横幹連合ニュースレター
No.037 May 2014

<<目次>> 

■巻頭メッセージ■
デザイン科学における
横幹型活動
*
松岡 由幸 横幹連合理事
慶応義塾大学 教授
■活動紹介■
●第39回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔 ■
日本リモートセンシング学会(2)
■イベント紹介■
◆第42回横幹技術フォーラム
●これまでのイベント開催記録

■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
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横幹連合ニュースレター
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横幹連合ニュースレター

No.037 May 2014

参加学会の横顔

毎回、横幹連合に加盟する学会をご紹介していくコーナーです。
今回は、日本リモートセンシング学会を再掲載致します。  
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日本リモートセンシング学会(2)

ホームページ: http://www.rssj.or.jp/

 
【宇宙から地球環境・資源・災害の探査】

 2013年12月22日に行われた、第5回横幹連合コンファレンスにおける吉川弘之名誉会長の記念講演「領域の統合~分化によって成立する科学と、統合によって成立する合学(工学)~」は、会場の参加者に大きな感銘を与えました。17世紀のデカルトの著作『方法序説』『精神指導の規則』には、「充分な順序正しい枚挙」(帰納)と併せて「綜合」(「設計学」の synthesis )が、真実の判断についての研究においては目的とされなくてはならない、と書かれていたのだそうです。横幹ニュースレターでは、前号 「活動紹介」 (の注1)で、それを要約してご紹介しました。デカルトがこれらの著作を書いていた頃には、ローマ教皇庁によるガリレオの裁判がありました。それで、異端(教会に楯突く)と見られる恐れがある「統合」の部分が、あいまいにしか書かれておらず、このため世界の科学者は、「科学」の本来の姿を曲解したままで数百年を過ごして来たのかも知れません。それで、この「統合による合学」という観点を正面から論じた論考は、まだ、ほとんど例がありませんでした。
 ところで、横幹ニュースレターでは以前に、 「巻頭メッセージ」(2012年5月号 No.029掲載) で、安岡善文先生(注)に、これについてのご考察を頂いております。そこで、ここでは、
(1) 最初に、安岡先生から、人工衛星や航空機のセンサによって電磁波のデータを活用する「リモートセンシング学」の領域で、横幹的アプローチによる「合学」の活用について、改めてお話を伺おうと考えました。
(2) また、「日本リモートセンシング学会」(現在の会長は、名古屋大学大学院教授、環境学研究科地球環境科学御専攻、山口靖先生です)につきましては、その「学会の横顔」を、以前の横幹ニュースレター No.005(2006年5月号)に掲載しております。当時の会長、岡本謙一先生からお話を伺って纏めたもので、その内容を、安岡先生のお話に続いて再掲致します。

1.「横幹的アプローチの提案:データから情報、インテリジェンス、さらに戦略、施策へ」再説

 さて、安岡先生の「巻頭メッセージ」を、ここで再読させて頂きます。「横幹的アプローチの提案:データから情報、インテリジェンス、さらに戦略、施策へ」と題されたこのメッセージには、次のような図が付されています。

図1
 
 <図1 データ収集から戦略構築、施策立案までの横幹的アプローチ(安岡氏案)>


 引用します。「今日、我々の周りで発生している(大地震などの)災害や環境問題、また経済的な問題を見ると、予測・評価に基づいた推論の重要性、そして、推論に基づいたインテリジェンスの重要性が、十分に認識されていないのではないかと感じます。」(ここで、インテリジェンスには、「インテリジェンス = 情報 * 推論」という仮説が立てられています。)「例えば、『どこでどの位の規模の地震が発生した時に、どんな程度の被害が予想され、またどこで交通網の切断といった不都合が生じるのか』、『どれだけの救援部隊や物資を、どこに投入することが必要になるのか』を推論することが、インテリジェンスです。これを把握するには、地震そのものに関する情報に加えて、様々な想定に基づいた推論が必要になります。推論を得るには、モデルを用いたシミュレーション予測や評価の技法が不可欠なことは、言うまでもありません。」
 「今日、我々が抱える様々な課題を解決するために、データから情報、インテリジェンス、さらに戦略、施策に至る道筋を明確にすることが必要では無いでしょうか。勿論、その道筋には、理念や目標が必須となります。」「また、施策の及ぼす効果を評価して、その評価を、計測・調査、モデル化、またシミュレーションに『フィードバック』」することも、不可欠です。「さらに、施策立案が行われる際に、図面の右側から左側に向かっての逆探索が重要であることを、特に付記しておきたいと思います。施策から戦略、インテリジェンス、情報、データへの流れを逆に探ることによって、その他のインテリジェンスや情報、そしてデータの必要性に気付くことができますし、同時に、そのアプローチの取得条件や制約についても十分な理解が必要であることに思い至るのです。」

