横幹連合ニュースレター
No.034 Aug 2013
<<目次>>
■巻頭メッセージ■
横幹的アプローチ:雑感
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玉置 久 横幹連合理事
神戸大学 大学院システム情報学研究科 教授
■活動紹介■
●第37回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔■
◆形の科学会
■イベント紹介■
◆「第5回横幹連合コンファレンス」
●これまでのイベント開催記録
■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
E-mail:
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横幹連合ニュースレター
No.034 Aug 2013
◆参加学会の横顔
毎回、横幹連合に加盟する学会をご紹介していくコーナーです。
今回は、形の科学会をご紹介します。
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形の科学会
ホームページ: http://katachi-jp.com/
【形をキーワードに科学を横断する】
形の科学会は、1985年に結成されました。「かたち」とは、「かた」(パターン、外形、共通の鋳型)に「ち」(生命力)が吹きこまれた存在ですから、「形の科学」とは、形を通して物事の本質に迫る活動ということになります(注1)。その研究の領域は多岐にわたりますが、おおまかに、4つの分野があります。(1)空間の性質(多面体などの性質、空間の分割や充填、結晶、配列など)(2)形態形成の機構(物理学、化学、生物学、医学、地形学、家系図、小説の構造などの形の生成機構)(3)形態の計測(複雑な形を含む形の計測やデータ解析手法)(4)デザイン・造形(都市工学、建築、設計、アートへの応用など「創造」全般)
現在は、種村正美氏(統計数理研究所名誉教授)が、会長を務めておられます。
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【形の科学会前史】
栃木県の獨協医科大学では、その開学(1973年)の頃に、馬場謙介氏(注2)が呼びかけて、宮本潔氏(注3)ら当時若手の研究者が「ステレオロジー」の研究会を始めました。ステレオロジーは、特別の装置を必要とせず、2次元の写真などから、3次元の、細胞などのミクロ組織の距離、周長、面積などを測る形態計測の技術です。形態学、病理学、粉体工学などの分野で、有用に使われていました。当時は、CTスキャンや核医学の普及が始まり、コンピュータや画像処理技術が使われ始めた時期にあたります。しかし、それらは非常に高価な技術でしたので、特別の装置が不要なステレオロジーに、研究者たちは注目したのでした。この研究会の成果は、雑誌「細胞」に、技術講座「形態計測」として 1976年〜1978年にかけて掲載されています(注4)。
ところで、ステレオロジーについては、既に欧米諸国では、1960年に、生物・医学者と、鉱物・金属組織学者らが融合して国際ステレオロジー学会(International Society for Stereology、ISS)が設立され、数々の成著が出版されていました。日本でも諏訪紀夫氏(東北大学、故人)、高橋徹氏(東北大学)、藤田哲也氏(京都府立医科大学)、鳥脇純一郎氏(名古屋大学)、骨形態計測の高橋英明氏(新潟大学)などの生物・医学関係の研究者の研究が知られていましたが、ステレオロジーの集会が行われたことはありません。そこで、上記の獨協医大の研究会では、理工学関係者も交えた研究者の集会組織が作れないかと考えました。そのことを、以前から研究の交流があり、ISSとも関連のあった石坂昭三氏(筑波大学生物科学系教授)(注5)に諮ったところ、ステレオロジーだけではなく、それ以外の形態計測などの研究との交流を勧められて、研究集会「形の物理学」(後述します)を主催する小川泰(とおる)氏(筑波大学教授)(注6)を紹介されました。その結果、二つの研究グループが合流して、「第1回形の科学:ステレオロジーシンポジウム」(84年)が実現したのです。
