横幹連合ニュースレター
No.031 Nov 2012
<<目次>>
■巻頭メッセージ■
「経営高度化に対する横幹的アプローチ」
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大場 允晶 横幹連合理事
日本大学 教授
■活動紹介■
●第4回横幹連合総合シンポジウム
■参加学会の横顔■
◆日本MOT学会
■イベント紹介■
◆「第5回横幹連合コンファレンス」
●これまでのイベント開催記録
■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
E-mail:
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横幹連合ニュースレター
No.031 Nov 2012
◆参加学会の横顔
毎回、横幹連合に加盟する学会をご紹介していくコーナーです。
今回は、日本MOT学会をご紹介します。
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日本MOT学会
ホームページ: http://www.js-mot.org/index.html
会長 元橋 一之氏
(東京大学 教授)
日本MOT学会は、MOT(Management of Technology、技術経営)についての研究・教育の集積、高度化、及び、日本型 MOTの普及・啓蒙を目指して、会員が広く遍く交流し互いに啓発し合う目的で、 2006年4月に設立されました。
MOT先進国の米国に遅れること、10数年余り。日本でも、にわかに顕在化してきた社会的ニーズに押されて、MOT、及び、MOT教育がようやく活況を呈しています。これらを一過性の熱気で終わらせることなく、地道に根付かせて、日本の産業、経済をより力強く再生し、活性化させて、日本のものづくりを始め、ひいては、人づくり・国づくりに末永く寄与、貢献して行くこと。それが日本の MOT、及び、MOT教育に寄せられている期待であり、使命であると思われます。
その期待に応えつつ、使命を全うするためには、日本の産業・経済の風土と文化に適応した日本型 MOTを積極的に育て、その普及・啓蒙を図って行くこと。これこそが個々の企業経営においてはもとより、国の技術開発施策をはじめ、産業・経済政策としても優先すべき喫緊の重要な課題であり、産官学を挙げて組織的に取り組むべき急務であると考えます。
なかでも、MOTの研究・教育の集積とその高度化のためには、高度な専門職の人材の国内での量的な確保と質的な水準の向上が急務です。同時に、MOTの人材を養成するプログラム教材の開発や、その拡充・強化など、それに先立つ様々な基盤整備が大変に急がれています。
元来、MOTは、技術と経営を戦略的に結ぶ、いわば文理融合型の経営革新で、実学と理論を兼ね備えた「実理融合」型の MOT人材の知の集積を必要としています。それは、「専門性」と「学際的な多様性」という技術と経営の両面を体現する実務家の資質と、実践から修得した経験や知見の集積を、単に体験的な現象論に終わらせず、より戦略的に普遍化・理論化させようとする探求心を意味しています。
山積する MOTの課題を解決するためには、MOT、及び、MOT教育のこうした特性から、広く産官学に亘る実務家をはじめ、多種多様な学識経験者がすべての違いを超えて広く交流し、啓発し合うことが必須であり、開かれた真理の探求が肝要です。そうした新しい知の地平を切り拓くための求心力としての機能と役割を、本学会は目指しているのです。
本学会が取り組むべきMOT、及び、MOT教育の緊急課題は、次の通りです。
1. | 質的により高度なMOT学術教育研究体制の整備、構築。 |
2. | 学際的かつ実際的な学術と知見を有する、質的により高度なMOT及びMOT教育と研究に従事できる専門家の養成。 |
3. | 社会人を対象にした、質的により高度なMOTプログラム教材の開発と、カリキュラムの研究開発。 |
4. | MOTの研究・教育の評価システムの研究開発と、公正な評価・認定制度の確立。 |
5. | MOT及びMOT教育の普及・浸透とその質的な高度化へ向けた産官学の有機的な連携の推進、及び、MOT人材の開発・育成。 |
6. | MOT及びMOT教育の国内外に亘る普及・浸透と、その質的高度化への寄与、貢献。 |
7. | MOT及びMOT教育を理解するジャーナリスト、及び、評論家の養成。 |
これらの課題に関する解明と解決のために、日本MOT学会では、会員同士が個人・法人を問わず、相互に有機的に連携し、その成果を交流・活用しつつ、MOT、及び、MOT教育の集積・高度化とその普及・啓蒙に、寄与、貢献していくことを目指しています。
本学会につきまして、会長の元橋一之氏にお話を伺いました。
Q1:元橋会長は、本学会を非会員にご紹介されますとき、どんな風に説明をしておられますか。