 この巻頭メッセージを、更に要約させて頂きますと、私たち科学者は、もし我々の持つ科学技術の知識を、次の災害の「予防・減災」や「持続可能な望ましい社会」の実現に結び付けたいと考えるならば、(1)想定した対象地域の人口・動態、地球環境やエネルギー資源などを調査・モデル化して(2)必要なシミュレーションを行い(3)戦略的に、その社会の最適化・効率化を考えて、(施策提言などの形で)「制御」を、社会に対して行う必要がある、ということになるようです。安岡先生が、横幹連合「震災克服研究の連携活動」のワーキンググループC の活動を纏められ、そこで得られた結論の一つが、この図でした。
 しかし、「自然科学者」にとってみれば、これまでの学校の授業の中で、住み良い社会をデザインするための設計方法を考えて、社会を「制御」すること、ですとか、製品が社会の中で果たすべき目標を考えなさい、などと教わった覚えはありません。それらは、いったい、自然科学者の仕事の範疇に含まれるものなのでしょうか?(吉川先生によれば、)この疑問に対して、デカルトは明確に、「Oui!」(科学者の仕事です!)と断定していました。
 18 世紀から20世紀にかけて、事実の科学は「自然科学」、使用の科学は「設計科学」、意味の科学は「社会科学」として、それぞれが個別に、体系化が進んできました。自然科学者は、「帰納」する事だけ、時計だったら、詳しく機能を探るために歯車一つにまで分解するだけで研究を終えて良いんだ、と誤解をしてきたようです。しかし、デカルトは、帰納された結果は「綜合」されて、初めて、「真実の判断についての研究」になると直感していました。安岡先生がここで論じられた内容は、実は、デカルトが考えた「合学」(自然科学が帰納によって得た結論は、設計科学や社会科学が並走して、その社会に役立つものに組み上げられて検証されることによって初めて、その「結論の妥当性」が評価される)の正しい方法論だったように感じられました。

 今回の掲載に当たって、安岡先生に、この「横幹的アプローチ」が、どのようなきっかけで着想されたのか、お尋ねしました。こちらをご覧下さい。「いぶき」(GOSAT)は、日本が世界に先駆けて成功させた「温室効果ガス観測技術衛星」です。フーリエ分光方式による温室効果ガスなどの大気微量成分の観測という、日本が完全に世界をリードしている難度の高いセンサ技術がそのベースにあるために、欧米は必死に日本の後を追っているそうです。

図1
 
 <図2 「いぶき」によって測定されたメタンカラム平均濃度の月別全球分布の例(平成22年7月)>

  出展:JAXA 人工衛星・探査機による貢献 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT) 紹介頁

 こうした、観測衛星によって得られたデータについて横幹的に考えてみますと、そのデータは、空しく、利用してくれる人が現れることを、ただただ待っているよりも、モデル化を通して、適切な「制御」を社会に対して働きかけることに利用され、社会の住民にとっての快適な生活環境を実現することに役立てられるほうが、はるかに合理的です。そのデータが活用できる分野は、生物多様性の保全や、地球規模の環境保全など、様々にあるようです。いずれの活用においても、観測の広域性・定期性・持続性に特色のある「リモートセンシング」の最先端の科学を活用してデータが蓄積され、モデル化が行われて、更に、シミュレーションによる最適化・効率化が工夫され、最後に、施策の提言によって社会に対する「制御・管理」が行われることになるでしょう。そして、その結果の「評価」を行うことによって、新しい、更に効果的な「制御・管理」も試みられることになる筈です。

図1
 
<図3 人間と自然、社会の相互作用>

出典:「日本リモートセンシング学会誌」(Vol. 31、2011、No. 2)「30周年記念特集号」
   安岡善文「リモートセンシングの将来展望と責務」

 このような日本の、せっかくのアドバンテージ技術を生かすために、安岡先生は霞ヶ関に出かけて、行政の方々に、次のような施策を提言しておられるそうです。
 「日本政府は、日本のお家芸でもある省エネ技術や、低公害のエネルギー技術などを海外に紹介するに当たって、トータルな『システム』としての提案をされています。そこで、例えば、東南アジアの国々に、日本製の太陽光パネルなどを推薦するといった場合に、衛星「いぶき」による「観測データ」をシステムの一部として、その国に提供します。すると、この太陽光パネルが普及して、その国が、どれだけ大気の状態を改善させることができたか、といったことを、日本が(いわば)『見守って』差し上げる事ができるのです。これは、外国との継続的な信頼関係を結ぶ、大変良い方法にもなります。」
 安岡先生は、このようにして、衛星データ活用のアプローチと、フィードバックに関して、施策としての提言をしておられます。
 このような形での、「衛星による計測データ」の活用は、分かりやすく、しかも、明瞭な評価が期待できる事例になりますが、実は、こうした横幹的アプローチを使えば、すべての人工物について、モデル化を通じ、最適化の「制御」が可能になると思われます。  ともあれ、今回は、地球環境を「知るため」の観測システムから一歩踏み込んだ、地球環境を「良くする」ための「横幹的アプローチ」につきまして、安岡善文先生から、大変に貴重なお話を伺うことができました。
(文責:編集室)

