横幹連合ニュースレター
No.020, Jan 2010
<<目次>>
■巻頭メッセージ■
分野の枠を超えて
原山 優子
横幹連合副会長
東北大学
■活動紹介■
【参加レポート】
●第3回横幹コンファレンス
■参加学会の横顔■
●日本バイオメカニクス学会
●日本経営システム学会
■イベント紹介■
●第24回横幹技術フォーラム
●これまでのイベント開催記録
■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
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横幹連合ニュースレター
No.020 Jan 2010
◆活動紹介
●
【参加レポート】
第3回横幹連合コンファレンス
テーマ:「コトつくりの可視化」
~40学会がみちのく・東北に集う合同コンファレンス~
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第3回横幹連合コンファレンス
テーマ:「コトつくりの可視化」
〜40学会がみちのく・東北に集う合同コンファレンス〜
日時:2009年12月3日、4日、5日
会場:東北大学 片平さくらホール
主催:横幹連合
共催:横幹技術協議会
実行委員長:出口光一郎氏(東北大学)
総務・会計委員長:帯川利久氏(東京大学)
プログラム委員長:能勢豊一氏(大阪工業大学)
プログラム詳細のページはこちら
【参加レポート】
松浦執氏(東京学芸大学、形の科学会)
隔年に開催されている横幹連合コンファレンスも3回目を迎え、すでに定着期と言えるだろう。今回の第3回コンファレンス(実行委員長出口光一郎氏)は、2009年12月3日から5日までの3日間、穏やかな気候のなか、東北大学片平キャンパスにて行われた。今回掲げられた「コトつくりの可視化」というテーマは、横断型の基幹科学技術を、構想することから行動すること、そしてその成果を社会に定着させることへとつなげる現在のフェーズに、とてもふさわしい。哲学者である野家啓一氏(東北大学文学部教授)は、本コンファレンスの特別講演(後述する)の中で、モノとモノとをつなぐ<あいだ>にコトがある、そしてその場所にこそ「モノの存在条件」があると説いた。「コトつくりを可視化すること」は、横幹連合にとっての重要な課題であると言えるだろう。また、このコンファレンスに合わせて開かれた会長懇談会では、「第4期科学技術基本計画への提言」が採択されている。その提言でも、新統合領域の立ち上げやオープンなプラットフォームを協働現場とすることなど、コトつくりの、より明瞭なプレゼンスが目指されている。
なお、報告者の研究分野が知能情報学や初等物理学のe-Learning(オンライン学習)システムの開発であることから、本報告では主に1、2日目のセッションから、報告者が関心を持ったものと、登壇したものについて報告する。
初日は、「新しい人づくりの動向」の後半と、「高等教育機関における人材のコンピテンシー育成とその評価」に参加した。
「新しい人づくりの動向」セッション(司会宇井徹雄氏)では、以下の講演を聴講した。野渡正博氏は、主に製造業のIndustrial Teamwork Dynamicsに関して、集団の生産性や効率が、人と人のつながりの性質に影響を受けることを指摘し、詳細な調査方法とその結果を示された。次の弘中史子氏は、中小企業における技術者育成のあり方として、複眼的技術者を育成することの重要性について議論された。すなわち、イノベーションには、多様な分野の知識・技術の組み合わせが必要であり、そのためには複数の分野を理解できる複眼的技術者が複数人いたほうが良いとのことであった。それにより、ちょうどのりしろで互いに連結し合って裂け目が無い状態で、領域全体を重複してカバーできるようになる。また、そのような人材を育成するには、現場の問題のすりあわせによる解決体験が必要であるという。これは、高等教育にとっても認識すべき問題だろう。さらに、皆川健多郎氏は、産学連携による製造人材の育成に例をとって、複眼的思考を身につけるためには個別的なものを学ぶことで視野が拡がる、ということを指摘された。横断的、複眼的な人材を育成するには、一般教育で視野を拡げようとするより、現場体験や実際の技術の個別演習といった体験型問題解決学習が不可欠なのだろうか。
