横幹連合ニュースレター
No.029 May 2012
<<目次>>
■巻頭メッセージ■
「横幹的アプローチの提案:
データから情報、インテリジェンス、さらに戦略、施策へ」
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横幹連合副会長
科学技術振興機構
安岡 善文
■活動紹介■
●第33回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔■
◆日本行動計量学会
■イベント紹介■
◆「横幹連合定時総会」
●これまでのイベント開催記録
■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
E-mail:
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横幹連合ニュースレター
No.029 May 2012
◆参加学会の横顔
毎回、横幹連合に加盟する学会をご紹介していくコーナーです。
今回は、日本行動計量学会をご紹介します。
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日本行動計量学会
ホームページ: http://www.bsj.gr.jp/
前理事長 飽戸 弘 氏
(東京大学名誉教授)
【広い意味での人間の行動に関する計量的方法の開発とその適用】
日本行動計量学会は、最も広い意味での「人間の行動に関する計量的方法」の開発と、その様々な分野への適用について研究すること、計量的方法の普及、ならびに研究者相互の連絡・協力を促進すること、その研究成果を社会に還元すること、を目的とする学会です。1969年8月に始まり、毎年行われた「行動計量シンポジウム」が母体となって、1973年9月に設立されました。
行動計量学は、特定の手法や分野にとらわれずに、さまざまな専門分野の独自性を尊重しつつ、理論と応用の両面から人間に関する共通の問題や共通の手法について議論し、人間の行動や社会現象に関する理解を深めることを、その立場としています。
学会員の専門分野は多岐にわたっており、学際的、横断的な研究活動を行っています。 その主な分野は、法律、政治・国際関係、経済・人口、マーケティング、地理、社会、教育、心理、言語、認知・情報、看護学、医学、農林水産・生物、工学、数学・統計学などです。
計量的方法といえば、多変量解析を含む「統計的データ解析」が想起され、確かに学会の中心的な関心になっていますが、行動計量学は、統計的方法論だけを扱うものではありません。諸分野における行動現象に着目し、その問題構造の把握、目的に即した定式化、実験・調査・測定、データ解析、情報の検出に至る一連のプロセスのすべてを重視します。このプロセスを通して人間行動を規定するメカニズムを解明し、広く人間に関する知識を構築して、社会・経済・文化・技術にわたる諸分野での問題の発見と解決に貢献することを目指しています。
活動内容としては、年1回の大会(研究報告会)・総会の開催、年2号の学会誌(和文誌「行動計量学」と欧文誌「Behaviormetrika」)の刊行、年4号の会報「行動計量学会報」の発行、シンポジウムやチュートリアルセミナー、合宿セミナー等の開催、研究部会活動、メールニュースの送信、国際的な研究集会の共催・後援、そして、優れた研究の学会賞による奨励などを行っています。
本学会につきまして、前理事長の飽戸(あくと)弘氏にお話を伺いました。
Q1: 飽戸先生は、本学会を非会員にご紹介されますとき、どんな風に説明をしておられますか。
1969年8月に始まり、毎年行われた「行動計量シンポジウム」が母体となって、当時の若手の先生方が大変に尽力されて1973年9月に本学会が設立されました。初代の理事長は、林知己夫(ちきお)先生です。(後で詳しく述べますが)林理事長の研究分野の幅広さが、この学会の方向を決定づけたと思います。例えば、医学、政治学、国際比較などの研究者が早くから参加しておられたことなども、林先生の影響でしょう。林先生は、理事長を1988年3月まで務められましたが、計量的方法の教育、普及や、若手の育成に尽力されたこともあって、本学会は様々な活動を、学際的な雰囲気で行ってきました。
本学会の目的は、最も広い意味での「人間の行動に関する計量的方法」の開発と、様々な分野へのその適用です。研究の対象は、社会科学、人問科学を幅広くカバーしており、数理統計的な多くの手法を開発して来ました。しかしながら、最近の学会誌の論文の多くが、解析の高度な手法で占められている事は、昔を知るものとしては少し残念です。初期の頃のシンポジウムや大会では、かなりびっくりするような、斬新で、自由な発想のテーマや計量的方法の発表も多く見られました。
計量的方法としては、通常は、数理的・統計的な分析方法が取られるのですが、母集団が非常に少ない場合には、文化人類学的な手法というアプローチも考えられます。新しい解析手法のツールを皆で持ち寄って、とても幅広い分野の人たちが人間行動を観察しているのが本学会だと言えるでしょう。
