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武田 博直室長(VRコンサルタント、日本バーチャルリアリティ学会)
小山 慎哉副室長(函館工業高等専門学校、日本バーチャルリアリティ学会)
高橋 正人委員(情報通信研究機構、計測自動制御学会)
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山口 俊太郎委員(豊橋技術科学大学)
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横幹連合ニュースレター
No.054 Aug 2018
TOPICS
1)第9回横幹連合コンファレンスは、2018年10月6日(土)- 7日(日)、電気通信大学(東京都 調布市)にて開催されます。
下のColumn1 をご覧下さい。
2)会誌「横幹」の最新号(第12巻第1号、2018年4月15日発行)は、こちらをご参照下さい。
3)コトつくり至宝発掘事業(試行版)候補の推薦を、お願いしております。詳しくは、こちらをご覧下さい。
COLUMN1
「ひらけ、超スマート社会!」、横幹コンファレンスでの学術分野を横断・融合した議論へ、多くの皆様のご参加をお待ちしています
第9回横幹コンファレンス 実行委員長 椿美智子
第9回横幹連合コンファレンスを、来る 10月6日(土)、7日(日)の2日間、画期的に変化しつつある東京調布の電気通信大学にて開催いたします。新宿から京王線の特急で15分の非常に利便性のよい会場ですので、是非、多くの皆様にご参加頂ければと思います。会場となっております電気通信大学は、1918年、無線電信講習所として設立され、今年2018年に100周年を迎え、「ひらけ INNOVATION!」をテーマに、開け、拓け、啓け、等々の意味をこめて、コンファレンス等100周年イベントを重ねております。様々な学術分野の知の統合や文理融合を目指す横幹連合のコンファレンスを電気通信大学で行うことにより、より相乗効果が起きますように、今回の横幹連合コンファレンスの大会テーマは、<ひらけ 超スマート社会!>としました。
「第5期科学技術基本計画」では、「超スマート社会」を、「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細かに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といった様々な違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会」であり、人々に豊かさをもたらすことが期待される、としています。
しかし、この定義では、Society 4.0とどのように異なるのか、超スマート社会が目指す未来社会がどのようなものなのか、はっきりとは見えてはきません。そこで、本コンファレンスでは、現在の重要な課題であります、超スマート社会の未来を、学術分野を超えて、横断・融合した議論、共創することができるような議論を、徹底的に行ってみようという場にしたいと考えています。有意義な議論が展開できればと思います。
10月6日(土)には、電気通信大学大学院情報理工学研究科・教授/学域長の新誠一氏による特別講演「ユビキタスから超スマート -出藍の誉れ-」を予定しています。新氏の講演は、ユビキタス、そしてヤオヨロズと変遷した20世紀末のモノのネットワーキングの流れを俯瞰し、注目を浴びている超スマート社会をこの流れの延長ととらえるとともに21世紀の新たな技術として位置付けます。同時に、人と機械の関係性まで踏み込み、技術発展の明暗についても触れます。超スマート社会の未来についての重要な示唆を与えてくれると思います。引き続いて、「プレナリー( 並行セッションのない )パネルディスカッション」が「ひらけ 超スマート社会」と題して行なわれます。JST未来創造事業「超スマート社会の実現」領域では,超スマート社会( Society5.0 )の柱を、CPS( Cyber-Physical System )とプラットフォームと位置付け、公募テーマとしては、プラットフォームそのものと、CPSを扱う上で必要不可欠なAI+モデリング技術を掲げています。本パネルディスカッションでは、領域運営統括の前田章氏をコーディネータとし、公募テーマに関連した専門家の先生方による討論会を開催します。パネリストとしてご登壇頂くのは、東京工業大学 大学院情報理工学研究科教授/副学長の井村順一氏、電気通信大学 大学院情報理工学研究科教授/研究科長の田野俊一氏、慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科教授の西村秀和氏、富士通株式会社 デジタルビジネス・プラットフォーム事業本部 シニアマネージャの松塚貴英氏、大阪大学 産業科学研究所教授・産総研-NEC 人工知能連携研究室長の鷲尾隆氏の皆さまです。
