横幹連合ニュースレター
No.027 Oct 2011

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
「サービスサイエンス

横断型科学技術」
*
横幹連合理事
北陸先端科学技術大学院大学
知識科学研究科長
小坂 満隆

■活動紹介■
●第31回横幹技術フォーラム

■参加学会の横顔■
●日本品質管理学会

■イベント紹介■
●第4回横幹連合コンファレンス
●これまでのイベント開催記録

■ご意見・ご感想■
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横幹連合ニュースレター

No.027 Oct 2011

◆活動紹介


【活動紹介】  第31回横幹技術フォーラム
    テーマ:「企業における事業継続計画(BCP)の必要性」に参加して
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第31回横幹技術フォーラム

テーマ:「企業における事業継続計画(BCP)の必要性」
日時:2011年9月27日
会場:文京シビックセンター(最寄駅 地下鉄 春日,後楽園)
主催:横幹技術協議会、横幹連合
総合司会:中野一夫氏((株)構造計画研究所)
講演:丸谷浩明氏((財)建築経済研究所、NPO法人事業継続推進機構)、天野明夫氏(大成建設(株)、早稲田大学)、渡辺研司氏(名古屋工業大学、NPO法人事業継続推進機構)

プログラム詳細のページはこちら

【活動紹介】
辻内賢一氏(日立製作所OB)

 今回のフォーラムは、3.11東日本大震災を経験した私たちにとっては、大変に示唆に富んだ内容でした。先ずは、講演者(注1)の丸谷浩明氏、天野明夫氏、渡辺研司氏の熱意と誠意に敬意を表したいと思います。表現には多少、語弊があるかも知れませんが、「平和ボケ」だったと言われかねない大震災前の日本において、「事業継続計画」(BCP、Business Continuity Plan)に対する企業人全般の認識は、正直なところ私も含めて、高かったとは言えません。それが、今回の大震災によって、大規模なインフラの崩壊、設備や施設の壊滅、人財の喪失を目の当たりにし、さらに、日本ばかりでなく世界にも大きな影響を与えたサプライチェーンの断裂や、生産活動の停滞などに直面したことで、改めて日頃からの備えの大切さを痛感することになりました。

 最初に丸谷氏から、今回のテーマである、企業における「事業継続計画の概要と今回の震災を踏まえた最新動向」についての包括的な講演が行われました。「事業継続計画」とは、危機や災害が起きることを前提とした危機管理の手法で、非常に限られた経営資源で最低限の事業活動を継続する、あるいは、事業を目標復旧時間以内に再開できるようにするため、事前に策定される行動計画のことです。内閣府の事業継続ガイドラインにおいては、これは緊急時の、経営や意思決定、管理などのマネジメント手法の一つと位置付けられ、平時の事前対策を含めて、事業の継続と復旧に力点が置かれているようです。経済学の知見に富む丸谷氏の講演からは、特に、危機や災害などの「リスク」に備えるためには「コスト」が必要であることを、強く意識させられました。
 優先業務の操業度(達成可能な生産量や販売量など)を、災害から何日後に、災害以前の量まで復旧させるかという目標時間を、優先業務の「許容限界」(許容中断時間の限界)と呼ぶのですが、この「許容限界」を、早く設定するか遅く設定するかによって、用意する設備などへの投資額が変わってきます。このため、その投資額に関する決定権を握っている経営トップや幹部には、事業継続についての「経営責任」あるいは「社会的責任」が生じる、ということになるのです。

図
 
 <図>事業継続計画(BCP)の概念(内閣府防災部門「事業継続ガイドライン」から)

 そもそも、「リスク」には、地震や津波の他にも、火山の爆発・火災・水害・テロ・停電・設備の故障・感染症の蔓延・システムへの侵入・コンピュータウィルスの感染・交通事故などの多岐にわたる種類があり、しかも、それらのリスクの発生確率や頻度については、不明であったり特定不可能である事柄も多いそうです。ですから、それらに対する完全な対処を目指すということになると、それらの全てについて、ほぼ同等の代替ができる設備や施設、さらには人材や原材料の供給元を、別の場所に予め持っていることが必要となります。しかし、そのような用意ができるのは、お金に糸目をつけないような事業継続のできる、ごく少数の極めて重要な事業に限られてしまいます。従って、どこの企業でも、復旧までの「許容限界」の時間を予め定めておくことや、それに適合した「事業継続計画」を持つことが、絶対に必要となるわけです。しかも、その計画は、必ず実施可能でなければ意味がありません。そこで、平時から防災拠点や代替設備を常に維持管理しておくことや、組織改革の際にもそれらを組み込んだ継続的な見直しができるような行動計画が、どうしても必要になります。そして、その行動計画には、投資が必要です。こうしたことから、トップダウンの決定が事業継続計画の必要条件であることを丸谷氏は強調されました。

