横幹連合ニュースレター
No.023 Oct 2010

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
経営高度化再考
椿 広計
横幹連合理事
統計数理研究所副所長・同リスク解析戦略研究センター長、応用統計学会長

■活動紹介■
●第27回横幹技術フォーラム

■参加学会の横顔■
●日本計算工学会

■イベント紹介■
●第29回横幹技術フォーラム
●これまでのイベント開催記録

■ご意見・ご感想■
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横幹連合ニュースレター

No.023 Oct 2010

◆活動紹介


【活動紹介】  第27回横幹技術フォーラム
    テーマ:「将来社会創造アプローチの展開(1)〜未来構想立案の実践と手法〜」
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第27回横幹技術フォーラム

テーマ:「将来社会創造アプローチの展開(1)〜未来構想立案の実践と手法〜」
日時:2010年7月30日
会場:キャンパス・イノベーションセンター国際会議室(東京・三田駅)
主催:横幹技術協議会、横幹連合
総合司会:舩橋誠壽氏(横幹連合事務局長)
講演:藤野純一氏(国立環境研究所)、大澤幸生氏(東京大学)、板倉真由美氏(日本IBM)、山口浩氏(駒澤大学)
総合討論司会:太田敏澄氏(電気通信大学)
プログラム詳細のページはこちら

【活動紹介】

 7月30日、筑波大学東京キャンパスにおいて、第27回横幹技術フォーラム「将来社会創造アプローチの展開(1)〜未来構想立案の実践と手法〜」が行われた。
 このフォーラムでは、「将来社会」創造のアプローチを探求する最新の構想の実践や、方法論の動向がレビューされた。横幹技術協議会、桑原会長の開会あいさつにおいても、「今は『大きな理念』の持てない時代なのかも知れないが、21世紀になったこの日本では『将来社会』のしっかりしたイメージを自ら考え、社会に提案し、日本の存在感を世界に示して行かなくてはならない。(かつて流行した『未来学』における社会創造のアプローチ手法などが、今の社会環境にも通じる新しい姿を形作りはじめているので、)20世紀には、ほとんど問題にされなかった複雑な問題の多くに対して、ここで世界で最初となる議論を行ってみたい」と抱負が語られ、日本の「将来社会への構想力」は強く問われていた。日本の社会全体としての新しい資源エネルギー態勢の模索と、そこへの移行、新興国経済の劇的な躍進と、その影響、世界規模での文化・経済の緊密化など、今日の企業環境は激動している。会場は、満室の盛況であった。総合司会は、舩橋誠壽事務局長が務めた。

 最初に、地球環境研究センターの温暖化対策評価研究室、主任研究員、藤野純一氏が、「低炭素社会はどんな社会か?」と題して講演された。藤野氏は、国内の約60名の研究者で構成された環境省「脱温暖化2050研究プロジェクト」の幹事を担当し、このプロジェクトが、2050年までに日本のCO2排出量を(1990年比で)70%削減するシナリオなどを取りまとめている( http://2050.nies.go.jp/index_j.html )。これらは、日本における低炭素社会への関心を高め、政府のクールアース構想や、低炭素社会づくり行動計画の政策立案などに貢献した。さて、藤野氏は、先進国の中でも日本が率先して実現する、とされている(政治レベルで決定された)ある意味「途方もない」とも言える低炭素社会の数字を実現することは、実は「バンジージャンプ」に近い、という衝撃的な「将来社会」の像を提示された。そして、以下のように話を続けた。
 「今(エアコンかけ放題などの)良い生活をしている人には、結構しんどい(精神的にも負担の大きい)仕事になるかもしれません。しかし、エネルギー自給率が、わずかに4%というこの国で、今のままの生活を10年20年と続けられるのかな、と思ったときに、自分にできることは何だろうか、あるいは、誰の手助けを得れば何ができるのか、ということも考えてみて頂きたい。これは、ゴルフのアプローチを練習するときに、ホールがどこにあるかを知らなければ(2050年にはどんな社会に私たちが住んでいるのかを、国民や研究者が具体的にイメージできなければ)練習ができないのと同じことです。
 そこで、将来の社会像を皆さんに選んで頂くため、ビジョンA と ビジョンB の、二つの社会像のモデルを用意しました。経済成長志向(A)なのか、ノスタルジックでも構わない(B)のか。GDP成長率は、2%と仮定するのか、1%か、などを考えた社会像です。皆さんは、どちらを選択されますか。ビジョンA は、ドラえもんがそこからやって来たような、何でもある科学技術万能の未来です。また、B は、アニメ『となりのトトロ』に登場する『サツキとメイの家』のイメージですが、ネット環境で最先端の情報とは接触しています。」
 そして、藤野氏は、70歳代が最大幅となる完全に逆ピラミッドの(ショッキングな)2050年の日本の人口構成の推計グラフ(注1)を示し、ここから計算できる社会全体の移動距離や、この社会を維持するために必要とされるエネルギーの量や外国人労働者の割合、化石燃料の使用割合などについての推計値から試算して、日本政府の発表したエネルギー削減目標は、実現可能であるとの結果を得ていると述べた。しかし、と以下の言葉を続けた。
 「しかし、同じく実現するのであっても、(バンジージャンプを)嫌々するのか、それとも確信を持ってするのかによって、未来のデザインは変わってきます。2050年の低炭素社会はどんな社会で、自分にできることは何か、について、皆さんには是非、考えてみて頂きたいと思います。」
 「ところで、しっかりした未来をデザインできる人が少ないと、しょぼい(貧弱な)未来しか見えてきません。どのくらい大きなイマジネーションで、将来社会を示せるかが問題です。例えば、環境対策は経済成長につながる、という人もいれば、つながらないという人もいて、(講演者の私見ですが、)環境対策技術は日本の成長産業になり得るはずだ、と考えています。しかし、これをビジネスチャンスとするためには、現状での追加投資を行うという政治決断が必要で、現状ではエビデンスが足りないことから、明確な方針が出ていません。」
 そこで、(重要なので繰り返すが)2050年にはどんな社会に私たちが住んでいるのかを、国民や研究者が具体的にイメージして、エビデンスを集め、環境対策技術には、どれだけの効用が担保できるか、そして、日本の未来像には、どれだけのビジネスチャンスがあるかを大胆に構想してゆくことが必要です、と藤野氏は講演を締めくくった。

