、と椿氏は述べた。

 続いて、「未来の経営を体験するためのゲーミング・シミュレータ構想」と題して、白井宏明氏(横浜国立大学)が、「ビジネスゲーム」(注2)を作成するための汎用言語の研究・開発の現状について報告した。
( ビジネスゲーム 実施風景)

(注2)「ビジネスゲーム」: 各人が自分の会社の経営者となって、先ず会社の経営方針と目標を設定し、経営計画の作成(戦略的な意思決定)を行い、資金繰りや儲かるセグメントの探索、経営資源の配分などをゲーム形式で行ってみることで、会社経営のシミュレーションを体験学習できるコンピュータゲーム。1980年代までは、ボードゲームを数人で囲む形でプレイしていたが、それ以降は、コンピュータを介して、一人または数名で、結果を競うゲームになっている。筑波大学、横浜国立大学などでは、1ラウンド約10分のビジネスゲームを、授業時間内に9ラウンドばかり実際に行っており、その体験から、受講した社会人学生が新しいビジネスゲームを作成したり、また、ビジネスゲームを作成するためのツールソフト(汎用言語)の研究・開発が積極的に行われている。

 筑波大学では、「ビジネス科学」の研究の中で、大学院の社会人学生に対して「ビジネスゲーム」(ビジネスモデリング)の授業を15年間行っており、この授業では「実験経営学」の確立を志向しつつ、経営に資するゲーミング・シミュレータの設計開発を進めているという。プロトタイプは、1997年から作り始めそうだ。社会人大学院生に、自分の会社の経営モデルを作って貰うことを理想としているのだが、自社におけるビジネスの要素と要素との関係が、個々の社員には、ほとんど把握できていないために、社員(学生)自身には、なかなか設計ができないそうだ。しかし、そこに他社の社員が参加することで、気づかなかった関係に考えが及び、そこそこ良いものができるのだという。
 あるカメラ会社の社員は、一般的には高級機種や中級機種のカメラの研究開発によって先行者利益を得ているこの業界で、要素開発に投資しておくと、個別の高級・中級機種が値崩れを起こしたときに、普及機が開発できて利益が確保できる、という自身の体験があったので、それをシナリオに組み込んだビジネスゲームを開発したという。また、通常は1対多でプレイされるビジネスゲームを、そのうちの二人が相談して行うとパフォーマンスがどれだけ変わるか、であるとか、コンビニが品物をベンダーに注文するときに、プレイヤーどうしが小さなサプライチェーンを作るとパフォーマンスがどう変わるかなど、途中で戦略やパラメータを細かく変えてゲームを行うこともあるという。
 面白い結果が出たのは、例えば、秋田近海の「はたはた漁」についてのビジネスゲームで、あるときの乱獲で、数年間獲れなくなったという実例をゲームのシナリオに入れておいたところ、最高 2万トンまで獲ろうと思えば獲れた個々のプレイヤーが、突然、資源量がゼロになりました、というメッセージに為すすべ失って、やがて自然発生的に漁業協同組合の設立を他のプレイヤーに持ちかけるなどして、どのくらいの漁獲量におさえれば、資源量ゼロを回避できるかを計算し、(自社努力だけで問題を解決しようとするのではなく、直接他のプレイヤーに呼びかけることで)組合で相談して漁獲量を調整する、という経営判断を行うようになるのだという。
 このように、ビジネスゲームでは、ゲームの途中でモデルやパラメータの設定を自由に変更(シミュレート)することによって、経営に関する理解が深まることから、筑波大では、そうしたビジネスゲームを開発するための「汎用言語」を開発して、75の大学で実際に授業に使われているのだという。
 当研究委員会としては、経営者の意思決定に的を絞った「ビジネスゲーム」を、MBAの学生などに手伝って貰いながら、5年くらいを想定して開発し、普及させることを考えているという。使ってみると効果がある、ということは理解されて来ているのだが、適当な開発ツールがない事で普及していないという状況を改善するためである。アルファ版やベータ版が完成した際には、皆様ぜひ使ってみて頂きたいと、白井氏は講演を締めくくった。
 なお、筑波大学では、鈴木久敏氏、猿渡康文氏、そして、同大出身の白井宏明氏(横浜国大)がこの授業を担当されているという。