2008年に、本学会は創立35周年を迎えました。この年の年次大会では、「行動計量学的アプローチとはなにか」「社会調査の現状と課題」という2 つの「35 周年記念シンポジウム」が行われ、多くの参加者による活発な議論が交わされました。その年次大会に合わせて、「日本行動計量学会35 年記念誌」
を刊行しました。約80名の会員の皆さんが、学会の思い出や学会への期待・要望などを寄せて下さっており、これは、全文をホームページで公開しております。このほかにも、(後述しますが)本学会のホームページには、豊富な資料を公開しております。是非、ご参考になさって下さい。
ところで、本学会のメンバーが執筆したシリーズ「行動計量の科学」(朝倉書店刊、全10巻) も、2010年から刊行を始めました。以前に、「行動計量学シリーズ」(全13巻)が、1993 年から1996 年にかけて完成していますが、その続編ともいうべきシリーズにあたり、人間の行動に関する計量的方法の多様さと面白さを、ぜひ皆さまにも感じていただければと考えています。各巻のタイトルは、「行動計量学への招待」「マーケティングのデータ分析」「医療サービスの計量分析」「学力評価理論の新潮流」「国際比較データの解析」「意思決定の処方」「因子分析」「項目反応理論」「非計量多変量データ分析」「統一的カテゴリカルデータ解析」となっています。
Q2: 飽戸先生のご研究の概要を、ご説明下さい。また、先生はどんなきっかけで、この学会に入会されたのでしょう。
私は、東京大学教育学部の学生のときに、本当は臨床心理学専攻で、将来「カウンセラー」(臨床心理士)になりたいと思っていました。しかし、当時は就職先が、ほとんどありません。それで、社会心理学に転向した訳ですが、学生のときの臨床心理の勉強は無駄にはならず、後のモチベーション・リサーチやファッション研究などに大いに役に立ちました。
卒業して、マーケテイング関連の研究所勤務を経て、東京大学新聞研究所の助手になりました。当時の新聞研には、池内一(はじめ)先生や日高六郎先生など、そうそうたる先生方がおられ、「政治意識」の調査などをご一緒に行っておりました。それ以来、私は、「政治意識」「マーケティング」「メディア研究」を三本柱にした研究を行っております。その後、埼玉大学教養学部助教授、東京大学新聞研究所助教授、東京大学文学部助教授・教授、東洋英和女学院大学人科学部教授を経て、東洋英和女学院大学学長などを務めました。
本学会の設立された頃には、私は埼玉大学におりました。本学会の母体となった4回の「行動計量シンポジウム」には、第2回から参加していますが、3日間ぶっ通しというシンポジウムを聴講して、これは「体力勝負」の団体だなぁ、という印象を持ちました。
その頃、あるシンポジウムで、初代会長の林知己夫先生の講演をお聞きして、この先生が理事長をされている学会ならば、と考えて直ぐに入会しました。林先生は、特に、あいまい事象の分析に、あくなき挑戦を試みられた研究者でしたが、研究の領域が、とても広い方ですので、いろんな領域に「一番弟子」を任じる方が大勢おられます。私も、「多次元尺度解析」「日中国民性の比較」などの研究で、林先生とご一緒させていただいたことなどのご縁があって、林先生の「心理学の分野での一番弟子」を任じている一人です。ここで少し、林先生の研究のご紹介をさせていただきます。「林知己夫著作集」の目次を見ていただくと、先生のご研究の幅広さがお分かりになるだろうと思います。
林先生は、社会調査や世論調査におけるサンプリング方法の確立などで良く知られているのですが、モデリングの発想の柔軟さや、データ処理の正確さにおいて卓越しておられました。例えば、国民性の比較といった研究に際しては、相手国の研究者と、とことん話し合われました。10回ほども会議を行ったでしょうか。そのうちに、相手の本音が出てくる。そこを、さらに議論する。その繰り返しでした。あるとき、私が、あるデータについて「このデータは捨てましょうか」と伺ったことがあったのですが、「いや、入れときなさい」と、林先生の拾われたテーマから、とても面白い特徴が出てくることもありました。また、日米の国民性の比較についての研究をされたときには、その中間のハワイを加えた日本・ハワイ・米国の比較をすることで、特徴のある国民性を抽出されたことがあります。
林先生は、1974年から86年まで、統計数理研究所の所長を務められ、統計学や分類学などの多くの学会の会長も歴任されました。本学会の方向を決定付けたのは、林先生の存在が大きかったと先に述べましたが、その理由が分かっていただけましたでしょうか。