(注)安岡善文氏は、東京大学名誉教授、横幹連合監事(前副会長)、リモートセンシング学会第10代会長。「横幹連合会員学会の震災克服調査研究の連携による強靭な社会の再構築に向けた横断型基幹科学技術の展開」(震災克服研究の連携活動)で、ワーキンググループCの主査を務められました。(文責:編集室)

2. 日本リモートセンシング学会「学会の横顔」

「地球環境・資源・災害の遠隔探査」 →【宇宙から地球環境・資源・災害の探査】

 (社)日本リモートセンシング学会は、リモートセンシングに関する研究の連絡、提携を図り、学問および技術の発展、普及に寄与することを目的として、1981年5月に設立されました。
 地上にある、あらゆる物質は、電磁波を受けると、物質の性質に応じて、波長帯毎に固有の反射をしたり、また吸収するという性質を持っています。(電磁波には、可視光や赤外線、紫外線、いわゆる電波などの種類があります。)この原理を用いて、地上から反射したり放射したりしている電磁波を、人工衛星や航空機のセンサを用いて捉えることにより、地球表面付近の大気の状態や、森林の生育、海や河の汚れ、砂漠化の状況などを観測することができるのです。このような観測方法を、リモートセンシングと言います。
 従って、学会員の活動分野も、環境監視、気象、海洋、生態、地理、測量、地質、資源探査、農林業、水産、土木、建築、情報、計測、機械、宇宙開発、行政などの幅広い分野にわたり、既存の学問領域を越えた闊達な議論が進められています。学会発足後から、学会誌の発行、各種研究会や講演会を開催して学問の普及に勤め、会員相互の親睦・連絡が図られてきました。
 この学会について、(取材当時の)会長の岡本謙一先生(大阪府立大学)に、お話を伺いました。

Q:学会の歴史が20年以上と長く、岡本先生は11代目の会長でいらっしゃるのですが、やはり、会長のご専門や時代の要請などによって、各会長の時代には特色がありましたでしょうか?
A:初代の会長は、気象庁長官をされた(故)和達清夫氏でしたが、それ以降は学際的な学会であることを反映して、さまざまな分野を専門とされる方々が、会長を務められました。ただし、「マルチカルチャーの接点に新たな技術文化を創造していく」という点においては、歴代会長は共通の理想を持って、新しい学問体系を構築する喜びで参加して来られたと思います。また、本学会は、日本の地球観測衛星の歴史と共に歩んできたと言うこともできるかもしれません。わが国初の地球観測衛星 MOS-1(87年)は、NASAの地球資源技術衛星(ERTS、72年)からは15年遅れて実現しましたが、リモートセンシング技術の発展にとって重要な役割を果たしました。その後、JERS-1、ADEOS、TRMM、ADEOS-II、ALOS と続きましたが、当学会の多くの会員は、これらの衛星データを使って学際的な研究を行ってきました。(補追:「いぶき」GOSATは、2009年に打ち上げられ、最先端のセンサ技術によって世界をリードしています。)

Q:地球環境の変化への警鐘や、諸外国と協調しての資源探査、災害時の被害状況の把握などにリモートセンシング技術は、大変に有効です。一般への啓蒙普及などに、こうした切り口からの情報提供は、タイムリーでもあると思うのですが。
A:韓国、台湾や諸外国の研究者との交流なども、各国での学会発表に相互に参加するなどの形で積極的に行われています。また、長野の第1回横幹連合コンファレンスでは防災に関するセッションを担当して、鬼山昭男副会長(当時)が、スマトラ島沖地震による津波被害や新潟県中越地震の際の地すべりなどについて発表されました。こうした課題については、マルチカルチャーの接点に新しい技術分野を構築する、という本学会の特色が良く出ていることと思います。また、学会の企画委員会が中心となって、学生や一般市民を対象とした講演会を毎年、数度開催し、リモートセンシング技術の普及啓蒙活動を行っています。例えば、2005年1月には大阪府立大学で「高解像度センサによる宇宙からの地球観測 -新しい文化の創造を目指して-」と題して講演会を行い、(財)地球科学技術総合推進機構の坂田俊文先生に、基調講演で「宇宙から見た古環境」のお話をしていただきましたが、大変に好評でした。
(学術講演会の紹介頁は、こちら

Q:今後の学会活動について、抱負をお聞かせください。
A:海外のリモートセンシング関係の学会との新たな協力関係の構築や、国際的な学術講演会の開催などを企画したいと考えています。会員へのサービスとして、リモートセンシングに関するCPD(技術者の継続的な専門教育)の導入を検討しております。また、学生や市民を対象としたセミナーなども継続して行きたいと考えています。さらに、学会が、現在の受託研究を発展させたプロジェクト的な研究面での企画を実施する仕組みを作ることができないかについても、検討しているところです。

(No.005, March 2006 「学会の横顔」掲載稿に加筆。文責:編集室)