横幹連合ニュースレター
No.038 Aug 2014
<<目次>>
■巻頭メッセージ■
横幹的研究の展開と発展へと向けての広報・出版委員会の取組と課題
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有馬 昌宏 横幹連合理事
兵庫県立大学 応用情報科学研究科 教授
■活動紹介■
●第40回横幹技術フォーラム
■参加学会の横顔 ■
日本計画行政学会
■イベント紹介■
◆第5回横幹連合総合シンポジウム
●これまでのイベント開催記録
■ご意見・ご感想■
ニュースレター編集室
E-mail:
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横幹連合ニュースレター
No.038 Aug 2014
◆活動紹介
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【活動紹介】
第40回横幹技術フォーラム
総合テーマ:「社会デザインのためのエージェントベース・シミュレーション」
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第40回横幹技術フォーラム
総合テーマ:「社会デザインのためのエージェントベース・シミュレーション」
【企画趣旨】 今日、企業や産業構造はもとより、経済や金融制度、次世代インフラ、地域コミュニティ等の社会システムのデザインは、複雑性の様相をもった多様な関与者のダイナミックな相互関係を包摂しなければならないという、大きな課題に直面している。この課題への取組みとして、関与者の関係性から予想される社会の有り様(シナリオ)を豊かに生成するエージェントベースの社会シミュレーションが、社会デザインにおける有力なアプローチであると、世界に先駆けて(日本から)主唱されてきた。
本フォーラムでは、この取組みの最新の成果と、実世界情報処理やビッグデータとの連動等の今後の展開方向を提示して、エージェントベースのシミュレーションが可能とする社会デザインの新たな姿や、文理融合・産官学連携施策について議論する。
日時: 2014年1月24日
会場:日本大学 経済学部(JR水道橋)
主催:横幹技術協議会、横幹連合
◆総合司会 出口弘(東京工業大学 教授)
◆講演1「社会デザインのためのエージェントベース・シミュレーション」
出口弘
◆講演2「社会シミュレーションの情報技術」
喜多一(京都大学 教授)
◆講演3「社会・経済・ビジネスのためのシミュレーション:ゲーミングからのアプローチ」
田名部元成(横浜国立大学 教授)
◆総合討論 司会:出口 弘
講演者の皆様 (敬称略)
プログラム詳細のページは
こちら
【活動紹介】
2014年1月24日、日本大学 経済学部において、第40回横幹技術フォーラム「社会デザインのためのエージェントベース・シミュレーション」が開催された。
今回の企画の趣旨を理解するためには、総合司会と講演1 を担当された出口弘氏の経歴のご紹介が、早道となるだろう。氏は、東京工業大学総合理工学研究科、知能システム科学専攻の教授で、研究分野は「エージェントベース社会システム科学」(ABSSS、Agent-Based Social Systems Science)「社会シミュレーション・主体を含む複雑系」「進化経済学」「ゲーミングシミュレーション」である。特に、「エージェントベース社会システム科学」の確立について、自らの研究室のミッションである、と位置づけられている。(出口研究室ホームページより要約。以下出典同じ。)
氏の研究の主題は、首尾一貫して「主体を含む複雑系」にあり、90年代からの研究である「ポリエージェントシステム」(多主体複雑系)などの分野で「エージェントベース社会システム科学」の潮流の世界的な形成の流れをリードして来た。1994年には、ポリエージェントによって文理融合型の社会科学を形成する事を目的の一つとする「シリーズ 社会科学のフロンティア」を日科技連出版から刊行しており、これは世界的に、この種の刊行物として最も早いものの一つであるという。(これらの研究成果は、著書「複雑系としての経済学」日科技連出版 2000年刊 にまとめられ、2001年に、経済学の論文博士を京都大学から取得している。)
また、学際研究プログラムとして、U-Mart という名称の「人工市場」のプロジェクトを国内研究者のグループで立ち上げてきたという。U-Mart については、講演2で詳述される。