これらの企画をはじめとして、オーガナイズドセッションおよび一般セッションを予定しております。横幹連合コンファレンスならではの、極めて広範な学術分野をカバーしたセッション群となっています。
また、本コンファレンスは、昨年の試行の成功を受け、ポスターセッションも引き続き行います。従来の講義型のセッションでのディスカッションだけではなく、異分野の研究者とのより高密度なディスカッションができる機会を活かし、多くの若手研究者・大学院生にも発表・体験して頂きます。
会員学会の会員の皆様をはじめとする多くの皆様の、積極的なご参加・ご討論を心よりお待ちし、期待しております。
COLUMN2
第51回横幹技術フォーラム 「へルスケア・サイエンスの取り組みと現状 -医療に頼らない健康管理のためのヘルスケア-」のご紹介
採録・構成 武田博直 ( 横幹ニュースレター編集室長、日本バーチャルリアリティ学会 )
◆開会あいさつ 鈴木久敏(横幹連合会長)
◆総合司会・趣旨説明 「データサイエンスとヘルスケア」
鎌倉稔成(としなり)(中央大学 理工学部教授)
◆講演1 「医療・健康科学における統計リテラシー:情報・システム研究機構、統計数理研究所の取り組み」
山下智志 (統計数理研究所 医療健康データ科学研究センター設立準備室 室長〔当時〕)
◆講演2 「ヘルスケアイノベーションのためには健康無関心層対策が肝要」
久野譜也(筑波大学 教授、つくばウエルネスリサーチ 代表取締役社長)
◆講演3 「健康・医療情報を活用した予防政策の実現 -医療分野における人工知能の役割-」
江崎禎英(よしひで)(経済産業省 商務・サービス政策統括調整官〔当時〕)
◆パネルディスカッション
パネラー:登壇者の皆様 司会:鎌倉稔成
◆閉会あいさつ 鈴木久敏(横幹連合会長) (敬称略)
日時:2018年3月22日
会場:日本大学経済学部 7号館講堂
主催:横幹技術協議会、横幹連合
プログラム詳細のページはこちら
2018年3月22日、日本大学経済学部7号館講堂において、第51回横幹技術フォーラム「へルスケア・サイエンスの取り組みと現状 -医療に頼らない健康管理のためのヘルスケア-」が、行なわれた。総合司会とパネルディスカッションの司会は、鎌倉稔成氏(中央大学 理工学部教授)が務めた。
講演3 の江崎禎英氏(経済産業省 商務・サービス政策統括調整官〔当時〕)は、講演の冒頭に、講演2の久野譜也氏のこれまでの「e-wellness」(後述する)を中心とした「健康維持活動への啓発と実践」に深く敬意を表した。おそらく、講演内容に共感する所が非常に多かったためと推測される。そして、江崎氏自身が実際に行なった活動を中心に、健康・医療情報を活用した斬新な21世紀の「予防政策の実現」について講演を行なった。
なお、江崎氏は、これまでに経産省の商務情報政策局、ヘルスケア産業課 課長や、内閣官房の健康・医療戦略室次長などを歴任されている。鈴木横幹連合会長の本技術セミナー冒頭の紹介の言葉をお借りすれば、「異色の官僚」と呼ばれることも多いという。
江崎氏によれば、1960年代までの日本の人口構成は、長く「19世紀型」が続いてきたという。そして、現行の社会保障制度は1980年代に完成したものだそうだが、人口構成は、既に、上図のような21世紀型に変化しつつある。19世紀型に基づいた社会保障制度が、新しい人口構成には合致していないのだから、それを認めて、早急に「制度を変える」必要がある、と氏は述べた。つまり、(今後の、起きないかもしれない技術革新を安易に期待するのではなく、)「常識を変える」という視点に立てば、今、問題視されている高齢者の医療費が増大しているという社会保障制度の課題も、対策が可能になるというのだ。確かに、現在から2060年までの間に0歳から64歳までの人口は減ってゆくけれど、他方、65歳以上の人口は上図のように一定のところで安定する。つまり、高齢者は今後は「増えない」のだから、適切な制度改革で対策が可能になるのだ、と氏は説得力のある意見を述べた。