これに続く、「高等教育機関における人材のコンピテンシー育成とその評価」セッション(司会本多敏氏)は、デザイン教育を共通軸とした講演で構成されていた。コンピテンシーは、期待される業績を達成し続けている人材に備わる、行動傾向や思考特性を意味する。さて、現在のデザインの教育現場では、学習者も技術的環境も多様化している。これをうけて松岡由幸氏は、学習者個別の得意な技術を自由に使わせながらも、分析-発想-評価のサイクルを自力で実行できる実力を身につける教育の重要さを強調された。次の佐藤之彦氏は、電気電子工学分野におけるエンジニアリングデザイン教育の実施例として、専門教育に先立ってデザインの全体像を把握させることの重要性を示された。また、他の大学の学生と組んだコラボレーションを行って効果のあったことも紹介された。さらに、原田昭氏は、デザイン分野と看護分野の学生を連携させてサービスを設計させる「横断型連携教育」における連携演習の実践例を示した。原田氏は、サービス設計には地域性や産業構成を分析するプロセスが不可欠であることを指摘し、この演習によって異分野との協力が苦にならない学生が系統的に育っていることを示された。本セッション最後の倉林大輔氏は、「創造設計-ロボコンを超えて-」と題して、一般的な知識やテクニカルスキルの教育ではない系統的な創造設計教育の事例として、モノに触れ、自ら手を動かして加工するロボコン型のカリキュラム構成とその活動を紹介した。その過程では国際デザインコンテストへの応募が行われ、国際交流も行われているそうだ。倉林氏は、一授業単位では収まらないこのカリキュラムの実行過程において、自由と規律をバランスさせることが大切であると指摘された。また倉林氏は、現在はまだ高い業績を挙げていない人物に「コンピテンシー」を身につけさせる方法が、まだ確立されていないことを特に指摘し、それをこの教育のゴールとされているようである。コンピテンシーは、従来の教育の枠組みでは評価が難しいが、社会的に重要な行動特性であり、近年では高等教育の主要テーマの一つとして認識されるに至っているという。
2日目のセッションでは、「感性と価値創造」と「エンタテインメントの横断型科学技術」に参加した。
「感性と価値創造」(司会庄司裕子氏)では、最初に大倉典子氏から、かわいい人工物の系統的研究と題して、感性価値としてのKawaiiの概念が系統的に紹介された。Kawaiiは、Animeなどと並んで、既に国際語になっており、日本人の多くが知らないうちにデザインやアートとして国際的に愛されるに至っている。今後は、ロジックや動きに関しても、Kawaiiという感性評価が国際的にも確立するのかもしれない。従って、Kawaiiに関連する事業は、日本の輸出力強化にもつながり得るということが示唆された。次の橋爪絢子氏は、高齢化社会と感性コミュニケーションと題して、人間がコミュニケーションに心地よさを感じるには「共感」が必要で、そこでは非言語化領域のコミュニケーションが重要な要素になることを指摘された。特に、高齢化社会では、高齢者にとっての非言語化領域コミュニケーションに十分な配慮をする必要があるという。続けて山中敏正氏は、感性価値創造プロセスとしてのデザインと題して、学際的コミュニケーションシステムの概念設計を示し、知識的な基盤が異なるために「分かり方」を異にする構成員どうしが、形式知を暗黙知に転移させて直感的に「わかった」と思い合える感性的な場の設計について議論された。本セッション最後の庄司裕子氏は、マンネリ感のモデル化に関する研究と題して、あるパターンの繰り返しが人の感性に与えるマンネリ感(飽き)の推移のシミュレーションを提示した。この感性科学は、お弁当の献立の作り方などに応用することができ、好きな食材を繰り返しても飽きさせないためのアプローチが議論された。これは毎日の献立作りに悩む人には、その重要性が良く分かる事例だろう。セッションの全体を通して、感性価値が定量化されることによって広範な分野を横断した価値創造設計が可能になる、というコトつくりの可視化が行われた。
「エンタテインメントの横断型科学技術」(司会武田博直氏、星野准一氏)では、人に関わるさまざまな分野が、人の喜びや楽しみと関わるが故に、エンタテインメントという横断的概念によって統合される可能性が示唆された。星野准一氏は、総論として、人類が古くから持つエンタテインメントの概念に現代の多様な知識と技術が注入されたことが、人類の創造性の拡大に大きく関わっていることを示された。次の中津良平氏(松原仁氏代演)は、IFIP(情報処理国際連合)の中にEntertainment Computing TC(Technical committee、実務委員会)が確立された過程などを報告され、日本がこの分野でリードする存在となる可能性を示唆された。続けて松原仁氏は、ロボットのチームが人間のサッカーのルールに従ってサッカー競技を行う「ロボカップ」について報告された。ロボカップは、ロボット工学と人工知能の融合として発展し、現在では見て楽しむエンタテインメントとして数万人の一般来場客を集めるイベントとして定着するに至っている。その意義と将来の可能性が、報告された。さらに、村上史明氏は、メディアアートにおけるアートとテクノロジーの融合について報告された。メディアアートは、人間の五感と相互作用するアートとして、特別な教養を要さずに伝達が可能であることが一つの特徴である。それゆえ、形成初期からエンタテインメントとの関わりを強くしてきた。本セッション1の最後として嵯峨智氏は、ハプティック(触覚)とエンタテインメントとの係わりをバーチャルリアリティ(VR)の分野から広く取り上げて、触覚や皮膚感覚を用いたインタラクティブ性を可能にする種々な次世代型インタフェースの開発について紹介された。そして、このようなインタフェースが今後のエンタテインメントの世界に不可欠な要素となるであろうことを、示唆された。