形の科学会の、もうひとつの源流である「形の物理学」の研究計画は、1980年に京都大学基礎物理学研究所(基研)において提案されたものでした。当時、物理学の領域においては、非平衡非線形現象としての形態形成機構と、その時間発展に関して関心が高まっていたこと。結晶成長を論じる際などに、統計物理学と、空間の性質や幾何学的性質などとのかかわりを検討する必要が生じていたこと。そして、カオスやフラクタルなどの非周期性や複雑系科学によって物理学が脳や経済現象にまでその対象を広げ、コンピュータの普及が、その展開を支えようとしていたことなどが、「形」の物理学の研究を促していました。その第1回の集会が行われたときの世話人は、小川氏と、森肇氏、樋口伊佐夫氏でした。しかし、この分野の先駆的研究である、高木隆司著「かたちの探求」(1978年、ダイヤモンド社)(注7)については、まだ世話人たちに知られておらず、集会の準備中に知った時には高木氏は滞独中。やがて、高木隆司氏は、第2回の研究会から世話人として、この集会に加わることになり、後に、高木氏は、形の科学会第2代会長として学会の発展に非常に大きく寄与されました。
上記二つの研究グループが1985年に合流し、特定の分野に偏らない形で、諸分野の人材が多く参集して結成されたのが「形の科学会」です。
(注1) | 高木隆司「講座:形の科学」シミュレーション(日本シミュレーション学会誌)30巻( 2011)No.1 〜4。 |
(注2) | 馬場謙介氏。1997年形の科学会功労賞受賞者。現在、八戸病院副院長。獨協医科大学には、国立癌センター(築地)から赴任した。 |
(注3) | 宮本潔氏。2009年形の科学会功労賞受賞者。現在、獨協医科大学教授。 |
(注4) | 連載の著者は、馬場氏、宮本氏の他に、木村一元氏、岡安貞二氏、神崎可也氏など。 |
(注5) | 石坂昭三氏。1995年形の科学会功労賞受賞者。現在、富山国際大学教授。 |
(注6) | 小川泰氏。形の科学会第3代会長。筑波大学名誉教授。 |
(注7) | 高木隆司著「かたちの探求」(1978年、ダイヤモンド社)の目次を紹介する。「力のつりあいで生まれる形」「熱運動の影響」「流れの造形」「生物の形」「対象性」「分岐」。いずれの章も、類書の少ない中で大変執筆にご苦労されたことが伺われる。 |
【形の科学会の発展と、横幹連合への参加】
その後、1989年8月にBudapestで、シンメトリー(Symmetry)の国際会議が開かれ、国際組織ISIS-Symmetryが結成されました。科学技術から文学・芸術に至る交流の場として組織され、ISIS-Symmetryの結成には、形の科学会における学際的研究が大きな影響を与えています。1994年と1999年に日本で行われた国際会議KATACHI U SYMMETRYは、形の科学会とISIS-Symmetryの共同開催で行われました。
この後、横幹連合の発足にあたって、形の科学会が当初からの参加学会として、大いに活躍されていることは、皆さま良くご存知の通りです。横幹ニュースレターでは、第1回横幹連合コンファレンス(2005年)の行われた直後に、当時の会長の本多久夫先生(兵庫大学)に、形の科学会についてのお話を伺っています。再掲します。
Q:研究範囲が幅広いのですが、どのような問題意識で皆さん参加されているのでしょうか。
A: 2004年に「形の科学百科事典」(朝倉書店刊、第59回毎日出版文化賞)が、編集委員の皆さんのご苦労でまとめられました。例えば、この本などをぱらぱら見ていただくと、その方なりのヒントが見つかるかもしれません。「形」について本腰をいれて研究しよう、という方々の学会です。
医学で解剖的特長の分析に使われている「ステレオロジー」や「設計」、「アート」、などは、それぞれがプライマリーな専門分野ですが、例えば、分子生物学などの非常に抽象化された専門分野の方が、本来ご自身が関心を持たれていた、生物の形の美しさとか好みとかを、こんどは「形」という切り口から専門分野を生かして研究してみたいときなどに、セカンダリーな学会としてここに参加される。そうしておけば、定年などでプライマリーな研究の機会が制限されてしまった場合でも、研究が続けられるといった効用もあると思います。
長野での第1回横幹連合コンファレンスの予稿集(CD-ROM)では、「ボロノイ分割」というテーマで、共通した機構が、細胞集団の組織や動物のなわばり、村の共同施設の配置など、思いもよらない異なった分野で働いていることをご紹介しました。ニュートン力学は分子から天体まで幅広く異分野を横断していますが、ニュートン力学などと、また違った「ものの見方」が、専門分野を超えて、諸分野を活性化できるだろうと考えています。
Q:学会内部での、横幹的な交流の成果をご披露いただけますか。
A:年2回のシンポジウムの記録をホームページからたどっていただければ、幅広い分野を横断してセッションが行われているのがお分かりいただけると思います。また、英文の学会機関誌の「FORMA」については、PDFで本文そのものが閲覧できます。専門学会誌での掲載には、査読に時間のかかりそうなテーマであっても、「形」に関係する論文であれば、きちんと査読して「FORMA」に掲載をしています。