ところで、19世紀型の人口構造に沿った医療制度とは、次のようなものであったそうだ。当時の国民は、栄養不足や不衛生、また、戦争による暴力などから、「感染症」や「けが」で簡単に命を落としたという。老人や子供などの大勢が結核などの感染症で亡くなったのだから、そうした「単一標的型」の疾患に効く新薬を開発すれば、患者の治療満足度を上げることができたそうだ。それが効果を上げた結果、現在の医薬品の検査方法も、病気の原因を一つに定め、化学物質などでそれを阻害することによる効果を統計的に確認するという方法が取られているという。
ところで、現在の社会は、気が付けば21世紀型の人口構造になりつつある。ここでは、必然的に生じる「老化」と、昔と違って「食べ過ぎ」(偏食)「運動不足」「ストレス」などで生じる生活習慣上の良く分からない不調が原因となって、(1)生活習慣病(「糖尿病」など)(2)「がん」(3)「認知症」で苦しむ患者が増えているという。この3つが解決すれば医療費の半分が減り、要介護の4分の3が救われるそうだ。
ところが、医薬品の開発では、相変わらず19世紀型の「単一標的型」の疾患に効く新薬開発の方法論と治験のシステムが主に行なわれており、薬事法も健康保険制度もそれを踏襲しているという。例えば、抗がん剤も、余病のない「単一標的型」の若い患者の治験で効果が見られたデータに基づいて、広く治療に用いられているそうだが、高齢者は多く余病を抱えており、「複数の疾患を抱えた患者」に対する抗がん剤の治験データが世の中に存在しないことから、高齢者に使用された場合に多くの患者に延命効果が全く認められないという。このことは、国立がん研究センターで7000症例を基に検証したところ、放射線治療を受けている70歳以上の肺がん患者への抗がん剤使用は延命効果がないという結果が出たことで明らかになり、記者会見も行なわれて大きな話題になったそうだ。(採録者注記: ここでは「講演2」の講演内容に、江崎著『社会は変えられる』国書刊行会p.73の内容を補って記した。) がんばかりではなく、糖尿病も認知症も、薬の標的となるべき病因が「複数・不明瞭」であるために、決定的な治療法が確立できないのだそうだ。
ということは、「常識を変える」ことが必要なのではないか、と氏は述べた。例えば、(1)「糖尿病」が、生活習慣を改めて「運動する」だけで劇的に改善することは常識になりつつあるという。( その説明については、久野譜也氏の講演2に詳しいので、後述させて頂きたい。) そして、一般に言えることは、生活習慣病は重症化させてしまうと完治が難しく、生涯にわたって治療が続くことになるそうだ。ということは、医療の役割も、19世紀型の「治す」ことから病気にならないよう「導く」ことに重点を置き換える必要があるだろう、と氏は語った。繰り返すが、現在の高齢者は、「食べ過ぎ」「運動不足」「ストレス」などから、その病因が「複数・不明瞭」である病気を抱えてしまっているのだから、社会保障の制度自体も業界の常識や「時代に合わない制度」から大きく変化させ、変えて行く必要がある、と氏は指摘した。
また、(2)「がん」についても、本来、がん細胞は代謝効率の悪い方法でしかエネルギーを獲得できず、常に大量のブドウ糖がなければ生きて行けない「弱い存在」である、と江崎氏は指摘した。東京大学病院の中川恵一放射線治療部門長によれば、私たちの身体の中では、毎日、自身の免疫細胞とがん細胞の間で、「5千勝0敗」の戦いが繰り広げられているという。この言葉を詳しく解説すると、次のようになるという。
私たちの身体は、1個の受精卵から始まっているが、分裂を繰り返して60兆個の細胞となり、ひとつの個体が形づくられている。大多数の細胞は、常に細胞を新しく作り変えているので、1回の分裂で各細胞に30億個の塩基をコピーする必要があるそうだ。細胞は毎日3千億個が死んで新しい細胞に更新されているのだから、3千億個掛ける30億個の正確な塩基配列のコピーが毎日行なわれる必要がある、のではあるが、やはりそれは無理というもので、1日あたり5千個から2万個のコピーミス細胞が生じるという。直ちに、これを血液中の免疫細胞が処理してくれるので、私たちは、がんにならずに生きているのだそうだ。このとき免疫システムをすりぬけたコピーミス細胞が、10年から20年かけて、検査で確認できる大きさに育ったものが、がん細胞であるという。そうであれば、ここでも「がん」になるまで放って置いたことが、完治を難しくさせているのだから、免疫力を高めるなどの方法で予防と改善に「導く」ことが重要だ、と氏は指摘した。