 三番目には「リアルタイム経営と流動面管理法開発」と題して、松井正之氏(電気通信大学)が講演を行った。松井氏の「企業の価値評価システム」の解説と挿図が、既に会誌「横幹」Vol.4 No.1、2010年、に掲載されているので、ご覧になった方も多いだろう。企業の活動(パフォーマンス)や企業価値を、「リアルタイム」に正しく評価するためのひとつの視点として、企業の在庫に着目するという、この経営の高度化手法については、椿氏が高く評価された。

図
 
 <図>(出典:松井など「経営高度化のための知の統合を目指して」
http://www.trafst.jp/journal/ref_journal/TRAFSTVol.4No.1contents.pdfより)

 今回は、松井氏の創案された「適正在庫についての(リアルタイムの)流動数管理」について、同氏が講演を行った。上の<図>では、企業を、マクロ経済的に「入出力の資産流動システム」と捉えているという。
 具体的には、縦軸の、累積流入量(m)と累積流出量(d)の差が、「現在の在庫量」を表している。横軸の、mとdの差は「在庫保管期間」である。例えば、新聞売り子は、在庫が基準在庫量を上回ると、過剰在庫になって売り残すし、保管費も余計に掛かる。また、下回るとせっかくの顧客を逃がしてしまう。ここで、適切な次回の発注量を見つけたいところなのだが、発注から入庫までにリードタイムが掛かることにも考慮が必要である。そこで、「企業資産の流動数を面として捉える松井の式」(ここでは解説を省略する)を用いて、次回の発注量を算出してみたところ、先行研究に比べて、在庫の平均削減率が、かなり改善したという。
 これは、経営工学分野で知られている流動数図法による管理法を発展的に企業体に適用して、在庫の流入=供給量と、流出=市場における商品の需要量、から、その企業の適正在庫を求め、これをリアルタイムに監視して、企業の経営戦略の決定や、企業評価に用いようとする考え方である。松井氏らが特許を取得しており、国際的にも注目されているそうだ。
http://jstore.jst.go.jp/PDFView.html?type=nationalPatent&id=21142&property=openPdf
 この図表の現在の数値を、例えば、社長室に「飛行機のコックピット」のように表示をしておき、いわば企業の「速度計」として活用しようとする計画が、横幹連合の当研究委員会の計画の一部として行われている。
 (経営のための「コックピット」には、ある経済的需給と、その利益を最大化するという経営戦略に基づいた、生産センターにおける費用と販売センターにおける利得のペア要素をもつ、ペア行列を定義・導入した表示が行われることになる。各ペア要素に、そのときの利益、価格、バッファ、リードタイムなどを加えたペア行列表=ペア戦略マップ、が作成できるので、このときリアルタイムの適正在庫の流動数をソフトで処理することができて、コックピット上のペア戦略マップ上に現状位置を要約して示すことが可能になれば、今どのような経営行動を行えばよいのか、対策を急ぐべきなのか、のんびりできるのかといった経営のプロセスを、「リアルタイム」に経営者に提示できるはずだ、という。)
 この手法をシミュレーションしているときに、従来の需要予測の数値を(良かれと思って)加えてみたところ、却って結果が悪くなったことがあって、この手法に自信を得たことがあったそうだ。