さて、私の研究に話を戻しますと、「政治意識」に関して、最近は、政治と経済の相互浸透についての国際比較を手がけています。また、「マーケティング」に関しては、90年代の初めに、日本経済新聞社・日経産業消費研究所の「ライフスタイル研究シリーズ」に参加して、ライフスタイル・アプローチの有効性を多方面から検討することができました。この研究の6年にわたる全9回の調査は、8冊の大部の報告書にまとめられて、世界的にも評価されています。そのエッセンスを、拙著「売れ筋の法則‐ライフスタイル戦略の再構築」(ちくま新書、99年)にまとめました。編集者が、この報告書を新書にできないかと言ってきたときには、言下に「無理です」とお断りしたのですが、なんとか新書に収めています。本書では、人間行動に関する豊富な計量データから、ライフスタイルを抽出して、有効なマーケティング戦略の構築に至る道筋を示しておりますが、消費文化論としても、人間の行動に関する計量的方法の具体例としても、面白く読んでいただけるかと思っています。社会科学の大規模調査にはお金が掛かりますので、このような研究は、長引く不況によって激減しました。学会の英文誌も、今や7割が数理統計の論文です。裏を返せば、大規模な社会調査が無くなってきているということで、残念なことではあります。
そして、これも私の「メディア研究」の一環と言えるかも知れませんが、今私は、放送倫理・番組向上機構(BPO)の理事長も務めており、その立場から、テレビの質が落ちたと言われている現状を、どのように改善、向上させるのかということを考えております。インターネットと融合した米国の「スマートテレビ」の流れに注目すると、観客が番組内容に係わる「マルチメディア放送」の流れは、メディアの性質を大きく変えるのかも知れません。少なくとも、「テレビ」と「インターネットやビデオゲーム」は、これまでのように競争する関係から、協力する関係に変わるのではないでしょうか。最近の研究としては、そんなことを考えております。
Q3: 今後の本学会の向かわれる方向について、お尋ねしたいのですが。
人間行動に関する計量的方法を開発して、それを様々な分野に適用する研究は、経済の現状や国際関係の複雑化からも、ますます必要とされているように思います。
このため、本学会のホームページでは、本学会の「データアーカイブ」ともいうべき資料集を、大幅に増補、再編して掲載しています。本学会の「大会」に関しては、1973年の第1回大会からの全てを、そして、「シンポジウム」については、1974年の第1回シンポジウムからの全てを、さらに、合宿形式による「春の合宿セミナー」も、1998年の第1回からの全てを収録して、公開しています。「会報」については、会員専用ではありますが、1973年の第1号からの全文が収録されています。学会の歩みを振り返る上での貴重な資料であるばかりでなく、今後の研究のスタートラインとしてもご活用いただきたいと考えています。
また、「社会調査士」と「専門社会調査士」の資格の認定に関して、これまでの「社会調査士資格認定機構」の体制を整備し、名称も変更して、2008年より一般社団法人「社会調査協会」としての新しいスタートを切りました。この協会は、本学会が、日本社会学会、日本社会教育学会と協力して立ち上げたものですが、「社会調査士」の責務と課題を検討することも、本学会の重要な役割であると考えられます。
そして、本学会のメンバーが執筆するシリーズ「行動計量の科学」が、2010年から刊行され始めたことも、先に述べました。本学会では、これからもこのような研究成果の普及に積極的に取り組んで行きたいと考えています。
しかし、当初は若手が牽引していた本学会も、やや高齢化の傾向が見えて来ました。若い人に、もっと入って貰って、学会を活性化させて欲しいものだと思います。発足当時には、さまざまな分野の人がとんでもない研究に取り組んで、研究分野を広げてくれていたのですけれど、数理的な分析などについては専門性が深まると共にレベルがとても高くなっていて(結構なことなのですが)参加しにくくなっているかもしれません。
初期の頃には、例えば、文化人類学の先生たちも大勢おられたのですが、残念ながらリタイヤされてしまいました。また、政治学者の京極純一先生(東京大学名誉教授)や、社会学者の綿貫譲治先生(上智大学名誉教授)も、本学会で発表し、活躍しておられましたが、お忙しいためか、それぞれ古巣の学会に戻られました。しかし、こうした先生方には、後継者の若い先生方がおられるはずですので、共同研究を企画するなどして参加して貰えないかということを考えています。先ほども述べましたが、文化人類学の研究には大量のサンプルが存在しない場合も多いのですから、少量サンプルの統計解析などについての方法論の発展なども研究できるはずだと考えているのです。
ところで、横幹連合からの呼びかけである「横幹連合会員学会の震災克服調査研究の連携による強靭な社会の再構築に向けた横断型基幹科学技術の展開」への、学会としての参画の要請を受けて、本学会では、2011年大会において「特別企画シンポジウム」を行いました。私が司会するはずでしたが、体調を崩したために、親友や、とても親しい皆さんが代わって支えて下さいました。3.11の大震災に関して、実際にどのような報道が行なわれ、それが被災地の方々にどのように役立ち、または役に立たなかったか、そして、それはなぜかを考えるシンポジウムでした。「災害研究と災害報道」「災害報道とテレビ」「災害時におけるソーシャルメデイアの功罪」「報道ジャーナリストのストレスへの対応」についての講演が行われました。
このような本学会の特色を生かして、今までの蓄積を基礎に、これからも、さらなる発展を続けたいと考えています。
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