さらに、(3)「認知症」については、自分の存在価値を認めてもらえないストレスに対する高齢者の(脳の)自己防衛反応ではないか、という考え方が主流になりつつあるそうだ。畑仕事をするなど、社会的役割を持ち続けている高齢者に認知症が少ないことを考えれば、軽度の認知症の方々を、単に医療や介護の対象として社会から隔離して薬を処方してきた現在の在り方を見直すべきではないか、と江崎氏は強調した。(採録者注記: ちなみに、江崎氏の主宰する『社会は変えられる!』 FACEBOOKの2018年8月10日の記事として、フランスがアルツハイマー型認知症の治療薬の全てを、有用性に乏しいと評価し、医療保険の適用外とすることに決めたことが紹介されている。薬では治らない、ということらしい。) 徘徊という行動も、外出した当初の目的を途中で忘れただけなのだから、地域の人たちが見守って、直ぐ別の外出の目的が見つかる街になるのが望ましい、と氏は指摘した。「生活しているだけで楽しい」街を創ることが社会の目標だったことを、氏の講演は気づかせてくれている。
ところで、以上に記したような、生活習慣病や老化による疾患を、企業や地域社会レベルで予防するための「ツール」づくりを、江崎氏は、健康関連の企業や地域社会と協力して行なってきたという。具体的には、直ぐに老尿病の症状を発症していてもおかしくない「崖っぷち」の予備軍(血液のHbA1c 〔ヘモグロビンA1c〕 値が6.5以上で、薬を飲んでいない人たち)600人を企業の従業員164万人から各企業の協力で選び出し、歩数・活動量、体重、血圧の日々の変化と、HbA1c値、血糖値、尿糖値の変化を、ウェアラブル健康機器や職場の協力を得てデータベースに蓄積したのだという。このとき行なわれたことは、身体データの危うい変化に応じて「健康に注意しましょう」というメールが時々送られてくるだけの、とても簡単な「注意喚起」だけだったということだが、当初の予想をはるかに上回る改善効果が見られたという。しかも、効果は、糖尿病だけにとどまらず、高脂血症、高血圧などの生活習慣病「全体」に改善効果が見られたそうだ。ちなみに、江崎氏の講演3のタイトルは「健康・医療情報を活用した予防政策の実現 -医療分野における人工知能の役割-」である。氏は、このときのウェアラブル健康機器によるデータベース構築の経験などから、「健康維持」の医療政策のためには、ビッグデータではなく、個人にタグ付けされた「クオリティデータ」が必要である、ということ。そして、このクオリティデータの分析という分野にこそ AIの大きな活用が期待できるのではないか、と感じたのだという。(実は、ビッグデータの活用も試みたものの、健康管理のためのツールとしては源データの群毎に精度に大きな「むら」があって、結局は使えなかったのだそうだ。)
生活習慣病は、発症してしまうと治療のための巨額の費用が必要で、人工透析を例に挙げると、現在10万人の患者が年間540万円の費用を健康保険で賄っているという。しかし、発症する以前であれば、注意喚起のメールに耳を傾けるだけで、通院も不要になり、家計からの医療費支出も必要としない健常な生活に居られるそうだ。ということは、常識を変えることによって、生活しているだけで楽しい社会へと「社会は変えられる」ということではないのか。江崎氏の講演からは、官僚としての強い使命感が感じられた。
さて、講演2 の冒頭で、久野譜也氏(筑波大学教授)も、ショッキングな数字をいくつか紹介した。総務省の人口推計の概算値によれば、2018年3月1日時点で、日本の総人口に占める75歳以上の後期高齢者は14.0%の1770万人となり、史上初めて、65~74歳の1764万人を上回って高齢者全体の半数を超えたという。2025年には「団塊の世代」の「全員」が後期高齢者になっていることから、現在よりも20万人以上も増える後期高齢者を社会が抱えた場合に、「現在の健康政策をそのまま延長」した社会保障精度に不安があることを氏は指摘した。特に都市部では、千葉・埼玉などの東京のベッドタウン( UR都市機構の賃貸団地など)に団塊の世代が多く住むことから、局所的なベッド数の不足なども今後は懸念されるという。