 続いて、大手ゼネコンのライフサイクルケア推進部に所属する天野氏が、「医療機関における業務継続に関する支援技術」について講演されました。先ず、今回の大震災では、地震のエネルギーが阪神淡路大震災の100倍、関東大震災の15倍と巨大であった割には、建物への被害が少なかったこと。しかし、地震動の継続時間が200秒を超えたことで、非構造部材(天井や外壁、窓ガラスなど)の落下する被害が多く生じたことが、今回の震災の特徴だったと説明されました。このため、医療設備が転倒して故障した病院も多く、地域のガソリン不足も影響して、すぐには代替設備の搬送ができなかったそうです。また、地下室にある非常用電源が水没したことなどから、昇降機が使えず、患者のフロア移動や給食の搬送ができなくなった事例も多発しました。建物の損壊は免れたものの病棟の閉鎖を余儀なくされたある病院では、電子カルテが水没したので、ドクターヘリによる患者の救出搬送の際に手書きのメモを添えたそうです。岩手、宮城、福島3県では、災害拠点病院の30%で耐震化が不十分であったとの指摘もされています。
 医療機関では、これまで、「不要・不急の業務はない」「一刻も人命にかかわる」と考えられてきたことで、「事業継続計画」の概念が、なかなか理解して貰えなかったそうです。しかし、目についた「すぐに回復できそうな業務」から回復させるのではなく、例えば、その病院の被災の状況に応じて、ある部門の外来受付を閉じ、残された水・食料・医薬品などの資源を効率よく使うといった措置だけでも、スムーズな復旧につながる場合があるそうです。このように、「守るもの」と「守る時間」を事前に良くチェックしておくこと。つまり、日常の業務の重要度の優先順位づけや、災害時特有の業務への対応について予め検討し、その上で、望ましい医療水準への目標復旧時間を決定しておくという、「医療事業」を継続させるための計画が必要である、と天野氏は指摘されました。
 とはいえ、医療業務の「事業継続計画」を Business Continuity Planという言葉で表現すると、日本における「ビジネス」という言葉の持つニュアンスと、「医療」に対する医療従事者の思い入れが正面衝突して、なかなか受け入れてもらえなかったとのことで、これを MCP(Medical Continuity Plan)と名付け直して浸透を図ったそうです。それでも理解を得るためのご苦労は、大変だっただろうと推察されます。