短い休息をはさんで、本セッション2の最初に登壇された椎塚久雄氏は、感性科学とエンタテインメントについて、歴史家ホイジンガの著書などを引用して根源的な議論を展開された。周知の通り、ギリシャ科学は、それに先行する「遊び」という概念の直接の成果として(遊具の兄弟のような立場で)誕生している。椎塚氏は、エンタテインメントを、人の感性にはたらきかけて感動を与える仕組みと捉え、感性科学の枠組みでこれを捉える可能性を議論された。椎塚氏は直接言及されなかったが、「哲学」(Philosophy)が「学問が好きっ!」というギリシャ語に由来する言葉であることも講演中に思い出された。次の庄司裕子氏は、感性科学の枠組みでエンタテインメントを捉える具体例として、ロールプレイングゲームの構成にマンネリ感のモデルを適用して、やり続けても飽きないゲームが設計できる可能性を示唆された。また、白鳥和人氏は、ウェルネスとエンタテインメントと題して、健康を増進し人を生き生きさせるウェルネスの技術とエンタテインメントの深い関係を議論された。ここでは、両者を融合したウェルネスエンタテインメントの概念と、その技術も提示されている。さらに、千原國宏氏は、対人関係のゆがみで心身に不調をきたした人を回復させるダンスセラピーを、VR技術を用いた深い没入感の高臨場感エンタテインメント環境に実装する方法について議論された。可視化情報学や画像情報処理の領域での、千原氏の幅広い業績を展開した新しい試みであろう。筆者(松浦執)も、本セッションの最後に登壇して、「トピックマップ」で駆動するインフォーマル学習のオンラインシステムに、エンタテインメント性のあるインタフェースを付加して独習意欲を高める可能性について示唆した。トピックマップを使えば、人間が認識する具体的または抽象的な主題や概念(トピック)について、階層表示してトピック間の関係を示し、個々のトピックに関連した情報リソースへのリンク(出現)を分かりやすく可視化することができる。
さて、2日目に行われた野家啓一氏による、特別講演「<場所>と<あいだ>:知の統合への哲学的アプローチ」では、「局所最適化」としての分析的思考に対置される「全体最適化」を指向する統合的思考、すなわち(平易な言葉に直すと)モノとモノをつなぐ<あいだ>としてのコトの、モノに対する優位性が、詳しく議論された。ガリレオを中心とする17世紀の科学革命から、デカルト、パスカル、ヴィーゴ、ゲーテへと続く「知の系譜」をたどりながら、科学技術と「共通感覚」にまつわる哲学の展開が、この講演で幅広く示された。
モノとコトとについては、モノは「形があって手に触れることができ、推移変動の観念を含まないもの」、コトは「人と人、人と物との間の関わり合いによるもので、時間的に推移変動するもの」である。アリストテレスでは、常に主語となって述語にならないもの、主体が重視された。しかし、これに対して西田幾多郎は、常に述語となって主語とならない「コト」の先行性を提唱し、それが世界の基盤となることを強調している。コトつくりの方法論を当初から重要なテーマとして議論してきた横幹連合にとって、本特別講演は、横幹科学技術における知の統合の哲学的基盤の議論として大きな示唆を与えるものであった。
今回のコンファレンスの全体を通して、コンピテンシー、感性価値、エンタテインメントをはじめ、諸分野を橋渡しする概念が、より明瞭になってきていると言えよう。本コンファレンスをきっかけとして、諸分野連携の実現例が成果として現出する可能性は充分にあり、それを期待している。このように、交流、連携の始まりの場としてコンファレンスが機能することは、横幹連合にとって非常に望ましいものである。それはまた、連合の活動への参加動機を高めることにもなるだろう。
そうした意味から考えると、コンファレンスの場では、講演時間外にも十分な交流のできる構成が望ましい。また、少し規模を絞って、セッションテーマをうまく組み合わせることで、横幹的なアプローチがもっと鮮明になる可能性もあるように思われた。すなわち、これまでのように大規模にコンファレンスを開催して参加学会の会員が一堂に会することを目指す、という方法もあるのだが、会期の日数は同程度で、テーマを分けながら開催し、できるだけセッショントラック数を2つ以下に抑えて、休憩や討論時間を増やすようにした大会を、年間2回程度行うという方法もあるのではないだろうか。なお、筆者の所属する「形の科学会」では、大会を1トラックで行って、大きな成果を挙げていることを付言する。
非常に魅力的な講演が多く、もっと多くの講演を聴きたかったと感じた、第3回のコンファレンスであった。
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