ところで、久野氏は、運動・栄養プログラムを提供する管理システム「e-wellnessシステム」を啓発・普及する筑波大学発ベンチャー「(株)つくばウエルネスリサーチ」の代表取締役社長を2002年から兼ねており、全国70箇所以上の自治体を巻き込んだ10年以上の健康啓発の経験があるそうだが、高齢者の健康維持の啓発については、現在、大きな問題があるという。医療制度や介護制度には、「保険収入」という大きな原資があるので対策を組み立てる余裕があるが、「健康の維持管理」には、そもそも保険などの「企業の参入を促す制度的な仕組み」がない。これが障壁となって健康維持への関心が低いままに留まっている、と氏は指摘した。一方、保険医療の制度では「病気が発症してから」処置が行なわれ、介護保険についても「要介護が明らかになってから」発動されるシステムであるため、「病気を予防する」経費に比べると、保険医療には、はるかに多くの経費が必要とされている。このことが財政負担の大きな理由になっている、と氏は指摘した。運動・栄養管理システムの「e-wellnessシステム」は、こうした状況の中で生まれた実績のある優れた健康維持のためのシステムで、一人ひとりの身体活動量・ライフスタイルに応じたプログラムを、参加者10万人の蓄積されたデータに基づいて自動作成してくれる「データを活用した指導&継続支援」を提供しているのだという。
ところで、中高年の健康への無関心、つまり「運動不足」が、どれくらい健康維持に重要なのかを検証した疫学的なデータがあるという。WHOが2009年にまとめた「Global health risks」(〔19の〕主要な健康リスクから起因する死亡と疾病)のリスク要因では、その第4位に「運動不足」が挙げられているそうだ。そして、この運動不足を解消することは、主要5位までの他のリスクの(「喫煙」を除く)「高血圧」「高血糖」「肥満」の予防にも効果を及ぼす、と氏は指摘した。
しかも、日常の歩数を多くすることで、年間の医療費も明らかに安くできるという。上記の「e-wellnessシステム」の10年分のデータから、日常の「歩数レベル」の「低」(1日当たり5000歩以下の歩数)「中」(5000歩~8999歩)「高」(9000歩以上)を比較してみたところ、年間で数万円の医療費支出の差が 55歳~75歳のデータの全てに認められたそうだ。つまり、このことは一般に信じられていることのエビデンスであって、「運動不足の人は病気にかかりやすい」ということを証明していることになるだろう。なお、これまで散歩などの有酸素運動には「20分以上運動を続ける必要がある」と教えられてきたのだが、最近の研究では、細切れの10分ずつの運動であっても「合計して20分以上」の運動で有酸素運動を行なう効果が得られるということだ。久野氏も1日1万歩を目標にしているという。
ところで、こうした健康情報は「一番必要とされる人たちに届いていない」ことが分かったそうだ。それで、久野氏は講演2 のタイトルを、「ヘルスケアイノベーションのためには健康無関心層対策が肝要」と題されたのだと思われる。このことについては、医療関係者の多くは、「国民は分かってはいるけれど、運動しないのだ」と考えて健康行政を展開してきたという。しかし、そうではなかったようだ。2010年に、久野研究室が40代から80代の5000人を対象にした調査(有効回答1914名)を行なったところ、「生活習慣病の予防に必要な運動量が不足している人」約7割のうちの大多数、7割が、「今後も健康づくりの運動を実施する意思はない」と回答したという。つまり、全体の約半数が、「分かっていないから運動もしていない」という重大な事実が明らかになったということだ。この事実は、e-wellnessシステムや、そこから派生した Smart Wellness City(後述する)の構築を全国の70か所以上の自治体と進めて行く取り組みの中で、どのようにインセンティブを工夫しても「期待した数の半分の参加者しか集まらなかった」というこれまでの大きな課題の真の原因を、データ的に明らかにした貴重な研究結果でもあったようだ。繰り返すが、一般に「無関心層」は「健康情報を取るための行動」を自分からは行なわないのだそうだ。
そこで、2025年以降に世の中に増加する「後期高齢者が抱える健康リスク」や財政負担への警鐘のためには、世の中の40代以上の半分の「健康無関心層」に対して、どうすれば「健康情報」を届けられるかを考えることが必須の要件になるという。明瞭な解決策は、まだ無いということだが、久野氏は講演などで、「あなたの一番大切な人(家族・友人など)に、運動不足は治療の難しい病気につながると教えてあげて下さい」と付け加えているのだそうだ。また、それに併せて、健康情報を周囲に伝える「健康アンバサダー」を、地域社会や企業の中で養成しているという。健康行動については、ある面白い研究があって、例えば、禁煙の習慣や肥満が「伝染病」と同じ経路で周囲の人から影響されて伝わるという現象があるのだそうだ。(同様に本記事をお読みの皆様も、周囲りの「大切な方」へのご教示を、是非お願い致します。)