そして、社会シミュレーションの枠組み作りとして、氏は 2003年に東京大学医科学研究所の清水哲男教授と連係して、エージェントベース・シミュレーションのための専用言語(SOARS、Spot Oriented Agent Role Simulator)の初期版の開発に成功して、SARS(重症急性呼吸器症候群)の感染シミュレーションの分析などを手掛けたそうだ。この言語は、文部科学省 21世紀 COEプログラムの「エージェントベース社会システム科学」研究の中で発展を遂げ、現在、様々な利用が行われ始めているという。SOARSは、現在、国立感染症研究所や慶応大学グローバルセキュリティ研究所などと連携し、天然痘のバイオテロや、新型インフルエンザの感染対策のモデルを開発する事などにも用いられているという。
さて、出口弘氏の講演「社会デザインのためのエージェントベース・シミュレーション(Social Architecture Design via Agent-Based Modeling)」は、「社会システム」のデザインにおいて、シミュレーションを用いるメリットを枚挙する事から始まった。このとき、社会の制度設計やビジネスの組織目的を達成する「社会デザイン」において、その社会や組織のステークホルダー(利害関係者)が介入操作できるような水準で、その設計案のモデルやシナリオを構築する事ができれば、
(利害関係者は、)
(1)それぞれのシナリオが抱える将来のリスクを、関係者自身が、自律的に解析・比較参照できる事から、
(2)将来の不確実性に、関係者自らが対処する形で、
(3)社会的制度の機能要件を十分に満たす、または、その組織の目的が達成できるような制度設計が、可能になるはずである。
こうした「シナリオによるリスク予測」として有名なものに、春秋戦国時代の墨子のシミュレーションがあって、氏は先ずこれを紹介した。その逸話では、墨子が、宋という当時の弱小国に仕官していたときに、大国である楚が、最新兵器の雲梯(うんてい、ハシゴ車のようなもの)を用いて攻めてくるという情報を得たとされており、墨子は単身で、楚の国王に会いに出かけた。そして、国王の面前で、机上で9回のシミュレーション(模擬戦)を行って、どの場合にも宋が見事に撃退に成功したので、楚の国王は進軍を思いとどまらざるを得なかった、と伝えられている。
エージェントベース・モデリングによるシミュレーションでも、この逸話と同様に、設計案のモデルや複数のシナリオ(とそのリスク)が、利害関係者の自律的な相互関係を包摂する形で記述・公開できる。従って、たとえば、感染症が大発生した際の対策に活用できる水準のモデルを用意して、机上演習を行う事によって、複数のシナリオの中から、関係者が将来の望ましい制度設計を選ぶ事が可能であるという。具体的には、氏は、現在の人口統計の変化(日本の人口の減少)から予測して、現在のいくつかの100万人規模の都市が、やがて都市としての機能を失う事を指摘した上で、たとえば、仮に、天然痘のバイオテロなどが生じた場合の問題を、シミュレーションを行う事によって推測できると氏は解説した。統計的には、ひとりの天然痘患者が何人に感染させるかの予測が、これまでにできている事から、治療にどのくらいの数の病院が必要になるかの試算が容易に出来る、という事。従って、人口が減少傾向にある都市で、どのくらいの病院数、医師数が不足するのかが明確になり、それをリスクと認識して、制度的な対応を行う事に、利害関係者が同意をするのか、しないのかの判断材料が提供できると指摘した。また、たとえば、糖尿病の患者数に関しては、レセプトデータ(ビッグデータ)の分析が出来るような基礎データが得られている事から、エビデンス・ベースでの患者数の推移について、シミュレーションを用いた議論ができる事などを、氏は独特の早口で説明された。
なお、ABM(Agent Based Modeling、エージェントベース・シミュレーションのためのモデリング)については、米国の NAACSOS(North American Association for Computational Social and Organization Sciences、全米計算社会&組織科学学会)、欧州の ESSA(ヨーロッパ社会シミュレーション学会)、そして、日本が中心となっている PAAA(アジア太平洋地域エージェント社会科学学会)を三極として研究が進められているという。いずれの学会も、2003年に設立されたそうだ。なお、NAACSOSは、現在は CSSSA(Computational Social Science Society of the Americas)の下部組織として改組されている。また、相互に提携するワールド・コングレス WCSS(World Congress on Social Simulation)を、2年に一度開催する形でスタートさせたという。第一回の WCSSは、2006年に京都大学で開催されたという事である。
