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横幹連合ニュースレター

<<目次>> No.032 Feb 2013

巻頭メッセージ

活動紹介

参加学会の横顔

 
「文明崩壊」を考える
*
寺野 隆雄 横幹連合理事
東京工業大学 教授
 
 第35回横幹技術フォーラム
 
【横幹連合に参加している
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計測自動制御学会

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巻頭メッセージ

「文明崩壊」を考える

  寺野 隆雄 横幹連合理事

東京工業大学 教授

  「知能システム科学専攻」という業務の関係から、最近、「リスク」に関する問題を考 える機会が多い。通常、リスクは、損害の大きさと損害の確率の積で定義されるのだが、 損害の大きさが無限大で、損害の確率が無限小であれば、リスクはどんな値でも取りうる ことになる。「リスク」を考えるきっかけのひとつは、もちろん東日本大震災と、それに 伴う甚大な津波の被害、そして原発の事故であった。また、横幹連合参加学会による震災 以降の「震災克服企画」の一連の研究(注1)に関係をもったことも影響している。しか し、「文明崩壊」という、重い課題を明解に解説してみせたジャレド・ダイアモンドの表 題の書籍[1] の影響も大きかった。遅まきながら、私はジャレドの著作に、はまってしま ったのである。

  ジャレドは、その前作「銃・病原菌・鉄」(原著1997年)(注2)において、人類の1 万年以上にわたる歴史を考察している。同書で、彼は「西洋文明がいかにして技術や社会 制度を継続的に発達させ、世界の多くの地域を支配するに至ったか、その筋道と背景の謎 を、学際的な知識やデータ、開豁(かいかつ)な想像力を駆使して、輪郭鮮やかに解き明 かして」いる。(「文明崩壊」の訳者あとがきより。) 「文明崩壊」の内容は、前作のような全地球的な歴史のストーリーではないのだが、世 界各地の「文明」が、どのように興り崩壊していったかを、具体的な事例に基づき、やは り大胆かつ自由闊達な思索に基づいて生き生きと描いている。個人的には、「文明崩壊」 の記述は、自然環境とその変化、特に、土壌問題、ならびに人口過密化問題を重視しすぎ ているようにも思う。特に、これからの世界を考える上で、物理空間を離れて情報空間で 発生するICTのリスク、経済や金融にかかわるリスクの問題に触れられていないのが、い ささか残念でもある。本書の終わりに近い章で、今後発生するかもしれない世界的な「文 明崩壊」のリスクへの楯として一般市民の果たす役割の重要性を強調しているだけに、な おさらそう思われる。
  それでもジャレドの、幅広く、しかも深い知識には驚かされる。経験も豊富である。彼 は、学部で生物学を修め、生理学で博士号を取得し、分子生理学の研究を続けながら、進 化生物学・生物地理学にも携わり、ニューギニアなどでの鳥類のフィールドワークなども 行っている。また企業の顧問も勤めている。複数の専門領域を修め、その知見を統合した 上で「文明崩壊」のような大著を著すという研究態度は、まさに横幹に通じる研究者であ る。

  2012年11月の第4回横幹シンポジウムの会場で、参加学会の会長の皆さまに集まって いただいて、懇談会を実施した。その時の話題として、(1) 各学会での活動がお互いに見 えていないこと、ならびに、(2) 共通の研究課題は存在するものの、それがひとつの方向 性を持っていないこと、(3) 全体として提言をまとめるような活動が不足していること、 が、挙げられた。横幹の末席をけがす私としては、前述した震災克服企画のワーキンググ ループによるこの1年間の活動がまさに、ひとつの方向性を持った横幹の研究の表れであ ると考えていたので、それがあまり「見える化」されていなかったことを、この会議に参 加して気付かされたのも事実である。これらの一連の研究成果については、今後も更なる 「見える化」によるアピールが必要であるように思われる。

  さて、「文明崩壊」に関連した書物は、他にもいくつか知られている。たとえば、人類 社会の成長戦略に警鐘を鳴らし、世界の危機を訴えたのは、ローマクラブによる「成長の 限界」であった。彼らはシステムダイナミクスの手法によって、彼らの主張を「見える 化」することに成功している。ただし、同書の手法は、一部の専門家の手によるものでも あった。
  一方では、今日のICT(情報通信技術)の発展のおかげで、我々がデータを集め、モデ ル化し、シミュレーションの結果に基づいて自分たちで考えてみることは、「成長の限 界」が著された1972年に比べて、はるかに容易なはずなのである。もちろん、ジャレドの ように博識で、かつ筆がたつような研究者は、現在でも数は少ないのだが。
  「成長の限界」の著者の一人であるヨルゲン・ランダースは、最近の著書「2052」の 中でも、近未来についての詳細な予測を開陳している[2]。しかし、彼は同書において高 度なICTのツールを利用することはせず、当該分野の専門家のコメントのみをもとに論を 展開している。「2052」のwebサイト[3] に簡単なexcelシミュレータが公開されているの ではあるが、その方法が稚拙であることに私は不満を感じている。私の専門には、社会シ ミュレーションやデータマイニングが含まれており、「ことば」だけの論では、シミュレ ーションのような動きを伴う説明や、データに基づく説明に比べて、「見える化」には不 十分であることを認識しているためである。「文明崩壊」のような重い課題に対しては、 複数の領域を横断的に扱うことのできる複数の専門家が、複数の手段で成果を公開する必 要があり、更にそのデータに基づいて、一般市民との間で真摯な議論を交わすことが要請 される。それは、社会問題を含むさまざまな潜在「リスク」を顕在化し、対処可能な対策 を打ち出す横幹的なアプローチである。そうしたことが可能となることによって、初め て、正確な知識と深い教養に裏付けられた一般市民の集合知が結集され、「みんなの意見 が意外に正しい」ことが証されると、私は考える。
  「文明崩壊」のリスクに対する楯となりうるのは、一般市民なのだから。ジャレドと同 様に、私もそう強く信じているためである。

(注1)2012年11月の「第4回横幹連合総合シンポジウム」では、【震災克服企画】のセ ッションとして、経営の高度化と強靭性の強化、生活における社会の強靭性の強化、環境 保全とエネルギー供給における強靭性の強化というテーマに関して、企業震災事例、復興 の検証、強靭な社会システム構築、ICTの支援、そして自治体におけるICTのBCP(事業継 続計画)の課題などについての報告と熱心な討議が行われた。ニュースレター前号の活動 紹介を、ご参照下さい。
(注2)「銃・病原菌・鉄」についても「文明崩壊」についても、翻訳書のほかに、 DVDによる解説(ナショナルジオグラフィック製作)が発行されている。
[1]ジャレド・ダイアモンド著「文明崩壊 - 滅亡と存続の命運を分けるもの」(原著 2005年、翻訳草思社刊2005年)
[2]ヨルゲン・ランダース著「2052 ~今後40年のグローバル予測」(原著2012年、翻訳 日経BP社刊2013年)
[3]http://www.2052.info/

 

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