また、健康に無関心な人が、何を言われても運動しないのだったら、それはそのままにして、生活している環境を「住んでいるだけで健康になり、幸せが感じられる場所」に変える、という健康施策も考えられるという。Smart Wellness City 「健幸都市」という活動が、エビデンスに基づいた地域医療費の抑制という構想から提唱されており、60歳でも80歳でも自然に街に出かけたくなる都市を目指しているそうだ。先行事例としては、ドイツのフライブルク市(約23万人)やフランスのナント市(約29万人)が、「環境保全」を心がけて公共交通を工夫し、歩車を分離して、歩いて買い物に出かけられる快適な歩行空間を実現させているという。歩いて出かけられる街が健康に重要であることについては、東京の下町の、買い物に歩いて通える半径500m以内の地域で健康度が高い、という疫学研究でも示されているという。また、それとは逆に、「Q&Aで分かる肥満と糖尿病」第8巻6号 pp.921-923(2009)に掲載された為本浩至氏(当時、自治医科大学准教授)の論文から引用されたデータでは、東京・大阪・愛知における自家用車の利用と糖尿病の患者数には正の相関(郊外のショッピングセンターに自家用車で通うなどして「歩かない街」で糖尿病患者が増えるという好ましくない関係)が検証されているそうだ。
それこそ正に、「ソーシャル・キャピタル」(社会関係資本)が重要だ、ということを実証しているのではないかと久野氏は指摘した。ちなみに、「ソーシャル・キャピタル」とは、アメリカの社会学者パットナムらが論じた「地域共同体における無償の協調行動」のことだという。地域社会で、市民が自発的にコミュニティーを形成したりコミュニティーに参加すると、金銭的・物質的な見返りが無い地域活動の「社会的な絆」が形成されるそうだ。パットナムや、同じく社会学者のジェイン・ジェイコブズらは、このような無償の協調行動が民主主義を支え、地域社会の経済活動の基盤を形成して、住民の健康にもプラスの効果を与えると主張しているという。久野氏は、「地域の人々のさりげない接触の総和」こそが、歩くことを基本とする街づくりの意味だと説明した。自家用車を降りて、街をぶらぶら歩くことが、そのまま「住民どうしの偶然の出会い」という幸せを取り戻すことになるのだという。ちなみに、Smart Wellness Cityが生まれて住民の歩数が増加すれば、その効果で年間 1万人当たり4億円の医療費抑制効果が期待できる、と氏は述べた。
(採録者注記: 横幹技術セミナーの講演では時間の関係から省略された重要な健康情報が、久野譜也著『大腰筋を鍛えなさい』飛鳥新社刊、に書かれているので、その一部を紹介させて頂く。先ず、筋肉は年齢とともに年1%の割合で減ってゆくという。70代の筋肉が自身の20代の頃の最盛期の筋肉に比べると約半分(約50%)に減ってしまうのは、その証左であるそうだ。ところで、毎日「20分以上のウォーキングを行なう」などの有酸素運動を行なうことは、誤解している方が多いが、筋トレ、つまり、筋肉を増やすことにはつながらないそうである。有酸素運動は、「代謝系・動脈性の衰えを防ぐ」運動なので、「肥満・メタボ」などに効果があることから1日に1万歩を歩くことが、もちろん推奨されているのだが、それは減ってゆく筋肉を回復させるための運動にはならないそうだ。しかし「筋力」は、何歳の高齢者でも、トレーニングすることによって回復できるという。そこで、久野氏は、ほぼ毎日のウォーキングなどの有酸素運動に併せて、週に数回のスクワットなどの無酸素運動を行なうことを強く薦めている。こうすれば、老人でも、瞬発力を支える「速筋」という筋肉を太くすることができて、筋力を回復させられるそうだ。筋肉が付けば、仮に骨が骨粗鬆症で弱ってきたとしても、その周囲の筋肉が骨を支えるので転びにくくなり、健康寿命を伸ばせるという。これらは、高齢者に納得のできる、聞くべき健康法だろう。是非、久野譜也著『〔寝たきり老人になりたくないなら〕大腰筋を鍛えなさい』飛鳥新社刊、の一読をお勧めしたい。)