近年、製品の市場がグローバル化し、また製品の開発期間にも短縮化が求められ、市場のニーズでも顧客がまだ気づいていない潜在需要の掘り起こしなどが求められています。こうした変化を、製品の開発、製造、販売についての企業の技術マネージメント(Management of Technology、MOT)という観点から探求して、企業価値の創造と評価という視点から、企業の実際の経営戦略に反映させてゆこうとするのが、MOT(技術経営)の基本的な考え方です。
日本の経営者は、安易に、個人のネットワークで入ってきた情報に基づいて経営戦略を決めることが多いようです。しかし、それでは何が一番正しい選択だったのかが分かりませんし、将来を予測する手がかりもありません。経営全体がグローバル化、スピード化している中で、経営資源としての自社の技術をどのように生かすのか、何が高いパフォーマンスにつながる行動なのかという判断材料を、成功事例の研究を通して、経営、マネージメントにおいて提供するものが MOTであると、私は思います。
セレンディピティ(serendipity)という言葉がありますが、これは優れたアイディアや発想が、天使からの「ささやき」のように突然生まれることを意味します。画期的な新商品やビジネスモデルなどのイノベーションは、セレンデピティの賜物です。しかし、パスツールの言葉のように「偶然は準備のないものには微笑まない」とも言えるでしょう。MOTは、天使からの「ささやき」を掴み取り、それをイノベーションに仕上げるための知識であると考えています。
また、イノベーションによって産業競争力を強化するという視点も重要です。MOTは企業経営に有益であると同時に、企業のイノベーション能力を、国全体としての競争力につなげて行くためにも有益な示唆を持ち得ます。一例を挙げると、集積回路技術は当初、アメリカで国防研究の用途に向けて開発されました。その後、日本政府の促進した研究開発組織によって民生用への展開が確保されるのですが、この段階では製造技術の開発が重要視されています。1976年に通産省が組織した「LSI研究組合」では、チップの「製造方法」ではなく「生産のための製造装置のプロトタイプ・モデルの開発」を中心に研究が進められました。そして、この組合には、製造装置メーカが含まれなかったことから、主要ユーザである電機メーカからの「需要表現」の概念化が行われたと指摘されています(児玉文雄著「社会・技術相関」第2部、岩波書店、2000年など)。これが、日本の集積回路の躍進につながりました。その後、日米半導体協定という足かせがはめられたことや、製造装置のノウハウが装置メーカに移って行ったこと、更に、シリコンサイクルの見通しを誤って設備投資を縮小したことなどから、日本の集積回路における優位性は次第に失われて行きました。こうした集積回路の技術経営で生じた事柄については、技術関連産業における課題や、リスクの事例であるとして、ここから技術担当の経営者のみならず、政策担当者においても学べることは多くあるはずです。
このような MOTの研究、教育の集積、高度化、そして、日本型 MOTの普及、啓蒙を目指して、日本MOT学会は 2006年4月に設立されました。本学会では、次のような活動を行っています。
(1) | 投稿論文の募集、査読、及び、社団法人科学技術と経済の会(JATES)が発行する機関誌「技術と経済」への査読論文の掲載。 |
(2) | JATES主催のシンポジウム等の一部として、年次学術大会の開催。 |
(3) | MOTに関する研究発表会、フォーラム、セミナー等の開催。 |
(4) | 学会ホームページの運営、ニュースレター発行等の広報活動。 |
(5) | その他、MOTの普及、啓蒙活動。 |
本学会は、「科学技術と経済の会」の会誌「技術と経済」への論文発表という土台をベースに創立されて以来(注)、開放的環境でのケーススタディなどについての多角的議論展開によって、学術的内容のレベルアップを図っています。論文には、計量経済データの正確な分析などにアカデミックな取扱いが必要とされる場合も多いため、査読を通過する論文は全体の約3割です。ということで、当然、査読は通らなかったものの、筋の良い論文も数多くあります。
そこで、本学会では、大きなミーティングを年に 2回行っているのですが、そのうち、毎年3月の「年次研究発表会」では、査読途中の論文も発表できる機会となっています。(「年次研究発表会」は、第3代長田洋会長の時代に始められました。)そして、毎年6月の「年次総会」では、会誌に掲載された論文についての「研究討論会」を併催しております。
