1.顔の学会の誕生
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図1 |
最初に、筆者がいま関係している「日本顔学会」の紹介から始めることをお許しいただきたい。日本顔学会は、1995年3月に発足した。会員数は約1,000名。会員の専門分野は、哲学をはじめ人類学、心理学、生理学、美術解剖学、化粧学、歯科審美、医学、犯罪捜査、社会学、コンピュータ科学、そして伝統芸能……などなど、実に様々である。女性会員の比率も約30%。これは学術団体としては珍しいことであろう。
学会では、会員の研究発表の場としての大会(フォーラム顔学:参加者約200名)と一般向けの啓蒙的な集会(シンポジウム顔:参加者約300名)それぞれ毎年一回開催している。また、トピックスを限定した講演会(イブニングセミナー:参加者約100名)を数か月に一回開いている。会員相互の情報交流を目的としたニューズレターも随時発行している。
さらには、99年夏から秋にかけて、上野の国立科学博物館で「大顔展」を開催した(図1)。国立科学博物館、読売新聞社との共催で、日本顔学会はその展示の企画を担当した。一般入場者は約28万人。誕生したばかりの弱小学会が企画した壮大な研究発表会であった。この大顔展は、その後名古屋、札幌、福岡でも開催された。
2.なぜ今まで顔学がなかったのか?
外国には顔の学会はない。その意味では、日本顔学会は、顔学を専門に研究する世界で初めての学際的な学会である。顔の重要性を考えるとき、いままで学会がなかったこと自体が不思議である。
じつは、かつては顔学が科学の中心であった。16世紀から18世紀にかけてもてはやされた骨相学、人相学、観相学などがそれである。しかしそれは占いや魔術とも結びつきやすく、ときとして人の社会的な差別を生む危険性があった。その反省から生まス近代科学は、それまでのいわば“似非”科学から脱却するために、「顔」を扱うことを意識的に拒否してきたのである。
しかし一方で、社会が強い関心を持っている「顔」から科学の世界が逃げてしまったら、それは無責任だと誹られても仕方がない。科学が逃げたら、巷の俗説ばかりがはびこり、根拠のない差別を生みことにもなる。巷の俗説に果たして根拠があるのか。もし間違いであるとしたら、なぜそのような誤った俗説を社会が信じるようになったのか。この一つ一つに顔学は、しっかりと答えていかなければならない。
3.顔学には方法論がなかった
顔が科学の対象になりにくかった背景として、その方法論の欠如も挙げられよう。顔は必ずしも論理的な方法論や数式では扱えない。顔は感性的な対象であるからである。
これまでの科学技術は、どちらかというとまず論理的な、あるいは知的な方法論があって、それで扱える範囲に科学の対象を限ってきた。しかし一方で、私たち人間は論理だけではなくて感性的な生き方をしている。特に人と人との間のコミュニケーションの場では、むしろ感性が重要な役割をスしている。
このような感性は、これまでの科学が不得手としてきところであった。科学は客観性をまず重んずるから、誰でもが同じ結論を出せることが大前提となる。これに対して感性は主観的であることを特徴としている。また、いままでの科学は、対象を要素に分解して扱ってきた。これに対して、たとえば顔に関して私たちが受ける印象は、目口鼻などの要素に分解してしまっては何もわからなくなる。顔は全体として見なければならない。
その意味で、顔学は、既存の科学の方法論を「顔」という新しい対象に適用しただけでは何も生まれない。顔学の研究は、感性をも扱いうる新たな科学的な方法論の構築から始めなければいけない。ここに顔学の難しさがある。
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図2 |
4.コンピュータが顔学を生き返らせた
このようにさまざまな障害を抱えている「顔学」であるが、20世紀末になって新たな装いのもとに再び注目を集めようとしている。それを支えているのは、魔術ではなく、時代の花形であるコンピュータ技術である。これにより、顔を客観的かつ科学的に扱うことが可能になった。
その一つとして、コンピュータグラフィックス技術を用いた顔研究がある。筆者の研究室では、コンピュータの中に、顔写真を表面に張り付けた「顔の張り子」のようなものを用意しておき、その張り子の表情や皮膚の質感を自由にコンピュータで制御することによって、顔の表情や印象の研究をおこなっている(図2、図3)。
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図3 |
5.顔学はダ・ヴィンチ科学
冒頭で述べたように、日本顔学会にはいろいろな分野の人が参加している。顔学は文科、理科の枠を超えた典型的な学際科学る。それも無理して学際にしているのではなくて、顔という対象を通じて自然に学際になっている。
筆者は、そのような異分野の研究者が交流することによってはじめて可能になる科学を「ダ・ヴィンチ科学」と呼んでいる。ルネッサンス期のイタリアの芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチは1452年生まれで、ちょうど500年前に活動していた。そのダ・ヴィンチは、万能の人と言われていた。画家であると同時に彫刻家、音楽家、技術者、自然科学者でもあった。
いま科学技術の分野では、ダ・ヴィンチ的な取り組みが要請されている。学問があまりにも細分化され、全体像が見えにくくなってきたからである。また、遺伝子工学や脳死問題、臓器移植など、科学技術者も人間に対する深い洞察が必要な時代になってきた。そこでは、文科と理科、そして芸術までも精通したダ・ヴィンチのような科学者像が期待されている。
6.現代におけるダ・ヴィンチ科学とは?
しかし、果たして現代においてダ・ヴィンチは可能なのだろうか。500年前であれば、一人で万能の人、つまりダ・ヴィンチになれたかもしれない。ところが、現代ヘそれぞれの専門が著しく進歩し、そこで蓄積された学術的な蓄積はたいへんな量になっている。とても一人ですべての分野をカバーすることはできない。
それでは、現代においてダ・ヴィンチは、本当にあり得ないのだろうか。筆者は可能だと思っている。一人で無理であれば、集団でダ・ヴィンチになればよい。さまざまな分野の専門家が一つの目的へ向けてコラボレーション(協調作業)すれば、集団全体でダ・ヴィンチになることができる。
コラボレーションによって、心理学にも強い、人類学にも医学にも強い、美学にも強い、そしてコンピュータにも強い、いわば万能の研究者になれる。実体が何人であっても、現代においてダ・ヴィンチ的な科学者が存在すること、それが重要なのである。顔学は、そのような現代のダ・ヴィンチ科学の実験の場であるとも言える。 |