【協力】 庄子幹雄様(NPO「環境立国」) 山田貴博先生(横浜国立大学大学院) 斉木裕子様(日本計算工学会事務局) 横幹連合 広報・出版委員会 * * * ■横幹連合 ニュースレター編集室■ 武田博直室長(セガ、日本バーチャルリアリティ学会) 高橋正人委員(情報通信研究機構、計測自動制御学会) 小山慎哉委員(函館工業高等専門学校、日本バーチャルリアリティ学会) 鈴木一史委員(放送大学、日本感性工学会) 河村 隆委員(信州大学、日本ロボット学会) ■ウェブ頁レイアウト■ 木野泰伸委員(筑波大学、プロジェクトマネジメント学会) |
横幹連合ニュースレター
<<目次>> No.023 Oct 2010 |
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巻頭メッセージ |
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「経営高度化再考」 * 横幹連合理事 統計数理研究所副所長・同リスク解析戦略研究センター長、応用統計学会長 |
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◆第29回横幹技術フォーラム ◆これまでのイベント開催記録 |
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巻頭メッセージ
経営高度化再考
椿 広計 横幹連合理事
統計数理研究所副所長・同リスク解析戦略研究センター長、応用統計学会長
応用統計家の習性として、思えば院生以来、文理医・産官学の様々な方々と横断的な付き合いをしてきた。職場も、工学、数学、ビジネススクール、研究所と、約10年周期でぐるぐると回っている。ところで、この6~7年の間は、「社会価値の選択」、「価値実現システムの選択」、「システム上での価値最適化」、「価値の社会注入」という「情報循環の設計科学」(注1)を、リスク科学・サービス科学などの分野に適用することや、更には、「情報循環」の枠組みを国際標準化するためのISO委員会の設置などに携わることになった。それで、統計学の研究は休業状態になっている。
この「情報循環」という概念に凝りだした由縁は、横幹連合の創設当時に、吉田民人先生の「社会のための科学」、すなわち「設計科学」の解釈を、木村英紀先生をリーダーに日本学術会議で1年にわたり検討したことがあって、ここにおつきあいをしてからである(注2)。我々統計家は、近代統計的方法は「科学の文法」の支援技法として構想(注3)されたことを強く意識してきた。設計科学にも、その合理的プロセスとしての「文法」を構想することが可能で、吉川弘之先生が提唱され、吉田民人先生が内容を深めた「情報循環」を、より具体化すれば良いのではないか、といったことを、木村先生の主催する委員会活動の中で考え始めていたのである。というわけで、横幹連合で2年前に、経営シミュレータ設計を目指す「知の統合による経営高度化」というプロジェクトが走り出して、何の因果からか巻き込まれたときにも、個人的には、設計科学の文法を考える良いチャンスのように思えたのだ。
既に、横幹ニュースレターでも本プロジェクトの発足当時に、横幹技術フォーラムの講演録を掲載した(注4)。
しかし、先ずここでは、今年度より日本経営工学会を幹事学会として、「経営高度化のための知の統合」調査研究会(主査:松井正之電気通信大学教授)が発足していることを、報告しなければならない。本委員会では、横幹協議会のメンバーや、横幹技術フォーラムの講演者を中心とするメンバー(すなわち、経営情報学会、日本リアルオプション学会、応用統計学会、そして、経営系学会の研究者たち)が定期的に議論を重ねている。
更に、横幹連合の中でのこれまでの議論を踏まえた、横幹連合臨時総会(本年9月)での議決として、横幹連合の会員学会が連携して「シナリオ経営」や「リアルタイム経営」を含む課題解決に取り組む、学会連携取組み(主査:松井正之氏)が発足することとなった。私は当面、「シナリオ経営」という課題の分科会を担当することになっている。実際、この分科会の議論でも、改めて色々なことを考えさせられている。
さて、本年9月に行われた第3回横幹総合シンポジウムでは、上記委員会が、「経営高度化の最前線」のセッションを企画した(注5)。
このセッションでは、本プロジェクトを初期の段階から支えてこられた、筑波大学の鈴木久敏副学長が、企業の個々の活動要素を「入出力関係を明示したシステム」と表現し、多数のモジュールを組み合わせて企業活動を表現することの重要性を強調するとともに、このように構成されたシステムの中でも、意思決定には最終的に人間が介在することの必然性を説かれた。鈴木先生は、それをゲームとして定式化する「ビジネスモデリング」を研究して来られ、多様なビジネスゲームを生成する枠組みをこれまでに開発されてきたが、これらを経営大学院の授業で活用した経験についても語られた。ちなみに、昨年度の横幹技術フォーラムで、伊藤和憲教授(専修大学)がバランスト・スコアカード(BSC、注6)について主張したことや、角埜恭央教授(東京工科大学)が、ソフトウェア産業のアウトプット力の源泉の構造分析(シリーズ第1回、注4)で主張したのも、基本的には、企業マネジメントや戦略をシステムとして表現することの重要性であった。鈴木氏の講演や、昨年度の横幹技術フォーラム、そして、最近行われた「シナリオ経営」分科会での様々な先生方との議論を、小生なりに統合してみると、「経営シミュレータ」と、当初我々が呼んでいたものは、次のようなコンセプトではないかと思うに至った。