(注1)2055年までの日本の人口ピラミッドの推移(推計)は、国立社会保障・人口問題研究所のWebサイトの  トップ頁に図示されている(拡大できる)。 http://www.ipss.go.jp/

 引き続いて、東京大学工学系研究科「システム創成学専攻」教授、大澤幸生氏から「眠っているドラゴンを起こす2つのゲーム〜都合学からのチャンス発見アプローチ〜」と題して講演が行われた。ここでは、「都合学」や「アナロジーゲーム」(注2)について簡潔に紹介が行われたが、これらは、既にマーケティングや高度な政策判断に活用されて多くの実績がある手法(チャンス発見学)から進化した新しい手法である。
 マーケティングの分野では、そもそも顧客が見たこともない商品は売れない。そこで、将来社会の実現のための未来予測については、見たことのある「眠っているドラゴン(ビジネスシナリオ)」の尻尾を突付いて起こす方策が必要になる。紡績会社の事例では、売れ筋の生地と併せて、目立たないが関連して動く商品を発見できたことで、これらを一緒に仕入れて貰って売り上げが顕著に伸びている。また、原子力プラントの高経年化対策の検討などのためには、課題(都合)単位で基礎カードを作り、「アナロジーゲーム」を行うことによって、立場の異なる関係者が互いの制約条件(都合)を満足できる成果が得られる可能性があるのだという。つまり、互いの都合を探りあい、不都合を指摘し合うという方法論は、一見、創造性を阻害するように見えるのだが、その逆で、各提案の潜在的な結合可能性を発見することで、複数の関係者の立場によって生じるコンフリクト(互いの都合の衝突)を解消でき、意思決定を支援するアイデアの創出に推進力をもたらす、との紹介が行われた。

(注2)「アナロジーゲーム」について、詳しくは 大澤・西原研究室のWebサイトをご参照頂きたい。
  http://www.panda.sys.t.u-tokyo.ac.jp/research.html  (「東京大学 > 大学院工学系研究科 > システム創成学専攻、大澤・西原研究室 > 研究内容 「シナリオ発想のためのゲーム」アナロジーゲーム、イノベーションゲーム)

 日本IBM、東京基礎研究所(注3)サービスリサーチ部長の板倉真由美氏からは、「イノベーションを生み出すIBMの取り組み〜リサーチの視点から〜」と題して、講演が行われた。ここでは、普及をする直前の社会のトレンドをつかみ、顧客と共にインテグレーションとイノベーションを、3〜7年先の未来に実現するための同社の取り組みが述べられた。顧客とIBMの研究員がコラボレーションを行うことで、世界初のソリューションを作り出すことを目的としている。社会性のある取り組みに関しては、新しいビジネスモデルが見つかる前に、共同出資でリサーチを始めるという場合もあるという。
 ちなみに、配布資料には、「(前世紀と異なり)今世紀のイノベーションは、科学だけでなくあらゆる種類の知識を基礎とするものになる」というドラッカーの言葉(「すでに起こった未来」邦訳1994年より)、「新しい技術または新しい事業モデルとして挙げたイノベーションが、確立された技術を破壊しはじめている」というクレイトン・クリステンセンの言葉(「イノベーションのジレンマ」邦訳2001年より)などが引用されていた。