 最後に、社会工学に造詣の深い渡辺氏による「官民連携による地域型BCP推進の重要性」と題する講演が行われ、製造業における被災地の実際と復興計画についての紹介が行われました。今回の技術フォーラムの開会の挨拶の中で、桑原洋横幹協議会会長が、今回の大震災で困っている方々のために人工透析の設備を急いで生産しようとしたところ部品が供給されず、生産が果たせなかったとの断腸の思いを述べられましたが、今回は被災地の企業が生産停止に追い込まれたことで、全国的な、また世界的なサプライチェーンの連鎖停止に至った訳です。それならばこそ、一日も早い復興を実現するためにも、地元(県)の商工部門が、地元の企業がどのような繋がりを持っていて、復旧推進の際にはどの事業を最優先にするべきかを「内々」に、計画段階のリスク分析として平時に設定しておく必要があるとのことでした。しかし、計画策定に必要な「商流フロー」を作成する為の情報は、各企業にとっての営業上の秘密で、通常公表されている営業データだけで作成することは非常に困難だ、と渡辺氏は強調されました。重要な部品の供給メーカが公知となった場合に、敵対企業から企業買収される可能性があるからです。
 先に講演された天野氏は、救急医療で行われる「トリアージ」(注2)についても言及されたのですが、救急医療の現場では、 トリアージは時に過酷な選択を迫られることから、応援に来た外部のスタッフが担当したほうが良い場合もあるそうです。企業間競争の激しい昨今では、企業の復旧の優先順位は、地域の復興後の商流フローにも大きな影響を及ぼす可能性がありますから、やはり訓練された「企業トリアージ」の出来る人材の育成が絶対に必要になると思いました。
 更に、「前例がない」という現場の判断も復旧には障害となる場合があって、その意味からも計画段階での充分なリスク分析が必要なのでしょう。先に天野氏が高い評価を与えて紹介された、他県から来たドクターヘリによる患者の救出搬送においても、現地に乗り込んだDMAT(注3)のリーダーは、管轄部からの前例が無いとの抵抗を抑えて自分の責任において搬送を実施したとのことでした。
 さて、渡辺氏は、もう一つ、重要な指摘をされました。それは、被災地の企業が、どんな機会を捉えてでも、"We are alive!"、兎に角、自分たちは大丈夫なのだ、と、災害直後に声を上げて知らせることが大切なのだ、ということでした。今回の大震災が金曜に起きて、テレビで被災地の映像が繰り返し放送されたことから、土日曜に通常の休業を取った東北の企業には、「被災したので連絡がつかないのだ」と誤解されたところも多かったそうです。今回は、東北人の気質も災いして、生産再開に目途がついた段階で関係会社に連絡を取ったという企業が多く、しかし、その段階では、既に製品の設計変更や取引先の変更で対応が行われていたために、先方の企業ではその部品の供給が不必要になっていた、ということも多かったそうです。これは、供給先の企業の側が「事業継続計画」を実施したことで、その計画に従って部品の調達先を急遽、変更していた、ということでもあります。ですから、被害が比較的少なかった企業であっても、仮に電話が通じなければ、報道のカメラの前に横断幕を掲げるなどして、兎に角、自分たちは大丈夫だ、と声を上げて、災害から2日以内に取引先の会社に知らせることが大切なのだそうで、さすがに現地に飛び込んで現場を踏んでいる方たちは目のつけどころが違い、大したものだ、と思いました。
 見方を変えれば、「事業継続計画」を準備していない企業は、大災害が起きた際に、気が付かないうちに商流フローの取引関係から外されてしまう可能性もある、ということになります。講演者たちが提言しているように、格付け会社の企業診断に、その企業が「事業継続計画」を用意しているかどうかの項目を入れて貰い、多くの経営トップの方々に認識を改めてもらう必要があるのかも知れません。
 渡辺氏は、講演の最後に、英国における国家的な官民連携の法律「民間緊急事態法2004」(Civil Contingencies Act 2004)についても言及されました。すべての地方自治体に対して、それぞれの地域ごとに、非常事態の諸々のリスクに対して積極的な備えと計画を作るように命じた法律だということです。これは、有事の「国家安全保障戦略」として位置づけられているそうです。それでは、我が国における非常事態の法的な準備は・・・?

 閉会にあたって、今回の大震災でご自身も被災されている出口光一郎横幹連合会長(東北大学教授)が挨拶されて、「現地の国道45号線(仙台ー青森)を走ってみたところ、『(ここが水害の)津波浸水想定区域』という標識があちこちにあって、その標識は、ほとんど冠水していない。その意味では、今回の災害の予測はできていたと言える。予測が出来ていたのに、その準備が足りなかったということであれば、事業継続計画が大切であるということを物語っているのだろう」という感想を述べられました。そして、事業継続計画が、今後、有効なバックアップ手段としてシステマチックに機能して、現在のようにトップの意識(人間的な要素)によってその用意の内容が異なることで、結果として、本来なら予防できたかもしれない被害が出てしまうという不完全さが無くなるように、横幹連合としては、文理を超えた広い学術の英知を糾合して、この問題を解決できるよう支援をしてゆきたい、と見解を述べられました。こうして、盛況のうちに本技術フォーラムは終了しました。総合司会と総合討論の司会は、中野一夫氏(構造計画研究所シニアアドバイザー)が務められました。
 ところで、今回は会場の都合で、総合討論の質疑応答が途中で打ち切られてしまいました。これは、今回のテーマへの関心が高く、いつにも増して参加者が多かったことから生じたことでもありました。次回からのご一考を、希望したいと思います。

(注1)丸谷浩明氏:(財)建設経済研究所研究理事、NPO法人事業継続推進機構(BCAO)理事長。中央防災会議専門調査会委員などを経て、内閣府「事業継続計画策定促進方策に関する検討会」委員など。
天野明夫氏:大成建設ライフサイクルケア推進部主事、早稲田大学 WBS研究センター特別研究員。
渡辺研司氏:名古屋工業大学大学院社会工学専攻教授、NPO法人事業継続推進機構(BCAO)副理事長。内閣府中央防災会議事業継続ガイドラインフォローアップ会議委員など。
(注釈の文責は編集室。以下同じ。)
(注2) 「トリアージ」:資源の制約が著しい災害医療において、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決めること。
(注3) 「DMAT」:災害急性期に活動できる機動性を持った、トレーニングを受けた医療チーム( Disaster Medical Assistance Team )。

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