今回の氏の講演は、「エージェントベース社会システム科学」という最先端の研究を精力的に開拓して来られた先駆者ならではの、印象的な内容であった。
出口弘氏の講演の Q&Aで、面白い質問があった。Q:「東京は 2020年のオリンピックに向けて様々の準備を行っているところだが、ABMの手法を使って、必要な準備や都の予算をシナリオ化して民意を問うという方法は取れないだろうか?」という質問であった。これに対しては、A:「残念ながら都市の規模が大きすぎる。青森県の事例に関して、それに似たようなアプローチを考えているが、それでも、出口研究室の全メンバーや協力する研究室で取り組んで、どこまで出来るかという話になる。都の場合は予算の規模が青森県の約10倍なので、現在のところは、必要な研究者の数が集められないというのが回答になる」という事であった。
出口弘氏に続き、講演2 として、喜多一氏(京都大学 学術情報メディアセンター長、国際高等教育院 教授)の「社会シミュレーションの情報技術」と題する講演が行われた。
最初に、軽く余談だが、といった調子で喜多氏は、大変に重要な指摘をされた。京大の国際高等教育院では(各学部の専門教育と並行して実施される)教養科目や外国語・専門基礎科目の授業を、主に新入生を対象に実施している(つまり昔の、教養科目の授業を行っている)そうなのだが、「設計科学」や「人工物」についての科学哲学に関する教養科目レベルの授業が全く無い事で大変に困っているという。このような内容の授業は、おそらく「日本では皆無」であるので、たとえば「情報が大事だ」という指摘に対しては「それなら、授業で Excelを教えれば良いのじゃないか」といった類の、教養観を非常に欠いた授業内容が横行しており、大変に「居心地の悪い」思いをしておられるという。時に今回、喜多氏が講演された「社会シミュレーションの情報技術」に関しては、設計科学に関する基礎教養が必須である事から、「現在のところ横幹連合しか、それを文科省や学術会議に働きかけられる組織が無いのだから、もっと強く主張して欲しい」という事を強調された。
さて、今回の講演の主題とされた U-Mart とは、日本を代表する「人工市場研究」のプロジェクトの一つで、多くの研究者が参加して開発・活用されているという。主な研究対象は「金融市場の制度デザイン」である。具体的には、金融市場と同様の取引がシミュレーションとして経験できるので、学習者が目にするバーチャルな取引所では、実際の市場と同様の場の流れ、そして、手数料率の変更や値幅制限、さらには、更新速度の変更、情報公開の範囲の制限なども反映された操作方法が確立されており、流動性や安定性を評価した操作パラメータも利用する事のできる、本格的なシミュレーション・システムになっているという。
U-Mart システムは、現在、工学、経済学における優れたコースウェアとして利用されており、工学系の教育機関で、プログラム演習の課題としてU-Mart システムを活用している授業も多いという。受講生同士の対戦やイベント活動(公開実験)への参加を通じて、参加者のモチベーションを高められる事から、非常に優れた演習課題であるという。なにより、実際に動く投資プログラムである事。また、非常に簡単なアルゴリズムから複雑な学習アルゴリズムの実装に至るまで、オープンに目標が設定できる事が、優れた演習効果を挙げているそうだ。
また、公開実験を通して集められた取引エージェント(マシン・エージェント)は、研究に利用されるエージェント・セットの多様性を広げるとともに、こうした「人工市場」によって解かれるべき問題の発見にもつながっているという。
喜多氏は、半導体技術のすさまじい進歩によって、80年代に京都大学が巨額のレンタル料で利用していた「スーパー・コンピュータ」のスペックが、現在の一般的なパソコンのスペックと、ほぼ同じである事を指摘した。また、2013年2月4日に気象庁のスーパー・コンピュータの冷却装置に障害が生じた事で、気象庁ホームページの「数値予報天気図」が、ほぼ一日にわたって、利用できなくなった事を引いて、「われわれの社会は、シミュレーションが止まれば、天気予報が見られなくなるという、そんなリアリティの時代にさしかかっているのです」と講演全体をまとめた。
最後に、講演3 として、田名部元成氏(横浜国立大学教授)の「社会・経済・ビジネスのためのシミュレーション: ゲーミングからのアプローチ」と題する講演が行われた。氏は、横浜国立大学大学院、国際社会科学研究科(研究院)などにおいて、10年前からビジネスゲームを実際に開発され、またその授業で使用しておられるという。この講演で、田名部氏は「人工物の科学」について非常に重要な指摘をされた。