(注): | 本学会の設立の背景と「技術と経済」誌への論文掲載の経緯は、次の通りです。アメリカでは1960年代から、例えば、NASAにおけるスケジュール管理の技術など、巨大プロジェクトのマネージメント技術が開発されてきました。やがて、1982年に MIT(マサチューセッツ工科大学)スローンスクールに MOTの修士コースが誕生します。また、リチャード・レスター MIT教授らの1989年の著書「Made in America -アメリカ再生のための米日欧産業比較」がベストセラーになって、この中でも、企業の経営陣と技術陣が互いに基礎的な知識を欠いていることがアメリカ産業の欠点であると指摘されました。そうした様々な影響から、アメリカでは MOT教育が普及し、例えば、MBA(経営学修士)に技術経営のコースがあるなど、各種の教育機関を合計して毎年1万人ほどが MOTを学んでいると考えられています。 日本では、経済産業省が2002年に、「技術経営(MOT)人材育成プログラム」を開始しました。そして、MOTのプログラムを持つ専門職大学院の中から、「東京MOT6大学連合」が2005年に発足します。ここは、同年のうちに、技術経営系専門職大学院協議会(MOT協議会)という全国組織に改組されました。この組織は、MOTの「教育機関」の集まりです。 そうした流れと時を同じくして、MOTの「研究」、教育の集積、高度化を目的とする学会への機運が高まってきました。初代会長の金子尚志氏が、東京農工大学工学部機械システム工学科の古川勇二氏や、芝浦工業大学工学マネジメント研究科の児玉文雄氏、堀内義秀氏らと相談をされて、2006年4月に日本MOT学会が誕生しました。当初、事務局は芝浦工業大学に置かれました。初代会長の金子尚志氏(日本電気株式会社名誉顧問)は、NECアメリカの社長であった時期に、M&A=企業合併や、TOB=株式公開買付けなどの過程で、アメリカの企業経営における技術資産の評価の高さなどから、強く技術経営について意識をしておられたそうです。そんな中で、カリフォルニア大学バークレー校のビジネス・スクールと工学部の連携によるMOTが創設され、NECアメリカに企業寄付を求めてきた時に、すぐにその重要性を理解して寄付を決めたと言います。これが、金子氏と MOTの出会いでした。後に、金子氏は「科学技術と経済の会」の「技術経営会議」議長を務め、ここでも MOTの重要性が感じられたことから、関係者の理解を得て、日本MOT学会の査読論文を「科学技術と経済の会」の会誌「技術と経済」に掲載することが決まりました。同会誌は、そのために体裁を A4横書きの現在の判型に改めたそうです。ところで、金子氏は本学会の会長職について「本来はMOTを実践する先生方が中心になってリードすべき」との信念から、第2代以降の会長職をアカデミックな研究者に譲りました。それ以降、本学会では、会長は「学」の出身者、そして、副会長は「産」から出るという慣行が続いています。以上については、金子氏が「産学官連携ジャーナル」2006年10月号に執筆された巻頭言などを参考にまとめました。 |
(注釈文責は、編集室。) |
Q2:元橋会長のご研究の概要を、ご説明下さい。また、会長はどんなきっかけで、この学会に入会されたのでしょう。
東京大学大学院工学系研究科、元橋研究室の研究内容は多岐に亘ります。しかし、
(1)自社技術だけでなく外部の開発力(他社が持つ技術やアイディア)を活用したり、知的財産権を他社に使用させたりすることで革新的なビジネスモデルなどを生み出して、利益を得る考え方をオープンイノベーションと言いますが、技術系ハイテク産業である ITやバイオの分野で、産学連携や医薬ビジネスなどのケーススタディの研究を行っていて、これは大きな研究の柱です。ITベンダー(ITシステムの提案や開発を行う会社)は、日本では大企業のシステムインテグレータ部門などが請け負っているケースが多いのですが、米国やインドでは、オープンに他社の技術を活用し合うことが多いようです。中国の事例などは、詳しく調査中です。
(2)また、Webプラットフォームにおけるイノベーションを支える基盤の研究も、大きな柱です。成功企業の Google社や Apple社などは、直接アプリケーションを開発したことよりも、多くの企業がその上で開発や販売のできるプラットフォームを提供できたことが、成功の大きな理由でした。こうした「ビジネス・エコシステム(生態系)」における経営戦略の分析などを行っています。
こうした研究を通して、MOTの知見を企業活動に役立てて頂くことや、国家政策として提言できることを、私たちは目指しています。 元橋研究室の卒業生のうち、ドクターの多くは研究者になっており、例えば、ビッグデータ(通常の取扱いが困難な巨大なデータの集まり)の研究をしている人もいます。また、修士の多くは、メーカやコンサルティング会社に就職して、知見を経営戦略に反映させる仕事を行っています。
私は、1986年に通商産業省機械情報産業局に入省し、その後、OECD科学技術産業局に出向して経済分析統計を担当したり、経済産業研究所上席研究員として計量分析データを扱うなどしてきました。一橋大学イノベーション研究センター、東京大学先端科学技術研究センターを経て、2006年から東京大学工学系研究科技術経営戦略学専攻という現職です。
ホームページには、研究成果や新聞への寄稿などの、できる限りのデータを載せていますので、ご参考にして頂ければと思います。