さて、先に紹介した江崎氏の講演では、他に、「大学病院クラスの医療機関で『人生最後の3日間に生涯医療費の30%を使っている』という話が聞こえてくる」という見逃せない事実も指摘されている。そして、現行の手厚い国民皆保険制度の下では、年齢別1人当たりの年間医療費の内訳で見ると、高齢者の医療費に突出した負担が掛っていることが問題であるという。このような大きな制度的課題を受けて、我が国における統計数理的な医学研究の実施・支援の拠点ともいえる「統計数理研究所」では、これまでの組織の大規模な改変を行ない、「医療健康データ科学研究センター」という組織を立ち上げたそうだ。講演1の「医療・健康科学における統計リテラシー:情報・システム研究機構、統計数理研究所の取り組み」と題された発表では、新設されたこの組織の設立準備室 室長(当時)山下智志氏が、その新しい目標について概説した。
諸外国に比べると、我が国の医学アカデミアにおいては、長らく統計学の専門家の極端な不足、また、統計教育の体制の未整備が大きな問題になっていたという。そして、1990年代以降の「エビデンスに基づく医療」の振興と医学・健康科学研究の流れを受けて、特に、国際医学ジャーナルの多くで、論文掲載に際して統計専門家によるレビューが行なわれていること、あるいは、共著者に医療統計専門家が含まれることなどが公開の原則になってきたという。こうした要請からも「医療健康データ科学研究センター」は構想され、統計教育・研究支援体制の整備、および、データサイエンス研究の高度化を推進するという社会的ニーズに応えつつ、新しいタイプの異分野融合研究を実践する場として新設されたそうだ。今後は、医学・統計研究の実地教育プログラムや医療健康科学分野に関連した公開講座も実施して、人材育成のために取り組むとともに、これらの事業を基にしたe-learningプログラムとして、関連する研究コミュニティの共有財産になるような教育コンテンツを作り上げて行くのだという。詳しくは、統計数理研究所、医療健康データ科学研究センターのホームページをご参照頂きたい。
講演1では、新組織の概要の説明に合わせて、山下氏がこれまでに係わった「金融情報システム」の統計的知見などが医療ビッグデータの解析にも応用できるのではないか、という興味深い話題が提供された。社会厚生をベースにした「医療」や「リスク科学」の分野では、政策意思決定という大切な問題に関して、ビッグデータなどを用いた「リスク科学のフレームワーク」が使いづらいという。その理由としては、例えば、「糖尿病が完治した」といった事象(x)が生起した時の個人の感じる「幸福度」を「効用関数」u(x)で表した場合に、
期待効用 = Σ 確率 P( x|j ) × 効用関数 u( x )という数式において、
確率 (治療戦略 j ごとの個人の結果 x について、確立した予測モデルがない)
効用関数(患者が何を求めていたかの「価値観」が、ビッグデータでは分からないことが多い)
に関して、その両方の内容が充分には分かっていないのだから、二つの項を掛け合わせた「期待効用」の最大化という「政策意思決定モデル」を作成することが困難になるのだという。大変興味深い視点である。
つまり、この「効用関数」では、例えば、患者が「完全に病気が消え去る」ことを求めているのか、あるいは、年相応の老化だと考えて自宅で介護されることを求めているのか「価値観の違い」を勘案するだけで、オーダーメードな医療の実現方法が違ってくるという。患者毎に価値観が異なるし、また、患者の意思決定を統合したものが、そのまま政策的な価値観と合致する訳でもないそうだ。だから、大変に難しい研究ではあるけれど、過去の選択肢データベースから逆に患者の個別の価値観を推計するといった統計的手法(ランダム効用理論に基づいた多項ロジットモデル)もあるので、まだ個人的な理想論ではあるが研究してみたい、と氏は述べた。また、データベースを複数結合させる場合の統計的な問題として、同質でないデータの存在や欠損したデータブロックのあることも、政策意思決定にこの方法を使うことを難しくさせていると氏は述べた。このような研究は、病院や研究機関の実際の治療データを、今後の政策決定に結びつけるための貴重な研究となることが期待されているそうだ。
さて、以上の講演1、2、3を受けたパネルディスカッションは、時間の都合で、会場全体が懇談会場になった形式で行われた。話題提供として、司会の鎌倉稔成氏から、「今、日本人の嗜好を一番正確に掌握しているのは、Amazonのデータベースだと言われている。ところで、iPhoneや Apple Watchの提供するヘルスケアアプリケーションでは、アクティビティ、睡眠、マインドフルネス、栄養という4つの分野で、私の健康や体調を管理しているのだが、これらのデータはフランスの会社が管理しており、ビッグデータとして分析している。例えば、これらの健康データの分析が海外で行なわれていることについて、どう思うか」と問題提起が行なわれた。これに対して、江崎禎英氏は、「データが誰のものか、については、個人情報保護法に関連して徹底的に議論をした。結論から言えば、自分のデータは同意して登録された段階で自分のものではない。従って、成績や過去の賞罰の記録も、本人には削除することができない。ただし、誰がアクセスするのか、に関しては、社会的な制度として制限が付けられている。そこが肝心だ。同様に、海外でゲノムがデータベース化されていることなどについても議論があるが、個人的な意見としてだが、ぐれた子供の成績表を調べているようなものだから、誰かが発表する結果を使わせて貰う、という考え方もあるだろう」と自身の考えを述べた。