1) 軍事戦略・戦術の検討の支援のために、古来、ビジネスゲーム同様の論理を包含する図上演習が行われてきた。現在は、この種の図上演習は、計算機の支援を受けたシミュレーション的ゲーミングに変わっていると予想される。経営戦略や局地戦(プロジェクト)においても、鈴木先生が開発されてきたような、この種のツールが有用である。
2) 基本的に、経営には、2つの側面があるのではないか。すなわち、鈴木氏が提示した様々な組織の様々な入出力パフォーマンスと他組織との関係性を規定する「システム・アスペクト」と、昨年度の第19回横幹技術フォーラム(シリーズ第2回、注4)で刈屋武昭教授(明治大学)が、「戦略」として定義した具体的な経営活動の「シナリオ・アスペクト」である。全ての組織は、「システム、シナリオ、他組織(自社内組織あるいは他組織)との関係性」を記述したモジュール、ないしは、エージエントとして表現されるべきである。
今、「経営シミュレータ」を曲がりなりにも実現するには、この「システム」を表現する知と、「シナリオ」を表現する知が、有機的に結合されることが必要である。
3) システムやシナリオの実際のパフォーマンスは、「競合他社におけるシステムやシナリオのパフォーマンス」、「市場環境の影響」、「市場とのコミュニケーションの影響」などを、強く受ける。
現在、私たちの会合では、中岡英隆教授(首都大学東京)の提唱で、「シナリオプラニング」の重要性、すなわち、
・ シナリオの変革に関わる予兆についてのアンテナの張り方、
・ 統計情報とは別の意味での、極めて小さな確率でシナリオの遷移が生じる場合の情報集、特に「ディープな現場情報」の意義、
などの、チャレンジングな議論も起こりつつある。当初に予想していた「情報循環の設計」を超える、システム科学全般に関わる大きな議論に成長してしまったことでは新鮮な驚きも感じているのだが、その一方では、一統計家としては聊(いささ)かの不安もあるところだ。
ともあれ、横幹連合臨時総会決議を梃子に、横幹連合がまさに知を結集して、コトに当たれればと期待しているところである。
本プロジェクトへの横幹連合会員学会の一層の協力を、ぜひお願いしたい。
(注1) 「設計科学」(あるべきものの探求、science for society、社会のための学術)は、「認識科学」(あるものの探求、science for science、知の営みとしての学術)と対比され、両者は、俯瞰的研究・独創的研究によって統合される。なお、注2も参照されたい。 また、「情報循環の設計科学」については、注3を参照。(注釈の文責編集室、以下同じ) (注2) 日本学術会議、第18期報告「新しい学術の体系-社会のための学術と文理の融合-」(運営審議会附置「新しい学術の体系委員会」活動報告、2003年6月)では、「社会のための学術」(science for society)の必要性を訴え、その科学論的な位置づけが議論された。ここでは、吉川弘之氏の着想された「持続可能な社会を実現するための科学による情報循環」の概念が、深く議論されている。この委員長を、吉田民人氏(第18期日本学術会議副会長)が務めた。 第19期日本学術会議、学術の在り方常置委員会、新しい学術の体系と横幹科学分科会では、委員長を木村英紀氏が務められ、上記18期報告の問題提起に「横断的基幹科学」の観点を付加させて、議論の進化を試みた。この中で、18期の議論の一部を、あるべきものの探求」を目指した「設計科学」を確立する構想であると整理して、18期の報告(181頁)を5頁と2図に、とても分かり易くまとめた。
( http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-18-t995-60-2.pdf )
椿氏は、19期分科会でのオブザーバーを務めた。このとき、「認識科学」分野同様に「設計科学」の分野でも「科学の文法」(注3参照)を構築するため、「情報循環」の議論を、より具体化するという着想を得た。(椿〔2007〕) なお、19期分科会の報告は、「新しい学術の在り方-真のscience for society を求めて-」(2005年8月29日)として、まとめられている。( http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-19-t1032-11.pdf )(注3) 近代統計的方法の体系化は、19世紀末から20世紀初頭の英国で突如として発展した。その契機は、フランシス・ゴルトンの統計科学構築の号令である。彼は、「統計科学の目指すところは、大規模な関連する事実の集合情報を、議論に適した簡潔な表現に集約する方法を発見すること」との位置づけを行った。この提唱(1883年)は、今日でも全く古びていない。 ゴルトンの号令に応え、後継者にもなったのがカール・ピアソンで、主著「科学の文法」(1892年)において、彼は統計科学体系の意図的なデザインを開始し、計量的認識科学を構築する基本プロセスを確立した。すなわち、科学はその対象が科学的であるから科学となるのではなく、そのプロセスが特定の方法に従っているからこそ、科学足りうるのだ。