ビジネスゲームを授業に使用すると、「ゲームは面白かった。でも何を学んだのかが良く分からない」というプレイヤーが、必ずいるという。このとき重要になるのが「ファシリテーター」(体験型学習の促進者)の存在である。話は少し戻るが、講演2の中で、U-Mart の授業で、「でも所詮は、シミュレーションでしょ。何かの役に立つんですか?」と質問する学習者に対しては、喜多氏は答えて、「君たちが、急に海外の金融市場に会社から派遣されて、異なった制度の中で、いきなり『ここで取引をして成果を出せ』と命じられたような場合に、頼りになるのは、今回の授業の中で、シミュレーションの操作パラメータを色々に変更した際の経験だけなんだよ」と言うようにしているという。学習者に対して、こうした説明で学習した内容を深く理解させられる、という事が、ファシリテーターの役割であるとされる。
そして、ビジネスゲーム(シミュレーションゲーム)では、ゲームはプレイヤー同士のコミュニケーションだけで進行していくように一般に考えられているが、実はそれだけではなく、プレイヤーと開発者の間も、ファシリテーターを介してコミュニケーションを行っているという。そして、プレイヤーは、こんどは大学院の授業の中でビジネスゲームを「開発する」側に廻ったときに、プレイヤー(とファシリテーターの双方)から開発者に対する批判を受け取る事になる。実は、こうした批判にさらされる事で初めて、ゲームの開発者は、自分がシミュレートしようとした「対象とする世界」について、どれだけ理解していたのか、理解していなかったのかという事を、自分で気づく事ができるのだという。
このように、ビジネスゲームの開発においては、その根底にある「人工物の科学」についての理解が必須であるそうだ。つまり、望ましい(将来の社会像などの)目標を定めて、それに適合する「望ましい人工物」をどのように作って行くか、という人工物の科学(科学哲学)がここでは必要とされ、分析的な手法の他に、統合的な手法(ここでは、統合的な手法で数理モデルなどを作って、それが現実の世界に適応できるかどうかを検証した上で具現化する手法の事)が、そのゲームの開発には必要になるのだという。田名部氏は、これを強調するとともに、「批判的実在論」(ここでは解説を省略する)などの哲学的なアプローチを、ビジネスゲームなどの「人工物の科学」に適応して分析、検証するべき事を印刷資料の上で示唆された。また、シミュレーションの世界においては「最初にモデルとして用意されたシナリオ」以外の結論が得られないのであるから、分析的な手法も、統合的な手法も、そのどちらがより優位という訳ではないが、用意されたシナリオが適切でさえあれば、シミュレーションの場合には、その演算の過程が可視化されているので、社会的な合意形成のためには非常に受け容れられやすい問題分析の手法であるだろう、とも付言された。
最後の総合討論では、会場から秀逸な質問があって、「用意されていなかった思いがけない最適解のシナリオを生成する事であるとか、利害関係者の関係自体を読み変えるモデルなどが作られて新しい意味が創発的に生み出されるようなシミュレーションは、できないものか」という質問が寄せられた。喜多氏は、情報処理関連学会などでは、そうした問題意識が一般に希薄なので、横幹連合のような「隠された数理モデルを可視化できる」ところで是非研究して欲しい、と述べた。田名部氏は、メタレベルの「新しい法則を自己生成できる」シミュレータのようなものが開発できれば、もしかすると可能なのかもしれないが、(計算機はチューリングマシンなので)なんとも言えない。むしろ、泥臭く、色々なシミュレーションのモデルを開発者が試してみて、それがどれだけ現実をモデル化できているのかを学習し、開発者がスキルアップして行くほうが近道ではないか、と答えた。ともあれ(繰り返しになるが)分析的な手法で検証されたデータに基づいて、統合的な手法で数理モデルなどを作り、それが現実の世界に適応できるかどうかを検証した上で具現化への手がかりを与えるエージェント・シミュレーションは、そのままで「人工物の科学」の基礎の一部であるという事に改めて気づかせてくれた興味深い講演であった。
最後に出口光一郎 横幹連合会長から講演者に謝意が述べられて、科学のダイナミックな未来を垣間見させてくれた今回のフォーラムは終了した。
(文責:編集室)
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