(注3)IBM 東京基礎研究所のURL: http://www.trl.ibm.com/extfront.htm

 最後に、駒澤大学准教授の山口浩氏(注4)が、「予測市場と集合知メカニズムの現状と展望」と題して講演した。「予測市場、prediction market 」とは、予測をしたい将来事象(例えば、衆議院選挙でどちらが勝つだろう、など)について、先物市場のメカニズムを用いて、「たまたまWeb上で、その設問を見ている人たち」のような不特定多数の群衆の意見を一つの数字(予測値)に集約して、将来事象を予測する手法のことである。1970年代の、実験経済学における「人工市場」の実験から派生した。このような、不特定多数、つまりほとんどが、その事象に関しては素人という人たちに質問して、そんな予測が当たれば苦労はしないだろうと見る向きもあるかもしれないが、1988年にアイオワ大学の米大統領選をテーマにした予測市場( Iowa Electronic Market )の実験などが開始されてみると、「なんだ、当たるじゃないか」ということが分かってきた。なお、通常の世論調査では、「あなたはどう思いますか」(誰に投票しますか)と尋ねるが、予測市場では、「結果はどうなりますか」と尋ねている。
 ところで、主に「先物市場のメカニズムを用いて」行われる、ということの意味は、Web上の「予測市場」に、先物取引と同様に「取引所」を開設して、売りたい、買いたいの「相対(あいたい)取引」を、先物取引と同じように行うことである、と山口氏は説明した。つまり、ある大統領選でAという候補が勝てば100セント貰える、負ければ0だ、と決めておいて、そのときに表示されている(群集による)予測値が自分が考える値よりも高いと考えた人は、売りの注文、低いと考えた人は買いの注文を出して、相対取引を行うのだ。(実際のお金のやり取りは、しない。)
 このような手法で、アイオワ大学では、2004年の大統領選の予想を的中させた。また、アカデミー賞についての予測市場( Hollywood Stock Exchange )では、2005年の8部門の予測全てを的中させた。
 このような予測市場の効果が理解されてきたことから、ヒューレット・パッカード社、フォード社、マイクロソフト社などの多くの企業では、1990年代からマーケティングに活用して、製品のヒットにつながっている。(例えば、新製品のプリンタの販売について、予測市場で意見を集約することなどが行われた。)
 さらに、集合知についての紹介が行われた。米原子力潜水艦が1968年に太西洋上で行方不明になった事故の調査においては、専門家たちが「起きたであろう事象」のさまざまのシナリオを予測したのだが、実際に発見されたのは、専門家の意見を集約した場所からではなく、ベイズ推定という統計的手法で、集合的予測から導きだされた場所だったという。大勢の意見を合わせると、個々の専門家よりも近い推計値が出た、というのは、まさに、株式市場のメカニズムでの「ポートフォリオ理論」、一つの株が絶対に上がると考えて全部の資金をつぎ込むのではなく、万が一その株が値下がりしたときの用心に複数の株に資金を分散させることが必要だ、という理論に根拠を与えている。
 また、1986年に起きたスペース・シャトル、チャレンジャー号の爆発事故は、非常にいたましい事故であったが、部品納入会社4社の株価が、爆発の20分後に、その原因になったかも知れないと考えられて一斉に下がっている。しかし、間もなく3社の株価が回復して、1社だけが取引停止になってしまった。半年後に、まさにその会社の部品が実際に事故の原因だったことが明らかになった。つまり、3社の株価が回復した時点では、取引をした人たちは原因を知っていたはずがないのだから、集合知には不思議な力があるということの例証になるかもしれない、とのことであった。

(注4)山口浩氏ブログ( H-Yamaguchi.net )のURLは、http://www.h-yamaguchi.net/
 ところで、ブログの「Categories」には「予測市場」の記事がまとめられており、国内の選挙戦の予測などが興味 深い。また、その中に、日本経営工学会 JIMAの「予測市場と集合知活用」研究部会第2回会合、2009.11.21、で発表された予測市場のスライドが掲示されており参考になる。 http://www.h-yamaguchi.net/files/091121slidesA.pdf

 この後に、電気通信大学教授、太田敏澄氏の司会で総合討論が行われ、議論が深められた。最後に、木村英紀横幹連合会長が閉会のあいさつをされて、「将来社会創造アプローチの展開」第1回目の横幹技術フォーラムは終了した。
 総合討論を司会された太田敏澄氏は、フォーラムを振り返って、「問題発見や解決方法を探索するために、社会であれ、組織であれ、人々の能力を集約させるということは、言い換えれば、人々による集合知能や組織知能を発揮させることである。本フォーラムで、さまざまな方法やその具体的な成果を知ることができ、この領域での知見を新たにすることができたことに感謝している」と述べられた。今後の横幹技術フォーラムについても、期待される。

 (本文・注釈の文責:編集室)   

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