 最後に、講師全員による「パネルディスカッション」が行われた。パネルの司会は、舩橋誠壽事務局長が担当した。
   今回で 5回目を迎える技術フォーラム「『経営の高度化に向けての知の統合』シリーズ」は、産から提起された経営高度化への課題に、学が答える、という対話を意図して進められている。2009年12月に、横幹技術協議会の経営ワーキンググループから提起された課題は、
1)日本の経営に資するビジネスシミュレータの開発。これまでの、単なる直感や他動による経営を改め、近未来の市場、競合状態、顧客の姿を予見できるものが欲しい。
2)最適化・リアルタイム化された経営シミュレーションなどが可能になる、デジタル武装の検討。
3)その他(今回は講演されなかったが、グローバル企業としての最適化、税制矛盾、新しいコミュニケーション様式など)
であった。これらに関するいくつかの質問が、横幹技術協議会の椿茂実氏(クエスト社)と、舩橋事務局長から投げられた。

 講師からの回答は、先ずビジネスゲームに関しては、次のようなものであった。

1)未来予測(近未来の市場、競合状態、顧客の姿を予見できること)が、例えば具体的な、何年後の市場を予測する、という内容のものであれば、「ビジネスゲーム」は、それを見つけるためのものではないだろう。以前、コンサルティング会社が制作した、ものすごく多量のインプットを必要とし、多量のアウトプットの財務諸表を吐き出すというビジネスゲームの実習を見学したが、3日間実習しても要点が掴めないような内容だった。ビジネスゲームには、デフォルメが必要で、「現実と同じモデルを経験しなければ実習効果がない」と思いこむのは、迷信である。また、そもそも情報の精度が、あまり精緻ではないというときに綿密なモデルを作ることも、数理的におかしい。
従って、近未来を想定して、どういう行動をしたら企業が適正な利益を挙げられるのか、また、世界全体にとって良い結果が得られるのかといったことについては、いろんなシナリオを作って体験してみて、その結果から、こういう意思決定をすることが一番良いだろう、と考えるしかないのではないか、と講師陣は答えた。

 また、リアルタイム化された経営シミュレーションなどのデジタル武装については、

2)当研究委員会が、経営高度化の議論の中でリアルオプション(注3)などを選択して検討してきたことの背景には、未来予測ということには、完全な制御性はないけれど、それなりの未来に対する選択肢が不確実ながらあって、そういうものの数理的な構造にひかれたことに間違いはない。ところで、今までとは全く異なる、予想もしなかった状況が何年後かに現実に現れた、といった場合に、その混乱の中で適切に対応するためには、経営の速度とか方向について、いかに早く知って対処するかが重要になってくるだろう。まさに、松井氏の言う「コックピットに経営の速度計を表示する」ような具合に、瞬間的な経営パフォーマンスの微分系を導く計測概念、パフォーマンスメジャー構想が、情報氾濫の中で、必要な情報とそうでない情報というものを峻別するためにも重要な研究になってくると考えられる、と講師陣は答えた。

(注3)「リアルオプション」:不確実性の高い事業環境下において、企業の経営やプロジェクトが保持している、意思決定の選択肢や自由度のこと。意思決定者の近未来における意思決定や企業の行動変更によって創出されることになるキャッシュフローを原資産としたオプション(選択可能性)で、投資を継続するか撤退(あるいは縮小)するかを投資初期の段階から織り込んで、投資収益計算を行うという経営手法。

 ただし、そうした経営シナリオも、たかだか人間が考えている、ということが問題であって、イノベーションもふくめて、いかに人間の発想をさらに励起するか、発想科学的な方法論での支援も充分受けなくてはいけないのではないか、ということも、講師陣はつくづく感じているという。経営者の発想をさらに励起する訓練であるとか、オフィスの環境デザインを創発力を高めるように研究している民間の会社がある、といったことは、これまでの活動を通じて聞こえて来てはいるのだが、そうした発想科学的な方法論については、学の世界では限定的な研究しか行われておらず、少なくとも当研究委員会には、そのような特性を持つ委員がいるわけではないという問題はある、とも講師陣は答えた。
 最後に、当研究委員会の主査である松井氏から、5年くらいを掛けて、こうしたデジタル武装の経営支援システムを開発したいとの締めくくりの発言が行われた。交通事情の悪い中、参集された参加者に謝意が示され、フォーラムは閉会した。

 (本文・注釈の文責:編集室)   

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