すなわち、「事実の周到かつ精確な分類と、これらの事実間の相関関係の観察」「この観察を基に、想像力を発揮し、有用な科学的法則を現象に付与」「この法則が妥当性を持つか否かの検証」が、そのプロセスである。こうして、ピアソンは「科学の適用範囲は知識のあらゆる部門に及ぶ」とした。事実、彼は、統計学で「積率相関係数」「ピアソンのカイ二乗検定」などの大きな業績を挙げるが、同時に優生学(計量生物学)の教授も務めた。そして、「応用数学によって、抽象的科学と物質科学は融合し、生物物理学の構築によって、物質科学と生物科学は融合する」と、今日にもつながる認識科学の方向性を予想してもいる。彼が世界初の統計学科をロンドン大学に創設(1911年)したのを契機に、主要な大学では統計学科の存在することが当たり前となった。 「科学の文法」に非常に大きな影響を受けた一人が留学中の夏目金之助で、倫敦の地で彼は、計量文芸学(文学における普遍的悦楽と刹那的悦楽の非線形最適化などを問う)の科学を創生するという決意を、表明している。 さて、ピアソンの「科学の文法」が示したのは、認識科学における鮮やかな基本デザインのプロセスであったが、まだ着手され始めたばかりの「設計科学」の領域では、問題解決型プロセスの初期モデルとして、どのようなものを示すことができるのだろう。椿氏らは、「情報循環の設計科学」が、その基本デザインを提供するのではないかと考えている。
 
「社会価値の選択」:目的としている社会に、どのような価値が必要なのかを選択する。
「価値実現システムの選択」:選択された価値を最適化する、技術モデルを提示する。
「システム上での価値最適化」:技術モデル上での価値の最適化のために、数理的最適化、実験的最適化、シミュレーションなどが行われる。
「価値の社会注入」:目標とする社会に近い、実現された社会を再構築する。・・・
以上は主に、椿〔2007〕を要約した。この続きは、ぜひダウンロードしてお読み頂きたい。(注4) 「シリーズ:経営の高度化に向けての知の統合」(全4回)の全体を総括した椿氏による報告は、椿〔2010〕に掲載された。また、第1回の、椿氏による詳細な講演録は、横幹ニュースレターNo.017 Apr. 2009 「活動紹介」に掲載されている。
( http://www.trafst.jp/nl/017/report.html ) ・ 「シリーズ第1回、企業パフォーマンスを評価する」(第18回横幹技術フォーラム、2009年 1月7日)。 ・ 「シリーズ第2回、エンタープライズリスクマネジメント(ERM)」(第19回横幹技術フォーラム、2009年3月30日、参加報告 http://www.trafst.jp/nl/018/report.html ) ・ 「シリーズ第3回、BSC(バランスト・スコアカード)の現状と課題」(第21回横幹技術フォーラム、2009年7月31日) ・ 「シリーズ第4回、経営シミュレータとその課題」(第22回横幹技術フォーラム、2009年10月1日)(注5) 第3回横幹連合総合シンポジウム【セッションF】「経営高度化の最前線」(2010年9月6日) オーガナイザ:松井正之氏(電気通信大学)、伊呂原隆氏(上智大学) (1) 新(真)グローバルオペレーション時代におけるSCMの課題 / 船木謙一氏(㈱日立製作所 生産技術研究所)) (2) 経営高度化における横幹連合の取り組み / 椿広計氏(統計数理研究所) (3) 経営高度化の新潮流-クラウド時代のポストERP/SCM / 林滋氏(総務省) (4) 経営高度化技法-ビジネス構造の理解の資するビジネスモデリング / 鈴木久敏氏(筑波大学)
( http://www.trafst.jp/symposium2010/program/F-1.html )(注6) バランスト・スコアカード(BSC):キャプラン(ハーバード・ビジネス・スクール教授)とノートン(コンサルタント会社社長)が1992年に発表した、企業のための業績評価システム。従来の財務指標中心の業績管理手法の欠点を補うために、企業の「戦略・将来ビジョン」を4つの視点(財務の視点・顧客の視点・業務プロセスの視点・学習と成長の視点)に分類し、各観点毎にいくつかの評価尺度を選択して、評価尺度間の関係と適切な目標値を設定する。これによって、企業の戦略・将来ビジョンが全社に可視化される。 なお、椿氏はBSCの貢献として、企業が財務指標のみならず、非財務指標(色々あるが、例えば、卓越した業務や品質、顧客満足度、製品のシェア、生産計画の達成度など)という「無形の資産」を管理することによって短期的な思考に陥らないようにしたことや、戦略を可視化したことを評価した。(椿〔2010〕) 伊藤和憲氏は、 「シリーズ第3回」(注4を参照)での講演。
【参考文献】 (無料ユーザ登録で、閲覧可。http://www.trafst.jp/journal/index.html )
椿〔2007〕:椿広計「統計科学の横断性と設計科学への寄与」 、会誌「横幹」Vol.1 No.1、2007年 ( http://www.trafst.jp/journal/ref_journal/TRAFSTVol.1No.1contents.pdf )
椿〔2010〕:椿広計「横幹技術フォーラム、シリーズ『経営の高度化に向けての知の統合』報告」、会誌「横幹」Vol.4 No.1、2010年 ( http://www.trafst.jp/journal/ref_journal/TRAFSTVol.4No.1contents.pdf )
(注釈の文責は、編集室)