本学会との接点ですが、もともと第2代会長の児玉文雄先生を存じ上げていたことが大きいと思います。児玉先生が、本学会のメンバーを、専門職大学院だけではなく一般の大学院にも広げたいと思われて、全国の MOT講座を持つ大学院に呼びかけられたとき、東大工学部として参加してほしいという要請に応えて 2008年に入会しました。参加してすぐに理事を仰せつかり、2009年には学会誌編集委員会の委員長を務め、2011年から当会の会長を仰せつかっております。
Q3:今後の本学会の向かわれる方向について、お尋ねしたいのですが。
10年ほど前までは、企業の方が人事部に行って「大学の MOT講座を受けてきます」と申請すると、何それ? という場合もあったかと思いますが、最近は人事部の担当者で MOTを知らない方は、さすがに無くなりました。アメリカでも日本でも、MOTは、近年目につく(重要な)講座の一つという具合に社会的認知が進んだのではないかと思います。例えば、アメリカの MBA(経営学修士)で、技術経営に焦点を置いたコースを選択することもできます。
ところで、第2代会長の児玉文雄先生、第3代の長田洋先生までは、軸足をアカデミックな領域に置いて会員を募りました。児玉先生は、会員層を専門職大学院から一般の大学院に広げる活動をされました。また、長田先生は、研究者のトップ層だけを会員にするのではなく、富士山の五合目という表現を良く使っておられましたが、これから山頂に登ろうとしている方たちに参加して貰うことで、会員を増やそうと努力をしてこられました。私は、第4代に当たりますが、先に述べたような時代の変化を受けて、MOT学会と産業界の接点を大きくしようと考えています。いわば、別の山との間に橋を架けようとしているとでも申しましょうか。
2009年3月に、一般社団法人日本 MOT振興協会(会長、有馬朗人氏)が設立されました。日本 MOT学会が、ほとんど「学」の研究者で構成されていることに比較すると、MOT振興協会は、民間主導の政策支援で日本型の MOT戦略を推進しようとされている「産」が中心の協会です。 そこで、本学会の副会長、三菱ケミカルホールディングス顧問の中田章氏にご尽力頂き、日本 MOT振興協会との交流を積極的に働きかけようとしています。
具体的な活動としては、振興協会の方に来て頂いて、講演をして頂くことですとか、逆にこちらから、講師を派遣することなどです。自社技術だけでなく外部の開発力を活用することで革新的なビジネスモデルを生み出すことを、先ほどオープンイノベーションとご紹介しましたが、振興協会との交流も、その一例と言えるかも知れません。互いの良いところを延ばして、本学会と産業界との連携、パートナーシップを広げて行きたいと考えています。本学会にとっても、現実の産業の現場で、何が issue(論点)なのか、そこで何が起きているのかを知らなくては話にならないからです。振興協会とは提携を確立するべく、覚書の交換なども準備しているところです。振興協会が本学会に問題を提供する。本学会は振興協会の抱える問題を解決できる、という関係が確立できれば良いと考えています。
また、本学会の会員向けのサービスとして、超環境型オフィス「清水建設新本社」の見学や日産の工場の見学会などを行っていますが、振興協会の会員の方にも参加して頂くことを考えています。
ところで、海外における MOTの組織との連携についても、個人的には進めたいと思っています。韓国や中国においても MOT関係の学会が立ち上がっていると聞いておりますので、学会間でパートナーシップを結ぶことが考えられます。また、MOTコースの博士課程には留学生がたくさん在籍しているので、査読論文を英語化して学会活動の裾野を広げることも考えたいと思います。実は、本会の査読付き論文は英語でも受け付けているのですが、現在のところ広報活動は日本語のみで、英語論文を積極的に集めることは今後の活動となります。
そして、本学会のホームページについても、ある準備を進めています。MOT学会の査読論文については、これまで「技術と経営」誌のみに掲載していました。これまでは、査読期間も比較的短く掲載されてきたという実績があるのですが、定期刊行ですので、次の号が発行されるまで待って頂くことは当たり前でした。そこで、これも会員サービスの一環として、査読済の論文については Web公開を先にする(公開日付も掲載日になります)という方法を考えています。査読論文や過去の論文を、会員限定で、パスワードの入力で読めるようにする、といったことも計画中です。
繰り返しますが、MOTの知識を持つ経営層も、ずいぶん多くなってきました。大学や大学院で MOTを学んだ学生が、経営者になって、自社の経営資源としての技術開発を適正に位置付ける。そうしたことが当たり前になれば、日本の企業における技術開発も、一層活性化することと思います。また、一般の経営層の皆さんも、そういうことがある、という知識だけでも持っておいて頂くことが大切なのではないでしょうか。
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