そして、会場からの「健康な人の健康維持には、何が一番大切と考えるか」という質問に対して、久野譜也氏は、「一つだけを挙げることが、そもそも難しく、人によって、いくつかの組み合わせで健康を維持していると思われる。正しい姿勢や呼吸が望ましい、と考える人もおられるだろう。ただ、その中でも、散歩がクリティカルになることは確かなので、それを上手く伝えてあげることが大事だと思う」と意見を述べた。
最後に、鈴木久敏 横幹連合会長が、「日本は高齢化という深刻な問題を抱えているが、今回披露されたように、高齢者の健康維持という課題に具体的な解決策が提言されて行くことは大変に望ましい。これらがグローバルに、人類の知識として広がって行くことを期待したい」と挨拶を述べた。そして、多数の聴講者が参集したことに謝意を述べ、「医療に頼らないへルスケア・サイエンス」を概観した今回の充実した技術セミナーは、成功裏に幕を閉じた。
EVENT
【これから開催されるイベント】
●日本品質管理学会 サービスエクセレンス部会/生産革新部会 キックオフフォーラム
日時:2018年8月30日(木) 会場:東京大学(本郷)福武ラーニングシアター
●日本品質管理学会 第405回事業所見学会(東日本)
日時:2018年9月4日(火) 会場:いすゞ自動車 藤沢工場&いすゞプラザ
●日本知能情報ファジィ学会 第34回ファジィシステムシンポジウム
日時:2018年9月3日(月)〜 5日(水) 会場:名古屋大学 東山キャンパス
●日本感性工学会 第20回日本感性工学会大会
日時:2018年9月4日(火)〜 6日(木) 会場:東京大学 工学部
●日本生物工学会 第70回日本生物工学会大会(2018)
日時:2018年9月5日(水)〜 7日(金) 会場:関西大学 千里山キャンパス
●日本ロボット学会 第36回日本ロボット学会学術講演会
日時:2018年9月5日(水)〜 8日(土) 会場:中部大学 春日井キャンパス
●計測自動制御学会 SICE Annual Conference 2018
日時:2018年9月11日(火)〜 14日(金) 会場:奈良春日野国際フォーラム
●日本品質管理学会 第118回研究発表会(関西)
日時:2018年9月14(金) 会場:大阪大学 中之島センター
●日本シミュレーション学会 JSST2018
日時:2018年9月18日(火)〜 20日(木) 会場:室蘭工業大学
●日本品質管理学会 ANQ Congress 2018 Almaty
日時:2018年9月19日(水)〜 21日(金) 会場:Intercontinental Hotel(カザフスタン アルマティ )
●日本バーチャルリアリティ学会 第23回日本バーチャルリアリティ学会大会
日時:2018年9月19日(水)〜 21日(金) 会場:東北大学 青葉山キャンパス(青葉山コモンズ)
●スケジューリング学会 スケジューリング・シンポジウム 2018
日時:2018年9月20日(木)‐ 21日(金) 会場:小樽商科大学
●日本品質管理学会 第109回クオリティトーク(東日本)
日時:2018年9月26日(水) 会場:日本科学技術連盟 東高円寺ビル
●日本品質管理学会 第134回講演会(東日本支部)
日時:2018年10月10日(水) 会場:日本科学技術連盟・本部(西新宿 小田急第一生命ビル)
●精密工学会 17th International Conference on Precision Engineering (ICPE2018)
日時:2018年11月12日(月)〜 16日(金) 会場:鎌倉プリンスホテル
●システム制御情報学会 第61回自動制御連合講演会
日時:2018年11月17日(土)‐ 18日(日) 会場:南山大学 名古屋キャンパス
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