Q:第1回横幹連合コンファレンスに参加されて、どういった印象を持たれましたでしょうか。
A: 非常に興味深く、さまざまな学会の発表を聞くことができました。贅沢な経験でしたが、聴講者が少人数の部屋もあったのでもったいないと思いました。例えば、並列するセッションの数が少ない時間帯で参加学会の活動の紹介をもっと大勢の人が聞けるような形式も、今後工夫されてはいかがでしょう。現在、形の科学会では、年に2回、形の科学シンポジウムを行っておりますが、並列セッションではなく、参加者全員がすべての講演を聞くようにプログラムが組まれています。
何年かに一度、各学会の紹介だけをまとめて聞けるセッションなどがあっても、楽しいのではないでしょうか。
【形の科学、特別講義】
ところで、今回の形の科学会のご紹介にあたって、「かたちの事典」(丸善、2003年)の著者、高木隆司氏が、神戸芸術工科大学で、「形の科学」の講義に使用しておられる資料を拝見することができました。その、ほんの一部を要約して、引用させて頂きます。
デザイン・造形などの「創造」分野に関して、「形を科学する」ということは、どんな風に行われるのでしょう。高木氏は、先ず、西洋と東洋の建築デザインを比較するところから考察を始めます。宗教建築は、洋の東西を問わず、どこでも左右対称。そのことで、崇高さ、荘厳さが際立ちます。そして、最近の「美術館の建築」については、どこでも曲線が強調されて非対称。動的、活動的であることが強調されています。それでは、絵画は? 例えば、ルノワールの人物画と、上村松園の人物画を比較して見て下さい。どちらも、顔が対称、姿勢や配置が非対称に描かれていますので、安らぎや、落ち着きといった印象を受けますね。建築や絵画では、洋の東西で、あまり大きな違いはないみたいです。
それでは、道具のデザインについては、どうでしょう。
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日本のはさみは、デザインが左右対称。手のほうを、道具に合わせて用います。それに対して、西洋はさみでは、右利き用、左利き用が製造されています。
これに似ていて、しかし、表現としては逆になるのが、庭園の造り方です。日本では、自然を模して、非対称。西洋では、人体の対称性(レオナルド・ダ・ヴィンチのデッサンが有名です)を模すように、庭は左右対称に作られています。
全体を、眺めてみると、次のようになります。
このように考察して、非常に興味深い座標軸が見つかりました。高木氏は、このような講義を「形の科学」のイントロダクションとして行っておられるそうです。
ところで、「形」を手がかりにして着想し、大きな発見を成し遂げた先人が、科学の世界には大勢います。以下の例も、高木氏の講義用資料からの引用です。プラトンの立体(正多面体)、レオナルド・ダ・ヴィンチのデッサン画、ウェーゲナーの発見した大陸移動説、寺田寅彦の独創性、マンデルブローのフラクタル概念、シェヒトマンによる準結晶の予言、などなど。「形の科学」の面白さは、専門分野の教科書を突つくだけでは見つからなかった新しい発見が、形を手がかりにして、見つかる面白さであるようです。
中でも、寺田寅彦氏の随筆に見られるような、身の回りのほんの些細なことに自然の大きな謎解きの鍵を見つけるという姿勢に関しては、高木氏は非常に高く評価され、彼が「日本の形の科学の元祖」であると指摘しておられます。寺田氏は、ドイツに留学してX線物理の最先端の研究を行った経験があるのですが、やがて(例えば)松の枝ぶり、といった「形」を手がかりに、日本人が自分たちの得意な分野を生かして物理学を研究することの大切さに気が付きます。寺田氏の先見性は、長い間、マイナーな物理学だと評されてきましたが、フラクタルの概念などによって「形の物理学」の研究が大いに進展した80年代に、正しく再評価されることになりました。皆さまも、地震、雷の放電、雪の結晶、金平糖の形成などについての寺田氏の随筆を、ぜひ読んでみて下さい。形の科学や可視化技術は、たとえ相手が科学には素人の一般社会人であっても、その科学技術の内容の有用性を一緒に議論することができる、という強みを持っているのです。
ところで、本学会事務局長の松浦執氏に伺ったところ、今度、本学会には「ジュニア会員」の制度が作られるそうです。小学生の入会希望者がいて、この秋の学会のシンポジウムでは聴講する可能性があるそうです。「形の科学」の面目躍如というエピソードで、将来が楽しみです。